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第117回 日本外科学会定期学術集会 特別企画報告 「医療安全そして考える外科学」

一般社団法人日本外科学会は「医療安全そして考える外科学」をテーマに2017年4月27~29の3日間、パシフィコ横浜で開いた「第117回 日本外科学会定期学術集会」で、群馬大学病院の医療事故に狙いを定めた2つの特別企画を催した。いずれも開催初日の午前中に企画されたもので「医療の安心安全を確かなものに」(特別企画1)と「医療安全ガバナンスの確立を目指した外科組織のあり方」(同2)の2本立て。一人でも多くの参加者が聴講できるよう、同時間帯に他のセッションを設けない異例の措置がとられた。それぞれの企画のうち群大病院の医療事故に関係する講演のあらましを紹介する。

群大病院事故が外科診療に投げかけた10の課題

長尾能雅名古屋大学医学部附属病院 医療の質・安全管理部部長が講演した特別企画(1)

長尾能雅名古屋大学医学部附属病院 医療の質・安全管理部部長が講演した特別企画(1)

どんな施設でも起こり得る出来事

特別企画(1)では、2016年8月に公開された『群馬大学医学部附属病院医療事故調査委員会報告書』をまとめた調査委員会(委員長=上田裕一奈良県総合医療センター総長)の副委員長を務めた名古屋大学医学部附属病院 医療の質・安全管理部部長の長尾能雅氏が「群大病院事故が外科診療に投げかけた10の課題」と題して講演した。

同委員会は6人の外部委員から成り、1年間で35回、のべ210時間以上の会議を重ねた。手術手技など専門性の高い分野については日本外科学会に検証を依頼した。委員会は09年以降に発生した開腹肝切除術における死亡10事例と腹腔鏡下肝切除術における死亡8事例、計18事例の個別原因究明やそれらが6年間にわたって相次いで発生した要因、それらに対して群大病院で対策が講じられなかった要因を探り、再発防止のための改善策を提言することを目的に設けられた。

長尾氏は「議論を深める中で、この出来事が群大病院に特化した問題でなく、診療規模の大小に関わらず、どんな施設でも起こり得ると認識した。同時に医療界が長年抱えてきた課題を浮き彫りにしたものでもある」と強調した。

脆弱だったマイクロシステム(最小診療単位)

長尾氏が指摘する課題の1つ目は「マイクロシステムに対する監視と支援」である。群大病院は10年度から国立大学45病院中、100床あたりの手術中で常に3位以内に入っていた。この時期に腹腔鏡も導入されている。国立大学は急性期医療の要であり、外科治療の力が問われる。その一つの目安として手術件数を指標とすることが病院の医療統計に公式に謳われていたという状況がある。

群大病院の肝胆膵外科は多いときで3人、普通は2人が担当。第一外科と第二外科という巨大な組織の中にたくさんのグループがあり、いくつかのマイクロシステムが生まれていた。

長尾氏は「病院全体として関わるたくさんの手術は質の向上や経営支援をもたらしたかもしれないが、診療活動が盛んに行われる中で、マイクロシステムが脆弱だと思いもよらぬほころびが生じることがある。例えば、患者への説明が朝の2時ということも稀ではなかった」と指摘。このため、病院が一定程度の監視や支援をしていかなければならないと述べた。

2つ目は「高難度手術を導入する際の技術評価と管理」である。長尾氏は「委員会の論議で、典型的なラーニングカーブの発生は指導体制や管理体制に不備がある可能性を示すものであり、許容されるものではないという厳しい意見が出た。一医療者の経験を踏まえても、新しい技術を始めるときの指導体制やトレーニング体制を充実させる必要があるが、その際には、テクニカルスキルだけではなく、ノンテクニカルスキルも向上させる必要がある」と訴えた。

詳細な書面を1週間かけて読んでもらう

3つ目は「手術適応判断の厳格化」だ。長尾氏によると、群大病院の肝胆膵外科では手術適応を1人ないし2人で決めていた。第一外科はどちらかというと適応が厳しいという評判があったため、第一外科に断られたら第二外科が受け入れてくれるという認識が院内に自然と形成されていた。このため「手術適応は担当医1人で決定するのではなく、特に外来時点での複数医師での症例検討会を充実させる必要がある。カンファレンスシートなどを用いた討議内容の質管理も求められる」と長尾氏は説明した。

4つ目は「真に求められるインフォームドコンセント(IC)の実践」。IC文書の定型化と承認システムの導入は多くの病院で取り組まれているが、特に外来におけるICの充実と患者の熟慮期間の確保が求められるという新しい提言である。群大の報告書によると、当事者の医師たちは患者へのICを入院後に行うことを原則としていた。外来では時間がないので、一旦入院させてから詳しく説明する仕組みである。長尾氏は「患者にとって重要なことは今後の治療方針を決めるにあたり、十分に熟慮する機会が確保されていること。手術を行うことを前提とした説明は不適切である。たとえ、手術の前日、前々日に時間をとって説明してもすでに入院しているので後戻りできない。患者がそう感じている時期なら不十分。それなら、短時間でも内容をしっかり記載した紙を外来で渡し、1週間かけて読んでくださいというほうがIC本来の目的に資する」と述べた。

