最新動向:最新記事

「普及に向け走り始めた欧州型ドクターカー」 カギ握る消防とのコミュニケーション強化

「消防とのコミュニケーションをうまくとれるかどうかが文字通りの生命線」——。岐阜県立多治見病院救命救急センターを率いる間渕則文センター長が唱える行動指針は明快だ。同センターの活動の中心に据えられているのが昨年9月、日本で初めて導入された欧州型ドクターカー、DMERC(Dマーク)である。欧州型ドクターカーとはどのようなものなのか、導入後の運用成果はどうなのか、消防との連携重視の真意はなにか。医療安全の視点から導入までの経緯や運用半年の手応え、今後の課題などを間渕センター長に聞いた。

間渕則文救命救急センター長
間渕則文救命救急センター長
(麻酔科部長・臨床研修センター長)

背中押した08年の改正道路交通法

後部座席シートベルトの着用義務化、高齢者マーク(もみじマーク)表示の努力義務化など、2008年の改正道路交通法は車の利用者にとって、より身近な内容が盛り込まれた。この改正で注目すべきは、傷病者が医療機関に緊急搬送されるまでの間の応急治療を行う医師を現場に運ぶための自動車(ドクターカー)が緊急車両に加えられたことだろう。

新たに認められたドクターカーは赤色灯やサイレンなどを設置していれば赤信号の通過が可能。これまでのように、医師が現場に駆けつけたくても一般車であるために従わねばならなかった交通規則に阻まれることなく到着できるようになったといえる。

医師が自ら運転する乗用車をドクターカーとして運用する全国で初めてのケースとなったのが岐阜県立多治見病院救命救急センターに配備されたDMERC(Doctor driven Medical Emergency Response Car)である。いわば、改正道交法に背中を押される形で導入にこぎつけたわけだ。

DMERCは実務運用を始めた08年9月1日から12月31日までの4カ月間に107件の出場要請を受け、85例の現場緊急治療を行った(22例は途上キャンセル)。09年に入ってからも1日平均1件の割で出場要請を受けるなど、その存在感を着実に示しつつある。

敷地の一角で出番を待つドクターカー

敷地の一角で出番を待つドクターカー
※クリックで拡大
情報伝達を支える無線装備が充実した車内
情報伝達を支える無線装備が充実した車内
※クリックで拡大

医師を現場にいち早く送り込む

いわゆるドクターカーはドクターヘリと並んで病院前救急医療を進める上で強力なツールの1つとして機能している。両者を比較すると、時間帯や天候の影響を受けにくく、24時間運行がたやすくできることや救急現場に直接到達できることなど、ヘリに比べてドクターカーのほうが優れている点も多い。

とはいえ、地方都市の一般的な救命救急センターが24時間体制で高規格救急車を配備し専属運転手を確保するとなると、コストがかさむ。また、出場機会の頻度を考えても経済的に見合わないため、必要性を認められながらも、普及は進んでこなかった。

わが国のドクターカーは患者搬送用のストレッチャーを備えていることが条件で(1)高規格救急車を用いて病院内に運転手を含めたチームを常時待機させるもの(2)病院内に消防分遣所を併設したもの(3)患者用ストレッチャーを備えた小型のワゴン型乗用車で医師を現場に送り込むもの——などが試みられてきた。

患者搬送機能のない乗用車型のドクターカーが緊急車両として認められたことで「医師をいち早く現場に送り込み、早期に救命医療を始められるのが何よりの利点」(間渕センター長)という。

ドクターカーの運用には大ざっぱに分けて2つの考え方がある。米国型と欧州型だ。米国型は救命救急隊員のできる医療行為の範囲を大幅に緩和する方式。一定の訓練を施した上で、医師以外のスタッフにも医療行為を認めることで救命率を高めようというスタンスだ。

これに対して、欧州型では、専門家である医師を迅速に現場に送り込む仕組みづくりに重点を置く。フランスを中心とする欧州各国で長い歴史を持つ方式で、ドクターカーばかりでなく、ヘリやバイクも動員し、現場に医師を送り込むためのあらゆる手段を講ずる。同救命救急センターのDMERCは「医師をいち早く送り込む」という理念に沿っている点で、フランスの考え方を踏襲している。欧州型と呼ばれるゆえんである。

詰所前の掲示板と出場記録板
詰所前の掲示板と出場記録板
※クリックで拡大
ドクターヘリ用の書式を参考にしたカルテ
ドクターヘリ用の書式を参考にしたカルテ
※クリックで拡大

夜は担当医師が乗って帰る

DMERCの車両に選ばれたのはトヨタ自動車のプリウスである。支払額は諸経費込で約500万円。塗装費が約24万円、赤色灯、サイレンアンプ、モーターサイレンなどの費用が工事費込みで約130万円、簡易無線機などの通信機器が約47万円、その他の装備が約20万円である。

積み込む主な装備は(1)輪状甲状間膜切開セットを含む呼吸管理セット、チェストチューブ一式(2)骨髄針を含む輸液セット、薬剤一式(3)携帯型エコー装置(4)簡易型血液検査装置(5)脈波CO濃度モニター付きパルスオキシメーター(6)AED装置——などである。

DMERC担当者は通常、運転免許証を携帯し、出場用のユニフォームと安全靴を履いて業務をしているが、要請が入るや否や上記の医療用機材と薬品の入った装備品をそのつど車両に積み込み、乗車用ヘルメットを装着して現場に向かう。

DMERCには基本的に救命救急センター勤務の麻酔科医1人が乗車する。平日日勤帯には看護師も同乗することが多く、これに加えて病院実習を行っている救命救急士がいる場合には同乗実習を行っている。運転は医師あるいは看護師が担当、救命救急士はナビゲーター役を務める。

