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肥満症外来における医療安全

武城英明先生
千葉大学医学部附属病院 糖尿病代謝内分泌内科 医師

厚生労働省は、40才〜74才でメタボリックシンドロームが強く疑われる人は全国で約920万人、予備群と考えられる人(内臓脂肪型肥満に加え、高血糖、高血圧、脂質異常のうちいずれか1つが該当する人)は約980万人、あわせて約1,900万人と推計している(「平成17年 国民健康・栄養調査の概要」による)。40才〜74才の男性の2人に1人、女性の5人に1人が、メタボが強く疑われるか予備群だ。

また日本肥満学会の会員数は平成17年の2,100名から平成18年は2,300人になるなどここ数年増加傾向にある。それにともない「肥満外来」や「肥満症外来」を掲げる施設も増えてきた。一方、美容目的としたダイエットをする女性が、シブトラミンを含有する「痩せ薬」で死亡に至った事故も記憶に新しい。

薬物療法をはじめ、肥満症外来の安全管理に留意すべき点を武城先生に伺った。

肥満者(BMI≧25)の割合(20歳以上)

治療の対象

「我々医師が肥満症外来で治療するのは、単に太っている人でなく、BMIが25以上の肥満で健康障害を伴っている人です。美容目的で体重を落とすことが目的ではありません。健康を保ち、長期的に体重を落とす、あるいは落とした体重をリバウンドすることなく維持することが目的なので、短期間で、例えば1ヶ月に10キロ落とすことはしません」

健康の面からアプローチし治療をするのが肥満症外来だ。美容的な観点から痩せることを目的とする肥満外来とは一線を画す。

「肥満症は大きく3つの病気のリスクをはらんでいます。1つは糖尿病、高血圧、高脂血症などメタボリックシンドロームが引き起こす病気のリスクです。メタボリックシンドロームは皮下脂肪やBMI値よりも内臓脂肪の影響を受けるので、肥満症の治療は、体重を落とすことではなく内臓脂肪を減らすことが目的です。

2つめは睡眠時無呼吸症候群(SAS)になるリスクです。症状が悪化すると、ノンレム睡眠を満足に取ることができなくなり、ノンレム睡眠を取れなくなると深い眠りが得られなくなります。目覚めがすっきりせず、体がだるかったり昼間に強い眠気が襲ったりします。電車やバスの運転士が睡眠時無呼吸症候群だったことによる運転トラブルはしばしば発生し、その危険性は社会問題にもなっています。また睡眠時無呼吸症候群は脳への血液や酸素の供給が滞るため、脳卒中を引き起こし、突然死の原因にもなります。その原因の95%は肥満なので、まずはBMIを落とすべきなのです。また糖尿病、肥満、高脂血症などの合併症を誘発するため、内臓脂肪を減少させることも意識しなくてはならないでしょう。

3つめは整形外科的・婦人科的なリスクです。肥満症が膝関節症や不妊などを引き起こします。これにはBMIを落とすことが大切です。

BMIが25以上で、かつこれら3つの大きなリスクをはらんでいる人を肥満症外来の治療の対象とします。ただし、現在BMIが25以下、または今は病気のリスクがなくても、5年後ないし10年後に肥満症になることが予想できる人、メタボリックシンドロームの人は治療の対象となります」

チーム医療とカウンセリング

「医療として減量をしていくには、落ちこぼれてしまう患者さんを出してはいけません。失敗する人を出さないのが医療です。そのためには内科医だけでなく、管理栄養士、運動指導医、看護師、精神科医が1つとなって行うチーム医療を施すことが重要です。患者本人の『性格の成熟度』を考慮し、本人が続けられる食事の習慣を探っていかなければなりません。

食事療法は行動修正療法と密接にかかわります。行動修正療法は、食べたものをノートに書き、1日に4回体重を測ることから始まります。行った運動も記録します。すると何を食べるとどのように体重に影響するかを患者本人が把握できるようになるのです。患者本人に行動パターンを丁寧に書いてもらい、医師が患者さんの生活を徹底的に理解します。

肥満症治療において重要な点は、『ストレスを食に向かわせない』ということです。ストレスの種類、強さ、耐性などは患者さん1人ひとり異なるので、じっくり話をお聞きして、ストレスをどうしたら食に向かわせないで、他で上手に発散できるかを探っていきます。人間からストレスを排除することはできませんが、食に向かわせないようにすることはできるのです。

そのために千葉大学の肥満症外来では、患者さんを理解することを重視します。治療はまず話しを聞くこと(カウンセリング)から始め、治療に入るのは初診からおおむね3ヶ月から半年後です。その間患者さんは、1ヶ月に1回から2回、外来通院します。まず、患者さん本人が自分自身の行動や食生活を認識し、自分自身を理解し、そして医師が患者さんの生活を把握し、すべての人に何らかの効果が出るように努めます。

太っているのにまるで危機感を持っていない人もいます。そのような場合は肥満になったバックグランドを考えることが重要です。肥満になったことに対して、何かしらの"得"を得ているのです。疾病利得が何かあるのではないかと探っていくことから治療は始まります。例えば食べること、太ることに心地よいところがある、注目されたい、寂しさを紛らわすため、などです。そうしたバックグランドを探るには1、2回の診療では難しいでしょう。」

