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新病院開院で医療安全への意識をより高めた 愛知医科大学病院看護部の試み

愛知医科大学病院の看護部は地域包括ケアシステムを念頭に置いた医療安全対策に力を入れている。2014年5月の新病院開院に伴う抜本的な取り組みの一環。医療安全管理室専従者の増員、病棟と外来の一元化、入退院支援センターの充実など、古いしきたりに捉われない今日的な仕組みを取り入れている。いずれも、現場をあずかる看護師の自律的な行動に負うところが大きい。それぞれの取り組みは75歳以上の人口が全体の約2割を占めるようになる「2025年問題」をにらむ地ならしの意味をもつ。規模の大小を問わず、全国の医療施設は来たるべき超高齢化社会に向けた新たな医療環境への対応を迫られている。それにつれて最前線の看護師にかかる責任の度合いも増している。こうした環境変化を捉えて同院看護部は今年度の方針を「私たちの看護を地域へつなげよう」とした。地域に根差した医療安全を進める狙いや成果などを副院長でもある小池三奈美看護部長に聞いた。

小池三奈美氏
小池三奈美氏

外来診察室と関連部門を集約化

同院は2014年5月9日に新病院を開いた。度重なる増築で構造的にも機能的にも使い勝手の悪い施設となっていた旧病院を全面的に建て替える大掛かりな再出発である。開院にあたっては「生活時間の最大活用」「医療の可視化」「地域との協力」の3つを基本コンセプトに掲げた。それらに沿ってハード、ソフト両面を抜本的に見直した。

看護部が関わる部分では「患者さんの負担軽減のための取り組み」や「患者さん目線に立った機能強化」などを推し進め、安心・安全な医療を提供するための院内配置と情報システムの整備や受診・入退院の支援などに力を注いでいる。

「安心・安全な医療」を提供するための取り組みの一例が外来診察室と関連中央診療部門(検査室、各種センターなど)の集約化である。旧病院時代の相次ぐ増設は移動距離や待ち時間の長さ、体調維持などの面で患者に負担を強いてきた。例えば、旧病院では内科や外科の外来は3階、心電図室は2階、レントゲン室は1階に配置されていた。患者はもちろん、医師や看護師、検査技師、事務職員などにとっても業務上の重荷となる。

新病院では消化器内科・同外科と内視鏡センター、泌尿器科と採血・採尿センターなど、関連する外来と検査部門を隣接させた。同様に脳神経外科や神経内科などとリハビリテーションセンター、心臓外科や循環器内科、血管外科、感染症科、呼吸器・アレルギー内科などと生理機能検査センターを隣り合わせた。

受診する部屋の周辺で必要な治療や検査を受けることができるので患者は余計な移動をしなくても済む。移動距離や待ち時間の短縮は身体への負担を軽減する。患者の負担軽減は安心・安全な医療の実現を目指す同院の理念を着実に導いているようだ。

関連部門を集約した新たなフロア構成
関連部門を集約した新たなフロア構成
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関連部門を集約した新たなフロア構成
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医療安全管理室に看護師3人が専従

同院は看護部長の諮問機関として、看護教育、看護業務検討、看護記録、看護倫理、看護研究、看護安全の6委員会を置いている。そのうちの一つ「看護安全委員会」の目的は文字通り、看護安全活動を推進し、看護の安全を図ることである。

部内だけでなく、医療安全管理部とも連携し、看護部のセーフティマネジャーが効果的に役割を発揮できる体制を整えている。特筆すべきは、医療安全管理室に副室長(看護副部長)1人、師長1人、主任1人の計3人を専従者として配置していることである。

「一般的に専従配置は1人なので、当院の3人は多いと思います。少なくとも愛知県内の大きな病院、全国の私立大学病院ではトップクラスでしょう。では、なぜ3人なのか。現場では医師がオーダーを出しても注射や服薬など医療行為の最終実施者は看護師です。だから医療事故の当事者(責任者)にもなりやすい。そこで、看護師個人を責めるのではなく、事故が起きた理由をきちんと確認できる仕組みを作りたかったのです。そのためには看護業務の分かる看護職を入れるのが早道でしょう。その思いが医療安全管理室室長と一致し、要望書を病院長に提出しました。もちろん大切なのは数ではなく機能ですが、幸い厚労省からも高い評価をいただいております」。

