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第116回 日本外科学会定期学術集会 「外科医に求められる医療安全―医療事故調査制度の開始にあたって―」

一般社団法人日本外科学会は2016年4月14~16の3日間、大阪国際会議場とリーガロイヤルホテル大阪で開いた「第116回 日本外科学会定期学術集会」で、昨年10月1日に施行された新たな医療事故調査制度をめぐる特別企画を催した。「外科医に求められる医療安全―医療事故調査制度の開始にあたって―」と題するこの企画には、同制度に関わりの深い医師や法律家、NPO法人、行政などの専門家がそれぞれの立場から発言。制度施行前後の状況などを報告した。

半年で寄せられた相談は1000件以上

「外科医の立場から見た本制度の要点・念頭に置くべきこと」

木村壯介(日本医療安全調査機構 常務理事)

木村壯介氏

木村壯介氏

今回の制度は、個人の責任追及ではなく、当該医療機関自らが調査することによって医療の質と安全の向上を目指すことを目的としている。事故の判断等は、医療者側に委ねられているということだ。当該医療機関が行うことによる「中立・公正性」「専門性」「透明性」という問題に関しては、支援団体が加わることで対応している。支援団体は、調査の実務的な支援も担う。例えば、小さなクリニック等の事故でも、その県の支援団体協議会等で調査が可能という形をとっている。

まだ施行後6カ月だが、私どものセンターでは、同一の電話番号で、この医療事故に関する相談を受け付けることにしている。合議により判断して基準となる結論を出し、センターの助言として出す形をとっている。この半年で1000件以上の相談があった。内容は「事故の判断に関するもの」「事故の発生の報告の手続きに関するもの」「院内調査に関わるもの」「その他」がそれぞれ4分の1ずつという割合だ。

この半年間で事故が発生したという報告は188件あった。施行当初の10月、11月は少なくて少しずつ上がってきた。2月に少し減ったが、3月には48件になっている。この制度を設計するときには、多くのデータから年間1300~2000件という数を想定していた。1200件と仮定すると月100件になる。従って、現状は非常に少ないということになる。事故の定義も考え方も違うので一概に評価はできない。また、亡くなってから事故発生の報告までの期間にはかなり要しているようだ。

真価を発揮するには多くの人の協力が必要

現在、医師法21条を含めた見直しが法令の附則に示されており、6月までに行われる。医師法21条に関する公式な解説については1994年に厚生労働省の医政局から示されたのが最後である。

一昨年、医療事故調査制度によって新たに事故死を定義し、報告調査をすることを定めて以降、医師法21条との兼ね合いをどうしようかという見直しが行われている。犯罪と関係ある異状死は21条。それ以外はこの制度で医療事故死を取り扱うという考えがある。これは学会員の立場として、基本的には賛成だと思う。

ただ問題は、犯罪と医療事故死の判断が難しい場合があることだ。もう一つ、医療事故死の中で、本制度で本当に医療の場で起きる診療に関連した死亡すべてに対応できるのか否か。医療界ですべて対応するとして、きちんとそれに対して処理できているのか。報告数に現れた現状をどう評価するか。これが全体をカバーしないのであれば、もっと強制力を持って対応しなければならないという考えが社会あるいは行政から当然出てくるだろう。

この制度は、医療を信頼するという基盤の上に作られた。医療者側に調査、判断、対応を預けてあって、強制力も罰則もない。現場で医療を行う当事者、管理者の努力に加えて多くの方たちの協力が必要である。ぜひ皆さんの協力をお願いしたい。医療の中で起きた事故に対応でき、的確に処理できるシステムとしてぜひ育てていきたい。

事故報告について/制度開始後の相談・報告から
事故報告について/制度開始後の相談・報告から
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「院内事故調査」各組織との関係
「院内事故調査」各組織との関係
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医療は説明責任を伴う準委任契約

「外科医の立場から見た医療安全そしてリスクマネジメント」

万代恭嗣(東京山手メディカルセンター 院長)

