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がんのリンパ節への転移を予測し縮小手術へ繋げるセンチネルリンパ節生検の最新動向〜胃がんへの応用では見張り役のリンパ節検出を一目瞭然にする新手法が登場〜

がんが周囲のリンパ節に転移する場合、リンパ液の流れに乗って真っ先に生着し転移するリンパ節がある。これをセンチネルリンパ節(SN)という。見張り役の意だ。このリンパ節を色素とRI(ラジオアイソトープ)を注入して見つけ、採取して生検を行い、がん細胞がなければその先の下流のリンパ節にも転移はないものとして、通常より切除範囲を狭める縮小手術が可能となる。この理論に基づいたセンチネルナビゲーション手術(SNNS:Sentinel Node Navigation Surgery)は悪性黒色腫(メラノーマ)や乳がんでは、予後を損なうことなく術後障害を減らすことが豊富なデータで証明されており、すでに保険診療として実施されている。胃がんでは未だ保険診療にはなっていないが、腹腔鏡を使ってSNNSを行う方法が2008年に 先進医療として認可され、現在9つの医療機関にて提供されている。SNNSは将来的な普及を視野に入れたデバイスの技術革新も進んでおり、色素で染めだされた胃がんのSNに特異的に反応する赤外線を搭載した内視鏡が開発された。一目瞭然でSNを同定することができるのが最大の特徴。しかもRIを使用しないので被曝の心配は皆無。報告によれば、リンパ節転移があるのにないと誤判定してしまう偽陰性はほとんどなく、医療安全面でのメリットも大きいという。胃がんにおいてSNNSが安全に施行できる適応および条件とは何か。赤外線内視鏡によるSN検出に先駆的に取り組んでいる慈恵医大病院の高橋直人医師に話を聞いた。

胃がんにおいてセンチネルナビゲーション手術が試みられている理由と背景

早期胃がんのうち、胃の粘膜にとどまっている粘膜内がんは、口から挿入した内視鏡で粘膜をはがすように切除する内視鏡下粘膜切除術の適応になる。しかし粘膜を超えて粘膜下層に達した粘膜下層がんはこの適応から外れ、胃全摘もしくは3分の2切除が標準手術となっている。併せて原発巣流域のリンパ節を芋づる式に切除する系統的なリンパ節切除(郭清)が行われる。病理検査によって個々のリンパ節への転移の有無を調べ、仮にリンパ節転移があった場合、どこまで広がっているかを確認する診断目的もある。その結果は病期の確定(リ・ステージング)、追加手術、術後の補助化学療法・放射線治療の要不要、予後の予測の有力な情報となる。通常、標準手術は開腹によって行われるが、近年は腹腔鏡によって行う施設が急増している。

ところが悪性度の高いスキルスがんなどを除く大多数の粘膜下層胃がんのリンパ節転移率は、実際のところ約15%だということがデータの蓄積によってわかってきた。このことについて高橋医師は次のように言う。

「これまで標準手術では目に見えないがんの広がりや画像検査では写らないリンパ節転移が少なからずあることを考慮して広く切除していたわけですが、リンパ節転移のない残りの約85%の患者さんに対して標準手術は結果的に過大手術になってしまっているという側面が見えてきたのです」

過大手術のもたらす患者のデメリットは小さくはない。胃切除後は、少しずつしか食べられない、早食いをすると苦しくなる、下痢をしやすくなる、食後に動悸やめまいがする、などの有害事象が患者によっては高頻度で出現しQOLを著しく損なう場合があるからだ。

そこで早期胃がんで標準手術の適応になったケースで、広範な切除をする前にリンパ節転移を予測するSNをターゲットとした検査を行い、結果によっては必要最低限の切除の縮小手術に切り替えるSNNSが臨床研究的な治療として試みられるようになったのだ。

「術中にセンチネルリンパ節を採取し、病理に回して迅速診断を行い、転移があればがんが広がっているリスクが高いと判断して標準手術を施行。SNに転移がなければ、縮小手術が可能として、胃切除を最低限にする局所切除や分節切除を行い、リンパ節郭清も最低限にします。これによって本来は標準手術の必要のなかった多くの早期胃がん(粘膜内がん、粘膜下層がん)の患者さんたちの胃容量や迷走神経の温存が可能となり、胃切除後障害を回避できるようになりつつあります。これが早期胃がんにおいてSNNSを導入する最大の目的です」(高橋医師、以下同)。

