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マナーセミナーで患者に好印象を与える接遇を学ぶ

患者の不満や苦情が、訴訟などの紛争につながる場合もある。選ばれる医療機関となるためにも、言葉遣いや態度を見直そうと考えるところが増えているようだ。医療機関や福祉施設の職員向けに、患者接遇マナーの研修を手がけているJALアカデミー(東京都渋谷区)を取材した。

「知っている」を「出来る」に変える

「医療機関への評価は、患者様が事前に抱いていた期待と実際に診察を受けた後の評価を比較することによって決まります。期待よりも事後評価が大きければ満足感につながりますが、それがほぼ同じであれば、他にもっと良い医療機関はないだろうかと思うものなのです」

講師の説明に受講生はうなずきながら、メモをとっている。これはJALアカデミーが主催するセミナー「患者接遇マナー1日コース」の一場面だ。丸1日かけて、患者に安心感や信頼感を与える言葉遣いや接遇動作などを学ぶ。定員は5~20人で、毎週1回開催している。受講生は、医療機関の受付業務を担当する職員や看護師、歯科衛生士、検査技師、介護職員などさまざま。医師の参加もある。

同社は接客などの社員研修を手がけている企業だが、医療機関向けの研修にはこの1日コースと医療機関に講師を派遣するものがある。1日コースは、一度に社員研修を行うことが難しい場合や、少人数での申し込みにも対応できるようにと企画されたものだ。

「新規取引先の中でも、医療機関や福祉施設の伸びは対前年比2倍と著しい。患者様の医療費の自己負担が増えており、ますます医療機関に対する目が厳しくなっている。患者様から選ばれるために、こうした講座を受けようとするところが増えています」と、同社接遇事業部事業部長の笠井玲子さんは言う。

講義では、患者接遇に大切な要素である、(1)挨拶、(2)表情、(3)身だしなみ、(4)言葉遣い、(5)態度の5つについて、講師が1つひとつ具体的に説明する。このうちの1つでも欠けると、相手に不快な印象を与えることになるという。

中でも、言葉遣いは興味深い。基本はいかにわかりやすく、患者に伝わるように話すか。ポイントは、(1)相手の目を見て、反応を確かめながら話す、(2)漢語、熟語、専門用語は使わず、出来るだけひらがな言葉に置き換える、(1)センテンスは極力短くする、(4)話しの初めに見出しをつける、などだ。

セミナーにはロールプレイング手法が取り入れられており、受講生同士が学んだことを試すが、これが意外に難しいようだ。

例えば、「今日の診察時間は○時から○時になります」という言葉。患者が医療機関に問い合わせをした際などに用いられるものだが、講師によると、これは医療機関本位の言葉遣いだという。「受付時間は○時から○時まででございますので、よろしくお願いします」と、患者側の立場に配慮した答え方に変更するようアドバイスを受ける。

接遇動作を学ぶ場面では、立ち姿、お辞儀の仕方、物の授受、指し示し、案内の仕方について、講師から実技指導を受ける。ロールプレイングでは、2人1組になり、患者とスタッフ役に分かれて演技をする。場面設定は自由だ。それらはビデオに撮影され、後で自分の動作を確認する。本人は出来ているつもりでも、客観的に見てみると、特有の癖などがわかるようだ。

「視線の高さに注意しましょう。上からモノを言う感じに受け取られます」「鼻を触る癖がありますが、相手の話に集中していない、あるいは落ち着きがないという不快な印象を与えますから注意しましょう」「患者様を待たせる場合には、どの位待てばよいのか、目安となる時間を告げると親切です」「もう少し前傾姿勢で患者様に注意を向けていることをアピールした方が良いですね」など、講師からのアドバイスに受講生は真剣に耳を傾けていた。

「接遇について『知っている』だけでは何にもならない。『知っている』を『している』に変え、誰がみても『出来ている』と思われるように習慣化してもらうようにするのが、このセミナーの目的です」と、前出の笠井さんは言う。

言葉と動作の一体化を図る道のりは決して簡単ではないが、一歩でも患者に近づきたいという受講生の思いは伝わってきた。

印象の良い書類の受け渡し方について、ロールプレイングで学んでいる様子。

印象の良い書類の受け渡し方について、ロールプレイングで学んでいる様子。
講義だけでなく、学んだことを身体でも覚えるのがこのセミナーの特徴だ。

受講生が患者とスタッフ役に分かれて演技し、後でその様子をビデオで確認する。

受講生が患者とスタッフ役に分かれて演技し、後でその様子をビデオで確認する。
自分では気づかない言葉遣いや態度の癖がわかるようだ。
講師からは、具体的な指導が次々に紹介される。

