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リベリアでエボラ出血熱の支援活動を行った加藤医師に聞く 日本での感染症対策

世界保健機関(WHO)は2014年12月14日現在、西アフリカを中心に広がるエボラ出血熱の感染者は18,603人で死者が6,915人を超えたと発表した。グローバル化が進んだ今日、日本においてエボラ出血熱はまったくの対岸の火事とは言い切れない。もし西アフリカから帰国したエボラ出血熱の疑いがある患者から来院の問い合わせがあったときはどのように対応したらいいか。感染症以上に有害なパニックにはどのような対策が考えられるか。今年5月と8月、エボラ出血熱対策のWHOミッションでリベリアに派遣された国立国際医療研究センター(東京都新宿区)国際感染症センターの加藤康幸医師にその対策を伺った。

加藤康幸医師
加藤康幸医師

リベリアの首都モンロビアの状況

私はリベリアの首都モンロビアなどにおいて2014年5月に調査活動を行い、同年8月に再び赴き医療従事者への感染対策の支援を行いました。

2014年5月に調査で入ったときはリベリアにはエボラ出血熱の患者はいませんでした。
しかし8月には状況が一変し、首都モンロビアにあるエボラ出血熱の患者を診るエボラ治療ユニットには患者がごった返していました。ベッド数を超えた患者が次々に運ばれてくる。付近にはマラリアの患者や妊産婦がたくさんいた大きな病院があるのですが、ストライキを起こして医療従事者がいない。患者もひとりもいない。エボラ出血熱を警戒してみな逃げ出しているのです。病院も、社会も機能していない状況でした。大統領は夜間外出禁止令、非常事態宣言を発令しまさに非常事態でした。

わずか3ヶ月でなぜそのように感染が拡大したのか。エボラ出血熱の感染力というより、感染症の対策が取られていなかったからと考えられます。エボラウイルスは体液に直接触れない限り感染しないウイルスです。しかしリベリアでは医療従事者が素手で患者の吐瀉物に触れることも珍しくありませんでした。手袋を使う習慣がないのです。そもそも手袋の数が足りていない。針刺し事故も起こりえますし、目や口などの粘膜を守るアイガードやマスクも不足していました。院内感染が起こるのが当たり前の状況のリベリアでは患者の10%が医療従事者でした。個人防護具を着用せずに患者を診療・ケアしたときに感染したことが多かったようです。

個人防護具が足りていないこともありますが、感染症に対する認識の低さも原因です。これはリベリアに限ったことではなく、途上国ではよくあることです。もっとも日本でも手袋を使うなどの標準予防策はHIVの流行の後、80年代後半頃にやっと普及したように思いますし、個人防護具一般の知識が普及したのも2003年のSARSがきっかけです。伝染病予防法を廃止して感染症法が制定されたのも99年とそう昔のことではありません。

現地の治療法

治療に使う薬剤は、経口補液(ORS)、解熱鎮痛薬(アセトアミノフェン)、乳酸加リンゲル液、広域抗菌薬(注射・経口)、抗マラリア薬、消化管粘膜保護剤、痛みが強いときにはオピオイドを使うくらいの対症療法しかできません。しかしエボラ治療ユニットでさえこれらの薬剤を十分確保できていませんでした。個人防護具を着用しての長時間労働は難しく、点滴等の適切な治療やケアを受けていたら、もっと助かる患者もいたでしょう。現地での医療の限界を感じました。

エボラ治療ユニットから離れるときは除染エリアで防護具を脱ぎます。次亜塩素酸溶液で消毒をしてもらいながら、防護服を脱ぎ、最後に靴底を消毒します。毎日膨大な量の医療廃棄物が出ますが、敷地内に穴を掘って燃やすことしかできません。

感染拡大の原因

このような万全とはいえない医療環境でかつスタッフ不足で疲労がたまり、注意力が低下することもあってか、医療従事者の感染が西アフリカの流行国では共通して起こったことです。