5つ目は「安全性が確保されていない医療行為を行う際の倫理的手続き」である。長尾氏によると、安全性が確認されていない保険適用外などの医療行為を行う場合は「合目的事由の確認」「患者への説明と選択」「モニタリング体制の強化」「診療録への記載」といった厳密な倫理的手続きが求められる。にもかかわらず、現場では安全性の確認ができていない医療行為が多数行われており、医療界が抱えてきた長年の課題とされている。

その上で長尾氏は「患者の費用負担を低減するという名目で保険適用外の医療行為であっても実際と異なる保険名で請求する抜け道的な行為が日常化している。こうした習慣的な適用外医療行為の一つひとつに大掛かりな臨床研究を立ち上げるのは現実的でなく、受け皿となる審査機能もなかった。したがって、これらの倫理的手続きをどの程度真剣に遵守すべきなのか、医療者間の認識がばらついていた。そう考えると、千葉県がんセンターや群大病院だけを取り上げ、それのみを議論するのは公平ではないと私は思う。これは医療界が抱えてきた積年の課題が顕在化したと捉えることもできる」と問題の背景に触れた。

将来よりも、現在のためであるべき診療録

6つ目は「医療安全報告システムの見直し」である。長尾氏は「今回の問題は、アクシデント、インシデントレポートなど、従来の自主報告システムのみでは主治医団が合併症と判断した事例に潜む課題を把握できないことを浮き彫りにしている」として、「医療者の主観に依存しない報告システムの併用が求められるというのが報告書の提言」と説明。群大病院には「こうしたことがあれば必ず医療安全管理部に報告するという取り決めであるバリアンス報告基準」があったが、18事例中、安全管理部に届けられたのは1事例しかなかった。

その理由として長尾氏は「群大病院ではバリアンス報告制度の趣旨を正しく理解し、真剣に取り組まなければならないルールとして受け止めていた医療者が少なかったからだという考察になっている」と指摘。もし当時からバリアンス報告が制度の趣旨通りに運用されていれば、群大病院は死亡事故の続発をより早期に発見できたと記載されていると述べた。

7つ目は「診療録記載の充実と監視の強化」で、日本外科学会の報告書を引用した。その内容は「本来診療録は将来に残すためのものであるよりも前に、現在提供している医療の質と安全のためであり、記載することにより自らの考えをまとめ、その内容を共有し、一人ではなくチームとして病態変化を共有し、共通の認識の下に的確な対応処置へ結びつける意義がある。診療記録が本来のあるべき形で機能していれば、重篤な状況になる前に処置が行われることにつながっていたと思われる」というものである。

患者側の声に応えることも大きな課題

8つ目は「死亡・合併症カンファレンスの定期開催」だ。長尾氏は、多忙を極めるとこうしたことに時間を割けなくなるとした上で「その時のリーダーの場当たり的な感覚ではなく、JCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)の術後合併症基準を活用したM&Mカンファレンスの開催、病理解剖、CPCの推進など、合併症や有害事象に対する真摯な検証と自律的モニタリングがますます求められる」と指摘した。

9つ目は「日常診療に標準と異なる医療が登場した場合の対応」。長尾氏は、NCD登録データやDPCデータを活用し、ラーニングカーブを傍らに置いて診療をモニターする一方、質管理部門が第三者的に制御する他律的なモニタリングと介入の必要性についても言及した。

最後の課題は「患者参加の促進」である。「すでに行われている患者との診療録やクリニカルパス、検査データなどの共有ばかりでなく、症例検討会への参加を求める声を踏まえたものだ。最初は違和感があったが、医療は誰のものかを考えると、患者自身がモニタリングすることもあり得る。患者は医学的なことを知りたいのではなく、どういうメンバーでどのような雰囲気で自分の診療方針が決定されていくのかを知りたいとのことである。そうした患者側の声にどう応えるのかも大きな課題」という。

長尾氏は最後に「群大病院の経験で日本の医療が変容することを祈念してやまない」という報告書の結びを引用し、現在、群大病院は先頭を切ってこの改革に着手していると述べた。そして、自らの後輩でもある群大の卒業生に対し「つらい時期に学生生活を送ったかもしれないが、新しい日本の医療の担い手になってくれるかもしれない」という期待を示した。

医療の質・安全性保証のためのガバナンス強化に向けて:群馬大学の試み

西山正彦群馬大学学長補佐(病院改革担当)、大学院医学系研究科教授が講演した特別企画(2)

西山正彦群馬大学学長補佐(病院改革担当)、大学院医学系研究科教授が講演した特別企画(2)

