9月11日、第29回国際福祉機器展(H.C.R2002)の特別セミナーとして「高齢者の転倒を防ぐ」(主催:保健福祉広報協会)が東京ビッグサイトで開催された。転倒は医療事故の中でも発生の頻度が高い事故である。そこで、今回は同セミナーの内容を紹介したい。
リスク要因の把握とADLの評価が不可欠
諏訪赤十字病院(長野県諏訪市)リハビリテーション科部長の西村尚志氏は、「医療事故が頻発し大きな社会問題になっているが、介護分野も例外ではない」と語り、施設においても転倒防止策について具体的に検討する必要性を訴えた。
1998年から2000年にかけて、全国社会福祉協議会が特別養護老人ホームに対して行った調査によると、事故経験のある施設は92%、ヒヤリ・ハット体験のある介護職員は96%に上った。その事故やヒヤリ・ハット体験の中でも転倒が最も多いことがわかっている。
同調査によると、転倒が起こる背景として、以下のようなものが挙げられている。
- 高齢者の能力を本人、職員ともに十分に理解出来ていない(過大・過小評価)
- 職員の見守り不足、マニュアル無視、高齢者の状況観察や危険性の予知の認識不足
- 高齢者の遠慮
- 廊下などの滑りやすさ、ベッド・車いす・便器・手すりなどの不備・配置が不適切、車いすが不良
- 照明が暗い、カーテン・掃除用具・パイプ椅子につかまる
西村氏は、「これらを踏まえたうえで、転倒を防止するためにはそのリスク要因を把握し、高齢者のADL(日常生活動作)を再検討することが重要である」と述べた。転倒のリスク要因としては、転倒経験の有無や過去の転倒歴の他に、以下のような危険因子にも注意をするよう呼びかけた。
- 罹病状況
- 脳卒中、パーキンソン病、骨関節疾患、視覚障害
- 症状
- 麻痺、失調、関節痛、筋力低下、骨萎縮、排尿障害、けいれん、めまい、耳鳴り、しびれ立ちくらみ、胸痛、息切れなど
- 服薬状況
- 催眠剤、鎮痛剤、向精神薬、降圧剤など
ADLの評価にあたっては、単に表面的な「しているADL 」を把握するだけでなく、「やれば出来るADL」を見極めることが大事だと強調した。たとえば、本来は自分で起き上がることが可能であるにも関わらず、何らかの理由で本人がその動作をやろうとしない場合もある。それを表面的に「出来ない」と捉えてしまうと(過小評価)、介護者が過剰に介助を行うことにつながり、本来的に本人が持っている能力を発揮しないまま、機能の低下に陥ってしまうこともあるからだ。
そして、リハビリテーションを行う場合には、これらADLの評価に基づいて、具体的な目標を定めた働きかけをすることの必要性を訴えた。
福祉用具の効果的な利用で転倒を防止
長尾病院(福岡県福岡市)の副院長である浅山滉氏は、「高齢者は転倒によって大腿骨頸部骨折などを引き起こしやすく、それが原因で寝たきりとなり、死亡にまで至るケースが多い」と指摘。
家庭内における高齢者の事故で最も多いのは転倒で、その理由として、敷居などの小さな段差や電気コード、カーペットの端、滑りやすいフローリング、夜間の照明不足などの住環境が関係していると話した。
また、骨そしょう症や、歩行機能の低下、老化による反応の鈍さ、筋力やバランス感覚の低下などの身体的な要素も関係しており、転倒を防止するにはこれらを改善向上させていけば良いと語った。
具体的には、筋力トレーニングやバランス能力の向上訓練が必要であり、その方法として片脚起立運動やストレッチング、椅子からの起立運動などが有効であると説明した。
住環境を改善するためには、介護保険制度の住宅改修や福祉用具レンタルを利用することを推奨。その際には、ケアマネジャー(介護支援専門員)とOT(作業療法士)が高齢者宅を一緒に訪問して高齢者のADLを分析することが大事だと述べた。
さらに、ヒッププロテクターやコルセット、足関節装具などの福祉用具を利用することの有効性も強調。なかでもヒッププロテクターは、転倒した場合の大腿骨頸部骨折の発生率を半分以下にし、転倒予防に効果を発揮するという。また、コルセットは腰痛予防のためだけでなく、起立性低血圧を防止したり、身体の動きを脳に伝わりやすくする効果もあるため、転倒防止やふらつき防止にもつながると述べた。
万一転倒が起こったら、いち早く医療機関に受診し、適切な処置を受けることを浅山氏は勧めた。特に高齢者は意識障害などで痛みの訴えが上手く出来ない場合もあるので、介護者は発見が遅れることのないように注意が必要であるとアドバイスした。
医療機関に対しては、「入院してから数日後に手術を行ったり、術後の安静期間の長い病院がまだまだ多い。それが人工的な廃用性症候群や痴呆を引き起こしている」と浅山氏は指摘。たとえば、大腿骨頸部骨折の場合は人工骨頭置換術を行うことで、翌日から歩行が可能になると言い、術後の安静期間の短縮化が急務であると強調した。
「転倒防止の介助10カ条」と「高齢者自らの転倒防止10カ条」
防衛医科大学(埼玉県所沢市)リハビリテーション部助教授の石神重信氏は、セミナーのまとめとして、以下のような「転倒防止の介助10カ条」と「高齢者自らの転倒防止10カ条」を紹介した。
「転倒防止の介助10カ条」
- 見ていないところで起こる転倒
- 夜明けは高齢者の活動時間帯
- ベッドの高さは35~40㎝、危ない柵越え事故
- 乗り移りは最大のリスク
- 介護と子育ては忍耐が決め手
- 杖、装具、車いすの有効活用
- 声をかけ、注意の喚起と安全確認
- バリアフリーの環境づくり
- 体力・気力は転倒防止
- 寝たきりで、起きる転倒、増える痴呆
「高齢者自らの転倒防止10カ条」
- 足もとの小さな段差に要注意
- 外出は、時間に余裕をもって
- 悪天候、夜間の外出要注意
- 立ち上がり、急な動きは"めまい"のもと
- 人ごみやバス、電車であわてずに
- 階段は、手すりをにぎって、上り下り
- 転ばぬ先の杖
- 良い履き物は身を守る
- バランス良い食事と体力づくり
- 歩く前にストレッチ、背すじを伸ばしてゆっくりと