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交通事故による頭部外傷の現状と課題を多角的に検討 第26回日本脳神経外科救急学会 特別シンポジウム「救うぞ!『運転者』を」報告

宮地茂教授

宮地茂教授

2021年2月5日、6日、第26回日本脳神経外科救急学会がオンライン開催された。学会長の宮地茂愛知医科大学教授らが座長を務めた特別シンポ「救うぞ!『運転者』を」は、交通外傷への社会的取り組みを提起。近年、増えている高齢運転者の交通事故などについて、医学と自動車工学の両面から現状と課題を議論した。その一部を報告する。

交通事故と頭部外傷の実態 ~日本頭部外傷データバンクから~

末廣栄一氏(国際医療福祉大学成田病院)

末廣栄一氏

末廣栄一氏

日本では昭和40年代、第一次交通戦争で死者数がピークに達したが、交通安全対策基本法(1965年)に基づく安全対策や道路交通法の度重なる改正により、死者数は減少した。昭和60年代の第二次交通戦争以後、飲酒運転の罰則強化、ヘルメットやシートベルト着用の義務化などで死者数が再び減少した。日本の交通事故死の特徴として、歩行者が多いこと、高齢者の死者率が57%と非常に高いことが挙げられる。

損傷部位別に見ると頭部外傷がメインで、事故後30日の死者のうち6割を占める。日本脳神経外傷学会の「日本頭部外傷データバンク」による重症頭部外傷のみを対象にしたレジストリ研究では、交通外傷症例は1998年には61%だったが、現在は約40%になった。年齢層別の患者数は1998年には若年者が多かったが、現在は高齢者、しかも70歳を超える後期高齢者が増えている。

交通外傷患者の最終的アウトカムは、死亡率、重症度とも2000年を機に良くなり、軽症化している。背景には、シートベルト義務化やエアバッグの普及といった車の安全性技術の発展がある。また、医療分野でも2000年前後に日本救急学会や日本脳神経外傷学会から様々なガイドラインが出て、治療体制が確立されてきた。ただし、現在、転機の改善は底打ち状態にあり、交通事故の患者が高齢者、歩行者で増加傾向にあるという変化に対応することが課題となっている。

「1998→2004の変化」
「1998→2004の変化」
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「2009→2015の変化」
「2009→2015の変化」
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てんかん発作による自動車運転事故のリスク

川合謙介氏(自治医科大学)

川合謙介氏

川合謙介氏

てんかん発作による自動車事故は3つに分類できる。

  1. 治療開始前、初発期等にてんかん発作が起き、事故につながる。
  2. てんかんと診断され治療開始から2年間無発作で、運転適性検査を受け、合法的に運転できるが、発作が再発して事故につながる。
  3. 運転適性がないにもかかわらず、制度を知らない、あるいは意図的に法律に違反して運転し、事故につながる。

対策はそれぞれ異なり、1.については、発作を予測できないため、自動車工学で対処するしかない。この点は脳卒中などとも共通するが、てんかんの場合は発作検知・発作予知によってより早い対処ができる可能性がある。2.の場合は運転適性基準を見直すことで事故件数を減らせる可能性がある。3.については、法律や行政的な措置が必要である。2.3.とも制度やてんかんという病気に関する医学的啓発も重要である。

てんかんが運転に及ぼす影響として最初に想定されるのは、発作の直接的影響として意識や運動が障害され、運転操作や視覚が妨害されることである。一方、発作がなくても、前頭葉から高頻度に棘波や棘徐波が出ていると認知機能が落ちることも知られている。抗てんかん薬の副作用で眠気や運動障害が出ることもある。しかし、これらの影響の詳細は不明で、事故とてんかんの関係を示す科学的根拠は欠如している。てんかん患者の事故危険率についても、報告により高低さまざまで、てんかんがあると運転が慎重になるので危険率は低いという報告もある。

てんかん学会が主導した警察庁の委託研究では、約500名の患者に匿名のアンケート調査を行った。10~12%が運転中の発作を経験し、その3分の1(3~4%)が事故(自損事故を含む)につながり、3〜4%の患者が発作による事故を経験している。一方、発作とは関係なく事故の経験者は15~20%だったので、てんかんがあって運転している人が起こす事故の1/5が発作によるもので、4/5は発作と関係なく起こったということがわかった。

発作と事故の関係についての客観的科学的根拠を得るには、脳波を記録しながらドライビングシュミレーターで発作中の運転機能を詳細に検討する必要がある。現行の運転適性指標は過去の無発作期間のみで判定されるが、発作症状や発作頻度など個別因子を考慮しながら、運転時間を個別に制限するような方策も必要である。