万代恭嗣氏

万代恭嗣氏

若い先生方に今回の医療事故調査制度をどう考えたらいいのかを話したいと思う。医者と患者の関係におけるパラダイムシフトが起きて久しい。最大の変化は、なんといっても患者の権利の尊重や自己決定権の尊重が極めて大事な時代になっていることだろう。

ただ、その考えが広く行き渡り、行き過ぎた場合、悪しき結果をすべて医療ミスと考える患者と家族がいることは間違いない。それにどうやって対処していくかも求められている。個人にとって医療ミスとクレームされる頻度はそれほど高くない。大切なのはまず組織として対応することだ。一人で抱えないことが、過誤があってもなくても必要だと思う。

民法上の契約には請負契約と委任契約がある。請負契約とは、建物を建てることでお金をもらう建築のようなものだ。要するに、完成という結果を保証する責任を負う契約である。委任契約は弁護士や公認会計士にお願いして行う契約だ。これらに対して、医療行為は準委任契約であり、請負とは違い、結果を約束できない、あるいはしない契約である。それゆえに、結果およびその過程については説明責任が発生する。

求められる説明の例として判例がある。例えば、平成13年の最高裁判決では「診療契約に基づいて要求される内容につき特別の事情のない限り、1.当該疾患の診断(病名と病状) 2.実施予定の手術の内容 3.手術に付随する危険性 4.他に選択可能な治疲方法があれば、その内容と利害得失 5.予後などについて説明すべき義務がある」とされている。

そこには「説明すべき義務」があると書いてある。「努力義務」ではない。この5点をぜひ若い先生には覚えておいていただきたい。私も院長として口を酸っぱくして言っている。

最高裁で判決が出ると覆せない。だから、何かあって民事の訴訟を起こされた時、この5要件を守っていなければ、必ず負けると考えていただきたい。医療事故調査制度の狙いは責任追及ではなく再発防止である。産科医療補償制度のように、恐らくは訴えが少なくなるのではないかという期待もあるが、民事訴訟を起こされない保証はない。若い先生にはぜひ実行し、かつカルテへの記載も忘れないでほしい。

リスクマネジメントのABCDを頑なに守ろう

医療安全の方策としては、テクニカルスキルだけでなく、ノンテクニカルスキルが必要だ。外科領域はもともと"体育会系"で"匠"の技術を追求しがちだが、医療安全においては、神の手よりは丁寧なきちんとしたノンテクニカルスキルの繰り返しが必要である。

研修医のリスクマネジメントでは、救急患者を診るときのABCDに加え、リスクマネジメントのABCDの要件を意識することが鉄則だ。「Anticipate=予見して、Behave=態度を慎み横柄な態度はしない、Communicate=お互いにコミュニケーションをとって、Document=記録すること」である。一番大切なのはDであろう。しかし、これがなかなか言うは易く、行うは難い。院長として「日常診療で忙しいだろうけど、結局は自分の身を守ることになるんだ」と言っている。一言でも書いたか何も書いていないかで、結果はずいぶん違う。

不幸にして事故が起こった場合はどうするか。私どもが作ったマニュアルでは、「共感表明謝罪」と「責任承認謝罪」に触れている。「共感表明謝罪」とは、良かれと思って行った医療行為の中で、悪しき結果が起こった場合、たとえ過誤がなくても「期待する結果が得られなくて大変申し訳なかった」とする謝罪である。誰もが悪しき結果を目指して治療するわけではないのであるから、この謝罪は患者にとっても透明性を示した説明になると思う。そういう心がけが必要だろう。

医師・患者関係におけるパラダイムシフト
医師・患者関係におけるパラダイムシフト
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リスクマネジメントのABCD
リスクマネジメントのABCD
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個人責任でなく組織対応が問われる

「医療事故調査と病院のガバナンス」

堺常雄(日本病院会 会長)

堺常雄氏

堺常雄氏

今回の医療事故調査制度は、医療の安全を確保することを目的としている。木村先生の報告にもあったが、2016年3月末日時点で、センター調査の依頼件数は2件だった。当初の予測に比べると随分低く、塩崎厚労相の発言もあるが、これからはセンターを中心に色々検討する必要があるだろう。この状況をみると、病院の管理者、職員が一人ひとり留意すべきことがいくつか挙げられると思う。

