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患者や家族と一緒に取り組むリスクマネジメント

「リスクマネジメントの重要性はわかっているが、何から手をつけて良いのかわからない」「やりたいけど、予算がなくて」という声は多い。だが、予算をかけずに、患者や家族に協力を呼びかけるなどして、事故防止に取り組んでいる病院がある。今回はその取り組み方法を紹介したい。

船橋市立医療センター(千葉県船橋市、清川尚院長)のB3病棟。ここのナースステーション前に、赤い旗を持った力士の人形が置いてある。別名、「どすこい人形」と呼ばれるものだ。脳神経外科や形成外科などの患者が入院するこの病棟では、毎朝、「検査と手術が多い」「同姓患者あり」などのリスク度を看護師長がチェックし、その日の危険度を旗の色で看護師や患者に知らせている。赤色は最も危険度が高く、危険度が下がれば黄色、安全なら緑色といった具合だ。同じ色の旗はナースステーション内のデスク上にも置かれている。

「医療従事者だけで事故を防ぐには限界がある。患者にも危険度を認識してもらい、一緒に事故防止に取り組んでもらいたい」とB3病棟のリスクマネジメント部長である唐澤秀治先生は導入のきっかけを語る。

どすこい人形

ナースステーション前に置かれた「どすこい人形」。
持っている旗の色で病棟の危険度を表している。

患者や家族に、医療事故防止対策マニュアルを公表しているのも、その考えの表れだ。外来用と入院用に用意された2種類の説明書には、疾病の内容や検査方法をはじめ、病棟のリスク要因や事故防止のための具体策などが記されている。これらは必ず医師から患者に手渡すこととなっているという。

また、患者や家族ができる予防策として、「リスクマネジメント20カ条」も掲げられ、必ず読むように求めている。その内容は、「わからないことがあってもそのままにしない」「2人以上で説明を聞く」「点滴ボトルや内服薬などに自分の名前が書いてあるかどうか確認する」などだ。あらかじめ転倒などのリスクが予測される患者には、個別に「リスクマネジメントレター」と称した書類を渡し、注意を喚起している。実際に事故が起これば、同書類で必ず報告することも怠らない。

唐澤部長は、「マニュアルを開示するのは勇気がいった。でも、全てオープンにすれば、職員はやらざるを得ない」と、これらが事故防止に役立っていることを説明する。近々、マニュアルは同センターのホームページ上でも公開する予定だ。

そもそも同センターが事故防止対策に取り組みだしたのは、2000年8月から。診療科ごとにリスクマネジャー(兼任)が任命され、それぞれの科で対応策を検討している。なかでも最も進んでいるのが脳神経外科だ。唐澤部長が中心となってさまざまな文献にあたり、独自に具体策を見いだした。それらは体系だてて整理されており、実にさまざまな方法がある。

例えば、脳神経外科で使われている薬の種類を減らしたのもその1つ。品数を最小化することが、事故防止に役立つという考えからだ。医師からは反発があったものの、それまで100種類以上あったものを60種類にまで減らし、疾病ごとに使い方をパターン化した。名前や形状が似ている薬は間違いやすいため、離れた場所に置いたり、布で覆うなどして、保管方法にも工夫を凝らした。また、使用頻度の低い医療器具には、使用手順を書いた紙を備え付けたり、対応方法をカセットテープに吹き込んで、いざという時にあわてないで済むようにしている。

患者の状態によっては、看護師が医師に連絡をとるべきかどうか迷う場合も多い。そのため、あらかじめどのような場合に連絡をとれば良いのかという基準も決められている。

看護師らが話し合いをして、工夫を見いだした例もある。手すりや安全ブザーなどを設置して、病棟内の環境を改善したり、患者ごとのADL(日常生活動作能力)や食事方法、安静度などを記入したカードをベッドサイドに置いて、患者と情報を共有している。点滴時に看護師がボトルに印鑑を押すようにしたことで、責任が明確になり、事故を防ごうとする緊張感も生まれているらしい。

B3病棟では、実際に起こった事故やインシデントはナースステーション中央に置かれた専用用紙に毎日記録するようになっている。記入の負担を減らすため、用紙にはあらかじめ起こりうる事故の内容が記載されているので、該当する内容にチェックさえすれば良い。記録の効率化も図っている。

これらの結果、B3病棟では2000年9月に1カ月あたり20件以上だった事故やインシデントが、1年後には5分の1にまで減っており、効果は確実に表れているようだ。 「でも、これがゼロになったらダメなんですよ。危険を認識していない、という事ですからね。とにかく、リスクマネジメントは何かをやれば終わり、というものではない。常に新しい情報収集を行い、更新していくことが必要なんです」と、唐澤部長はさらなる取り組みに意欲を見せた。

