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社会心理学の視点から考える組織としての安全対策

東洋英和女学院大学 人間科学部教授
社会学博士 岡本浩一氏

医療の安全を推進するためには、医療の現場に潜んでいる様々な落とし穴を一人ひとりが理解し、既に行われている安全対策を全員がきちんと実行することが重要とされている。しかし、実際の現場では「わかっていてもできない」「他人のことは注意しない」「注意するのは気がひける」などの雰囲気があることも事実。

企業・組織の違反行為、事故隠しなどの背後で、積極的な意思決定の方策とは何か。今回のスペシャリストは、医療の現場を社会心理学の視点から分析し、医療安全を組織として対策を講ずる東洋英和女学院大学人間科学部教授、社会学博士岡本浩一氏に話を伺った。違反、事故、不祥事を防ぐ社会技術から、医療の現場、組織の問題を解き、有効な方途を探る。

リスクに関する社会心理学的な研究においては、いわゆる属人的な組織風土の強いところで事故が起こりやすいということがわかっています。

「属事主義」とは、私の造語ですが、ことがらの是非を基本としてものを考えるのを属事主義と呼びます。ことがらの是非を基本とすることなど、当たり前のことだと考える人が多いでしょうが、日本の社会では、どうも、これは当たり前ではないように考えられます。

属人(的)とは、日本の企業風土では、ことがらの是非そのものよりは、そのことがらに関係している「人」がどうかの評価によって、種々の決定を行う傾向が強いことを指します。たとえば、同じ内容の企画書でも、誰が提案したかによって、採否が決まるということがしばしばあります。このようなとき、私は「属人(的)主義」という言葉をあてて、属事主義と対比させています。

医療事故の背景には、病院の人手不足、医療制度の問題、病院の組織や管理の問題、医療機器の問題、医療従事者の問題などさまざまな原因がありますが、社会心理学的アプローチでは、属人的風土のもとでは組織的違反が実際に多く容認されているという強い実証データが得られています。

【図表1】は組織風土と違反の件数を表したものです。

これは、組織の属人思考の程度と、実際に組織的違反がどの程度あったかについて調査を行った結果です。データを所属組織の属人思考の程度によって「属人度低群」「属人度やや低群」「属人度やや高群」「属人度高群」の4群に25%ずつ分け、それぞれの群における組織的違反の件数をカウントしています。一見してわかるとおり、実際に属人思考の強い組織ほど「法律違反の放置」「不正のかばい合い」「不祥事隠蔽の指示」「上司の不正容認」「規定手続きの省略」などの組織的違反が多くなっています。

【図表1】 組織風土と違反の件数
図表1 組織風土と違反の件数

組織風土の重要さ

不祥事や大事故につながる組織的違反が、組織の風土と深くかかわりがあるという意識は、トラブルを経験した企業の内部でも直感的にあるようです。組織の風土に問題があると、組織的違反が起こりやすく、違反が改善、解消されにくくなります。風土が属人的であると、対人関係への配慮をきちんとしなければ、言わなければならないことを言いにくい職場になることがわかっています。この小さな躊躇が、医療事故の原因になっている可能性も高いのです。

■あなたの組織は属人的ではありませんか?ここで、あなたの職場の属人度チェックをしてみましょう。

  1. 仕事ぶりよりも、好き嫌いで評価される傾向がある。
  2. 相手の対面を重んじ、会議などで反対意見が表明されないことがある。
  3. トラブルに対し、原因が何かより、誰の責任かを優先する雰囲気がある。
  4. 同じ案でも、誰が提案したかによって、その通り方が異なることがある。
  5. 誰に頼まれたかによって、仕事の優先順位が決まることが多い。

以上の5つの項目にいくつあてはまるでしょうか。3つ以上は危険ゾーン、4つ以上ならばあなたの職場風土に問題が起こっている可能性があります。

属人風土と組織的違反の関係

社会心理学グループ(※)では、組織風土の属人思考と組織的違反の関係に着目し、過去2回にわたり、首都圏の企業や官公庁・役所などの従業者を対象に大規模な社会心理学調査を積み上げてきました。
※社会技術研究において、組織不祥事を防ぐための技術の開発を目的として平成13年度に開始された研究プロジェクト。岡本浩一教授ら総勢14名の大チームを組み、社会心理学を用いた社会技術を開発する研究に従事した。

研究では、まず、調査対象者に「属人風土の尺度測定」「命令系統の整備尺度」「違反容認の雰囲気尺度」という3つの尺度を用いて質問を行い、組織風土が違反の容認に与える影響(組織的違反を容認するかどうかという価値観)について検討することを目的としました。

