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医療安全における分析ツールHAZOPを使った取り組み



医療安全における分析ツールはRCA、FMEA等様々なものがある。今回は、その分析ツールの一つであるHAZOP(ハゾップ:HAZard and OPerability studies)を使って実際に医療安全教育として活用している東京医科歯科大学医学部附属病院の大川淳氏(総合診療部助教授)にお話を伺った。

■HAZOPとは
HAZOPは、主に工業分野で使われているリスク分析手法。FMEA(第54回スペシャリストに聞く)に非常によく似ている。「分析ツールとしてRCA(根本原因分析)もありますが、事故が起きてしまってからの分析で事後分析といわれます。FMEAやHAZOPは事前分析といわれ、事故が起きていない段階でリスクを把握するためのツールです」と大川氏。まず、HAZOPでは、WBS(Work Breakdown Structure:作業工程分析)と呼ばれるプロセス分析を行う(図表1、図表2)。そこでピックアップされた作業を参考に、HAZOPシート(図表3)のActionに該当させ、残りの項目も埋めていく形で作業を行う。想定したActionは、ガイドワード(図表4)に基づき、それぞれどのような偏差・ズレ(Deviation)の可能性があるか等を検討する。ガイドワードは、主に正常な状態から、どのようなズレが起こりうるかのタイプを整理したもの。
例えば、Actionに「不要組織の除去」を記述し、「意図したことが全く起こらない」(None)場合はどういった状況かを考え、偏差・ズレ(Deviation)を記述。図表3では、「椎弓下縁を確認しない。確認できない」、「椎弓下縁から黄色靭帯を剥離しない」等を記述している。 その後、右につづく原因(Cause)を考える。この場合「レトラクターの設置位置が悪い」、「カメラやレンズの位置、方向が不適切」等を記述。
 影響(Influence)もピックアップした項目についての影響を考え、ここでは「後のプロセスでの処理に無理が生じる可能性」と記述。
 頻度(Frequency)も項目の頻度で、ここでは「まれに」とする。
 最後に安全対策(Safeguard)を考え、「レトラクター挿入位置の透視による確認」を記述。ここでまで行うことで着目した項目が終了。同じ要領でシートのすべてを埋めていく。
 FMEAもほぼ同一手法であるが、FMEAとの大きな違いはこのガイドワードがあるかどうかというもの。大川氏は「FMEAの場合は、エラーモードを自分で考えなければならない。この為、熟練した人であれば思いつくことができるものの、初めて取り組む場合などは難しくなる。この点、HAZOPの場合はガイドワードという枠組みに従った形で考えることができるため、未経験者にとって容易である。また、日頃あまり考えたことのないエラーも、この枠組みによって気づきのきっかけを与えることができる」と語る。
【図表1】
【図表2】
【図表3】
【クリックで拡大】

【図表4】

HAZOPガイドワード
None 意図したことが全く起こらない 高度の脊椎症のため、穿刺ができない
More 意図した量の最大値を超える 深く穿刺した結果、くも膜下腔を貫通する
Less 意図した量の最大値を超える 浅く穿刺した結果、針が届かない
As well As 意図したことはすべて達成されるが、余分な事態が起こる 穿刺は上手くいったが、麻酔薬を血管内に注入してしまう
Part Of 意図したことの一部しか達成されない 半刺しになって、硬膜下腔に位置する
Reverse 意図したことと反対のことが起きる
Other Than 意図したことは全く達成されず、全く異なることが起こる。 他の部位(神経・骨・椎間板)を穿刺する。


■医療安全教育として

 大川氏は、HAZOPに二つの視点を持っている。一つは、プロダクトとしてのHAZOP。これは、組織内でどこにリスクがあるのかを明らかにして、それを組織の知とする活動である。もう一つは、医療安全教育として、リスクに気づく思考方法を医療従事者がもつという視点である。
 「医療事故で死亡もしくは重篤な影響があるものは、医療従事者が関与している治療や診断における事故が多いと思います。実際、日本医療機能評価機構の報告においても、死亡・障害残存(高)で高い割合を占めるのは、治療・処置です(図表5)。二重チェックなどを行うことも大事かもしれませんが、やはり最終実施者におけるリスク感性を高めておくことは重要です」と大川氏は語る。



【図表5】
 事故の概要×事故の程度

死亡 障害残存
(高い)
障害残存
(低い)
不明 未選択 合計
指示出し 0 0 6 1 0 7
薬剤 2 4 35 18 0 59
輸血 1 1 2 2 0 6
治療・処置 40 83 182 48 4 357
医療用具等 医療機器 1 5 17 7 0 30
ドレーン・チューブ 6 5 31 17 0 59
歯科医療用具(機器)等 0 0 4 1 0 5
検査 6 4 42 11 0 63
療養上の世話 17 34 169 26 0 246
その他 50 26 71 29 0 176
未選択 0 1 0 0 0 1
合計 123 163 559 160 4 1,009

出典:医療機能評価機構医療事故情報収集等事業第7回報告書
    図表II-1-27 H18年1月〜9月分から作成。

 また同病院では、専従の医療安全管理者が2名。HAZOP演習は、外部からリスクマネジメントの専門家をインストラクターとして招き、医療安全管理者と研修医等10名前後で1回2時間程度のセッションを数回行う。50名の研修医が一定期間参加する。全員で一つのHAZOPシートを作り上げるのではなく、少人数によるブレーンストーミングでHAZOPシートを埋める形。あくまで個々人のリスク感性を養うのが目的だからだ。

■プロセスマネージメントとしての医療

 大川氏は整形外科医であると同時に臨床医学教育開発学も専攻。HAZOPを使った研修は、この臨床医学教育開発学の活動の一環だ。「学部教育が教えているものは医学。つまり、病気の医学的な背景・解剖・生理学、病理学など。現状としては、どうやったら薬が準備されるかといったステップが、若い人たちにまったく理解されていない。医療現場における手術等で誰がどのような動きになるか、といったものは医療の現場に出て初めて知ることになる。現在の医学教育と医療現場とのギャップが非常に大きいといった問題があります。本来であれば、医療を一つの統合したプロセスと解釈し、そのプロセスをトータルに把握する教育もこれからは必要でしょう。つまり、プロセスマネージメントとしての医療です(図表6)。
 平成16年4月から始まった医師臨床研修制度で、研修医のローテーションが非常に早くなっています。このため、先輩後輩のつながりが非常に希薄になってきている。従来型の教育では、先輩が綿密にコミュニケーションを取る中で指導していましたが、現在は難しいのではないでしょうか。それゆえ、なおさら教育におけるしっかりした枠組みを組織として構築しておくことが非常に重要だと思います」と教育への思いを語る。

<取材を終えて>

 実はこのHAZOPの医療現場における活用は、世界でも例をみないとのこと。つまり、大川氏の取り組みが世界で始めての可能性がある。今後は運用ノウハウが蓄積されると同時に、医学教育にも活かされる形で発展していくことを期待したい。


 大川氏に動画メッセージを頂いています。(1分10秒:4.9MB)


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(取材・企画:田北陽一)