<参考>病棟危険度のチェック内容は次の10項目

  1. レスピレーター3台以上
  2. 同姓患者あり
  3. シリンジポンプ使用あり
  4. 点滴と流動食併用あり
  5. 輸血の予定あり
  6. 空床6以下になった
  7. ナース病休あり
  8. 他診療科入院あり
  9. 検査と手術が多い
  10. 要注意患者あり

「患者・家族のリスクマネジメント20カ条」

患者・家族にできること 参考
1.わからないことがあっても、そのままにしない ・わからないことは、ドクターまたはナースにおききください。
・脳神経外科の責任者から説明をききたいときは、遠慮なくドクターやナースにそのようにお話しください。
・当院の脳神経外科はドクター7名でチーム医療の体制をとっています。研修医もチームの中で診療にあたります。
・当院は厚生労働省認可の臨床研修医の研修施設であり、日本脳神経外科学会の専門医訓練施設でもあります。
2.できれば二人以上で説明をきく ・ドクターからの説明は、できれば患者さんお一人ではなくご家族といっしょにおききください。
・家族が別々の時間に来院し、それぞれ説明を求めることはひかえてください。
・担当医からまとまった説明をききたいときは、ご家族で相談しご希望の日時をナースにお話しください。担当医に連絡し、説明日時のアポイントメントをとります。
説明する時間は、夕方の回診の前または後になります。
説明するドクターはチーム内の担当医が行いますが、至急の場合は、チームの中でその時点で説明可能なドクターが対応します。
3.質問事項をあらかじめ紙に書いて手渡す ・質問したいことをあらかじめ紙に書いておいて、ドクターが説明するときに渡してください。
・患者さんの中には、質問したいことがあるのに、忘れてしまったり、言い出せなかったりする方がいます。質問事項を紙に整理しておいて遠慮しないで質問してください。
4.意思表示は明確にしておく ・輸血に関する希望、宗教的なこと、ドナーカード、人工呼吸器の使用など、意思表示がある場合は、明確に表示してください。 救命救急医療が最優先されます。その中で患者自身の意思表示が明確かつ有効な場合は、できるかぎりその意思を尊重します。患者自身が意思表示できない場合は、家族の希望をおききします。
5.写真、図、絵をみせてもらおう ・脳の構造や働きは複雑です。写真などを見せてもらって、自分の病気を理解してください。
・当院の脳神経外科では、わかりやすく説明するために、説明書を充実させています。また、写真・図・絵・脳の模型を使って説明します。また、複写になっている説明書の一部をお渡しします。
6.セカンドオピニオン ・他病院のドクターの意見をききたいときは、ドクターやナースにお話しください。 ・いわゆるセカンドオピニオンを希望する場合は、脳神経外科医・神経内科医などのいる他の病院を紹介します。
7.身内に医療関係者がいるとき ・身内に医療関係者がいるときは、遠慮なく連絡をとり、当院の主治医にもそのことを教えてください。専門的な立場で質問・意見などを何なりとおっしゃってください。 ・身内である医療関係者の方にも説明します。
医療関係者である身内の方の病院に転院を希望される場合、遠慮なくそのようにお話しください。
8.かかりつけ医との協力、オープンベッドの利用 ・かかりつけ医がいれば、お教えください。かかりつけ医が船橋市医師会に所属していれば、オープンベッドの利用を申し込んでください。
・今までかかりつけ医がいない方は、今回の入院を機会にかかりつけ医を決めてください。
・必要に応じてかかりつけ医と連絡をとります。当院は厚生労働省から認可されたオープン病院です。船橋市医師会のドクターと医療センターのドクターが共同診療を行います。オープンベッドの利点は継続診療ができることと透明性を確保できることです。
・脳神経外科のドクターの専門は脳疾患です。脳神経外科医はいわゆるホームドクター=かかりつけ医にはなれません(脱かかりつけ医宣言)。かかりつけ医は住所地の近くの内科医が最適です。患者・家族の方のご希望をおききし、こちらでかかりつけ医をさがすこともできます。
9.検査や治療の事故を防ぐ ・検査や治療などでわからないことがあるときは、遠慮なくドクターやナースにおききください。 治療方針は脳神経外科チームとして統一されています。国際的または全国的なガイドラインがある場合はそれにしたがい、「スタンダード治療+オプション治療」(標準的・画一的な治療に、患者個別の状態および当院で実施可能な治療を加えた治療)を行います。
10.患者氏名の誤認を防ぐ、点滴や投薬の誤りを防ぐ、左右の誤りを防ぐ ・できるかぎり自分の氏名を自分から名乗ってください。
・点滴ボトルや内服薬などに自分の名前が書いてあるかどうか、できれば確認してください。
・予定手術の前には、家族の方はできれば手術前に来院し、リストバンド・点滴ボトルの氏名などをご確認ください。