ちなみにSNNSの他の領域での臨床応用は1992年にメラノーマに対して、翌1993年に乳がんに対して行われたのが最初だとされている。これを応用した乳がん縮小手術のメリットとしては、腋下リンパ節の郭清によって少なからず起こる手のむくみなどをきたすリンパ浮腫の減少に寄与したことが知られている。

図.腹腔鏡下胃局所切除
図.腹腔鏡下胃局所切除
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図.腹腔鏡補助下胃分節切除術
図.腹腔鏡補助下胃分節切除術
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縮小手術の切除範囲を示す図。左右の図とも青い実線が切除する範囲。その中央の黒く丸い部分が病巣を表す。SNはセンチネルリンパ節、非SNはそうではないリンパ節の意。

センチネルナビゲーション手術の実際

胃がんにおいてSNNSの適応には次の条件が必要だ。内視鏡で観察して大きさが4cm以内、深さが粘膜内、または粘膜下層までに止まる早期胃がんと診断され、CTなどの画像検査によりリンパ節転移が認められないこと。併せて患者自身がSNNSを希望する場合だ。

センチネルリンパ節を見つける方法としては色素で染め出す色素法とがんに取り込まれやすいRIを専用のガイガープローブを当てて機械的に検知するRI法が主流である。

「前者はインドシアニングリーン(ICG)という色素をよく使います。がんの周囲に色素液を注射し、15〜20分を置いて緑色に染まったリンパ節を肉眼的に探します。後者は手術前日や当日にRIを注射。色素法によって緑色に染まったリンパ節に沿ってプローブを当てていき、機械に表示される数値を見たりして定量的に観察します。前者は安価で簡便性が高いことが長所。リンパ液によって薄まるため観察時間の制約があり、また深い所に存在するリンパ節は観察困難である点が短所。後者は長時間観察可能である点、深い所のリンパ節でも観察可能である点、定量的で客観的な観察が可能な点が長所。RIの性質上、腫瘍とセンチネルリンパ節が近接していると、どちらを測定しているのか判断が難しいshine through effectがある点が短所とされています。これらの欠点を互いに補完するために両者を併用する方法が一般的です。なおこの併用法でSNを同定できる確率は約96%と言われています」

なお副次的短所として、RI法は高価で、被曝の問題があり、保管のためRI室が必要で、扱える施設が限定されるという問題もあることを付記しておく。

センチネルリンパ節の同定を一目瞭然にする新しい赤外線観察法

消化器系のがんの手術では低侵襲手術として腹腔鏡による切除が急速に普及した。ただ胃がんに腹腔鏡を使ってSNNSを施行する場合、SN同定では不都合が生じる場合がある。

「ICGを使った色素法で染まったリンパ節を腹腔鏡を通して観察すると緑の色素が見えないことが多々あります。その場合、少し大きめに開いた孔の外へ胃全体を引き出して、肉眼でリンパ節の染色具合を確認しなければなりません。RI法は先述したshine through effectの問題があり、いずれにしろSNの同定には苦労します」

そこで高橋医師らは内視鏡メーカーと共同で、ICGに特異的に反応する赤外線内視鏡を開発した。「ICGの吸収波長が赤外線の波長と一致している性格を利用して、元来は不可視である赤外線を可視化したのです。この画像はモノクロですが、通常光を用いる腹腔鏡ではほとんど見えなかったICGに染まったリンパ節が黒い点として鮮明に見えます。まさしく一目瞭然で、SNの同定が楽に行えるようになりました」

この新しい内視鏡による赤外線観察法では、ICGに染まったリンパ節を蛍光で見る技術も開発されている。暗視(真っ暗な)画像にするとその部分が光って浮かび上がる画像が映し出される。これをプラスするとSN同定がさらに簡便になるのは間違いない。ただ暗視画像で周囲や背後の臓器の画は写らないので位置関係がわからない。新しい内視鏡では通常光画像、赤外線吸光画像、赤外線蛍光画像の3視野がスイッチひとつの切り換え操作で得られるようになっている。使用にあたってはその操作を繰り返しながらの作業になる。

赤外線観察によるSN同定(比較写真)

左の写真 通常光観察による写真 右の写真 赤外線観察による写真 左の写真 通常光観察による写真 右の写真 赤外線観察による写真
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左の写真 通常光観察による写真 右の写真 赤外線観察による写真
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通常の内視鏡では左のように何も見えないが、赤外線に切り替えると黒い円形のリンパ節や、そこに流れ込んでいる細いリンパ管がよくわかる。

