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適用が増えてきたロボット支援手術の質と安全を保つためにはどうすべきか

藤田医科大学医学部 先端ロボット・内視鏡手術学講座
主任教授 宇山一朗氏

米国製の「ダビンチ」に代表されるロボット支援手術は2022年度診療報酬改定で泌尿器科、消化器外科でそれぞれ3手術、耳鼻咽喉科で2手術が新たに保険収載されるなど、着実に適用領域を広げている。一方、ダビンチ一択であったデバイスに2020年、国産の「hinotori」(ヒノトリ)が加わり、同手術に臨む際の「間口」も広がった。しかし、それらを使いこなせる高度な技術を持つ医師の教育は追い付いていないのが実情。こうした状況下での無理な普及促進は医療事故を招く恐れをはらむ。そこで、この分野における我が国のパイオニアである藤田医科大学の宇山一朗教授に運用にあたっての留意点や同手術の今後の見通しなどを聞いた。

宇山一朗氏
宇山一朗氏
ダビンチ手術の様子
ダビンチ手術の様子

本質的には同じ、ダビンチとhinotori

――術者にとって、ダビンチとhinotoriにはどのような違いがありますか。

宇山 人が操作するマニピュレーター型ロボットいう意味で違いはありません。医師が患者のベッドサイドから離れた箱型の操作部で内視鏡の立体画像を確かめながら、遠隔で手術器具などを取り付けたアームを動かすという点で両者の基本構造は同じです。

ロボット、ロボットと言うけれど、日本での正式名称は「内視鏡手術用支援機器」。読んで字の如しで、開腹手術の支援をするわけではありません。腹腔鏡や胸腔鏡などの内視鏡手術は低侵襲なので開腹手術よりも患者の体に優しい。しかし、内視鏡手術なりの問題も起こります。自由度の高い開腹手術に比べ、動作制限があるからです。挿し入れた器具の同心円上と前後は操作できるけれども、先端を曲げることができません。
外からアクセスしやすくするために、直接手を入れる場合と比べて器具の寸法も長くなる。従って、緊張したり細かいことをしたりするときの手の震えも増幅される。患者の体に優しい手術を提供しようとする結果、そういうハードルができてしまったわけです。

ダビンチはまさにそのような、自由に動かせない現状の内視鏡手術特有の欠点を補完するために作られたデバイスです。その点はhinotoriの理念も同じです。そういう狙いで開発されたのだから、基本的なコンセプトが一緒じゃないと話がおかしくなります。

クルマに例えると、輸入車と国産車は乗る人の好みは違っても、目的地まで快適に移動することができるのであればどちらでもよいわけです。私の仕事に寄せれば、手術をきちんと安全・確実にこなすという意味で、ダビンチとhinotoriに本質的な違いがないのはすでに述べた通りです。

ただ、ダビンチがほぼすべての診療科領域で保険承認されているのに対し、hinotoriはまだ泌尿器科に限られています。現在、消化器外科領域と婦人科領域で適用拡大の申請を済ませているので遠からず認可は下りるはず。そうなれば使える疾患も幅広さもダビンチに近づいてくると思います。

保険収載の歩み
保険収載の歩み
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使い勝手の差はクルマの乗り心地の違い

――実際に両者を何度も操作した経験から、使い勝手の違いをどう感じますか。

宇山 またクルマの例えになりますが、端的に言えば両者の違いは乗り心地の違いのようなものだと思います。ですから、当然、使い勝手は異なります。私自身、使っている年月が圧倒的に長いため、ダビンチのほうが使いやすいのは間違いありません。恐らくそう感じるのは慣れと機能の問題です。どちらが良いかは好みとしか言いようがありません。もちろん、hinotoriでも安全で確かな手術はできるし、使っているうちに馴染んでくれば、やがて大きな差はなくなると思います。

ただ、きょうはダビンチのコンソールに座り、明日はhinotoriのコックピットに向かうとなると、ちょっとした違和感を覚えるでしょうね。hinotoriにはプロトタイプの頃から個人的に携わっていて、現職でも「こうしたらもっといい手術ができる」「こうしたら使いやすくなるのでは」といったR&D(Research and Development:研究開発)的な助言はしています。エンジニアではないので、図面レベルでなく、コンセプトづくりに携わっているという感じですね。

手術に対する考え方という点では、日本人はより繊細で緻密なことを重んじる傾向が強いと感じます。欧米はどちらかというと太った体型の人が多い。そういう人を相手に細かなことをやろうとするとさまざまな障害が起きる可能性がある。ですから、手術はサラっと済ませて、放射線や抗がん剤との併せ技で治療しようという選択がされがちです。逆に言えば、日本はこうした集学的治療に占める外科手術の割合がまだまだ高いわけです。