日常的には、管理者はじめ、すべての職員が、いかに良質で安心・安全な医療を提供できるかを認識し、努力することが求められている。そこで問われるのは個人の責任ではなく、組織がどのように対応してきているかである。だからこそ病院のガバナンスの確立が重要になってくる。

最近のガバナンスをめぐる事例では、東京女子医科大学病院と群馬大学医学部附属病院の「特定機能病院承認取り消し」(2015年6月1日)、8病院の「臨床研究中核病院認定」(2016年3月25日)などがある。

診療の質・安全に関する報告を年4回受ける

クリニカル・ガバナンスでは末端に至るまでの教育や臨床審査などが必要不可欠である。臨床審査では診療行為のレビュー、有害事象等の報告・検討などをどこの病院でもやっていると思いたいが、なかなかできていないのが現実だ。

ガバナンスに必要な事項は多岐にわたる。例えば、ガバナンスに関する組織・権限について、定款・規則、手順などに記載されていなければならない。ガバナンスに関する運用責任・責務が文書に記載されていることも大切だ。責任者は質・安全に関する計画を承認し、質・安全に関する報告を受け、それへの対応を指示しなければない。

責任者(院長)として肝心なことは、たとえ副院長などが代理で業務を行ったとしても、最終的には自分がそれをしっかりと理解・了解していなければならない。さらには、診断・治療に関連して予期しない重大な出来事などが起こった場合でも、すべて把握・了解している必要がある。

理想的には責任者は有害事象・不測事象を含む診療の質・安全に関する報告を少なくとも年4回受けて、それに適切に対応しなければならない。

病院医療の質を担保するためには、病院ガバナンスを真ん中に置いて、医療法や医師法などに則って地域医療を提供するのが望ましい。その上で、医療標準をチェックする日本医療機能評価機構などの関係機関と連携することが大切だ。なかなかなじみにくいところだが、こうしたことを進めていかないと、医療の安全は確保できないのではないだろうか。

クリニカル・ガバナンス
クリニカル・ガバナンス
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病院医療の質の担保
病院医療の質の担保
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さまざまな課題がある院内調査

「医療事故調査の標準化に向けて」

長尾能雅(名古屋大学医学部附属病院 医療の質・安全管理部 部長)

長尾能雅氏

長尾能雅氏

昨年10月に新制度がスタートしたが、どのような事例を届けて、どのような調査をするのかといった具体的な内容・中身に関しては、管理者に委ねられている部分が多い。

私はこの10年で60件ぐらいの事故調査に関与した。その経験を通して、院内調査は有意義なことと捉えているが、いくつかの課題もあると考えている。それを一言で言えば、運営や審議、分析方法等が標準化されていないということである。

まず、招かれた調査委員がシステムアプローチに慣れていない。専門家の意見が果たして本当に妥当なのかもよく分からない。あるいは、関係者へのヒアリングが不十分なまま調査が進められると、事実認定自体が危うくなる。後で事実と異なる部分が判明すると、調査会や報告書の信憑性が損なわれてしまう。

また、外部委員が報告書作成に非協力的、報告書の編集・推敲に一定のスキルが必要、提言が普遍的で具体性に欠ける、といった課題もある。事務的所掌が膨大でお金もかかる。だいたい1件20万円、多いと100万円ぐらい必要になることがある。

せっかく苦労して作っても患者の疑問が解消されないこともある。遺族が何に疑問を持っているのか、十分確認していないためである。また、調査することにより紛争を回避したいという期待があると、黒なのに白と書こうとしたり、白なのに黒と書こうとしたりする。過失と読み取れなければ、保険会社が賠償に難色を示すからである。自ずと、事実と異なる報告書が作成され、不幸な形でひとり歩きすることになる。

