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No.48「市立病院内の給食でサルモネラ菌に感染し、末期癌患者が死亡。遺族から市に対する慰謝料請求を認める判決」

大阪地方裁判所 平成12年1月24日判決(判例時報1738号83頁)

(争点)

  1. S病院の過失(1)(入院患者へのサルモネラ菌感染)の有無
  2. S病院の過失(2)(サルモネラ菌感染発見の遅れ)の有無
  3. D医師の過失(1)(サルモネラ菌感染発見の遅れ)の有無
  4. D医師の過失(2)(IVH長期抜去)の有無
  5. 因果関係
  6. 損害額

(事案)

患者A(女性)は、平成8年4月24日、直腸癌の除去手術をするため、O市立S市民病院(以下S病院)に入院(西館病棟)した。

Aの主治医となったS病院のD医師は、同年5月14日、Aに対し、直腸癌下部前方切除術を施行した。

同年7月12日ころ以降、S病院の入院患者にサルモネラ菌により食中毒に罹患する者が出始めた。Aにも下痢等の消化器症状が発生し、同年7月16日の検査の結果、サルモネラ・モンテビデオ型のサルモネラ菌が顕出された。

S病院の給食場は、O市長から、同月17日から同月19日までの3日間、業務停止を命じられた。

一方、7月15日にAを診察したD医師は、癌再発と診断した。同日、D医師は自己の判断でAの中心静脈栄養カテーテル(以下、IVHという)を抜去し、同月19日に輸液を再開した。

Aは、同月27日に死亡した。

(損害賠償請求額)

遺族(夫と子供)の請求額 3142万円(内訳:死亡慰謝料2500万円+逸失利益642万円)

(判決による請求認容額)

300万円(内訳:慰謝料300万円)

(裁判所の判断)

S病院の過失(1)(入院患者へのサルモネラ菌感染)の有無について

裁判所は、S病院の平成8年7月13日の昼食である茄子のごま和え及びツナサラダ並びに調理従事者検便からサルモネラ菌が検出されたこと、汚染原因としては食材の汚染、調理場内のネズミ、昆虫類の生息可能性が推定されており、不可抗力的な原因については想定していなかったことによれば、Aに対してサルモネラ菌を感染させた点は、S病院の債務不履行であると認定しました。

S病院の過失(2)(サルモネラ菌感染発見の遅れ)の有無について

裁判所は、まず、食中毒がサルモネラ菌によるものであることが判明したのは、Aについてサルモネラ菌感染が疑われた日の前日である7月15日であるところ、同月14日当時、下痢、発熱症状がみられたのはS病院の本館4階病棟(内科)、本館3階病棟(産婦人科)及び北館病棟(整形外科)であったというのであり、Aが入院していた西館で食中毒症状を呈した患者が出たのは、D医師がAについてサルモネラ菌中毒を疑った同月16日になってからであったと認定しました。

そのうえで、明らかな食中毒症状を呈していた患者がいなかった西館の患者全員に対して、直ちにサルモネラ菌集団感染の事実を開示し、直ちに検査を実施すべき注意義務があったとまでは認められないとしました。また、西館にも患者が出始めた同月16日には、Aに対しても検査及び治療が行われているのであるから、S病院の措置が遅れていたとまでは認められないとして、この点についてのS病院の過失を否定しました。

D医師の過失(1)(サルモネラ菌感染発見の遅れ)の有無について

裁判所は上記2の事実経緯などから、7月16日以前において、D医師がAのサルモネラ菌感染の疑いを持つべきであったとはいえないとして、この点についてのD医師の過失を否定しました。

D医師の過失(2)(IVH長期抜去)の有無について

裁判所は、7月15日当時、Aの全身状態は客観的には癌の再発及びサルモネラ菌の感染による発熱・下痢の症状を呈していたこと、D医師は、同日Aの右足に浮腫が出現していたと診断していたことがそれぞれ認められ、翌日である同月16日にはAにサルモネラ菌中毒症状が明確に出現していたこと、大腸癌を中心とした消化器外科の専門家であるT医師が、同日IVHを抜去したこと自体は不適切ではないが、同日以降、末梢ルートからの水分補給が必要だったのではないかとの意見を述べていることに照らすと、少なくとも7月19日に至るまで輸液を行わなかったことは、適切な診療ではなかったというべきであるとして、この点についてのD医師の過失を認めました。

因果関係について

裁判所は、サルモネラ菌をAに感染させたS病院の過失及び7月15日から19日に至るまで輸液を行わなかったD医師の過失がなければ、少なくとも現実にAが死亡した7月27日の時点において、同人がなお生存していた高度の蓋然性があるという意味において、右過失とAの死との間には因果関係があると認定しました。

損害額について

裁判所は、各過失行為前である平成8年7月10日時点において、Aは既に直腸癌を再発したいわゆる末期状態にあり、D医師としてももはや積極的措置は取り得ず、多少無理をしてでもAを身辺整理のため帰宅させるべくIVHを外す程度の措置しかとりようがなかったと認定をしたうえで、Aが手術後3年間は日常生活が営めるという前提にたって遺族が請求をしていた、Aの逸失利益を否定しました。

次に慰謝料について、裁判所は、入院患者にとって、入院中の衛生管理については全面的に病院に依存せざるを得ない状況であるところ、本件において、S病院がAを含む多数の患者にサルモネラ菌を感染させた点については、およそ診療契約に基づく基本的な義務に違反したものであると判示しました。

そのうえで、Aが苦痛を伴う手術を行った動機が、幼い子供らのため、少しでも長く生きたいからというものであったこと、現実にはAの死期が多少なりとも早まったこと、他方、客観的にはAの死期が迫っていたこと、癌再発が告知されていたこと、サルモネラ菌感染に対しては一応適切な治療が行われ、程なく陰性になっていることの各事情から、慰謝料の金額は300万円が相当と判断しました。

カテゴリ: 2005年6月21日
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