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患者とのコミュニケーションを深める出前式健康講座とモニター会

医師は十分に説明したつもりでも、患者にはその内容が全く伝わっていない場合がある。患者にとっては初めて聞く言葉も多いだけに、一度に理解するのは難しいからだ。とまどいや緊張感も影響している。医療法人三九朗病院(愛知県豊田市、111床)では、医師が地域に出かけて行って住民と触れあうことで、患者の視点に立った医療を提供しようとしている。その取り組みを取材した。

地元の要請に応じた健康講座の開催

6月下旬。豊田市内の福祉センターで、三九朗病院の健康講座が開催された。対象は豊田市シルバー人材センターに登録する50歳~60歳代のホームヘルパー、50人程だ。講座のテーマは、「人との付き合い方」。要介護者と接する際の、コミュニケーションのとり方を学ぶ。

「人の心の中には、親のような心、大人としての冷静な心、子供のような心の3つが存在しています。相手とコミュニケーションをとる場合は、どの心から発している言葉であるのかを考えながら、それに応じた受け答えをしていくと上手くいきますよ」

講師を務める三九朗病院副院長の加藤真二さんは、嫁と姑の会話を例に挙げながらコミュニケーションの理論を易しく話す。時折、冗談も交え、会場は和やかな笑いに包まれる。1時間半の講座はあっという間に終わったという印象だ。

「ユーモアがあって、わかりやすかった」と、参加者の1人は講座の感想をこう述べる。

三九朗病院は、こうした健康講座を月に2~3回程度開催している。テーマは、「ストレスと病気」「生活習慣病」「骨粗しょう症」「けがの応急処置」など、医療や健康に関する身近な話題が中心。地域の自治会や老人会、婦人会、学校、企業などの要請に応じて、同院の院長をはじめとする医師や管理栄養士らが出向いて話す。出前式の健康講座だ。

講演は無料で、病院の外来が休診となる木曜日の午後に行われる。院内の掲示板には健康講座の開催予定が張り出されており、興味のある人は誰でも参加できるという。

「健康講座に対する住民のニーズは高いが、その度に講師を探すのは大変。三九朗病院は医師が直接話してくれるので、参加者の興味や関心も高い」と、講座を依頼した豊田市シルバー人材センターの担当者は評価する。

患者の視点に立った話し方

同院が健康講座を開始したのは1996年からだ。患者を待っているだけの病院の姿勢に疑問を感じた院長(兼理事長)の前田実さんが、地域の人々にどうしたらもっと病院を知ってもらえるのかと考え、広報部(現・地域連携推進部)を設置したのがそもそもの始まりである。

それまで同院は広報の一環として「三九朗新聞」を発行していたが、その編集に携わっていた鍋山歳子さん(現・地域連携推進部長)が広報部の専任職員に就任。地元の自治会や老人会、婦人会などを精力的に回り、「こんな健康講座をやります」と言いながら広報活動をスタートした。

反応は思っていた以上に良く、早速に依頼が舞い込んだ。院長や副院長など医師が直接出向いて話したり、講演が無料である点が受けたようだ。講演を聞いたのをきっかけに病院を外来で訪れる人も増え、経営的にも良い影響をもたらしているという。

「情報発信は病院の経営にもつながる。病院は待ちの姿勢ではなく、地域に積極的に出て行くことが大切だとわかった」と、鍋山さんは語る。

この健康講座は医師の診療内容にも変化をもたらしている。前出の加藤さんは、「講師として話すのに、あらためて勉強することも多い。生活習慣病について話したのをきっかけに、患者さんの生活背景との関わりも考えるようになった。診療にも予防医学的な視点を取り入れていくことが大事だと考えている」と、話す。

また、どうしたら相手に伝わりやすいかも考えるようにもなったという。講座では医学用語など難しい言葉は使わず、スライドなどを用いたりしながら、興味を覚えてもらうような話しの筋を組み立てている。ユーモアも大切なエッセンスだ。

毎回、講座に同行している鍋山さんは、「当初は話し方に硬さがみられたが、回を重ねるごとに上手になっている。質疑応答などで住民の皆さんの声を聞くことによって、どの程度理解されているのかもわかる。診療においても、患者さんの視点に立って話すことができるようになるのではないか」という。

院長の前田さんは、「一般の人にとって、医師はまだまだ敷居が高い存在に受け止められがち。健康講座で身近な存在に感じてもらうことで、患者さんも医師と話しやすくなれば良い」と、話す。

患者が医療機関と関わりを持つのは、病気を患ってからというのが一般的だ。だが、日頃から医師と接する機会があれば、患者もいざという時にとまどう事も少なくなるはずだ。健康講座の取り組みは、患者と医師の垣根を低くし、互いのコミュニケーションを円滑にする方法として注目に値する。

地域と病院を結ぶモニター会

患者側の視点を理解するという意味では、「モニター会」の試みも興味深い。これは地元の患者や自治会、商店主などにモニターになってもらい、病院に対する率直な意見や感想を聞くというもの。2カ月に1回の割合で開かれている。

「モニターの皆さんは、外来の待ち時間の長さをはじめ、廊下の電灯がついていないなど、かなり具体的に病院への注文や感想を話してくれる。中には、受付に置いてあった花の匂いがきつく、気分が悪くなったという声もあった。病院側が気づかないような点を指摘してくれるので有り難い」と、鍋山さん。

同院では、外来受診を待つ患者の様子をうかがい、気分の悪そうな患者には声をかけて早めに受診ができるように配慮しているが、これもモニターの声によって実現した取り組みだ。

時には、病院側の情報をモニターが地域の人々に発信してくれる場合もあるという。モニターは、病院と地域を結ぶ推進役となっているようだ。

「とにかく地域の人々に病院のことを少しでも知ってもらいたい。地元の医療関係者の中には、当院に回復期リハビリテーション病棟がある事を知らない人もいる。今後はそれらの人々にも病院の機能を知ってもらうよう努め、互いにスムーズな連携を図っていくようにしたい。その結果、地域の人々に質の高い医療が提供できるようになれば良い」と、前田さんは抱負を語る。

広報活動というと、利益誘導だという誤解も受けやすいようだ。しかし、一般の人々が医療機関の情報を欲しているのは確か。その証拠に、病院ランキング本が売れている。地域のどこにどんな医療機関があるのかを知っておくことは、いざ病気になった時に役立つに違いない。患者と医師が上手に付き合うためにも、三九朗病院の取り組みは参考になる。

出前式の健康講座の講師を務める三九朗病院副院長の加藤真二さん。
出前式の健康講座の講師を務める三九朗病院副院長の加藤真二さん。
ユーモアを交えた語り口に、参加者は興味津々といった様子。
スライドを用いたり、音楽を流したりと、参加者を飽きさせない工夫も凝らされている。
三九朗病院内に掲示されている健康講座のちらし。
三九朗病院内に掲示されている健康講座のちらし。
主催者からの要請で講座は開催されるが、興味のある人ならば誰でも参加できる。
三九朗病院院長(兼理事長)の前田実さん。
三九朗病院院長(兼理事長)の前田実さん。患者を待っているだけの医療機関に疑問を感じ、地域の人々に病院の存在を知ってもらおうと広報部を設置した。
三九朗病院地域連携推進部長の鍋山歳子さん。
三九朗病院地域連携推進部長の鍋山歳子さん。医療機関が地域に出向くことの必要性を痛感し、地元の行事にも積極的に参加するようになっているという。
カテゴリ: 2004年6月30日
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