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看護職員の99%が「患者照合」を重視 熊本県内4医療施設の調査で明らかに

熊本大学病院 医療の質・安全管理部
副看護師長 大島木綿子氏

誰にでも取り組める初歩的な医療安全対策である「患者照合」について、調査を受けた看護職員の99%がその重要性を認識していることが熊本大学病院などの調べで分かった。医療安全に携わる熊本県内の看護師などでつくる「くまもとMQSN」が2024年秋に行った実態調査で明らかになったもので、その概要は2025年3月開催の『第11回日本医療安全学会学術集会総会』でも報告されている。スタッフを対象とするアンケート調査はこれが初めて。「患者誤認における職員の意識調査と今後の展望」と題して講演した熊本大学病院 医療の質・安全管理部 副看護師長の大島木綿子氏は「照合の重要性を理解するだけでなく、実際に照合を行う意識を定着させるためには、継続的な教育、照合プロセスの確認が必要ではないか」と調査内容を読み解く。

県内16医療施設から成る「くまもとMQSN」

「熊本県の医療安全管理担当者の交流会では、全施設が共通で取り組むことができる医療安全対策として『患者確認』を挙げており、患者誤認減少に努めているが、必ずしも満足できる状況には至っていない。そこで、患者誤認に対する看護職員の意識を把握し、今後の活動に役立てる一方、課題を見出すことにねらいを定めた」。

大島氏は今回の調査の背景をそう明かす。調査は2024年11月に無記名のアンケートフォーム形式で実施。熊本県の医療安全管理担当者の集まりである「くまもとMQSN」に参加する16施設のうち4施設(阿蘇医療センター、熊本労災病院、天草地域医療センター、熊本大学病院)の看護師が調査に応じた。

調査主体のくまもとMQSNは医療安全に携わる看護師による組織で、定期的に交流会を開いている。参画する医療施設が互いの取り組みを学び、自施設に役立てることを目的に立ち上げられた。

交流会では各施設の困りごとなどを取り上げて話し合ったり、熊本県健康福祉部健康局医療政策課と協働で情報共有したりする活動に力を入れている。

医療施設として互いの業務遂行の改善に役立てるばかりでなく、医療安全の取り組みを県民に働きかけるため、患者アンケートやラジオ放送の実施などにも努めている。

大島氏の所属する熊本大学病院医療の質・安全管理部は今回の調査における会議の運営、議事録作成などに関わった。

9割超の患者が「患者照合」に肯定的

では、調査はどのような経緯で進められたのか。

「2023年に本院で実施した『患者確認実態調査』では9割以上の患者が『絶対確認してほしい』『大事なことなので仕方がない』と回答している。つまり、繰り返し患者確認をされることについて肯定的に捉えられているにもかかわらず、誤認は減少しない」(大島氏)。

今回の調査には、患者照合を巡る患者の意識と現場の実態との食い違いをあぶり出すねらいがあった。根底には「『患者照合』は医療安全の基本であり、そこをないがしろにすることで起きる患者誤認は重大な医療事故につながりかねない」(同)という、医療者としての強い責任感と使命感がある。

調査にあたっては、患者誤認を引き起こさないために各施設が実施しているさまざまな取り組みや教育への評価、患者誤認の背景因子を検討した先行研究『患者誤認に特徴的な背景因子に関する検討』(『医療の質・安全学会誌』Vol.17 No.2所載)などを踏まえて、アンケートの設問に反映させた。

参考にした先行研究は福井大学医学部附属病院で2017年度から2019年度に報告された患者誤認事例247件、2019年度に報告された非患者誤認事例2487件を分析。患者誤認事例に特徴的な背景因子として「時間的切迫」(繁忙・焦り)、「作業状況」(業務中断・複数業務の同時進行)、「作業環境」(同じ場所やリストからの選択)、「同性・類似氏名」の4項目に注目した。

今回の調査に応じた看護師は総数1094人。経験年数別の内訳は「0~1年目」8%、「2~5年目」18%、「6~10年目」15%、「11~15年目」17%、「16年目以上」42%の割合で、11年目以上のベテランが過半数を占めた。

看護職の79%が「患者照合」指導受ける

設問は「患者照合についてどう思うか」「患者照合の指導を受けた経験」「患者照合に関する指導内容」「患者誤認による影響」「患者照合を行わなかった経験」「患者照合を行わなかった理由」「患者誤認を起こすリスクが高いと思う順番」の7項目。

まず「患者照合についてどう思うか」については「絶対にしなければならない」86.0%、「大事なことなので仕方ない」13.8%、「面倒だ」0.2%で、上位2項目を足すと99%以上の看護職員が患者照合の重要性を理解していることが分かった。大島氏は「日ごろから各施設が行っている取り組みの成果」とみる。

患者照合についてどう思うか
患者照合についてどう思うか
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「患者照合の指導を受けた経験」は「ある」79%、「ない」21%で、調査対象の8割近くがなんらかの指導を受けていることが明らかとなった。ただし、各施設が患者照合に対する取り組みを進めているものの、全員実施に至らぬのは「看護師の勤務の都合によるものか、指導を指導と捉えていないスタッフの意識によるものかは今回のアンケートでは確認できていない」(大島氏)という。

