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空飛ぶトリアージタグによる災害医療の効率化と安全化

傷病者が多数発生する大規模な災害や事故時の救護活動は迅速性が必要だ。あわせて、限られた医療資源を最大限に使うために効率性が求められるが、わが国に関しては、しばしば先進国の専門家から「総じて場当たり的である」と指摘・批判された。1995年の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)の後、患者の治療手順に関して円滑になされなかったという反省から、傷病者を重症度と緊急度に応じて区分し、治療の優先順位を決めて搬送する医療トリアージの普及・徹底の必要性が議論され、ようやく実際に訓練を積んだ医療班が災害現場に駆けつけるようになってきた。それでもなお、トリアージ結果の伝達が不確実であるなどの問題が残っている。現在、このトリアージ情報を瞬時にデジタル化し、インターネットにて関係機関や医療施設へ送り、データを共有化し、救護医療をより効率化しようという試みが始まっている。このプロジェクトは関係者の間では「空飛ぶトリアージタグ」とも呼ばれている。取り組みのリーダー的存在である独立行政法人国立病院機構災害医療センター臨床研究部の原口義座(はらぐち よしくら)病態蘇生研究室長にお話を伺った。

原口 義座氏
原口 義座氏

 原口氏より動画メッセージを頂いています。(1分48秒:11.7MB)


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医療トリアージとは

災害や事故、あるいは戦災やテロなどによって生じた傷病者の救護活動において、治療の優先順位をつけて搬送することをいう。歴史的にはナポレオン軍の軍医が戦場にて始めたといわれている。語義的には、「選別する」という意味のフランス語「triage(トリアージュ)」から来ているという説が有力だ。

トリアージは災害現場に駆けつけた医療班のなかでもっとも救急医療の知識と経験のある者が、トリアージ責任者となって行う。傷病者の様子やバイタルサイン、対話が可能であれば聞き取った事項などを参考にして、トリアージタグの氏名、年齢、性別、症状・傷病名、特記メモ、傷病者の連絡先等、最小限の必要項目である記入欄を埋めていく。タグの下部にはミシン目のついた4色の帯模様が付いており、どの色を残すかによって優先順位を示す。通常、重症あるいは緊急性から見て最優先は赤色、中等症は黄色、軽症は緑色、死亡は黒色である。トリアージ責任者は速やかに区別し、それを表す色を残す形でミシン目に沿って切り取り、搬送を担当する者がひと目でわかるように、タグを傷病者の右手首に付ける。右手を負傷していれば左手首に付ける、というように取り付け箇所には決まりがある。

「順位付けは重症度と緊急度を基準としており、一に救命、二に機能温存、三に美容(整容)という順序になります。生命危機、体躯(躯間)の傷病、四肢の傷病、美容温存と置き換えることもあります」(原口氏)

トリアージにかける時間は災害の規模やトリアージ責任者の能力にもよるが、一人当たり数十秒から2〜3分(数分以内)を目標とする。「重症度は時間の経過によってしばしば変化するので、トリアージは災害現場にて1回だけ行なうのではなく、臨時設営された災害センターにて待機している時、さらに搬送時、病医院到着時というように段階的に行なうのが良いのです」(原口氏)

図表1 トリアージタグ記載モデル
図表2 トリアージ分類基準
図表3 実施方法と実施責任者

わが国での医療トリアージ運用歴

1994年4月、名古屋空港にて中華航空機が墜落したとき、日赤のチームを主部隊とする救護班により行なわれたという記録がある。ただし、救護班および搬送班、受け入れ病院との間で、どのような事前の了解があり、どのような成果があったのか不明な点が多い。トリアージタグも、現在普及しているものとは別のタイプが使用された。

翌1995年1月、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)のときは、一部の被災地域にてトリアージが行なわれたようであるが、搬送先である医療施設自体が被災しており、マンパワーや医療機器、薬剤などの医療資源の不足から受け入れ不能の施設が続出。その情報も救護班や搬送班に十分に伝わらず、トリアージはほとんど機能しなかったものと推測されている。

図表4 兵庫県南部地震にて被災した医療施設
兵庫県南部地震にて被災した医療施設

4階が崩落した神戸西市民病院の外観。医療施設自体が被災するため、自分の施設の耐震性等に関する知識も必要である。

「兵庫県南部地震の後、震災時における救護のあり方が関係省庁や機関、学会で検証論議されました。その反省もあってトリアージを含む災害医療の必要性と確立が叫ばれるようになり、その教育および研修、トレーニングが始まりました」(原口氏)

 