愛知医大病院看護部の組織体制
愛知医大病院看護部の組織体制
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「私たちの看護を地域へつなげよう」

「患者・家族はもちろん、地域の医療機関からも信頼される病院であるためには、財政基盤の強化、質の高い医療の提供、患者中心の医療サービスを心がけ、病院職員としての役割を果たしていかなければなりません」。今年4月に開いた看護部目標説明会で小池部長は地域との連携の大切さを訴えた。

「今年度の診療報酬改定のキーワードは端的に言って病院の機能分化と地域包括ケアの推進です。高度急性期病院として質の高い医療を提供しているかどうかと共に、地域との連携状況が厳しく評価されるからです」。

小池部長は今年度の診療報酬改定が看護職の役割にも大きく響くと強調する。地域包括ケアの推進に呼応して、早期から退院に向けた患者への関わりや地域との連携など、退院支援にかかる看護の役割が評価されるということだ。

「地域の看護職、介護職に患者をつなぐためには当院で行った治療や看護だけでなく、患者・家族の望む姿を伝えていくことが大きな意味をもちます」。こうして打ち出されたのが「私たちの看護を地域へつなげよう」という方針であった。

この方針に沿って「看護の質を高め、患者・家族を中心とした看護サービスを行う」「看護職として責任を持ち、働き続けることのできる職場環境を築く」「病院運営に参加し収益増に貢献する」という目標を定めた。

「その際の重要視点である『外来~入院~退院に誰がどのように患者さんに関わっていますか?』『患者さんへの告知や説明など重要な場面に看護職は関わっていますか?』で、昨年度まで協力段階にとどまっていた『病棟・外来の一元化体制』を今年度から本格的に始めました。『切れ目のない看護』の提供に漕ぎ着けたわけです」。

踏み切った、病棟と外来の一元化

病棟と外来の連携に対する意識の高まりは公益社団法人日本看護協会の「2015年病院看護実態調査」でも浮き彫りになっている。同調査では、約6割の病院が「今後の外来は病院との連携で、治療を在宅につなげる機能を強化する」という考えを示した。同院の「一元化」もその延長線上にある。

「きっかけの一つは病棟と外来との経験年数の差です。最初から担当を分けるのではなく、すべて病棟に配置し、病棟看護師が外来担当者として下りる。外来の患者数が少なくなってきたら病棟に戻って若い看護師を教える。特に、熟練した技をもっている育児明けの看護師に期待しています。参考にしたのは福岡大学病院です。同院のマンパワーの一元化と『切れることなく患者を看る』という考えを知り、当院における『切れ目のない看護』を全員で考え、構築したいと思いました」。

小池部長のいう「切れ目のない看護」には病棟、外来という担当制による情報の分断を解消する狙いもある。情報が分断するのは患者を「点」で捉えているからに他ならない。

「だから、入院時ばかりでなく、自宅に帰ってからの患者さんもずっと見ていられる看護師を育てたかったのです。医師の治療は切れていないのに、担当のしばりによって看護師の仕事がプツン、プツンと切れるのは明らかにおかしい。院内でも外来でも一続きで見ることのできる、切れない看護は患者さんのクレームを減らしたり、安全を守ったりすることにもつながるはずです」。

熟練看護師揃う入退院支援センター

新病院の開院に際して同院は「入退院支援センター」を拡充した。患者の受診・入退院を支援し、限られた病床を効率的に稼働するのが狙い。前述した、患者と職員の負担を軽減する取り組みの一つでもある。継続看護相談(在宅支援)室、医療福祉相談室、地域医療連携室が一体となって活動する。

「予約入院患者さんを対象に、入退院に関連する医療的、社会的問題を外来時点で把握したり、退院に関わる問題の対策を考えたりして患者さんの社会復帰を早められるようにお手伝いをしています」。