それと遺体に触るという葬儀の習慣も感染が広がった原因です。またリベリアは識字率が50%程度といわれています。一般の人は科学的思考に慣れておらず、『病原体というものがあって、こういう経路で感染して、体で10日間くらいかけて増殖して、体液を通じて他人に感染する』というような病気の説明をあまり理解してもらえないといいます。『よくない行いをしてバチが当たった』『呪いだ』『悪魔が』と考える人々も多く、予防対策がなかなか進みません。住民にエボラ出血熱を理解してもらうことは流行が進んだ現在においても最重要課題のひとつです。

加藤医師の現地活動

エボラ出血熱の流行が拡大する中で、感染予防の研修ほか医療従事者が安全に働けるようサポートするために、私は8月にリベリアに再度派遣されたのでした。まず首都モンロビアの主要病院(4ヶ所)・大学の医療従事者(500人以上)に感染対策の研修を実施しました。そのほか「発熱外来」設置場所の助言、 エボラ治療ユニットの開設、などを3週間にわたって行いました。

首都モンロビアに開設されたエボラ治療ユニット
首都モンロビアに開設されたエボラ治療ユニット
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感染防止研修を行う加藤医師
感染防止研修を行う加藤医師
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サポートの成果

悲惨な状況ではありましたが、私が滞在した間にも成果はありました。過去に使われていたコレラ治療ユニットを改装して、新しいエボラ治療ユニットを開設することができました。そこでは草むしりからはじまり、感染防止のためのレイアウトに関する助言や、必要物資のリスト作り、現地保健省との交渉などを行いました。研修を始めてから1週間、100人ほどの医療従事者が「エボラ治療ユニットでぜひ働きたい」と申し出てきてくれました。エボラ出血熱に関わりたくないと考えていた人やストライキを起こして病院から離れた人たちも、体制が整えば戻ってきてくれるということがわかりました。このことで大きな希望を見いだすことができました。

日本でのエボラ出血熱の疑いの患者が出たときの対策

エボラ出血熱は致死率が約50%と非常に高い感染症です。ただし、発生しているのが西アフリカのギニア、リベリア、シエラレオネの3ヶ国にほぼ限られていること(表1)、血液や体液に直接接触しなければ感染のリスクはほとんどないので必要以上に恐れることはありません。そのため、欧米に比べて西アフリカと人的交流の乏しい日本で患者が発生することは考えにくいです。現在はその3ヶ国に渡航歴がある方は検疫所により健康監視が行われることになります。発熱などのエボラ出血熱が疑われる症状が出た場合には、保健所が直接第一種感染症指定医療機関に案内する手順が決められています。

表1.西アフリカ5カ国における患者数(2014年12月3日現在)

ギニア 患者 2,164
死亡 1,327
リベリア 患者 7,635
死亡 3,145
シエラレオネ 患者 7,312
死亡 1,583
ナイジェリア 患者 20
死亡 8
セネガル 患者 1
死亡 0
マリ 患者 8
死亡 6
スペイン 患者 1
死亡 0
アメリカ 患者 4
死亡 1
患者 17,145
死亡 6,070
who ebola response roadmap situation report, 3 Decmber 2014

万が一、ギニア、リベリア、シエラレオネの西アフリカ3カ国から帰国し、38℃以上の発熱がある方から連絡があったり、もしくは来院した場合は、まず最寄りの保健所に連絡して指示を仰いでください。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/ebola.html

海外ではエボラ出血熱と症状が共通している病気は多々あります。頭痛、高度の疲労感、食欲不振、筋肉痛/関節痛、嘔吐、腹痛などは(表2)マラリアでも起こります。実はエボラ出血熱よりマラリアのほうがずっと怖い病気です。治癒しなければ発症後1週間程度で亡くなることもあります。人口400万人のリベリアだけでエボラ出血熱の患者はこれまでに約8,000人ですが、マラリアには毎年およそ126万人がかかっていて、小児を中心に死者も多数発生しています。