欧米と日本の考え方の違いには特に米国の訴訟社会という面もあるでしょうね。例えば、hinotoriは遠隔操作への対応に積極的ですが、ダビンチは製造元である米国・インテュイティブサージカル社の方針として遠隔操作の対応に参入しない。遠隔操作で生じるであろう問題を回避しているわけです。技術的な問題ではなく経営上の問題なのです。

hinotori手術の様子
hinotori手術の様子
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機械は必ず故障するものとわきまえよ

――ロボット支援手術ならではの、起こり得る事故や不都合をどう考えますか。

宇山 ロボット最大の弱点は触覚がないことです。しかし、内視鏡は人の裸眼よりも鮮明に見えるので、触覚がないことによる事故は起こりにくいと思います。問題は大きな出血です。前提として、出血への対応は腹腔鏡よりロボット支援手術のほうが優れています。

ただ、開腹術との比較では、直接手による圧迫止血ができないこと、血液が腹腔鏡レンズに付着し、視野が取れなくなることなどから、開腹術よりはリカバリーショットが打ちにくいことはあります。

そういう事態に備えて、ダビンチではアーム類を30秒で外せるようにするトレーニングを受けなければなりません。スタッフの顔ぶれが変わるので、定期的に緊急時対応の訓練をします。たとえトラブルが起きても人は30秒では亡くならないので、装置を外して開腹して、手を入れて押さえて処置する体制を整えたり、チームできちんと対応できるトレーニングを積んだりしておく。そうすれば大きな事故は起こりにくいと思います。

加えて「機械は必ず故障するものである」と心得ておくべきでしょう。例えば、物をつかんだまま動かない場合です。そんなときにはドライバーで外せるようにアナログ機構が組み込まれています。なんらかのエクスキューズがあるのです。
しかし、さまざまなデータから、機械の誤作動よりもヒューマンエラーの起こる確率のほうが高いことが分かっています。ですから、さほど神経質になることはありませんが「機械は必ず故障する」ことはわきまえておくべきだと思います。

海外では、腹腔鏡手術から開腹に移行するパーセンテージよりも、ロボットから開腹に移行するパーセンテージのほうが有意に低いというデータがいくらでもあります。
技術的ハードルをロボットで下げているので開腹に移行するパーセンテージはゼロではありませんが、低くなっているとは言えるわけです。要するに、患者にとって、小さな傷のまま完遂できる率はロボットのほうが高いということです。

ダビンチのコンソールで操作する宇山氏
ダビンチのコンソールで操作する宇山氏
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術者には腹腔鏡手術の経験がマストか

――術者に求められる最低限のスキルや、術者としての向き不向きはありますか。

宇山 一言で答えるのは難しいですね。あくまでも内視鏡手術なので、消化器外科の場合だと腹腔鏡手術の経験が必要ではないかという論議は昔からあります。日本人は段階を踏むことを良しとしていますから。私が始めた頃もそうでした。

しかし、海外では「そんなことは関係ない」という意見が強いですね。開腹手術は上から見ますが、腹腔鏡もロボットも体幹に平行方向から見るので、見え方が違う。ですから、内視鏡手術の独特の術野の見え方に慣れた人はロボットに移っても安全であることは間違いないと思います。
黎明期は教えてくれる人がいなかったけれども、今はロボット支援手術そのものの指導者がたくさんいるわけだから、腹腔鏡手術の経験がなくてもよいのではないかと思います。要するに、今は腹腔鏡手術の経験の有無よりも、その施設にきちんとした指導者がいるかどうかが問われると思います。

しかし、ちゃんとした指導者もいないのに適当にやるのは危険です。するなら指導者がいるところできちんとする。その点さえ押さえれば、次の世代の人がやることに、あまり細かな制限をかける必要はないと考えます。

もちろん、手術に向いている、向いていない、外科医に向いている、向いていないということはあるでしょう。しかし、それは開腹手術でも、ロボット支援手術でも同じです。ですから、こういう人が向いている、という特別な条件はないように思います。

モニター画面で宇山氏の術野を共有
モニター画面で宇山氏の術野を共有
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コミュニケーションは必ず発語して

――ロボット支援手術に臨むときに必要な心構えはどんなことですか。

宇山 一般的な手術との圧倒的な違いは助手や看護師とのコミュニケーションの取りづらさです。開腹手術や腹腔鏡手術なら何も言わなくてもアイコンタクトである程度の意思疎通ができます。しかし、ロボット支援手術の場合には口に出さねばなりません。特に助手の先生には「分かった」と答えてもらえないと、離れた場所にいる自分の言ったことが伝わっているかどうかが分からないからです。

例えば、機械の入れ替えが遅い場合、伝わっているなら待っていればいいが、伝わっていなかったら、ずっと待っていても状況が変わりません。そういう戸惑いや恐怖心を覚えることがある。ですから、術中のコミュニケーションはきちんと発語し、音声できちっととることを徹底しています。これも医療安全につながる基本だと思います。

