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病院設計の医療安全対策

郡明宏氏
郡明宏氏

病院において、施設設計にさまざまな工夫をすることも医療安全を守るひとつの手段である。病院設計をするにあたり、建築士は何に配慮し、工夫を凝らしているのか。人為的ミスの起こりにくい設計、感染から医療安全を守るための設計とは何か。病院の設計に数多く携わっている鹿島建設株式会社建築設計本部、一級建築士の郡明宏氏に病院建築の医療安全について話しを伺った。

「設計から配慮できる医療安全は、(1)院内事故対策として転倒転落事故防止 (2)人為的ミス防止のための環境整備(3)感染防止(4)セキュリティ対応(5)災害・火災対策―の大きく5つに分けられます。これからお話する内容はどれも病院の例ですが、コンセプトは病床のないクリニックにも同様に適用できます。新築するときやリフォームのときに参考になると思います。特に今回は(1)院内事故対策として転倒転落事故防止(2)人為的ミス防止のための環境整備(3)感染防止―を中心にお話いたします」

院内事故対策として転倒転落事故防止

「転倒・転落防止のためにはユニバーサルデザインが基本です」

ユニバーサルデザインは、「人間中心設計(ヒューマン・センタード・デザイン)」という意味でいいだろう。子どもからお年より、障害者も健常者も誰にとっても使いやすい設計を意味している。「バリアフリー」は建築的なバリアを取り除いて、車いす利用者などが自由に使えるような都市環境をつくりましょう、という概念だ。バリアフリーはユニバーサルデザインの一部である。ユニバーサルデザインの建築とは具体的にどのように病院に取り入れられるのか。

「転倒しにくい床材、事故につながりにくいクッションフロアなど建築材料を選定することにより転倒事故を軽減できます。医療従事者にとっても、歩きやすい床材の選定により疲労の低減を図り、医療ミスを防ぐことにつながるでしょう。照明もユニバーサルデザインの重要な要素です。適切な明るさと広さを確保することにより針刺し事故などを未然に防ぎ、院内事故対策につながります」

見た目やコストだけでなく、掃除のしやすさや滑りにくい素材の選定というのは通常のオフィスや住居以上に考慮される点だ。そしてスタッフステーションや病室は適切な明るさの確保はもちろん、部屋の隅、廊下、カルテ庫近辺などにも均等な明るさを保つように設計することが人為的ミス防止につながり、ユニバーサルデザインの一例ともいえる。

感染防止

デザイン機能に加えて、特に建物から医療安全に大きくかかわるのが、感染防止対策だ。現在は飛行機での移動が簡単にできるため、SARSなどの新興感染症への迅速な対応も必要になってきている。新興感染も含め、院内感染の防止は職員による感染管理対応がスムーズに行えるような建物とすることが重要である。日本では感染予防のための明確な設計指針は少ないが、アメリカにはCDC、AIA、ASHRAEなどのガイドラインがあり、鹿島建設ではこれらの基準を参考にしている。(日本医師会「院内感染対策指針のモデルについて(病院・有床診療所・無償診療所)」はこちらをご覧下さい)

「病院設計を進めていく上での感染管理上の留意点は、(1)ゾーニング(2)プランニング(3)ディティール―の3つのフェーズで考えられます。(1)ゾーニングではまず全体的な各部門の配置を決め、それぞれに求められる清浄度の区分などを設定します。不必要な清潔・不潔の動線の交錯を避け、動線・部門配置計画上で感染の危険性を少なくすることを目的とします。

(2)プランニングにおいては、各諸室配置を決めるともに、手洗設備などの必要整備の設定や換気回数・陰圧・陽圧・清浄度などの空調の設定など、各諸室での必要性能の設定を行います。

(3)詳細な図面作成の段階においては、ディティールに配慮し、必要な性能がきちんと発揮されるように、水まわりは汚れにくく、清掃しやすいなど補完的な機能を持たせます。また、空気感染対策として、不要な室内空気の拡散を防ぐために気密性の高い構造にします」

設計フェーズでの感染予防対策

設計フェーズでの感染予防対策

これらの感染予防を具現化した病院の具体例は、クリニックでリフォームをする際にも
参考になるだろう。

換気性能、室内圧制御

空気感染症の患者や易感染患者に対する防御として換気回数、空気清浄度、陰圧・陽圧の室内圧制御、気密性などの個別機能が必要だ。

「気密性は完全な気密室ということではなく、気流方向の維持のため想定外の空気の漏れをなくすためのものです。例えば、扉下部からの隙間は想定された空気の流入・流出といえるが、壁の隙間などからの空気の漏れがないようにするべきでしょう」

鳥インフルエンザ・パンデミックの危険性を考えるとポータブル陰圧機の導入も考慮する必要があるだろう。数百万円と高価ではあるが、アメリカのCDC(医療施設における環境感染管理のためのガイドライン)に準拠した陰圧、陽圧、空気清浄の機能を備えた医療用機械が荏原実業株式会社、株式会社ソダ工業などから販売されている。