続く研究では、前述の研究で用いた3つの尺度に加え、「組織の属人思考の程度と組織的違反の件数尺度」を用いる事で、組織風土と実際の違反行動の件数(組織風土の属人度が高いと、実際に違反の件数が多いかどうか)まで踏み込んだ調査を行っています。その結果、属人思考と組織的違反の間に非常に強い関連が確認され、属人思考の排除が、風土刷新、および組織的違反の防止に有効であるという結論が導きだされました。

組織風土の属人思考をデータというかたちで確認し、風土と違反の関わりを客観的にとらえることは、効力ある風土改革に不可欠であると考えます。

個人的違反と組織的違反

ひとことで「組織内の違反」といっても、「個人的違反」と「組織的違反」は別々の要素であり、お互いに相関しないことが研究では明らかにされています。「個人的違反」とは、会社のものを私用に流用したり、勤務時間をごまかすなど、個人が楽や得をするなどの違反であり、「組織的違反」とは、組織の利潤利益のために、定められている基準や手順を省略する、不正を隠蔽するなどがあります。前者は組織にとってマイナスになるが、後者は社会的に明らかにならない限り、組織にとって短期的にはプラスになるという点で大きく違っています。

【図表2】は研究データにもとづき、共分散構造分析という統計手法により求められた因果図式です。

【図表2】 違反と組織風土の関連に関する共分散構造分析の結果
図表2 違反と組織風土の関連に関する共分散構造分析の結果

図中の係数に注目していただきたいのですが、「命令系統の整備」は「個人的違反の容認」に関連が強く(係数=マイナス0.49)、命令系統の整備が行き届いているほど個人的違反が起こりにくい可能性が示されています。

そして、「属人風土」では「個人的違反の容認」との関連を示す係数が0.20、「組織的違反の容認」との関連を示す係数は0.68となっています。この0.68という数値は、属人風土と組織的違反容認の雰囲気との間に、非常に強い関連があり、属人風土では組織的違反が容認されやすいことを示唆しています。

また、研究では個人的違反を容認する雰囲気と、組織的違反を容認する雰囲気には、異なった組織風土の要因が関連していることも明らかにされています。

■この分析によって、次のような知見が抽出されました。

  1. 違反は、「個人的違反」と「組織的違反」の2群に大きく分かれる
  2. 規則や権限関係等の不明瞭さは、個人的違反の規定因となっているが、組織的違反の原因にはなっていない。
  3. 組織風土の属人思考が組織的違反の強い規定因となり、同時に、私的違反にも中程度の有意な決定力を持っている。

※ 「規定因」とは、因果を引き起こす原因となるもの。

問題意識の改革と健全な風土づくりを

組織や職場は、多かれ少なかれ権威主義的な制度や風土を持っているものです。

病院の職場にも相応な権威が機能していることは自然なことです。重要なのは、組織が本来の権威としての機能を果たさず、形骸化した状態で、責任の遂行を妨げる要因として機能することがあり得るということを知ることです。

職場の上下関係が一見は厳しくなくとも、組織風土が属人的であると、言わなければならないことを言いにくい職場になることがわかっています。

産業界では、自分の組織における不正を知っていると答えている人が、およそ21%もいます。そのうち、56%の人がどこにも言わずにすませています。このようなパーセンテージは医療界でも類似しているのではないでしょうか。この56%の躊躇のかなりの部分が、上司や先輩に相談しにくいということが中核になっています。

医療機関においても、組織風土の属人性はとめられます。これらの問題を克服しようと考え始めるのは、あなた自身の問題意識です。「問題を言いだしにくい」「違反を注意しづらい」など、このような小さな躊躇を克服するためにも、職場風土をまず意識してみることが大切です。

[参考文献、資料の紹介]

組織の社会技術シリーズ1、2、3 著 岡本浩一・今野裕之/新曜社
無責任の構造 著 岡本浩一/PHP新書
医療コンプライアンス推進ビデオ「小さな躊躇を克服しよう」/科学技術振興機構
権威主義の正体 著 岡本浩一/PHP新書

[取材を終えて]

病院では大変高度な安全対策が求められる。しかしながら、どれぐらいの安全率をもとめていけばよいのか、必ずしも認識されてはいない。仮に一人の職員が50年に1回重大な事故を発生すると仮定する。50年に1度の医療事故は非常に低いように思われるが、1000人のスタッフが勤務する病院では、病院として年間20回になってしまうという。病院として50年に1度の事故の発生にとどめるためには、一人あたりの職員の事故の発生率は5万年に1回という計算になる。このことは、意識改革や風土を改革しないままに病院の規模を拡大すると、かえって医療事故の増加が懸念されるということである。人手が足りないからといって安全対策ができないと決め込まずに、まず、基本を守ること。そして、安全を大切にする意識改革や組織の健全な風土づくりを行い、そのうえでバランスよく病院が発展していくことが望まれる。

岡本氏より動画メッセージを頂いています。(1分1秒:5.21MB)


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取材・企画:石田和歌子

カテゴリ: 2007年11月 1日
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