センターの主な業務はベッドコントロール、ケースマネジメント、入院オリエンテーションと電話相談、部屋希望の確認と調整、入院後の患者の退院支援など。外来で予約入院した患者は必ず同センターを訪れ、担当者からヒアリングを受ける。その内容はすべて電子カルテに入力されるので、患者が入院する前から、病棟でも閲覧することができる。幅広い情報を収集し、判断し、適切に処理するため、同センターには経験豊かな看護師や医療専門職を率先して配置している。医療安全の視野に立ち、適切な判断を下すためには相応の経験が求められるからだ。

「センターでは事務的な作業にとどまらず、中止薬の確認、中止薬の電話訪問、手術説明における記載内容の確認(手術部位を左右間違えてないかなど)、入院中の危険防止のための履物の説明など、医療安全に直結する対応に力を入れています。ベッドコントロールでは、主科のベッドが満床の場合もいかに安全に他の病棟のベッドを使うかを考えて調整しています」。

ベテラン看護師がきめ細かく応対する入退院支援センター
ベテラン看護師がきめ細かく応対する入退院支援センター
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入退院支援センターに隣接してサロンのような個室が並ぶ
入退院支援センターに隣接してサロンのような個室が並ぶ
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緊急入院患者をいかに安全に戻すか

入退院支援センターに隣接する継続看護相談室では最近、緊急入院するターミナル期のがん患者とその家族の思いを汲み取り、安全に自宅に戻すための支援が増えている。地域包括ケアの目指す「在宅での看取り」を促す取り組みである。

「病院の医療者として、地域の医療者に任せるだけでなく、どう考えていくかという課題の一つです。例えば、当院に緊急入院された高齢の患者さんをご家族の意向で地域の診療医の先生や訪問看護ステーションと連携して自宅に帰れるように支援したことがあります。その患者さんは結局、退院後4日ほどで息を引き取りましたが、ご家族から『本人の信念を貫く形で家族と濃密な時間を過ごすことができました』という感謝の手紙をいただきました。地域との連携で、緊急入院された患者さんにいかに安全に帰っていただくかの実践例でしょう」。

最期の迎え方は一様ではない。一旦は在宅での看取りを決意しても自宅や施設で患者が苦しむ姿を目の当たりにすると不安が募り、結局緊急搬送に頼る家族が多いという。

「ですから地域包括ケアの推進には救急搬送を受け入れる病院のスタッフと地域のスタッフがさらに連携し、患者さんだけではなくご家族に対する支援も視野に入れていかなければならないと思います」。

現在の治療を継続した在宅治療を可能にする退院支援を行う継続看護相談室
現在の治療を継続した在宅治療を可能にする退院支援を行う継続看護相談室
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より実効性のあるシステム運用を

「患者さんやご家族に関わる病院、地域の医療職、看護職、介護職などが『患者さんやご家族はこの先、どのような姿を望んでいるのか』を共有していかなければ、地域包括ケアは単に『患者さんを病院から地域に帰すシステム』になってしまう」。小池部長は地域包括ケアをめぐる心構えをそのように明かす。

今年度の診療報酬改定は病院機能分化を促すため、7対1入院基本料を見直した。一般病棟の「重症度、医療・看護必要度」には7対1病棟で手術後の患者を看ているという評価としてⅭ項目が新たに加わり、基準を満たす患者割合の要件も入院患者の15%以上から25%以上に引き上げられた。従って「重症度、医療・看護必要度」のチェックを正確に行うのはもちろん、患者の安全を守る質の高い看護と、安全で効率的なベッドコントロールが重要度を増した。

併せて、早期から退院に向けた患者への関わりや、地域との連携など退院支援にかかる看護の役割が評価されるようになった。高度急性期病院における質の高い看護を提供し、患者を安全に地域につなげていくためには同院で行った治療や看護だけでなく、患者・家族の望む姿を伝えていくことが大きな役割を果たす。同院が今年度の看護部方針を「私たちの看護を地域につなげよう」とした狙いもその点にある。

小池部長は地域包括ケアの有効なツールとなる同院の看護サマリーが正しく役立てられているか、とりわけ、患者や家族の望む姿が反映されているかについて、連携している訪問看護ステーションへのアンケート調査を計画している。その結果は来年度の看護部方針に盛り込まれ、地域包括ケアを踏まえた医療安全に生かされるはずだ。

企画・取材:伊藤公一

カテゴリ: タグ: 2016年9月 1日
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