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院内暴力、セクハラなど ハラスメント防止対策の重要性と看護管理者の役割

数多くの観光客が訪れる瀬戸の港町、広島県尾道市。急性期病院である尾道市立市民病院は、尾道市民15万人の健康を支える地域医療支援病院である。同院では地域連携のしくみを尾道市医師会と共に創立し、市民病院と各種医療、介護施設や在宅チームの連携など意欲的に活動し、実績を積み上げている。退院時や外来でのケアカンファレンスは年間180例を超え、それらの着実な成果は“尾道方式地域連携”とも言われ注目を集めている。

今回は、職員の教育・職場環境の改善に積極的に取り組んでいる尾道市立市民病院で、院内暴力やセクハラなどハラスメント対策に関するガイドライン化を推進する副院長兼看護部長・山田佐登美氏に「ハラスメント防止対策の重要性と看護管理者の役割」についてお話を伺った。

尚、以下の防止対策マニュアルやガイドラインの内容は、山田氏が前職の岡山大学病院副院長兼看護部長時代から引き継いだもの。他の病院で予防対策マニュアルを作成する際の参考になればと山田氏は語る。

山田 佐登美氏
山田 佐登美氏

今、看護現場では何が起こっているか

今、看護の現場ではどのようなことが起こっているのでしょうか。医療費削減を目的とした改訂医療法や診療報酬の削減、医療費自己負担のアップなど、医療を取り巻く現場は非常に厳しいものになっています。ご存知のとおり、患者の症状の慢性化や複雑化に加え、短くなった入院期間は個別的かつ効果的なケアプランを立てる余裕がなく、緊急時に対応する時間さえも不十分であるという問題も抱えています。また、医学の進歩や科学技術が進む一方で、そのための人的な資源を膨大に消費しており、看護師は新しい医療技術や薬剤について常に熟知し、患者に正確に伝達していかなければならないという使命ゆえ、厳しい医療現場の状況はさらに増長しています。

電子カルテの導入により情報が一元化される裏側では、報告書や証拠書類の記録のための文書作成業務が増え、入力作業に大幅に時間を割かねばならなくなりました。確かに電子化は利点もたくさんあります。しかし、それは「すばらしいケアをやったということを証明する必要がなければ、もっとすばらしいケアをする時間ができるのに」とつぶやく声もあるほど・・・。

看護師は医師からのオーダーを実行し、昼夜問わず患者をモニタリングし、患者のケアマネジメントを行うという責務があります。それゆえに看護師は患者に接する機会が多く、医療事故のリスクに遭遇する機会も多くなっています。看護の現場は患者と向き合ってケアマネジメントする過程において様々な諸問題が複雑に絡み合い、看護師のキャパオーバーが表面化してきているのも現実です。

ナースがいなくなる!

今の看護の現場は非常に混沌としています。看護師は「患者が望む看護ができない」「患者に関わる十分な時間が持てない」「過剰労働による疲労困憊」「自分自身の健康への不安」などの悩みを抱えている中で、さらに職場での暴言や暴力、セクハラなどのハラスメントに直面しています。看護師は医師や患者家族のストレスのはけぐちになりやすく、「認められない」「尊重されない」なども看護師が減っていく大きな一因になっています。

これからの看護、そして看護師は、かつてないほど一生懸命で適応性に富んだ意欲ある人材が必要になってきます。ヘルスケアにおける自らの能力を正しく理解し、看護を表現する、学習する、トレーニングを継続する・・・など、周知のとおり、看護師には様々な能力が必要とされます。その中でも特に問題をチーム(組織)で解決していく力は重要です。看護師は問題をチーム(組織)で解決していく権限を持ち、問題をチームで分かち合っていかなければなりません。すなわち、看護師は発言権を持ち、意思決定において重要な役割を果たしていかなければならないということです。

組織としてできること ―まず、現場の実態を知ろう―

看護師の人材確保のために、組織で取り組む項目に「継続教育」「キャリア支援」「看護師が尊重される職場環境づくり」「社会一般に対する看護師のよりよいイメージづくり」などが提案されています。これらはいずれも看護師としての満足感を支援するものでしょう。しかし、実際に取り組むのは容易なことではありません。そこで岡山大学病院では、まず現場の実態を知ることから注意喚起を促すべく、アンケート調査を実施しました。

< 看護師・コメディカルスタッフのハラスメントの実態調査 >

2004年に看護師とコメディカルスタッフ452人にアンケート調査を実施。回収率は83.7%。うち、20代(226人)50%、30代(116人)26%、40代(74人)16%、50代(34人)8%。

(1)暴言を受けた経験

図表1 暴言を受けた経験
【図表1】 暴言を受けた経験

452人中261人(57.7%)、約6割が暴言を受けた経験がある

(2)暴言の相手

暴言の相手
【図表2】 暴言の相手

暴言を発する相手は、圧倒的に医師が多かった。次いで、患者、上司、同僚、家族、薬剤師、技師、事務官の順になっている。

(4)暴力を受けた経験

452人中56人(12.4%)、約1割が暴力を受けた経験がある。暴力の相手は、患者が49人、医師が7人

(5)セクハラを受けた経験

セクハラを受けた経験
【図表3】 セクハラを受けた経験

452人中216人(47.8%)、約半数がセクハラを受けた経験がある。

(6)セクハラの相手

セクハラの相手
【図表4】 セクハラの相手

セクハラの相手は、170人を超える回答で圧倒的に患者であった。次に、医師(80人以上)。続いてごく少数で家族、上司、同僚、技師、薬剤師、事務官、その他の順になっている。