したがって、法的な判断と調査を切り分ける必要があるわけだが、そのあたりがはっきりしないまま、外部参加型の事故調査が進められてきた。医療界に大きな波紋を呼んだ福島県立大野病院事件のような出来事の背景要因には、調査手法が標準化されないまま、急速に外部参加型の事故調査が普及していったことも挙げられる。

標準化されていない調査の手法

制度が始まり、すでにいくつかの調査報告書が支援センターに届けられている。私も支援センターの総合調査委員を務めているので、それらの一部を拝見する機会があるのだが、やはり調査の手法が標準化されていないことは重要な課題と感じる。例えば、報告書の形態や記述量がまちまちで、定型がない。調査が系統的でなく、調査側が重視したポイントのみ記載されている。例えば手術に関連して発生した出来事であれば、手術のことは詳しく分析してあっても、ではその適応はどうだったのか、リスクの評価はどうだったのかといった分析が抜け落ちている。

さらに、調査結果の羅列にとどまり、その結果を導いた背景や根拠が示されていないものも多い。報告書を読んでも、なぜこのような結果になったのかが分からない。また、解剖が行われていない、あるいは、行われたが死因が不明だったケースの場合、結局そこで調査が止まってしまう。つまり、何を検証したのかよく分からないということになる。

では、良い調査とはどのようなものか。良い調査の第一条件には、診療録等のドキュメントや当事者、患者側のヒアリングを基に、丁寧な事実経緯が記載されていることが求められる。加えて、できる限り科学的死因究明が行われていることが望ましい。解剖やAi、死後の採血、培養の結果などだ。それらを基に、死因が導かれていることが理想である。その上で、死因とは別に、なぜこの出来事が発生したのかという背景要因が分析され、評価が加えられていることが望ましい。

『院内事故調査の手引き』による教育を

報告書の記載方法も重要となる。例えば「胸痛に対し、担当医が胸部CTをオーダーすることを失念し、患者を入院させたまま、それ以上の処置を行わなかった」と書けば、担当医の水準が低いのではないか、という印象を与える。しかし、実際は「胸痛に対し、担当医は問診と患者の全身所見、採血データ、胸部レントゲン写真から、その時点で緊急を要する状態とは判断せず、まずは入院下にて様子を観察することとした。当該病院では、夜間外来における上級医による指導体制を有していなかった」といった記載のほうが事実に近い。

太字で書いたところは、ヒアリングなどによって初めて把握される、つまり、カルテに書かれていない事柄ということになる。本来、このような思考過程がカルテに書かれていることが望ましいのだが、それがない場合はあらためて聞き取る必要がある。

事実が同定されたら、評価を加えていくが、この時には事前的評価視点を用いることを心がける。本来、標準的な診療行為には幅が存在する。幅とはガイドラインや教科書などで規定されるものである。仮に、標準的医療の連続の結果患者が亡くなったのであれば、その医療行為は適切だったという評価になる。しかし途中で大きく標準を逸脱し、そのまま患者が亡くなったのであれば、不適切という評価になる。これらの評価を外部専門家が行うのが理想だ。

例えば、先述の担当医は、この時点で緊急を要する状態とは判断しなかった。これは、専門家からみて、適切なのかそうでないのか。また、その病院が上級医による指導体制を有していなかったのは、今の日本の医療の水準に比して、その病院の地域に与えられている役割を勘案して適切なのか、そうでないのか。これらについて、外部の専門家が丁寧に評価を加えていく。

最後に再発防止策を探るわけだが、これは一転して事後的評価視点を用いる。仮に標準的医療の連続の中で亡くなった、と評価された事例であったとしても、患者を回復させるためにはどうすればよかったのか。この時点でこちらを選択しておけばよかったのではないか、といったことを後方視的に探る。こうして初めて具体的な再発防止策を導くことができる。

私どもは日本病院会の堺常雄会長に大変なご理解をいただき、木村壯介先生のご指導の下で昨年10月、『院内事故調査の手引き』を作成し、刊行することができた。まだまだ不十分で、今後改訂を重ねる必要はあるが、これまで申し上げたことの原形が記載されている。調査の標準化を目指すには、支援団体や学会等で、調査に関与する可能性がある人たちを対象に、こういった具体的な手法を教育していくことが必要だろう。また、センター調査の場で模範を示していくことも求められるだろう。