「てんかん発作による自動車運転事故」
「てんかん発作による自動車運転事故」
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「てんかん患者の運転事故はすべて発作によるものとは限らない」
「てんかん患者の運転事故はすべて発作によるものとは限らない」
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運転者急病と交通事故~大血管(脳・心)急性疾患を中心に

稲桝丈司氏(済生会宇都宮病院)

稲桝丈司氏

稲桝丈司氏

当院ではすべてのER(栃木県救急救命センター)患者について、発症時にどこで何をしていたかを必ず記載している。そのデータから運転中に発症した患者を6年分抽出し、検討した。数字は一次救急から3次救急までを合わせたものであり、一地域の例として発表する。

6年間で急性期脳卒中は2145名、そのうち運転中発症は85名(4.5%)であった。病型別では脳梗塞が全体の4.8%、脳出血が3.4%、くも膜下出血が0.8%で、脳梗塞の比率が高いことが分かった。脳梗塞のサブタイプでは心原性脳塞栓は多くなく、血栓性のラクナ梗塞や中くらいの血栓症が多かった。珍しいものでは、バックしようとして振り返ったときに椎骨動脈解離が起きたという例もあるが、全体として血栓性のものが多かった。

発症時の行動様式を大別すると、運転をそのまま続けた、緊急で路肩に停車した、意識が低下して事故になったパターンがある。路肩に停止した人は「回復後に運転し、後に受診した」「救助を要請した」「停車後に意識が低下した」の3つに分かれる。事故回避できたかどうかで見ると、85名中84%(71名)が事故を回避していた。事故の多くは意識障害が原因であった。しかし、運転時に発症した脳梗塞患者の来院までの時間は、約半数が2時間以内であり、予後は悪くなかった。では、脳梗塞は脳出血やくも膜下出血に比べ、運転中に発症しやすいかということは本研究では結論付けられないものの、過去のデンマークの職業運転手を対象にした疫学的調査など、長時間の運転は脳出血より脳梗塞の発症リスクが高くなるのではないかと思われる研究がある。

くも膜下出血の患者については、6年分では絶対数が少ないため13年分の613症例を解析したところ、運転中の発症者は15名(2.4%)であった。15名中4名(26%)は事故を起こし、11名(73%)は事故を回避できた。注目すべきことは、事故を回避した11例中半数近い5例は、自分では救急要請できず、車輌内で倒れていたことである。

一方、心筋梗塞では運転中に発症したのは4%で、事故が回避できたのはだいたい85%。大動脈解離でも運転中の発症は4.8%で、約8割が事故を回避できた。脳卒中、心筋梗塞、大動脈乖離とも、運転中の発症が全体の4~5%、事故を回避できたのは8割前後とほぼ同等の数字が得られた。くも膜下出血で運転中発症の比率が低く、事故の回避率も低かったのは、この病気が高齢女性に発症しやすく運転者が少ないためではないかと考えられる。

今後の課題としては、運転中発症では事故を回避できても、自力で通報できないという問題の解決が必要である。

「自施設発表論文のまとめ」
「自施設発表論文のまとめ」
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「運転時脳梗塞発症患者の来院までの時間」
「運転時脳梗塞発症患者の来院までの時間」
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高齢ドライバーの交通事故と予防システム

葛巻清吾氏(トヨタ自動車株式会社 先進技術開発カンパニー)

葛巻清吾氏

葛巻清吾氏

交通事故死者数は2007年からの10年間、全年齢層で年間200人強ずつ減っているが、高齢者の交通事故死者数は微減である。人口10万人当たりの交通事故死者数は、全年齢で比較すると65歳以上が2倍になる。75歳以下と以上では事故傾向が大きく変わるため、今回は75歳以上について報告する。

75歳以上、80歳以上の高齢ドライバーの数は、同じ10年間で倍増している。事故内訳から見ると歩行者、自転車の交通事故の7割が高齢者事故で、夜間に道を横断していて左側から来る車にひかれるケースが多い。これは右側だけ見て横断する、または自分の歩行速度と車の関係を見誤るなどによるものではないかと思われる。

加害事故は75歳以上のドライバーで微増している。年齢別の事故率は75歳を超えると急激に上がる。年齢による能力の衰えが考えられる。ドライバーでは動体視力の衰え、瞬時に判断する能力の低下、認知機能の衰えなどにより、ハンドル操作が遅れる。75歳未満の事故を1とすると、75歳以上では工作物にぶつかる自損事故が1.5倍、路外逸脱(車線逸脱など)事故が3倍、踏み間違い事故は8倍である。歩行者を轢いてしまうような事故は約半分で、高齢者は慎重に運転しているためと思われる。