(7)セクハラの内容

セクハラの内容で最も多いのは「身体を触られる」「抱きつく」。次いで「顔や体型の指摘する」。続いて「女性(男性)のくせに」「飲食に誘われる」「電話・手紙」「性的な関係の強要」「わいせつな写真」などが挙げられた。

(8)ハラスメントを受けた時の気持ち

回答の多い順に、「怒り」「悔しさ」「強いショック」「悲しさ」「憂うつ」「恐怖」「不安」「自分が悪い」「死にたい」「何も感じない」など。

(9)ハラスメントにどう対応したか

回答の多い順に、「友人に相談」「無視した」「仕方がない」「上司に相談」「言葉で抗議」「何もできない」「家族に相談」「専門家に相談」「相談員に相談」「その他」など。

(10)ハラスメントから受けた影響

回答の多い順に、「意欲が減退した」207人、「うつ状態になった」25人、「職場変更や辞職を申し入れた」9人、「仕事を休んだ」2人、「専門的なクリニック等受診した」2人、「その他」1人。

(11)その他 ハラスメントに関するフリーアンサー

  • ハラスメントについての知識を持って、きちんと発言することや拒否することが大切だ
  • 訴えても真剣に考えてもらえなかった
  • 上司の対応によって職場環境は変わるのでは
  • 患者のつらさも分かるが、看護師もひとりの人間として傷つく
  • アンケートによって傷ついている者がいることを真剣に捉え、取り組むべき
  • 自らを守る手段を持つべき  等

(岡山大学病院 2004年アンケート調査実施データより)

ハラスメントの原因と問題点

ハラスメントの原因を分析すると、患者の場合、病態(薬物・アルコール中毒、精神疾患等)が直接の原因に関係していることがあります。しかし問題は、患者への対応の不備や医療機関本位の医療提供体制、患者の過剰な権利主張やそれに対する対応の不備などが考えられます。職員間での場合では、封建的支配関係や権限の濫用、労働環境の問題、価値観の対立などが挙げられます。

「患者さま」の流行から、「患者は特別な存在」だと認識する患者もいます。一方で、看護師自身もハラスメントに対して「相手にそのような行為をさせたのは私がいたらないから」とか「病気がそうさせてしまう」と思い込み、何でも受容しようとする看護師特有の習性も一因しており、ハラスメントをハラスメントと認識しない傾向がみられます。

ハラスメントを誰(どこ)に訴えればいいのか不明瞭な組織体制では、問題が発生しても個人の問題として抱え込み、事件やその実態が表に出てこないことが多々あります。そのため、事件発生時の対応が未熟で混乱してしまう。こうしたハラスメントに対する病院のスキだらけの組織体制がハラスメントを深刻化させる要因になっています。

岡山大学病院の取り組み

 対策を立てる上で、方針を明確に設定することは重要です。岡山大学病院では「ハラスメントやバイオレンスを絶対に容認しない」という方針を声に出して掲げてきました。「職員が幸福でなければ良い医療をできない」という理念に基づき、まず、職員の職場環境を整えることを第一優先としています。

そんな中でリスクを予防するために導入したセキュリティシステムは、大変大きな抑止力になりました。防犯カメラと監視システムを導入しており、院内に訪れる人のアクセスを制限して、患者や職員の流れは一定の範囲に限られています。エリアには必ずIDやテンキーを用いて入室します。夜間でも駐車場や自転車置き場などを明るく照らし、夜間時の不安を取り除きます。暴言の発生が多い深夜時間帯の電話受付は転送して録音します。転送先では「正確な情報を知るためにこの電話を録音させていただきます」というメッセージが流れます。これは電話による暴言に対して効果的なものになっています。

多くの病院はセキュリティシステムが非常に未成熟です。リスクを予防するために次のようなことを職員に啓蒙し心がけています。また病院では救急外来で最も多く暴言、暴力などのハラスメントが発生したため、救急外来にセコムを導入し、警備の応援体制を整えました。それにともない、緊急時における病院組織内の対策マニュアルを作成しました。一人ひとりが役割を認知し、緊急時の対応を周知の上、職員全員がマニュアルを遵守します。作成したマニュアルは随時、改善し続けていくこととしています。

【リスク予防対策】

  • 診療録への記載によるリスク情報の共有化
  • ハラスメント誘因の排除
  • ハラスメント発生時は声に出して助けを求めよう。また見逃さないこと
  • ハラスメント問題は組織にとって重要なこと。みんなで考えて改善しよう
  • 作成したマニュアルを遵守し、改善を繰り返していこう

【セキュリティシステム】

  • 防犯カメラと監視システム
  • アクセス制限
  • 夜間の適正な建物周辺の照明
  • 録音装置設定(電話による暴言対策)