・意識障害・失語症なども考慮し、医療側は事故防止マニュアルにしたがい対策をとっています。リストバンドを全員に装着させていただきます。衣服に大きく名前をはるということもあります。特に左右のどちらを手術するのかは、複数の者がチェックするようにしています。
点滴・注射・投薬内容は脳神経外科チームとして統一されており、コンピュータ入力されます。
11.輸血事故防止 ・自分の血液型・自分の名前をできるかぎり確認してください。
・輸血の前後に、不安なこと・不明な点・体調不良などがあれば、遠慮なくドクターやナースにお話しください。
・医療側は事故防止マニュアルにしたがい対策をとっています。
12.転倒・転落の防止 ・転倒・転落が予想される場合は、そのように説明しますのでご協力ください。
・家族はできるかぎり患者のそばにいてください。
・必要に応じてベッドの工夫、椅子の工夫、薬剤投与、抑制などの危険防止対策を脳神経外科部長の責任において行います。
・危険なことが予想されるとき、または実際に生じたときは、リスクマネジメントレターを手渡します。
13.病棟の特徴を知る ・どこの病棟に入院しているのか、しっかりと把握してください。面会にくる方にも病棟名をきちんと教えておいてください。
・入院病棟の特徴を把握してください。ICUとは集中治療室の略です。A3病棟は救命救急センターの病棟です。B3病棟は脳神経外科を含む一般病棟です。
・初めての面会者が違う病棟に面会にきて、ナースがその患者の病棟をさがさなければならないことがあります。それに時間をさかれ、結果として患者のリスクが増加してしまいます。
・B3病棟では、検査・手術件数、人工呼吸器の稼働数などによりその日の病棟危険度をナースステーション前に旗の色で表示します(リスクマネジメントフラッグ)。この旗の色をみて協力してください。
14.面会時間と面会者 ・そばにいた方がよい場合を除き、面会時間を守ってください。
・必要以外の方は面会を遠慮してください。
面会時間は病棟によって異なります。面会時間以外の時間帯に、検査・治療・処置などが行われています。
必要以外の面会者が来院すると、医療従事者は必要以外の対応に時間をさかれ、結果として患者のリスクが増加してしまいます。
15.回診時間とその利用方法 ・回診時間に、ドクターに気軽に質問してください。説明の約束がなくてもこの時間を利用して簡単な質問をしてくださってもけっこうです。
・この時間を利用して、検査・手術・転院・退院などの簡単な打ち合わせをすることもできます。
回診時間は、朝8時、朝10時ごろ、そして夕方5~6時ごろです。このときにドクターが検査結果や今後の予定などを話すことがあります。
・脳神経外科入院患者は約50人いますので、回診時には、長時間の説明を行うことはできません。長時間の説明を希望するときは、そのようにドクター・ナースに申し込んでください。
16.他科受診の希望 ・院内の他の診療科を受診したいときは、遠慮なくドクターやナースにお話しください。 ・主治医が他科受診依頼を行います。
17.不安がある、痛みがひどい、苦しいとき ・遠慮なくドクターやナースにお話しください。 不安・苦痛に対しては、できるかぎり対応します。しかし、投薬量には限度があること、病態によっては投薬できない場合があることをご理解ください。
18.院内感染防止 ・家族の方も手の消毒・ガウンテクニックなどご協力ください。方法はナースが説明します。
・乳児同伴での面会(赤ちゃんを連れてくること)は原則としてひかえてください。
・院内感染は主に医療従事者を介して生じます。医療従事者は院内の感染防止対策マニュアルにしたがって医療行為をしています。病院内にはいろいろな病原菌をもった患者が入院しています。重症患者、抵抗力の弱い患者は、感染しやすい状態になっています。
19.ドクターやナースに相談しにくいとき ・ドクターやナースに相談しにくいことがありましたら、医療福祉相談室の医療ソーシャルワーカーに相談してください。 ・医療ソーシャルワーカーとは、患者・家族への相談援助を行う医療専門職です。
・直接、相談室を訪室されてもけっこうです。主治医から紹介してほしいときは、そのようにおっしゃってください。
20.その他 ・病院に貴重品は持ち込まないようにしてください。
・病院内に不審者がいたら、ドクター・ナースにすぐに連絡してください。
・自分だけでなく、他の患者の安全のこともお考えください。
・病院の駐車場で車上荒らしが、外来・病棟などで置き引きが発生しています。
・当院の総務課が中心となり、警備会社とともに病院の安全確保をはかるようにしています。
・医療従事者は入院患者全員の安全確保という考えで行動します。
カテゴリ: 2002年5月15日
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