ロボット支援手術は究極のチーム医療です。ですから、ベッドサイドにいる外科医もロボットの特性に通じている必要があります。例えばアームをこう動かすとぶつかるから、こっちに移せば解除できるといったことが咄嗟に分かるということです。その意味で、ロボット支援手術はチーム医療の重要性のウエートが高いと言えるでしょう。

スタッフの指導にあたっては本体や器具の機能を熟知することを口を酸っぱくして言っています。安全性を確保する点では家電製品の扱いと同じだからです。ペダルの踏み間違いは誤作動ではなく、操作間違いです。タッチパネルに付いている色々な機能を使いこなすことは良い手術をするのに大切です。操作が複雑になればなるほどヒューマンエラーを招く確率が高くなるのでその辺を十分理解して使うことも厳しく言っています。

こうした点は基本操作や技術の向上を目指して2012年に本学内に開設した本邦初の「ダビンチ低侵襲手術トレーニングセンター」や2021年に開所した「メディカロイド インテリジェンス ラボラトリー」でも全国から集まる外科医に厳しく指導しています。

hinotoriの基本構成はダビンチと同じ
hinotoriの基本構成はダビンチと同じ
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スペシャルからコモディティになる

――医療安全の視点から、ロボット支援手術に臨むにあたっての留意点は。

宇山 日本はロボット支援手術を慎重に導入したので、保険診療になると国が定めた施設基準が立ちはだかります。機械を買ったその日からすぐに始められるわけではありません。各学会も指針を出しています。ですから、その施設で最初に行う場合は、学会が認定しているプロクターに登録している熟練医を呼ばねばなりません。安全な導入のためには、きちんとした指導者を呼んで確実にやりなさいということを定めているわけです。

指針は国と学会がタイアップして出しています。それを順守しないと保険請求できない仕組みになっているので現時点ではある程度安全性を担保する仕組みが整っていると思います。

一方で、そうした縛りをもっと緩めてもいいのではないかという考えもあります。ロボット支援手術がスペシャルな時代からコモディティ化している昨今では、あまり厳しいレギュレーションを設けるのはどうなのかというわけです。

歴史的に見ると2010年、ロボット支援手術による胃がん手術で患者が亡くなった事例を受けて、当時の日本内視鏡学会が初めてロボット支援手術導入に対する提言を出したことがあります。学会には法的効力がないので「こういうふうに指導者の下でやるべき」といった内容です。開腹手術や腹腔鏡ではそんなに厳しくはありませんでした。どちらも死亡例はあったのに、なぜか、ロボット支援手術だけがクローズアップされました。

そういうことを経験しているので、海外に比べると日本は非常にストイックに対応していると思います。それは医療安全上、良いことであるのは確かですが、ある時期に来たら少し緩めてもいいのではないでしょうか。背景には先ほど申し上げた、スペシャルからコモディティへという大きな時代の現実的な流れがあります。

ベッドサイドの様子を窺う宇山氏
ベッドサイドの様子を窺う宇山氏
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遠隔手術時代を見据えたインフラ整備を

――ロボット支援手術の先行きをどのように見ていますか。

宇山 よく言われているのはAIを活用して全自動のロボット手術ができるのではないかということですが、私は懐疑的です。それよりも現実的なのは遠隔手術の実用化です。この点はhinotoriが力を入れていて、本学でも2021年5月に愛知県豊明市の藤田医科大学と岡崎市の岡崎医療センター間で臓器モデルによる模擬手術を行いました。

2つの病院を10Gbpsの専用高速回線でつないだ実証実験としては国内初です。同様の実験は神戸大学と弘前大学でも行われていますが、前者は商用5G通信、後者は一般回線を用いたものでした。10Gbpsの専用回線を引いたのは、スピードは申しぶんないが揺らぎを生じる5GやWiFiでは手術の遅延速度が変わる恐れがあったからです。速度の遅れは安全性に直結する問題です。遠隔手術を完遂するために避けては通れません。

一つの解決策は自治体を巻き込み、二次医療圏の中で決めた基幹病院と光専用回線でつなぐことです。日本の大学病院はすべて、文部科学省の予算でSINET(学術情報ネットワーク)という大容量の回線でつながっています。それを活用すれば、地域につなぐことなど大したことではないと思います。

プロフィール

宇山一朗(うやま・いちろう)氏

1985年岐阜大学医学部卒業。慶應義塾大学外科学教室、練馬総合病院外科などを経て、1997年藤田保健衛生大学医学部外科学(現・藤田医科大学医学部総合消化器外科学)講師、2002年同助教授、2006年同教授就任。2021年藤田医科大学医学部先端ロボット・内視鏡手術学講座主任教授。同大学医学部先端外科治療開発共同研究講座教授、サージカルトレーニングセンター長、ダビンチ低侵襲手術トレーニング施設長などを兼任。

企画・取材:伊藤公一

カテゴリ: 2022年7月22日
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