"良い調査"のイメージ
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『院内事故調査の手引き』
『院内事故調査の手引き』
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現場の思いを吐露した外科学会声明

「医療事故調査制度の制度化に至る経緯と規定の特徴~法律家の立場から」

児玉安司(新星総合法律事務所 弁護士)

児玉安司氏

児玉安司氏

医療事故調査制度に関し、制定の経緯と規定の特徴を話したい。

1998年ごろまでは年間の医療事故、医療ミスの報道件数(のべ報道本数)はせいぜい年間数百件という状態だったが、1999年ごろに突如増加し、年間数千件の報道が行われた。1999年に始まった医療バッシングは日本だけでなく、アメリカやヨーロッパでも医療事故に注目が集まった。この年の12月にはアメリカのナショナルアカデミーが刊行した『To Err Is Human(人は誰でも間違える)』という報告書が「全米で1年間に医療事故で48000人から92000人が亡くなっている」という衝撃的な数字を公表して、世界的な注目を集めた。

2001年は厚生労働省が政策的対応を開始し、同年を患者安全推進年とした。それまで同省内には医療安全を所管するセクションがなかったが、この年に医療安全推進室が設置され、本格的な政策対応が開始された。それと期を同じくして、今度は日本外科学会が「外科学会声明」を発表した。

当時は、警察の介入が急増したため、ハイリスク医療を扱っている外科医が刑事捜査の対象になる事例が急増し、現場から憤懣の声があがっていた。「こんなことでは医療をやっていられない」「患者を助けようとして夜も寝ないで戦っているわれわれをなぜ犯罪者扱いするのか」という、非常に素朴な外科医の怒りが表明された。

外科学会声明は、中立的な第三者機関を設置することによって、警察に捜査され取り調べられる状況をなんとか終わらせたいという思いを込めて発表されたものだった。

2003年の医療法施行規則改正により、院内の医療安全体制の整備が行われ、2004年からは医療事故情報収集等事業の民間の指定機関として日本医療機能評価機構が指定され、多年にわたる懸案となっていた医療事故調査制度も2014年の医療法改正によって法制化され、施行後2年が経過した現在、見直しの作業が進められている。

医療界自らが調査・評価する意義

医療事故情報収集等事業においても、医療事故調査制度において、医療者が「予期しなかったもの」を医療事故とするという考え方がとられている。

「予期」ということばは、法律用語であると思われるかもしれないが、法律用語ではなく、法令中に使われることが極めてまれな用語である。

医学界の医師法21条を巡る議論の中で我が国の法令に流入してきたものであるが、もともとの由来は、アメリカやイギリス等の英米法圏で検視官や監察医の権限の範囲を示す"unexpected"に由来すると思われる。日本では、警察から独立した監察医制度が全国に整備されていない。日本の法制度では、保健所機能も監察医機能も含めて、行政警察の権限が極めて広い。

2007年に、医療界自らの調査による刑事手続の制御を目指し、厚生労働省・警察庁・法務省が協議した末にいわゆる大綱案が出されたが、医療側から異論がでてこのまま頓挫した。2008年以降は、無過失補償制度による民事手続の制御を目指し、新しい医療事故調査制度の検討が続いた。これらの議論を経て、医療安全のための制度として、2014年の第六次医療法改正によって医療事故調査制度が制定されるに至った。

今回の医療事故調査制度は、医療界自らが調査し、評価する仕組みを作ることが主眼となっている。支援団体の支援を広げ、民間の医療安全調査機構を支援センターとし、新たな一歩を踏み出した。医療行為に関連する医師法21条や刑事手続・民事手続との法制度の整備については、医療事故調査制度の制度整備や実施状況を踏まえて、これから先、長期の課題となっていくと思われる。

「医療事故」「医療ミス」の報道件数
「医療事故」「医療ミス」の報道件数
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外科学会声明
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医療の信頼につながる透明性の担保