1996年3月には日本救急医学会災害医療検討委員会の主催により、医療従事者を対象に第1回災害医療セミナーが開かれた。その他、以下のような活動が国レベルおよび学会レベルで行なわれている。

  • 日本集団災害医学会(旧日本集団災害医療研究会)で継続的にセミナーを実施
  • 厚生労働省主催の研修
    • 災害拠点病院や救命救急センターの医療従事者を対象に「災害医療従事者研修」
    • 都道府県の推薦医療チームを対象に「医療従事者研修」
    • 国立病院・療養所の救護班を対象に「救護班要員研修」
  • 基幹災害医療センターとして指定された施設(各都道府県に1ヵ所、厚生労働省が指定する。災害医学教育、研修を行うことが義務付けられている)で医療従事者を対象に研修を実施

医療トリアージはこのような普及期を経て、以下のような災害、事故において実際に運用されるようになった。

2003年7月26日の0時13分、7時13分、16時56分に、宮城県北部を震源地とする内陸直下型連続地震(宮城県北部連続地震)が発生。それぞれ震度6以上を記録。負傷者は675名にのぼり、重傷は51名、軽傷は624名であった。

2004年10月23日17時56分に、震度7の新潟県中越地震が発生。家屋の全半壊は約1万6千軒にのぼり、68名が死亡し4,805名が負傷。非難住民は10万人を越えた。このとき、原口氏が所属する国立病院機構災害医療センターのスタッフを始めとして、トリアージの実践経験のある数グループが現地入りした。

2005年4月25日、午前9時過ぎ、JR福知山線の塚口〜尼崎間にて脱線事故が発生。乗客106名、運転士1名の死者が出た。このときのトリアージを、当時現場の最前線にいた医師や看護師、負傷者や、死亡した人の遺族の証言を通して検証するドキュメンタリー番組が放映された(2007年4月23日放送NHKスペシャル)。医療トリアージという言葉が一般に膾炙した最初の機会であった。

図表5中越地震被災者

搬送される被災者。

図表6へリポート内に設置されたテント内

救急車待ちや、ばらばらになった家族待ちのグループで、狭く、寒く、騒がしい。テントはすぐに一杯になる。トイレも不便。

図表7避難所・仮設住宅

2階の座席スペースも避難所として使用されている。

なぜ空飛ぶトリアージタグが必要か

トリアージ担当医師によって行なわれたトリアージの情報は、速やかに救護活動に当たっている関係機関に伝達される必要がある。消防署、警察、現場で応急処置をする医療・救護班、被災地近隣の医療施設、救護対策本部や災害現場に設置されるセンターというような機関である。傷病者はどれくらいいるか、どのような傷病が多いのか、重症者、中等症者、軽症者の内訳はどうなっているか、搬送は滞りなく行なわれているか、受け入れ医療機関の収容人数はどれくらいなのか、といった情報を共有する必要がある。

そのなかの傷病者数や傷病の程度、内訳についてはトリアージタグが重要な情報ソースとなる。だが傷病者の右腕に付けられたタグをそれぞれの担当者が見て重症度と緊急度を確認する方法は、個々の任務の遂行には役立つが、その場限りで系統的に伝達されるわけではない。したがって災害の全体像や救護活動の進展具合が見えないので、それぞれが場当たり的に対応せざるを得なくなる。もしその情報が系統的に伝われば、予測を立てて任務を遂行することが可能となり、救護活動がスムーズになると考えられる。

そこでトリアージタグの情報を記入と同時にデジタル化し、インターネットを介して瞬時に送り、情報の共有化を図ろうという試みが、いくつかのプロジェクトチームによってすでに始まっている。原口氏らのグループが行なっているのは、微細なドットパターンが印刷された特殊なトリアージタグを使用する方式だ。デジタルペンで記入すると、筆跡が自動的に認識され、デジタル化される。記載が終了した時点で記入者がタグの所定箇所をタッチすれば、Bluetooth(無線通信の技術・規格の名称)もしくは携帯電話を経由して瞬時に情報をパソコンに飛ばすことができる。パソコンに取り込んだデジタル情報はインターネットを通じ、関係諸機関へ即座に流すことができるというシステムである。

「専用のトリアージタグにデジタルペン、それにパソコンにインストールするソフトウェアがあれば、簡単にシステムを構築できるという点が強みです。パソコンや携帯電話(NTTドコモ社のみ)は個人ユースの通常のものでかまいません。それにインターネット環境があれば日本中どこでも使用可能です」(原口氏)