患者照合の指導を受けた経験
患者照合の指導を受けた経験
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「患者照合に関する指導内容」は「口頭」での指導が最も多く、「デモンストレーション」「シミュレーション」「シャドーイング」といった実践的な指導が続く。「医療安全講習会」に代表される座学も盛んで「各施設がさまざまな教育方法を検討し、職員を教育していることが分かった」(同)。

患者照合に関する指導内容
患者照合に関する指導内容
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「患者誤認による影響」では「誤った診断や治療による身体的影響」が1017人で、今回の調査対象総数(1094人)に迫る結果となった。「不適切薬剤投与による副作用やアレルギー反応」も身体的影響と考えられるが、「医療に対する不信感」や「訴訟などによる法的影響」など「身体的影響にとどまらぬ項目についても考えられていることが分かった」(同)としている。

患者誤認による影響
患者誤認による影響
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誤認のリスクを最も高める「時間的切迫」

続いて、患者照合の実態を問うた項目。「患者照合を行わなかった経験」を尋ねたところ「ある」=患者照合が必要な場面で行わなかったとの回答が28%を占めた。今回の調査は看護師経験11年以上のスタッフが6割程度を占めていることから「質問では照合しなかった経験の期間を絞っていなかったため、28%が多いかどうかの判断は難しい」(大島氏)という。

患者照合を行わなかった経験
患者照合を行わなかった経験
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「患者照合を行わなかった理由」では「急いでいる」「思い込んでいる」が群を抜いて上位を占めた。この項目への回答数が多かったことについて、大島氏は「どのような場面で看護師が患者照合を省略しているのかという現状が見えた」と分析している。

患者照合を行わなかった理由
患者照合を行わなかった理由
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「患者誤認を起こすリスクが高いと思う順番」では「時間的切迫」を挙げる回答が他の選択肢を上回る結果となった。つまり、急いでいるときに患者誤認を招くリスクが最も高いということだ。にもかかわらず、患者照合をせずにケアを行っているのが現状であることがグラフから読み取れる。

患者誤認を起こすリスクが高いと思う順番
患者誤認を起こすリスクが高いと思う順番
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この結果について、大島氏は「『患者照合を行わなかった理由』で時間的切迫の際に患者照合を省略していたが、一方では時間的切迫の際に患者誤認を起こしやすいと認識しており、認識と行動にギャップがあることが分かった」と分析している。

患者が積極的に参画できる活動に照準

現場職員を対象とするアンケートとしては初めてとなる今回の調査結果について、大島氏は「看護職員の大多数が患者照合の重要性を理解していることは教育の成果と考えている。一方で、実践とのギャップもあり、業務の多忙さが影響していることが分かった」と受け止める。

そのうえで「時間的圧迫や思い込みの状況下でも確実に患者照合を行うという意識を定着させるためには、照合の重要性を理解するだけでなく、継続的な教育や照合プロセスの確認が必要ではないか」と提言している。

大島氏は「医療者が持ってきたものだから間違えるわけがないだろうという患者の思いは大きいため、違う患者の名前が記載されているものをもらったとしても気づかない場合もある。こうした誤りを防ぐため、医療者だけでなく、患者にも照合の必要性を啓蒙し、積極的に患者参画してもらえるような活動も必要」と現場からの働きかけを訴える。その一環として、患者確認の重要性を県民に向けて呼びかける活動にも力を入れる考えだ。

調査を踏まえた今後の課題として、大島氏は(1)教育とトレーニングの継続(2)チーム医療の推進(3)評価方法の検討――の3点を指摘。

「患者照合に関する教育プログラムや実践的なトレーニングを定期的に実施し、患者照合の重要性を継続的に伝えていく必要がある。また、患者照合のプロセスを多職種全体で共有し、複数の視点から確認することで、患者誤認を防ぐ取り組みも必要。こうした取り組みの評価をどのように行うかといった方法も検討すべき」としている。

「患者誤認対策チーム」立ち上げる動きも

今回の調査は同じ志を持つ医療従事者、特に医療安全に携わる現場看護師の意識を確かめ、参画する各施設の運営に役立てることを目的とした点で意義深い。

そこから浮かび上がった患者照合をめぐる課題や打つべき方策について、大島氏は「看護職種だけの取り組みにとどまらず、多職種がそれぞれの現場で照合場面のチェックを行い、結果をフィードバックするなど、チーム全体での活動を計画している」と熊本大学病院の構想の一端を明かす。

実際、2025年4月には継続的に進めているTQM活動の実践として「患者誤認対策チーム」を立ち上げた。同チームでは、患者照合が多岐にわたることを踏まえ、患者誤認減少に向けた患者インシデントの分析を実施。患者影響度の高いもの、患者誤認件数が多いものなど、焦点を当てるべきテーマを見極めながら、活動していく方針である。

同院の活動内容や活動後のインシデントの件数推移などは院内だけで保管せず、くまもとMQSNで共有する。

調査を契機に、同院では患者誤認に関するインシデントでヒヤリハットの事例報告が増えているという。大島氏は「報告することは潜在的リスクの発見や、それへの対策を事故予防につなげ、組織全体の安全文化の醸成を促すといわれる。つまり、患者誤認に対する取り組みは安全意識の向上につながるのではないか」と調査結果を総括している。

企画・取材:伊藤公一
カテゴリ: 2025年5月23日
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