下の左は取りだしたリンパ節を通常の腹腔鏡で見ている様子。うっすらと緑に見えるがわかりにくい。右は赤外線に切り替えて見た様子。色素で染まったリンパ節が黒く鮮明に見える。このセンチネルリンパ節に転移がなければその流域の下流のリンパ節にも転移がないとする考え方がSNNSのコンセプト。

左は取りだしたリンパ節を通常の腹腔鏡で見ている様子。うっすらと緑に見えるがわかりにくい。右は赤外線に切り替えて見た様子。
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赤外線腹腔鏡システム(写真)

赤外線腹腔鏡システム
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通常光と赤外線光2種類の画像比較写真

通常光と赤外線光2種類の画像比較写真
体内の同一箇所を同じアングルから通常光と赤外線光とを切り替えながら撮った写真。赤外線吸光ではSNは黒い点として、蛍光では背景が暗い中、蛍のように光っているので見逃すことはない。
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赤外線観察法の比較
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胃がんにおけるSNNSの治療成績と今後の展望

肝心の胃がんにおけるSNNSの臨床成績はどうであろうか。

慈恵医大病院では2000年7月から2012年9月の間に赤外線観察によるSNNSにて胃縮小手術が施行された48例について検討した。48例の内訳は男女比が35対13、平均年齢は63.4歳(最年少は27歳〜最高齢は91歳)、腫瘍の部位は胃上部が24例、中位部が23例、下部が1例、平均腫瘍径は23.6㎜(最小径は2㎜〜最大径は68㎜)であった。

検討結果は次の通りである。SN同定率は100%(48/48)、平均SN個数は6.2(3個〜10個)、リンパ流域で区分したSN存在数は1流域が29個、2流域が16個、3流域が3個であった。重要指標である転移リンパ節同定率は100%(4/4)で確実に転移リンパ節を拾い上げることができた。予後に関しても再発症例はなく、他病死が1例、平均観察期間は5年5か月(最短1か月〜最長116か月)であった。

高橋医師はこれらの検討結果を踏まえ次のように言う。

「早期胃がんに対する赤外線観察法によるSNNSは、現状ではSN同定に最良の方法であると思われます。ほんの数年前までセンチネルリンパ節生検はリンパ節へのがん転移を予測するひとつの方法という理解が一般的でしたが、赤外線観察法などの技術改良により、リンパ節転移の新しい診断法としての地位を確立しつつあると思います。それによって導かれる縮小手術の意義では特に噴門部がんに対して貢献大で、胃容量を多く温存できるので胃切除後の有害事象であるめまいや動悸などのフラッシュ症候群、その他の有害事象の発生を大幅に低減できます。さらに現在のSN同定で標準的に使用するRIを使わないので、患者・施術者・管理者への被曝の心配は皆無となります。医療安全を著しく損なうSNの偽陰性判定もほとんどなく、この点の医療安全にも大きく寄与します」

胃がんSNNSの課題としては、さらなる低侵襲の縮小手術にするため、小開腹を併用せずに腹腔鏡下の胃局所切除を行えるようにすること、また変形なく胃を縫合する手技を開発することの2点を高橋医師はあげる。現在、これらを満たす腹腔鏡による完全な胃局所切除(完全腹腔鏡下胃局所切除術)の開発に各医療機関が切磋琢磨しているという。

今後、胃がん治療におけるSNNSのポジションについては、
「乳がん領域と同様に確固たる術式になるはずで、その場合は乳がんやメラノーマ同様に保険診療に認可されるのではないか。また学会の胃がん治療ガイドライン等にも腫瘍条件ごとの治療の流れを示す以下のような治療フローチャート(アルゴリズム)が掲載されるのではないか」と高橋医師は展望を語った。

今後の早期胃がん治療の展望(フローチャート)

今後の早期胃がん治療の展望(フローチャート)
図の中のEMRとは内視鏡的粘膜切除術、ESDとは内視鏡的粘膜下層剥離術のこと。いずれも口から挿入した内視鏡で病巣を切除する方法だが、前者は粘膜に止まっているがんにわっかをかけて焼き切る。後者はEMRでは取れないがん、たとえば粘膜内がんでも少し大きいものや、粘膜下層に達しているがんを高周波メスで焼き切る術式。フローチャートを簡単に説明すると、左側の破線に囲まれた部分は、上記の内視鏡手術の適応が可で、採取したがん組織の病理検査の結果、組織の切れっぱしの境目(断端)にがんがなく、組織の中の血管やリンパ管にもがんが侵潤していなく、SNNSの赤外線観察法で転移がないと判定された場合は胃切除はなしの意。
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企画・取材:黒木要

カテゴリ: タグ: 2013年6月11日
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