武城先生はカウンセリングの重要性を強調する。じっくり時間をかけてカウンセリングし、時には精神科医の協力を得て治療を進めることもある。綿密なカウンセリングは患者のモチベーションの向上のためでもある。

内蔵脂肪は皮下脂肪に比べて、落ちるのが早い。体重は明らかに落ちてなくても内臓脂肪が落ちていれば、効果が出たということになる。内臓脂肪が落ちた旨を患者さんに伝えれば減量のモチベーションになる。体重や内臓脂肪が落ちていく喜びを医師やスタッフと共感できると治療は長続きするだろう。

目標体重を達成したので医師からは「来なくてもいい」と言われてもすでに10年を超えて定期的に肥満症外来通院している人がいる。彼らは理想体重を維持しているが、通院してくる。長く通院する人ほど効果を出したり、理想体重を継続できるので、飽きずに通院できるよう患者さんにとって治療が楽しいことにすることも重要だ。

薬物療法の安全性

体重を効果的に落とすために薬物療法を宣伝するクリニックが増えてきている。甲状腺ホルモン、マジンドール、シブトラミン、防風通聖散、防已黄耆湯、加味逍遥散はどのようなものか。

「肥満症は薬や手術だけでは根本的な治療になりません。

日本では現在、食欲抑制剤のマジンドール(商品名サノレックス)一種類が保険適用です。しかし長期間に渡って副作用がなく安全性が確立していて、内臓脂肪だけを選択的に落とし、薬物依存がなくその結果肥満症の合併症の発現を予防、改善させる薬はマジンドールを含めて今のところありません。

甲状腺ホルモンを服用すると体重が減少するのは、脂肪だけでなく骨や筋肉も落ちるからです。それを長期間、肥満治療に使うというのはいかがなものでしょうか。

中枢性食欲抑制作用剤のシブトラミンはオーストラリアなど海外で認可されていますが、日本ではまだ治験が終わってないので日本人に適応するかわかりません。防風通聖散は学会発表などもありますが、脂肪だけに効くのか、長期に渡って安全かなど一般的評価に耐えられるデータの集積がさらに必要です。防已黄耆湯、加味逍遥散などの漢方も同様と考えます。

薬を飲んで1年間で10キロ痩せても、薬を止めたらリバウンドしてしまったというのは肥満症治療の本質ではないのです。太らない生活習慣を維持し、適正体重を保ち、健康でいることが肥満症治療の本質です。食事療法、運動療法、行動修正療法の3本柱が肥満症治療の根幹であり、薬物療法はそれらをサポートする位置付けとなります」

保険が適用されているマジンドールの副作用には軽いもので、いらいら感、神経過敏、動悸、重いものでは依存、肺高血圧症がある。また、アメリカではシブトラミンを服用した28人が心臓疾患で亡くなっている。言うまでもないが、服用するメリットがデメリットを上回るときに服用しなくてはならない。肥満治療における薬物はあくまで補助的なものだ。案の定というべきか、今のところダイエットに王道はない。

ダイエットの安全管理

「よく言われることですが、脂肪を1キロ落とすのには6〜7,000キロカロリー消費することが必要です。1日に200キロカロリー減らせば、1ヶ月に1キロ減る計算です。2,000キロカロリーを摂取している人が1日600キロカロリー減らして1,400キロカロリーにすれば、3キロ減量できることになります。

これ以上痩せると脂肪だけではなく筋肉や骨なども落ちたことを疑います。その後リバウンドし、脂肪が増える。またダイエットをしてリバウンドし脂肪が増える・・・と体重は変わらず身体の組成が変わっていく悪循環を招きがちです。短期間で効果を出すダイエットではこのようなことが起きていないか危惧します。もちろん外科手術などを控え緊急に減量しなくてはならないときはありますが、その場合は入院管理下で行います」

筋肉が落ちると肩こりや腰痛、冷え症になったり、基礎代謝が落ちて薬を止めたときに痩せづらくなることもある。骨が弱くなると骨折しやすくなるのは言うまでもない。また、リバウンドとダイエットの繰り返しによる身体組成の変化はホルモンバランスの異常を来たすこともあり、自律神経に影響を及ぼしたり、精神的ないらいらを引き起こす。急激なダイエットも同様であって、専門の医師の下での安全面に配慮した減量がどうしても必要だ。ダイエットしたことによって体調が悪化したのでは元も子もない。

正しく普及を

カウンセリングは重要だが、それだけでは初診料、または再診料および生活習慣病指導管理料しか保険請求できない。「それでも1人30分から1時間、ときには2時間と時間をかけて診察しています。大学病院の専門外来だからできることですが、それでは肥満症の治療として限界があります。」

一般の診療所で時間をかけてカウンセリングすることは難しいかもしれないが、肥満症の治療を行政が理解し、正しい治療法が普及していくことが望ましい。

なお、2007年11月14日、中医協 診療報酬基本問題小委員会において、生活習慣病管理料の評価について議論が行われた。議事録はまだ掲載していないが、「生活習慣病管理料算定保険医療機関における患者状況調査 結果概要(速報)」等詳しい資料は厚労省ホームページをご覧いただきたい。

 武城先生より動画メッセージを頂いています。(1分17秒:7.82MB)


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取材・企画/阿部純子

カテゴリ: 2007年12月 4日
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