初期費用はデジタルペンとソフトウェアで、5〜7万円ぐらいとの概算が出ている。

図表8 デジタル情報としてのトリアージ概念図
図表8 デジタル情報としてのトリアージ概念図

今年の2月、原口氏らのグループはこのシステムを使って模擬実験を行なった。都下立川、仙台、水戸、栃木、呉の5つの地域に存在する国立病院機構の医療施設に呼びかけ、それぞれを被災地に見立て、各地とも十数名の模擬傷病者をトリアージして、センターを兼ねた立川に情報を送った。

「栃木ではソフトのトラブルが起こり失敗しましたが、あとの4箇所からはたちどころに情報がセンターに送られてきました」(原口氏)

トリアージ開始から30分の間に実験は終了した。災害が日本を縦断するような超広域で起こることは通常では考えられないが、仮に起こってもトリアージ情報を広範囲に伝達することは可能であることが証明されたことになる。トリアージ情報がデジタル化されることの副次的なメリットしては、タグの破損や逸脱、汚れによって起こっていた「判読不能」を防げることがある。また傷病者の家族からの安否の問い合わせに対して、あるいはマスコミなどへ迅速かつ的確に情報が提供できるということもある。

問題点と今後の課題

医療トリアージの意義が知られ、訓練があまねく行なわれるようになってきた。広域災害に備える意味で、それは良いことである。「一方でトリアージが一人歩きしている傾向が見られます」と、原口氏は自戒の念を込めて言う。トリアージの講習や訓練の場では、学習意欲が旺盛なのはよいのだが、「トリアージさえしっかりできれば、それで災害医療は成立する」と、トリアージを過大評価して捉える医療従事者が少なくない。

言うまでもないが、トリアージを機能させるためには、大災害や大事故、テロなどのときに出動する関連部隊との連携が必須だ。被災現場で被災者を探索する救急隊、消防署、警察、自衛隊、地方自治体、医療機関および医師会…というように協力を仰がなければならない部隊およびその管轄省庁、機構と話し合い、事前にシステムを構築しておかなければならない。トリアージとは別に、互いが連携するための訓練も必要だろう。

「トリアージだけでは災害医療は成り立たないのであって、災害医療の体系のなかではじめて機能する、という意識が必要です。災害医療は欧米に比べて遅れており、その整備を急がなければなりません。災害医療が充実してこそ、いざというときの医療トリアージが確実に機能するようになると考えます」(原口氏)

一般市民へのトリアージの広報も必要だろう。市民には受付順に治療してくれるという意識が浸透しており、それは災害現場においても例外ではないだろう。目の前で苦しんでいる家族より先に、トリアージによる優先順位が上位であるという理由で、後から来た見ず知らずの者が先に搬送され救急医療を受けている、という状況は、一般市民には受け入れがたいだろう。病医院の外来には「患者さんの容態により、順番が変わることがあります」と掲示してあるが、同様に災害現場でもそのようなことがありうる、ということの啓蒙が普段から必要である。「それを抜きにして、トリアージはスムーズに行えないのではないでしょうか」原口氏は広報の重要性を訴える。「空飛ぶトリアージタグ」は災害情報や傷病者の情報を効率的に伝え、救護にあたる関係部隊が同時に情報を共有するうえで便利である。訓練の成功によって、実践での応用にも目処がついた。そのことは喜ばしいが、それをうまく運用するために医療従事者の意識改革や一般市民の啓蒙活動も平行して行っていかなければならないということだ。

なお「空飛ぶトリアージタグ」の課題としては、「刻々と変わる受け入れ側の医療施設のベッド情報、その他の医療資源の活用状況などもシステムに取り入れて、画面に呼び出せるようにしたい」と原口氏は言う。それが実現すれば傷病者の救護活動が一段とスムーズになるのは間違いない。その日が早く来ることを期待したい。

なお、本年7月に発生した中越沖地震でも、小規模ながら本トリアージタグシステムを行い、有効であったという。

さらに、原口氏のグループでは、本トリアージシステムを補足するものとして、

  • 氏名不詳な傷病者の混乱を防ぐなどのための必要画像を添付する方式の併用
  • 悪天候や揺れる車内・航空機内等、トリアージタグへの記載が困難な状況下でのトリアージとして、「音声入力を用いたトリアージ:voice recognition system(AmiVoice)」

など、多様な状況も踏まえた臨床使用へ向けて、現在テスト中である。

※図表1サムネイル並びに図表8はオーダーメイド創薬株式会社ホームページより、許可を得て転載しました。


(取材・企画:黒木要)