「患者の立場から医療事故調査制度に望むこと」

山口育子(NPO法人ささえあい医療センターCOML 理事長)

山口育子氏

山口育子氏

COML(コムル)の活動は1990年から始まり、今年で26年になる。日常の活動の柱としてこれまで56000件におよぶ電話相談を患者家族の生の声ということで受けてきた。そういう経緯から、患者の立場で医療事故調査制度に望むことを話したい。

今回の医療事故調査制度は届出をした後、院内調査をすることが肝となっている。原則外部委員が加わって、複数の専門家で検証することになる。私も診療行為に関連したモデル事業に関わってきたので、中立性、透明性、公正性、専門性が保たれるのではないかと期待している。この段階で、もし再発防止策が出てきたのであれば、それをしっかり報告書にも記載していただきたい。

届出の対象になる死亡が起きた時には院内調査にあたって遺族にもヒアリングをするが、遺族の中には今すぐ話せる状態の人もいれば、今は辛いという人もいる。だとすれば、聞く準備があるということを伝えてもらい、OKになった時点で遺族の疑問や知りたいことを聞き取り、そのことへの回答も回答書に盛り込んでいただきたい。

報告書は遺族にも手渡し、きちんと開示した上で、口頭でも分かりやすく誠実に説明をしていただきたい。多くの場合、持ち帰って落ち着いた状態で読み返したり、家族で話し合ったりすると改めて疑問がわいてくる。遺族のそうした再質問にも答えていただければ、医療側の誠実さがきちんと伝わり、遺族の理解も深まるのではないか。そういう透明性の担保をすることが医療界への信頼につながると私は信じている。

予期せぬ死亡が起きることを学ぶこと

ところが実際には、議論がかなり紛糾し、遺族への報告は「口頭または書面、もしくはその双方の適切な方法」で「遺族が希望する方法で説明するよう努めなければならない」という努力規定になってしまった。私は報告書は開示してくれとずっと言ってきた。専門性が高い治療や病気の説明は口頭説明だけでは理解できない。理解できなければ、結果的に聞いていないのと同じことになるからだ。そういう方が相談者の説明不足を訴えてくる場合の大半を占めている。

ましてや死亡の調査ということが行われると、専門性はさらに高くなる。口頭の説明だけで理解しろというのは、素人には酷な話だ。口頭説明だけだと、誤った解釈が独り歩きする恐れがある。その方が危険だと思う。報告書をセンターに出しているとしたら、なぜそれを見せてくれないのかと疑心暗鬼になる。そういうことが重なると、以前の不信感に戻ってしまうのではと危惧しているので、きちんと報告書を開示してほしい。

私たち患者側が学ばねばならないのは、予期せぬ死亡は起きるんだということだ。また、調査をすれば必ず答が出ると思っている人が大半だが、調査をしても原因が分からないこともある、ということを事前に理解する必要があるのではないかと思う。

この制度が始まって以来、私たちのところには「予期せぬ死亡を病院が認めているのに届出がされていない。なぜかと聞いたら、過誤がはっきりしないからだ」などと、とても誤った解釈をされているような声が届いている。医療安全の担当者からは「私は届出をする必要があると言っても、管理者がこんなものは届け出なくてもいい。そういうセミナーを受けてきた」と、後退するような動きがあるように感じている。

医療界の皆さんにはぜひ、前向きな制度ということで我々患者側とともに育てていただきたい。

院内調査の遺族への説明
院内調査の遺族への説明
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納得できる院内事故調査のあり方
納得できる院内事故調査のあり方
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制度の対象は2つの軸で判断する

「医療事故調査制度の概要について」

平子哲夫(厚生労働省医政局総務課 医療安全推進室長)

平子哲夫氏

平子哲夫氏

今回の調査の仕組では、センターに報告した後、院内調査が始まるが、院内調査を行うにあたっては、支援団体に必ず何らかの支援を求める。そして、調査を行い、遺族に結果を報告・説明し、センターへ報告することで医療機関の対応は一通り終わることになる。一方で、一度医療事故と医療機関の管理者が支援センターに届けたものについては、医療事故調査・支援センターに、医療機関あるいは遺族からセンター調査、つまり第三者機関による調査を依頼することができる。それを受けたセンターは調査を行い、医療機関、遺族へ結果報告を行うことが今回の調査の仕組みだ。