1990年代からは、エアバッグなど衝突安全を中心にした車の開発を進め、車中で亡くなる方が減った。現在はセンサーを駆使したIT技術などの発達で、衝突安全(ぶつかった後の安全)から、ぶつからない安全、予防安全に軸足が移っている。トヨタ車では2003年頃から高級車にプリクラッシュセーフティシステムを導入し、2015年からは「トヨタセイフティセンス」として、車が歩行者を検知してブレーキをかける、路外逸脱警報を出すといった技術をパッケージ化して売り出した。2018年からは第2世代になり、夜間の歩行者や自転車を検知できるようにするとともに、標識を認識して注意喚起する機能などを追加して展開している。このシステムは現在販売されているほぼすべての車に搭載し、国内外に販売している。

高齢者に多い踏み間違い事故については、ペダル踏み間違い急発進抑制装置を2012年から導入した。超音波センサー(ソナー)を前後計8カ所に付け、壁の前でアクセルペダルを踏んだときにブレーキをかける。普通、車は自分の意思どおりに動くものだが、意思に反して車がオーバーライドするシステムである。また、高齢者は車の買い替えが難しいため、後付け装置として、ブレーキまではかけないがエンジンを制御する急発進抑制システムも開発し16車種に対応している。保険会社が3車種について調べたところ、これらの装置で踏み間違い事故の7割が減少した。特に壁への激突や追突事故が減った。

しかし、残り3割に悲惨な事故がある。センサーで感知できないような、前に何もないのに起こる踏み間違い事故を防ぐことは、このペダル踏み間違い急発進抑制装置では難しい。そのため、DCM(データコミュニケーションモジュール)というもので、アクセル、ブレーキ、ウインカーなどの車両データから、どんなときに事故が起きたかを解析して、踏み間違いを予防する技術に取り組み、商品化した。踏み間違い事故は30km以下の低速時に多いことや、アクセルとブレーキを間違えているため、アクセルを速く踏み、踏んだ後も踏み込みが続くこと、また直前にウインカーを出していないことなどの特徴があり、これらをアルゴリズムに組んで自動的に踏み間違いを検知する装置(プラスサポート)を2020年に導入した(後付けにも対応)。プラスサポート用の専用キーを使って乗り込むとこのロジックが働くので、高齢ドライバーにも特に意識することなく使っていただいている。

ドライバー異常時対応システムにも取り組んでいる。以前にバスドライバーが突然意識不明になる事故があったが、ドライバー・モニター装置で「姿勢の崩れ」を検知し、前方カメラで「車線の逸脱」の両方を検知した時、運転席の横や車内のボタンを押すと働くシステムである。まず車に緩い制御がかかり、ストップランプとハザードランプが点滅しながら停止する、停止したら車外に異常があったことをホーンで知らせる。これはいずれ、タクシーや普通車でも必要とされるシステムかもしれない。

もう一つが先進事故自動通報システム(AACN)。当社ではエアバッグが展開するような事故が発生したとき、ヘルプネットセンターのオペレーターに自動的に連絡し、オペレーターから救急車を呼んでもらうシステムを1999年から導入している。弊社と日本大学と千葉の北総病院との共同研究により、事故時に、シートベルト装着の有無、事故衝撃の大きさや衝突の方向等から、重症率を算出し、位置情報とともに情報を送り、ドクターヘリの出動までの時間を短縮できるシステムを開発し、2018年から本格導入した。

「高齢ドライバーに多い事故(第一当事者)」
「高齢ドライバーに多い事故(第一当事者)」
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「踏み間違い事故への対応」
「踏み間違い事故への対応」
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「ドライバー異常時対応システム」
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ほかに、トヨタ自動車からは、北川裕一氏(同社モビリティ性能開発部)から、交通事故による人体損傷をコンピュータ上で解析できるバーチャル人体モデル「THUMS」(2021年1月より無償で公開)を使った脳損傷研究についての報告があった。

治療に関しては刈部博氏(仙台市立病院)が「重症頭部交通外傷に対する外科治療」について、藤中俊之氏(国立病院機構大阪医療センター)が「外傷性頭頚部血管損傷に対する血管内治療の有用性と問題点」を発表した。

取材:山崎ひろみ

カテゴリ: 2021年3月18日
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