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看護師業務の追跡で事故原因を明らかに

看護師の行動を、音声による入力と、体の傾斜、歩数によって記録する「Eナイチンゲール」システムが開発された。勤務中の行動が時系列に記録されるため、正確なデータの収集に役立つ。インシデントや事故の原因究明にも一役買いそうだ。

同システムを開発したのは、国際電気通信基礎技術研究所(ATR、京都府相楽郡精華町)と東京女子医科大学病院脳神経センター(東京都新宿区)だ。1月末から、同システムの実証実験が開始された。音声入力マイクと、傾斜計、万歩計、デジタル記録装置を看護師に装着してもらい、1日の行動を記録する。

例えば、患者の体を清拭する場合。まず、看護師は胸ポケットに手をかざす。こうすることで音声入力スイッチがオンになる。その後、「○○さん、今から清拭をしますね」と患者に呼びかけると、それが自動的に録音される仕組みだ。10秒後には自動的にスイッチがオフになる。音声入力は装置に一切触れることなく行われるので、簡単かつ衛生的だ。同時に、傾斜計で看護師の体の傾きを計測。万歩計で歩数(移動量)も記録される。

Eナイチンゲールシステムを装着した看護師。
Eナイチンゲールシステムを装着した看護師。
①は音声入力用マイク、②はマイクのオンオフを自動的に行う非接触磁気センサー、
③は上半身の傾斜角度を計測する傾斜角センサー、④は歩数計測用の歩数センサー、
⑤はそれらからの信号を周波数別に分けて音データとしてICレコーダーに記録する、データ記録装置。
データ記録装置はカセットテープ大の大きさで、制服のポケットに収まる。

「このシステムを使えば、看護師の行動が時系列に全て記録される。そのため、どの業務に、どれだけの時間がかかったかも明らかになるため、無駄な業務の見直しや、必要なところに重点的に人材を投入することも可能になる」と、同システムの開発者の1人である東京女子医科大学大学院の助教授、伊関洋さんは語る。

たとえ全体の仕事量は変わらなくても、業務の効率化が図れるのであれば、その分を患者へのケアなどにあてることも出来る。

「それは、安全を生み出す時間になるかもしれない」と、伊関さんは期待をこめる。

そもそもこのように職員の行動履歴を把握する方法は、他業界で用いられてきた。製造工場などで作業手順を省力化するために、職員1人に調査員が張り付いて調査する方法はこれまでも行われていたという。しかし、この方法の欠点はコストが高くつくことであった。

「Eナイチンゲールシステムの商品化はまだ数年先のことになると思うが、低コストで提供できる見通しがある」と、ATR知能ロボティクス研究所副所長の小暮潔さんは言う。

システムの利用は、看護師にとってもメリットがありそうだ。勤務中の行動が自動的に記録されるため、将来的には勤務終了後に看護日誌を記録する時間が短縮化されるかもしれない。また、業務実態が明らかになることで、インシデントや事故が起こった場合の行動の特性がわかる可能性もある。

同システムを用いて昨年1月に行われた調査では、看護師が行う業務の6割が、患者の体温や血圧などの測定、問いかけに対する反応などを見る観察行為にあてられていたことがわかった。残りの4割は、口腔ケアや移乗などのケアが占めていた(図表1参照)。

図表1「音声入力から再現された看護履歴のチャート」
図表1「音声入力から再現された看護履歴のチャート」

さらに興味深いのは、看護師が担当の患者以外の業務に多くの時間を割かれていることも明らかになったことだ(図表2参照)。しかもこれらの業務は、看護日誌に記載されていなかった。

図表2「看護師業務の分析」
図表1「音声入力から再現された看護履歴のチャート」
「ケア業務」や「連絡調整など」は、 担当以外の患者に実施している方が多いことがわかった。
注:
調査は2003年1月、東京女子医科大学脳神経センターで行われた。
一般病棟の看護師5人とICUの看護師1人が3日間、同システムを装着して計測した。
データは患者別の看護履歴のチャートを、主担当とそうでないものに分類して分析した。

「予定外の割り込み業務がかなりの頻度で発生していたが、それがインシデントや事故につながっている可能性も高い。これまでの看護日誌は患者別に記録されているため、看護師が1日を通してどのような段取りで業務を遂行したかが容易に把握しにくかった。このシステムを利用すれば、看護日誌に残らない割り込み業務についても記録されるため、インシデントや事故の原因が突き止められる可能性がある」と、前出の小暮さんは言う。

今回の実証実験では、看護師の行動とインシデントの関連性も明らかにしたいと考えている。

システムは音声入力が基本となっているため、正確なデータの収集には、看護師が全ての業務内容を音声入力化する習慣が求められる。また、他の音との識別をより正確にする必要性もある。収集したデータを、看護日誌にいかに加工していくかという課題もある。

ATRでは、今後も現場の看護師などの意見を聞きながら、システムに改良を加えていきたい意向だ。随時、実証実験などに参加協力してくれる医療機関を募集しているという。

Eナイチンゲールシステムの問い合せ先:
株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR) 知能ロボティクス研究所
TEL:0774-95-1430
ホームページ:http://www.atr.co.jp/

カテゴリ: 2004年2月13日
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