CDCガイドラインは感染に対して以下のことを示している。

  • (1)部屋に気密性があり、想定部位以外に空気の流動がないこと。扉は自動閉鎖式とする。
  • (2)新設の場合換気回数は1時間あたり12回以上。既存施設のリニューアルの場合は6回以上、空気が入れ替わることとする。
  • (3)室内を2.5Pa以上の圧力で陰圧とする。毎分50ft3排気量(約80m3/h)
  • (4)排気は、外気取入口や居住区域から離すかHEPAつきフィルター(※)とする
  • (5)空気の再循環を行う場合はHEPAフィルターが好ましい
  • (6)出血熱・天然痘の患者には陰圧である前室付き病室が好ましい
  • (7)手洗設備・更衣スペース・トイレ・浴室(シャワー)清潔不潔物置場の動線を確保する
  • ※HAPAフィルターとは0.3μmエアロゾル粒子を99.7%捕集できる能力を持ったフィルターを指す。

「そもそも空調は給気口と排気口の位置関係を重視し、空調設備を介した環境からの空気感染がないように設計します。リフォームするときやクリニックを新築するときは気流方向も考慮してください」

そしてハード面からの感染防止対策に加えて、ソフト面からも病院職員にたいして感染症とその予防対策についてマニュアル・ガイドラインを作り、継続的に教育することも重要だ。院内感染防止のための教育研修は医療従事者だけでなく、患者、付添人、家族に対しても行うことにより、さらに効果が発揮されるだろう。

水周りのディティール

空調ほどコストがかからず、感染対策に効果があるのが水周りの管理だ。

「手洗設備は、感染管理の基本であり十分なスペースで手が洗え、水が飛び散らないようにすることが一番です。ちょっとした部品選びでかなり効果に差がでます。蛇口はUの字にあひるの首のように曲がったグースネックタイプ水栓(写真1)で、できれば自動水栓が好ましいです。これにより手首まで十分に洗えて、手指を使わずに操作ができます。

せっけん液や消毒液はレバー式(写真2)などとし、手指を使わずに操作ができるようにします。せっけん液や消毒液の継ぎ足しは行わずに、中身がなくなったときは容器ごと換えます。


写真1 「オートマージュ グースネックタイプ」
(写真協力:INAX)

写真2 レバー式消毒液

そして水はねしにくい十分な大きさを備えた形状のボウルを選びます。手洗いは流水が基本なので栓は必要ありません。栓をつけないことによりボウルに水を溜めたときにあふれないようにするための穴であるオーバーフローも不要になります。オーバーフローは細菌の温床になりやすいのでない方がよいのです。通常はカウンターとボウルは別々の部品ですが、接合部に汚れがたまりやすいので、カウンターとボウルの一体型がお薦めです。

水栓は壁に取り付けるタイプとします。水平面に水栓金具を取り付けた場合、取り付け基部に細菌が繁殖しやすいからです。床面の清掃がしやすいように排水管は壁付けがいいでしょう。エアタオルは乾燥に時間がかかり、飛散・騒音の問題などから病室への設置は不向きなので、ディスポ手袋、ペーパータオルの設置場所を設けます。そして感染予防策の掲示ができるような壁面も考慮してください。

トイレも同様に清掃性を高め、感染を防ぐために便器は壁掛けタイプが好ましいです。便器と床材の間に入り込んだ汚れは除去しにくく、臭気の原因にもなります。このため便器を壁掛けとして清掃性を向上させることは居住性の向上にもつながります。ただし、設計段階から壁補強することが必要です」

水周りをリフォームすることがあれば壁も同時に手直しするのがいいだろう。巾木部が直角になっているところはR状に床材を立ち上げた方が清掃がしやすくなり、清潔さを保つのに役立つ。巾木部とは、壁と床の接しているラインを指す。通常は壁と床は直角に接しているのでほこりがたまりやすく、掃除機も壁際までかかりにくいが、この角に丸みを持たせR状にすることによりほこりがたまりにくくなる。これをトイレはじめ、病室、廊下、ほかすべてに取り入れることが理想である。

災害・火災対策

病院に限らず災害・火災対策は必須だ。病院建築では、地域で災害が起こった場合、被災者に対する医療の提供という機能から高い安全性が求められている。建築物の強度は建築基準法によって制定されているが、それ以上の高い安全性を備えているほうが好ましい。

ライフラインの確保も重大な課題である。電気、水道、ガス、通信は日ごろから病院としての対策を決めて、それにあわせた設備投資を行うことになるだろう。

「地震時の家具の転倒は、CAD(コンピュータ援用設計システム)上でシミュレーションし、ビジュアル化できます。家具や医療機器の転倒加速度は数式で出し、それによりどの震度でどの家具が転倒するかわかるのです。さらに医療機器をデータベース化してCADとリンクさせると、どの機器がどの震度まで転倒しないか、あるいは転倒するかが一目でわかります。医療機器や家具の転倒対策に使用するといいでしょう」

施設の規模、予算、緊急度などによって建築からの医療安全対策はかなり幅がある。詳細は病院設計に特化した建築士に相談してみるといいだろう。

企画・取材:阿部純子
カテゴリ: 2008年10月15日
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