最新動向:最新記事

エキスパートの知恵を結集して呼吸器ケアのレベルアップを目指す

人工呼吸器装着患者のケアの質を向上させようと、昭和大学病院(東京都品川区、879床)では認定看護師と歯科医師らがチームを組んで院内を巡回し、看護師への直接的な指導にあたっている。チームの巡回に同行し、現場の反応などを取材した。

ケアに生かされるチームのアドバイス

毎週木曜日の午後1時。昭和大学病院の会議室に「VAPチーム」のメンバーが集合し、ミーティングが開かれる。VAPとは、人工呼吸による合併症の1つである人工呼吸器関連肺炎(Ventilator Associated Pneumonia)の略称だ。チームが発足した当初、VAPの減少を中心に活動していたため、こう呼ばれている。現在は、呼吸器関連全般のケアの向上を目的に活動している。

チームのメンバーは5人の認定看護師。特定の専門分野のエキスパートとして日本看護協会から認められた看護師である。重症集中ケア認定看護師が2人(松木恵里さん、高野洋さん)、救急看護認定看護師が2人(鈴木千恵子さん、田村智子さん)、感染管理認定看護師が1人(椎葉典子さん)という内訳だ。各人が所属している部署は異なるが、この日ばかりは組織を横断したチームが結成されることになる。

「それぞれ日常業務を抱えながら活動するため、毎回5人が揃うことは珍しい」と、感染管理認定看護師で、普段は環境整備センターの師長として仕事をする椎葉典子さんは言う。

ミーティングが始まると、司会の椎葉さんが人工呼吸器を装着している入院患者の人数や病棟名などを紹介。巡回する患者は、毎回10人程度に上る。ミーティングでは、前回巡回して気づいた問題点やその対応策を話し合ったり、呼吸器管理に関する新たな文献やエビデンスを紹介し合うなど、情報交換も活発に行われる。時には、医師にも参加してもらい、対応策を検討する場合もあるという。

2時間のミーティングが終了すると、いよいよ巡回開始だ。途中から歯科医師や歯科衛生士もチームに合流する。メンバーは人工呼吸器を装着している患者の様子を確認しながら、人工呼吸器の回路の設置状況や加温加湿器の温度設定などを確認。一方で病棟の看護師に痰の吸引方法や口腔ケアの実施状況なども聞きながら、ケアが適切に行われているかどうかもチェックする。

「体位の角度は60度にすると、痰が排出されやすいですよ」「肺炎防止のために、口腔ケアは、朝昼晩の1日3回実施する事が望ましいですね」など、メンバーはその場で気づいた点を指摘。マニュアルを一緒に確認しながら、適切なケアの方法を覚えてもらうこともある。

ある病棟では、若手の看護師がチームのメンバーから肺音の聞き方の指導を受ける。

「聴診器で左右の肺音を聞いた後に、コの字を描くように下に移動させていくと、上下の肺音も比較出来ますよ」と、メンバーが優しい口調で説明すると、看護師は納得した表情を浮かべる。あくまでも間違いを指摘するのではなく、どうすれば良いのかを理由と一緒に伝えるというスタンスだ。時には、呼吸器管理に関する最新のエビデンスも紹介しながら、病棟の看護師と適切な方法を検討する場面もある。

一緒に巡回している歯科医師と歯科衛生士は、患者の口腔内を中心にチェックする。歯科医師の高木隆昌さんは、「誤嚥性肺炎に罹患しないよう、口腔ケアの状態としてプラーク(歯石)の状況などをチェックしている。また、唾液の分泌の程度や残存歯数、口腔内の腫瘍の有無を確認している。小児科病棟では、乳歯から永久歯に生えかわるのを放っておくと誤って飲み込んでしまう恐れがあるので、特に注意が必要になる」と話す。

巡回はおよそ2時間で終了。各病棟にはメンバーからチェックシート(表参照)が手渡され、適切なケアが実施されていたかどうかがわかるようになっている。それらは看護師長会や毎年1回開催される認定看護師活動報告会でも発表され、各病棟のケアの改善に役立てられるという。

「VAPチームは患者の状態を全てわかっている訳ではないので、巡回して気づいた点は伝えるが、それをどう判断するかは病棟の医師と看護師が決めること。あくまでも『こうした方がいいですよ』と提案する姿勢です」と、メンバーの田村智子さん(救急看護認定看護師)は活動のポイントをこう説明する。

活動のきっかけと今後の展開

こうしたVAPチームによる巡回が始まったのは、昨年の6月からだ。きっかけは、一昨年に開催された院内の看護師向けの研修会だ。重症集中ケアの認定看護師が「人工呼吸器装着患者のケア」をテーマに研修を行ったが、病棟間でケアの方法や人工呼吸器の操作管理に違いがあり、対応が統一されていないことがわかった。そこでケアの統一と質の向上を図ろうと、研修を行った認定看護師や椎葉さんらが中心となって院内の他の認定看護師に働きかけ、専門分野を超えた横断的なチームの結成につながった。