夜間・休日には担当医がDMERCで帰宅し、待機する態勢を整えている。市内に限れば移動も自由で、買い物や食事をしながら待機してもよいことになっている。「大都市ほどの出場要請件数がない地方型救命救急センターにあって、少人数の救急医でも疲弊せず、かつ24時間運用を可能にしようと考えたユニークな方法」(同)である。「いち早く救急医を現場に送り込むこと」を掲げる欧州型ドクターカーの理想を実践しているわけだ。

出場に備えてきちんと整理された装備棚
出場に備えてきちんと整理された装備棚
※クリックで拡大
充電中の携帯型エコー装置
充電中の携帯型エコー装置
※クリックで拡大

要請出場時間は平均3.8分

同救命救急センターがまとめた運用開始4カ月の活動報告によると、現場緊急治療件数85件(前出)の内訳は9月=9件、10月=24件、11月=23件、12月=29件。治療の要因別では、交通外傷(30%)、CPA(21%)、循環障害(17%)、意識障害(16%)、呼吸障害(6%)、その他(10%)——という割合だった。

欧州型の訴求点である迅速性を要請出場時間というものさしで測ると、全体の平均時間は3.8分、担当医師が院内にいた場合は3.2分、休日・夜間に自宅待機していた場合は5.6分だった。DMERCで外出中か、運転中の場合には0.9分と最も早く緊急走行に移ることができた。

出場現着時間は多治見市内の場合8.0分で、周辺消防本部の要請で出場した場合の20.1分よりも格段に短かった。また、同じ市内への出場であっても、医師が現場の地理に明るく直行できた場合は5.1分、現場特定ができず誘導車と合流してから向かった場合には9.8分かかった。

せっかくのシステムも現場までの到着に無駄な時間を要していては十分な効果を望めない。このため、同センターでは多治見市を含めた二次医療圏や近接市の8消防本部と出場要請に関する協定書を交わしている。

特に、運転する医師が必ずしも地元地理に精通しているわけではないことを考慮し、明らかに現場が特定できる場合を除いては、消防誘導車との合流地点を出場エリア内に合わせて28カ所設けるなどの工夫もしている。

現場乗り捨てをめぐる調整

「重傷病者のもとへ、いち早く救急医を送り込む」というDMERC導入の理念は毎月25件程度の病院前救急医療の提供という形で着実に実績を残しつつある。その推進力となっているのは、医師自らが現場に赴く仕組みや、高規格救急車に比べて安価な運用コストなどだろう。

半面、改正道交法下で初めて運用されたドクターカーという事情ならではの課題も少なくない。欧州型ドクターカーのモデルケースとしてのパイオニアという位置付けからも法整備を含めたシステムの改善は急務だろう。

例えば、DMERCには患者搬送機能がないために、現場に到着した医師や看護師は傷病者に付き添って、救急車に移乗する。従って、DMERCは現場に乗り捨てられることになる。たとえパトカーであっても、緊急走行時以外は通常車両とみなされる。だから、公道上に放置された無人のDMERCは駐車違反になる。

この問題を解消するため、試行錯誤を重ねた上、現在は消防職員に回送を委ねる仕組みを取り入れている。現場に不案内な医療者を安全かつ迅速に誘導する際にも消防職員との連携が必要だ。間渕センター長が「消防とのコミュニケーション」を重視する狙いである。

一刻を競う救命救急現場では、発症後30分以内に救命治療を開始できるかどうかがカギになるといわれる。それだけに、救急のプロである消防との連携が欠かせないという。

また、高速道路上などで起きた事故処理後「業務用プレート」を支給されている消防車両はスムーズに流出できるのに対し「無印」のDMERCは管轄する高速道路会社の管制センターに掛け合わねばならないなどの不都合がある。こうした点の改善を進めるためにも「DMERCの認知度を高めたり、活動を理解してもらうための広報活動に力を入れたりすることが重要」(同)という。

前出の85件の現場治療数のうち1割にあたる8件は、協定を結んだ地元医師会加盟の医療機関からの要請によるものであった。その点での病診連携も少しずつ進んでいるようだ。

間渕センター長は「DMERCのようなシステムの基地病院が数多くできることによってこそ、社会的効果が出てくるはず」と導入後半年を振り返る。このため、同センターが作成した膨大なマニュアルは、しかるべき手続きを経ればすべて公開する考えだ。

DMERCの取り組みは日本に欧州型ドクターカーのシステムを根付かせる上で大きな試金石となるだろう。

プロフィール

間渕則文(まぶち・のりふみ)氏略歴

1983年3月名古屋市立大学医学部卒業後、同大学病院麻酔科、名古屋第二赤十字病院集中治療部、カナダ・トロント総合病院麻酔科、などを経て、99年3月国際協力事業団医療協力部派遣前業務委嘱員となる。同年4月エジプト・アラブ共和国カイロ大学小児病院小児救急医療プロジェクト・チーフアドバイザー。2002年4月岐阜県立多治見病院麻酔科主任医長・救命救急センター主任医長に就任。同年7月麻酔科部長、8月救命救急センター長。07年4月臨床研修センター長を兼務。08年陸上自衛隊予備自衛官二等陸佐。米国心臓協会・岐阜ACLSトレーニングサイト長、JPTEC中部副代表・岐阜県代表世話人。岐阜県救急医療研究会JPTEC部会長。1958年7月、愛知県生まれ。

連絡先:岐阜県立多治見病院
〒507-8522 岐阜県多治見市前畑町5-161
TEL:0572-22-5311(代表)
URL:http://www.pref.gifu.lg.jp/pref/tajimi_hospital/

(企画・取材:伊藤公一)
カテゴリ: 2009年3月 3日
ページの先頭へ