センターの業務は他の先生方に詳しく説明していただいたので、特に触れないが、報告を受け付け、調査し、それらをまとめて分析をすることにより、研修につなげたり、普及啓発につなげたり、相談支援につなげたりする。医療事故の定義は「当該医療機関が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産」という1つの判断の軸、「管理者が予期しなかったもの」という2つの軸で判断するものだ。過誤の有無は問われていない。また、患者からのクレームがないから報告しなくていいというものでもない。

判断基準はあくまで医療の起因性と管理者が予期しなかったものかどうか、この2つの軸で判断することに留意いただきたい。「管理者が予期しなかったもの」とは、一般的な死亡の可能性についての説明や記録ではなく、当該患者個人の臨床経過等を踏まえて、当該死亡や死産が起こりうることについて、患者等への事前の説明や診療録等への事前の記載が十分になされていたものでない、と管理者が認めたものである。

今回の調査の仕組では、センターに報告した後、院内調査が始まるが、院内調査を行うにあたっては、支援団体に必ず何らかの支援を求める。そして、調査を行い、遺族に結果を報告・説明し、センターへ報告することで医療機関の対応は一通り終わることになる。一方で、一度医療事故と医療機関の管理者が支援センターに届けたものについては、医療事故調査・支援センターに、医療機関あるいは遺族からセンター調査、つまり第三者機関による調査を依頼することができる。それを受けたセンターは調査を行い、医療機関、遺族へ結果報告を行うことが今回の調査の仕組みだ。

センターの業務は他の先生方に詳しく説明していただいたので、特に触れないが、報告を受け付け、調査し、それらをまとめて分析をすることにより、研修につなげたり、普及啓発につなげたり、相談支援につなげたりする。医療事故の定義は「当該医療機関が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産」という1つの判断の軸、「管理者が予期しなかったもの」という2つの軸で判断するものだ。過誤の有無は問われていない。また、患者からのクレームがないから報告しなくていいというものでもない。

判断基準はあくまで医療の起因性と管理者が予期しなかったものかどうか、この2つの軸で判断することに留意いただきたい。「管理者が予期しなかったもの」とは、一般的な死亡の可能性についての説明や記録ではなく、当該患者個人の臨床経過等を踏まえて、当該死亡や死産が起こりうることについて、患者等への事前の説明や診療録等への事前の記載が十分になされていたものでない、と管理者が認めたものである。

おおむね人口比に応じた報告件数

医療事故調査制度の施行後半年での状況だが、医療事故報告が計188件。病院から169件、診療所から19件出ている。診療科別ではメジャーなところから出てきているという印象だ。地域別には東北が少ないという印象はあるが、おおむね人口比に応じて出てきているのではないか。

院内調査結果の報告が50件ということだが、センター調査の依頼が2件あった。現時点でこれらの件数の評価は難しい。

交付後2年、本年6月にその期限がくるが、医療事故調査制度の実施状況を勘案し、医師法21条の届出と本制度による報告のあり方との関係であるとか、医療事故調査そのもののあり方、医療事故調査支援センターのあり方などについて検討を行い、必要な措置を講ずる必要がある。

実際、さまざまなご意見が私どもに届いており、自民党の医療事故調査制度に関するワーキンググループの中でも積極的に議論されていると聞いている。この期限までに必要な措置を詰めていきたい。医療界がどういう対応をしていくのかということは、患者、遺族から注目されている。どういう形でこの制度を運用していくことが医療界の発展に寄与するか、国民にとって信頼される制度になるのかということを考えていただければと思っている。

医療事故情報報告システム
医療事故情報報告システム
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医療安全支援センター体制図
医療安全支援センター体制図
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取材:伊藤公一
カテゴリ: タグ:, 2016年6月 3日
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