「基本的なマニュアルはあったが、病棟によって少しずつやり方が異なっているのが見受けられた。ケアを統一することで、人工呼吸器装着による合併症の予防にも効果があると考えた。また、認定看護師が活動する場としても相応しいのではないかと思った」と、椎葉さんは当時を振り返りながらこう説明する。

ただし、チームで活動するには日常業務との調整も必要になる。一定の時間を活動にあてるとなれば、組織の承諾も得なければならない。その点については、「看護部長などに相談を持ちかけたが、すぐに快く了解してくれた」と、椎葉さんは話す。

だが、スムーズに進むかと思われた活動も、病棟の看護師の反応は今ひとつだったようだ。

「活動を始めた当初は、あまり良い顔をされなかった。でも、回を重ねるうちに次第に頼りにされるようになってきた」と、メンバーの鈴木千恵子さん(救急看護認定看護師)は話す。

今では、呼吸器ケアについて質問があると、各部署からチームに相談が寄せられるようになっているという。巡回の様子を同行取材していた最中も、メンバーの姿を見かけた看護師が質問するために駆け寄ってくる場面が見られるなど、院内にチームの活動が浸透している様子が見受けられた。

VAPチームが発足してから1年余りになるが、徐々に成果も見え始めている。活動を始めて早々に、人工呼吸器ケアのマニュアルを作成。従来のケアとの違いや、なぜその方法が適切であるのかがわかるような内容になっている。

また、昨年はチームのメンバーが呼吸器管理のケアについて看護師向けの勉強会を企画したところ、1回に100人近くの看護師が参加。それを延べ4回実施した。

「参加者からは、『かなり勉強になった』という声が多く聞かれた。知っている事と実際に出来るかどうかは別なので、実際のケアに役立つようになれば良い」と、前出の田村さんは期待を込める。

メンバーの松木恵里さん(重症集中ケア認定看護師)は、「VAPチームは呼吸器ケアの統一を目的としていたが、それはだいぶ浸透してきたと感じている。ただ看護師は毎年大幅に入れ替わるので、現場に任せきりにすると逆戻りしてしまいかねない。これからも活動を継続することで質を維持していきたい」と、チームの活動に手応えを感じているようだ。

歯科医師や歯科衛生士と一緒に巡回するようになったことも、患者のケアに良い影響を与えている。

「以前は担当医が依頼しない限り、歯科医が病棟の患者を診る機会はなかったが、巡回を始めてから医科と歯科の連携も深まった」と、松木さんはいう。口腔ケアは人工呼吸器関連肺炎の発症と関係が深いため、看護師が歯科医に疑問点を直接質問出来るメリットは大きいようだ。

今後は、歯科医だけでなく、医師や理学療法士(PT)、臨床工学技師(ME)などにも巡回に参加してもらえるよう働きかける方針だ。これまでは看護師のケアの向上を目的に活動していたが、チーム医療という点では、治療やリハビリテーションなど総合的に患者に関わることが必要だという考えからだ。近々、試験的に医師と一緒に巡回を始める予定もあるという。

当初はVAPの減少を目的にしていたチームの活動も、少しずつ形を変えながら進化している様子がわかる。職域の壁を超えたこうした地道な活動は、医療の質を上げるだけでなく、安全性を高めることにもつながるに違いない。

表 人工呼吸器装着患者のチェックシート
表 人工呼吸器装着患者のチェックシート
表 人工呼吸器装着患者のチェックシート
VAPチームによる人工呼吸器装着患者の巡回の様子。
VAPチームによる人工呼吸器装着患者の巡回の様子。
患者の様子を確認しながら、人工呼吸器の操作管理やケアの方法を確認していく。
歯科医による口腔ケアのチェックは、人工呼吸器装着による肺炎の防止に効果があると期待されている。
歯科医による口腔ケアのチェックは、
人工呼吸器装着による肺炎の防止に効果があると期待されている。
巡回中は看護師によるケアが適切に行われているかどうか、メンバーがチェックリストに従い項目をチェックする。
巡回中は看護師によるケアが適切に行われているかどうか、
メンバーがチェックリストに従い項目をチェックする。 このチェックシートは巡回後に各病棟に手渡され、ケアの改善に役立ててもらう。
取材に訪れた日のVAPチームの皆さん。
取材に訪れた日のVAPチームの皆さん。
左から、歯科医の高木隆昌さん、
救急看護認定看護師の鈴木千恵子さん、
重症集中ケア認定看護師の松木恵里さん、
救急看護認定看護師の田村智子さん、
歯科医の長谷川郁夫さん。
カテゴリ: 2004年11月29日
ページの先頭へ