全国のモデルケースとなるような体制構築を

特別企画(2)では、一連の事故を受けて群大病院が実行してきた改革について、群馬大学学長補佐で病院改革担当の西山正彦氏がこれまでの経緯などを報告した。

同大は外部委員で構成する学長直属の2つの委員会を立ち上げた。医療事故調査委員会と附属病院の改革員会である。改革は2つの委員会の報告提言を踏まえて行われた。提言は大きく分けて27項目、小項目では110項目を超えた。西山氏は「改善すべきポイントがそれだけの数に上る。事故発覚後、直ちに改革に乗り出したものもあったが、提言を受けて、さらに内容を深め、幅を広げる努力を懸命に行った。ただ、中には『風土の改革』のように、一朝一夕にはいかない内容が混じっている。群大特有の風土、文化を改革し、安全性に対する意識を高めなければならない。ガバナンスの強化も重要。いずれも熟成しなければならないテーマである」と長い時間をかけて臨まねばならないという覚悟を表明。西山氏は今回の取り組みを「全国のモデルケースとなるような体制の構築を進めている」とし、全国の医療施設関係者にとって、なんらかの参考になるようにしたいと強調した。

問われる自らの意思決定と行動の制御

倫理的なバックグラウンドについては、誰がどこにどのように審査を依頼すればよいのかということすら分からない医師がいたことに触れ、教育の一環として今年4月1日に「先端医療開発センター」を設けたことを明らかにした。また、群大は閉じられた空間だったという反省から、透明性の高い病院運営をめざして「地域医療研究・教育センター」を作るための準備委員会を組織し、来年4月1日の開設を見込んでいるという。

一方で、西山氏は人員配置や安全に対する病院管理支援、部署内でのチームワーク、仕事の引き継ぎ、患者移動などにはまだ改善の余地があると指摘。「ガバナンスは一人ひとりの意識の改革がなければ成り立たない。管理責任者を含め、病院関係者すべてが二度とこのような事故を起こさないように違法行為、不正、トラブルなどを防ぐことが問われる。医療の質と安全を確保していくためにも自らの意思決定と行動をコントロールしなければならない。このためには、システムの開発のみならず、実効性を確保する新しい試みが必要」との決意を述べた。

国内トップクラスの安全を保証できる病院へ

西山氏は急速な改革のため、群大のスタッフに大きな負荷がかかっているとした上で、組織には必ず二律背反則が成り立つと指摘。「安全性を高めると効率が下がる、規律を強化すると創意工夫がなくなる、監視を強くすると士気が下がる、マニュアル化が進むと自主性がなくなる、フールプルーフは技術低下を招く、責任をキーパーソンに集中すると集団はバラバラになる、情報公開すると過度に保守的となる。したがって、可能な限り新たな形で個人個人の意識改革に着手する必要がある。これこそがガバナンスの強化だと思う」と訴えた。

西山氏は群大が今、ようやく信頼を得るための次のステップを踏み出しているとし「まだまだ改革の途中だが、高くジャンプするためには屈まなければならない。群大はそのためのエネルギーを蓄えている段階。新たなステップをめざし、あるいは日本のトップクラスの安全を保証できる病院となるために努力している」と群大の現状を説明した。

「今後も信頼回復に努めたい」

西山正彦教授の講演に先立ち、平塚浩士群馬大学学長が挨拶し、冒頭で事故の関係者に謝意を表す一方、一連の経緯を踏まえて今後も信頼回復に努めるとの決意を述べた。要旨は次のとおり。

「腹腔鏡等の医療事故により患者、家族の皆さんはもとより、医療に携わる皆さんに多大なるご迷惑とご心配をかけたことをお詫びする。群大病院では、腹腔鏡手術などの医療事故が判明した平成26年6月以降、再発防止に努め、安心安全で質の高い医療を提供する病院として再生するために、さまざまな改善や改革に努めている。そのような状況のもと、本学の桑野博行教授が会頭を務める外科学会学術集会で、医療安全について議論を深めることは極めて意義深い。

医療という、病を癒す行為が安全なものであることは患者にとってごく当たり前の願いだ。一方で、その行為が、ある一定のリスクを伴うことも避けがたい事実である。しかし、医療事故が起こったら、患者やその家族はもちろん、関わったすべての医療者が例外なく辛苦の極みを味わうことになる。従って、医療安全の推進は医療に携わるすべての機関や医療者に求められる最も基本的な要件の一つであると考える。

群大病院では、外科診療体制などの再構築をはじめ、医療安全管理体制の強化など、これまでに多くの改革を実行してきた。これらの取り組みにより、群大病院が安心安全で質の高い医療を提供できる病院になること、また地域の皆さんから厚い信頼を得られる病院に生まれ変わることを目指して今後も信頼回復に努める。

自らの具体的な取り組みを積み重ねる一方、こうした教訓を医療界全体のものとして共有し、医療安全の確立のために自分たちの方向が正しいものかを問い続けなければならない」

取材:伊藤公一
カテゴリ: タグ:,, 2017年6月14日
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