【ハラスメント/バイオレンス発生時の対策】

◆ ハラスメントレベル別の対応システムづくり
(レベル例)
  • レベル1:暴言、脅迫
  • レベル2:器物破損を伴う
  • レベル3:被害者に医療処置を要する障害が生じた場合
  • レベル4:被害者の生死に関わる重大な障害が生じた場合
◆ 事故発生時の応援体制

何かが起こったら自身で解決しようとせず、大きな声で人を呼び、直ちに連絡する。むやみに加害者を追いかけたりせず、システムやマニュアルに則って担当者を呼び出す(岡山大学病院ではすべて総務課係内線7211(ナニー?)に連絡する)。器物破損や暴力を受けた場合は、迷わず警察へ通報する。

◆ 報告・指示ルートの一元化と記録

指示ルートの混乱を防ぎ、情報を一元化するために、誰が何の責任者であるか(警察と連携する者、患者を避難させる者、被害者を保護する者・・・等)をマニュアルに明確に記しておく。病院では7211総務課に入った情報を、PHSを用いた「院内緊急連絡同報メール」とPCへの「院内緊急連絡メール」の2つを使って伝達する。2000人近い職員が働く現場で、全員に周知するには時間がかかるため、院内緊急連絡メールは総務課係からマニュアルに作成された優先順に発信される。優先度1は執行部や院長などで約2、3分でメールが届く。優先度2は看護師長。院内には緊急連絡ボタンがあり、押せばどこで事件が発生しているのかPHSに情報が示される。付近にいる職員は、直ちに現場に駆けつける。

◆ 事故発生後 当事者/被害者/関係者へのメンタルヘルスケア
  • 院内メンタルヘルスケアシステムを活用させる。
  • 相談を受けた者は被害者に過失があるような言動を避ける。
  • ハラスメント問題は被害者が話すことが可能であれば、早い時期に15〜30分の短時間でも少人数でそのときの恐怖心や不安を表出できるような場を持つ。
  • 暴言、暴力、セクハラの当事者は同じ院内では相談しづらいことがあるため、院外の専門機関や専門医などを紹介サポートし、職場復帰へと支援する。
  • その他、プライバシーの保護など被害者のニーズに合わせた対応を行う。
◆ メンタルヘルスシステム

院内ではメンタルヘルスの受付相談をPHSで対応。担当者は心療内科医師(総合患者支援センター副センター長)、看護師長(総合患者支援センター専任師長)。院外では、専門施設と病院が契約し、職員は次のサービスを自由に利用することができる。

  • メール相談/電話相談(無料)
  • 来所相談(6回まで無料)

以上は、すべてプライバシーが保護されるという契約のもと成り立っている。


(岡山大学病院 2005年作成 院内対策マニュアルより)

患者と医療者 ―信頼関係の再構築を目指す―

医療サービス・看護サービスと呼ばれるように、医療にサービスという言葉が用いられるようになりました。社会全体のモラルの低下が問題視されている現代で、患者は医療の消費者、病院の顧客であるという意識のもとで、専門性やプロフェッショナルに対する価値観の低下が懸念されています。近年の医療事故報道による医療バッシングなども少なからず影響していることでしょう。

医療の世界では、「信頼関係」は任務を遂行する上で最も重大な要素です。ハラスメントの問題は、職員のモチベーションを下げる大きなリスクです。このような中で対策マニュアルを作成する際の注意点は、マニュアルを遵守することによって、患者と医療提供者の「信頼関係を再構築する」というのが最大のポイントです。マニュアルは決して職員だけを守るものではなく、患者の権利を排除することなく、どちらも平等に捉えていくことが基本的なスタンスになります。

現場の意見を取り入れたマニュアルの一つに「被害者を救済する」というのがありますが、そのためには組織の強化が必要不可欠です。組織強化にはトップの“価値観”が左右します。組織では、常にトップが一本筋の通った価値観を掲げていなければ、その組織の強化や組織の文化(組織の風土づくり)につながりません。組織強化のためにも、トップや管理職自らがその価値観に基づいた行動を心がけていくべきでしょう。ハラスメントの問題は組織風土に大きな影響を与えかねず、しっかりとした対策が立てられていなければ、職員は使命感をなくした抜け殻のような労働者になりかねないのです。患者を始め、医療に関わる職員誰もがそれぞれの権利を持ち、その使命を果たす大切なひとりです。

人を動かす秘訣は、ただ一つ「信頼すること」。職員の安全を守ることも、患者の安全を守ることと同じくらい大切であることを胸に刻み、今後も人を通した生産性の向上を目指し、医療のあり方を問い、コンプライアンスの確立と責務を果たしていきたいと思います。


山田佐登美(やまだ さとみ)氏
広島県尾道市生まれ。岡山大学医学部附属看護学校卒業後、同年同附属病院に勤務。
平成17年、岡山大学病院看護部長兼副院長として活動。平成15年、日本看護協会認定看護管理者に認定。平成20年4月、生まれ故郷である尾道市立市民病院の副院長兼看護部長に就任。



2009年2月4日(取材:石田 和歌子)