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e-Learningと医療安全

 コンピュータ技術の発達により、昨今e-Learningが注目されている。e-Learningシステムは現場でどのように活用されているのであろうか。システムを導入・運用している横浜市立大学附属市民総合医療センターの古川政樹氏(医療情報部、教授)にお話を伺った。
■e-Learningとは

 横浜市立大学附属市民総合医療センターは、720床の大病院。常勤職員数は1000名以上、アウトソース先のスタッフも多い。大規模組織であるがゆえに、組織内での情報伝達や教育体制といった経営上の課題を抱えている。そこで着目されたのがe-Learning。
 e-Learningとはパソコンやインターネット、LANを活用した教育の総称。主にwebブラウザを介した、ホームページや動画といった形でコンテンツを提供しながら学習を行うものが多い。同センターのe-LearningはYUMESUMA e-Learning(Yokohama City University,Medical Center,Medical e-Learning System founded by Sugiyama and Matsuse,e-Learning)と呼ばれ、古川氏はそのプロジェクト実務責任者を担当している。

■ システム
 e-Learningシステムは、NEC社製のCultiiva IIを使用している(図表1〜図表3参照)。セキュリティ確保のため、インターネットに接続されているLANとは別のLAN内で機能する。ブラウザ上(ホームページ閲覧ソフト)で動作するため、組織内の個別のパソコンに特別なソフトを設置する必要はない。コンテンツは、年度ごとにまとめて管理されており、全職員向け・研修医向け・看護師向け等ターゲットを設定し、そのターゲットに合わせた形でコンテンツが作成される(図表4参照)。また文字ベースの問題であればcsv形式で管理サーバーにアップし、簡単に公開することができる。ただ、パワーポイントや動画を使うコンテンツの公開はシステム業者に委託する。
図表1 図表1 図表2 図表2 図表3 図表3 図表4
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■ 運用体制
 組織が大きくなれば、情報を全体に周知すること自体が難しくなる。古川氏は、「『第一段階としてまず、e-Learningを行っているから受講してほしい』という情報を伝えること自体が大変。e-Learningで試験をするというよりもまず単純な情報を正確に伝えるのが原点です」と語る。情報伝達としての電子メールは使えないのだろうか。
 「確かに、電子メールによる連絡体制を確保するという考えもあります。しかし、現状としてまず職員全てが電子メールアドレスをもち、使用できる状態ではありません。また、電子メールの場合は、きちんと伝わったかどうかがわからないといった問題もあります。つまり、相手がどのようなリアクションをしたか全然わからないのです。そこで、e-Learningシステムを教育のためのツールとしてのみで捉えるのではなく、全職員に対する情報連絡ツールとして捉えています。e-Learningシステムを使い、受講者が回答することによって少なくとも情報が伝達されたことを運用側で確認できます」と古川氏は語る。つまり、e-Learningシステムは「双方向性を利用した職員向け情報周知」でもあるという。
 また、コンテンツを準備したとしても、受講対象としているスタッフが、すべて受講するわけではなさそうだ。実際、受講者となる医師・看護師等の職員は日常の業務の合間をぬって受講する。このため、多忙な現場では受講が滞りがちだ。このため、古川氏は、部門や各診療科にYUMESUMAプロジェクト担当者(育成管理者)の設置を依頼。その担当者が、受講の意義等を当該部門のスタッフへアプローチすることで修了率のアップを図る工夫を行っている。「最初は部長だけを育成管理者としました。しかし、それでは修了率が上がらない。このため、診療科の場合は各科に一人、医療安全関連の仕事を主に担当している職員に育成管理者になっていただくようお願いしました」と古川氏。受講対象者に対する受講意義の説明等の受講促進のアプローチや進捗状況の把握を行う育成管理者。その働きかけもあってか、看護師の修了率は8割〜9割と高いようだ。しかし、各診療科の医師の場合、現状として5割程度の修了率。「修了率の向上は今後の課題です」と古川氏は語る。
 また、コンテンツ作成には多くの労力を使っている。問題やカリキュラム等は主に看護師等現場の職員が日常の業務以外とは別に時間を捻出し、そこで作成しているのが現状だ。
 その他、大学病院の場合は異動が非常に多い。また、同センターは、医療事務等多数の仕事をアウトソースしていることから職員流動性が高い問題等もある。このため、終身雇用を前提とした職場内訓練を地道に行う方法は機能しづらい。さらに勤務時間も長く不規則であるため、集合研修のような形態の教育も開催コストが高い。古川氏は「このような背景から、受講者の都合のよい時間に学習でき、一度構築してしまえば繰り返し利用できるe-Learningに期待しています」と熱く語る。
 システムには、教育や情報伝達以外のメリットもあるようだ。具体的には、組織内でのアンケートなど。「今までは紙を配布・集計する形で行っていました。しかし、この方法では組織が大きくなればなるほど膨大な手間が発生します。現在は、e-Learningシステムが同時にアンケート機能を保持しているので、ホームページ上から行います。これにより、アンケート用紙の配布・収集・集計をすべて手作業で行う場合の多大な作業から開放されます」と古川氏はいう。
 現在、課題をかかえながらも、着実に実績を重ねつつあるYUMESUMA e-Learning。将来的には、他の病院とコンテンツを共有する構想も出てきているようだ。
<取材を終えて>

 同センターのe-Learningの場合、医療安全のみの教育ツールとしてではなく、トータルな情報伝達としての経営ツールとして機能しているようだ。院内教育はどのような人材に何を学習して欲しいかといった経営理念に基づく課題であり、医療の質向上に対する重要なアプローチの一つであろう。e-Learningはあくまで道具。組織内の運用上の工夫や体制の整備があって初めて機能する。今後の更なる発展に期待したい。


(取材:田北陽一)