接遇のプロに聞く! 医療機関に求められるマナー

JALアカデミー接遇事業部事業部長の笠井玲子さんは、日本航空国際線客室乗務員として勤務後、インストラクターとして数多くの企業の接遇マナー教育に携わってきた。その笠井さんからみた医療機関の接遇の現状と求められるマナーについて話しを聞いた。

(写真:JALアカデミーの接遇事業部事業部長の笠井玲子さん。チーフインストラクターでもある。)

JALアカデミー接遇事業部事業部長の笠井玲子さん

Q.医療機関向けのセミナーの反応はいかがですか?

医師からの反応はすごくありますね。例えば、「初めて聞いた」とか「そのような事は知らなかった」などというもので、接遇について関心を持ってくれる人が多いようです。ですが、他の職種の中には、「そんな事はわかっています」という人もいます。ただ、「知っている」のと、実際に習慣化して「出来ている」のとは大違いです。特に平常時と異なる事態が生じた場合に、そうした力があらわになります。応用力が試される場面では、接遇の基本がしっかり身に付いていないと、咄嗟の判断や対応ができにくいのです。その結果、患者様につっけんどんな態度をとってしまうというケースも見受けられます。

Q.患者側からすると、医療機関のスタッフにはどのような対応が求められているのでしょうか。

患者様は病気に対する不安を抱えており、医療機関のスタッフには何らかの希望を抱いて来院します。そうした不安をいかに安心に変えられるかがポイントです。単に言葉遣いが丁寧であるというだけでなく、ホスピタリティのある対応が求められます。また、患者様はバリエーションのある対応を求めています。つまり、患者ひと括りではなく、1人の患者としていかに接してくれるかに注目しているのです。

Q.さまざまな医療機関をご覧になっているようですが、接遇について何か気づかれる点はありますか。

まず、「こんにちは」と挨拶をして欲しいですね。それと、「○○してください」という命令口調が多く見受けられます。もっと相手にゆとりを持たせる話し方を心がけて欲しいと思います。どうも医療機関側の都合に患者様を合わせるような感じが多い気がします。

例えば、こんな事例があります。ある医師の説明を受けた結果、「この先生ならば安心できる。検査をしてもらおう」と患者様が思い、予約をいれます。しかし、当日行ってみると、別の医師が担当になっていたというケース。医療機関では当たり前のことのように思われるかもしれませんが、患者様にとっては一大事です。もし変更になるならば、あらかじめ連絡が欲しいものです。ましてやこの患者様は、「あの先生だから検査をすることに決めた」という背景があるからです。一般企業ならば、アポイントメントを入れた人と実際に会う人が違うというようなものです。

他にも、言葉のバリエーションが少ない気がします。例えば、医師などから発せられる「大丈夫です」という言葉。患者様はどう大丈夫なのかを知りたい。もう少し説明を加えて欲しいものです。

Q.医師に必要なコミュニケーション能力があれば、教えてください。

まず、第一印象で安心感を与えてくれること。そして、患者様の話しを聞いてくれる姿勢が必要です。患者様の立場を受容して、時には共感してくれ、話しの内容をプロとして判断し、今後の対応策をわかりやすい言葉で説明してくれる。そんな医師が理想です。患者様のために一生懸命かどうかは態度や言葉によって伝わりますからね。

Q.医療事故防止という観点から、何かアドバイスはありますか。

医療機関は「ホウレンソウ」、つまり、「報告」「連絡」「相談」がスムーズでないケースが多いようです。日頃からチームワークが良く、職場内のコミュニケーションが円滑であれば、各職員の価値判断基準などがわかりますから、周囲も未然に事故を防げるような対応をするのではないでしょうか。全体を統括する立場の人が、職員の不足している部分を気づかせる必要もありますが、それもあまりやられていないようです。

実を言うと、接遇には新しい言葉も概念もないのです。ただ、それについてモノを言えるのは外部の人間だけです。内部でいくら言っても変わらないのが現実です。医療機関は患者様によって育てられると思いますので、ぜひ一度客観的な目で接遇について見直してみることをお勧めします。

カテゴリ: 2003年12月26日
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