エボラ出血熱は患者と接触がなければ感染の可能性は限りなく低いです。エボラ出血熱の患者を一生懸命看病した家族や、重症患者を救おうとした医師や看護師でなければそうそう罹るものではないのです。"優しい人がかかる病気"と言ってもよいでしょう。

表2.エボラ出血熱症例定義

Suspect case(疑い症例)
  • 先行症例(suspect, probable, confirmed) との接触歴
    または死んだ/病気の動物との接触歴
    かつ38℃以上の急性発熱
  • 38℃以上の急性発熱かつ下記の3症状以上が該当
    • 頭痛
    • 高度の疲労感
    • 食欲不振
    • 筋肉痛/関節痛
    • 嘔吐
    • 嚥下困難
    • 下痢
    • 呼吸困難
    • 腹痛
    • 吃逆(きつぎゃく)
    • 原因不明の出血症状
    • 原因不明の出血症状突然死
Probable case(可能性が高い疑い症例)

以下のいずれかに該当する患者

  • Suspect caseのうち臨床医による評価後も疑いが残る物
  • エボラ疑いのまま死亡し、病原体検査はできていないが、
    confirmed caseとの疫学的関連があるもの
Confirmed case(確定症例)
  • Suspect, Probable, caseのうち、エボラウイルスと陽性と検査で確定した患者
WHO ebola response roadmap situation report, 8 October 2014

繰り返し情報共有するということ

これらの情報がクリニック内や医療従事者の間で共有されていても、ひとたび疑い患者に目が向けられると冷静な判断が損なわれやすいものです。エボラ出血熱よりパニックの方が懸念される事態です。エボラ出血熱をはじめ感染症に対する正しい知識を繰り返し院内で共有し、医療従事者がパニックに陥ることのないようにしたいものです。

まず西アフリカの3カ国から日本に降り立つ人は、現在2日に1人程度と考えられます。日本に入国する全体の人数を考えると、本当にごく少数ということがわかります。そんな少ない西アフリカ帰りの人が高熱で来院するということはめったにないと考えられます。また嘔吐、下痢などが始まる前の単に発熱があるだけの期間は、血液内のウイルスもまだ少ない時期なので、感染することはほとんどありません。発症時にすでに感染性の高いインフルエンザとは違います。熱が出ているというだけで慌てる必要はまったくありません。このようなことも念頭に置いて冷静に対応したいものです。

おそろしい病気ではありますが、エボラ出血熱を封じ込める方法論は確立しています。エボラ出血熱の患者と接触歴があって熱を出した人を社会から一旦離して指定医療機関で適切な診断と治療をする、ということをひとり1人に丹念に行うのです。仮にその人がエボラ出血熱に感染していても周囲には広がらずにすむことになります。

エボラ出血熱にかかわらず、渡航歴があって高熱や下痢などの症状がある人は、正直に速やかに申告できる雰囲気が日本にも世界にもきちんとあるといいですね。自分はすぐ治る別の病気にかかっていると勝手に思いこんだり、差別されることを恐れたりなどで渡航歴を申告しない人もいるかもしれません。そのような心理が働いたとしても申告しやすい文化があれば、感染症の流行を最小限に抑えることにつながります。海外に出かける目的は支援活動やビジネス、観光など人様々ですが、帰国後、もし発熱があっても周囲は大騒ぎすることなく、偏見を持つことなく冷静に対応したいものです。

西アフリカ帰りの人に発熱があってもエボラ出血熱の可能性は低く、またもし万が一仮にエボラ出血熱であったとしても熱が出ているだけの人からは感染することはまずない、ということを繰り返し周囲で確認することが重要だと思います。

プロフィール

加藤康幸(かとうやすゆき)

独立行政法人国立国際医療研究センター国際感染症センター 国際感染症対策室 医長。 平成7年3月 千葉大学医学部卒業。平成21年5月 ジョンズ・ホプキンス大学大学院修了 公衆衛生学修士(専門職)。都立墨東病院内科、感染症科、国立国際医療センター 呼吸器科などを経て現職。

企画・取材:阿部純子
カテゴリ: タグ:, 2014年12月26日
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