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デング熱 国内感染疑い症例の対応策と虫除けスプレーを使った予防法

梅雨入りが間近となり、蚊の飛び交う季節となってきた。2014年は東京・代々木公園を中心にデング熱の国内感染が確認され、一般の人の関心も高まっている。今年2015年もデング熱の発症は多発するのか。もし疑いのある患者が来院した場合の対応はどのようにしたらいいのか。高崎智彦 国立感染症研究所 ウイルス第1部第二室長(写真)に伺った。

高崎智彦医師
高崎智彦医師

【輸出症例】想定されていた2014年の国内流行

デング熱の海外渡航で感染し国内で発症する例(輸入症例)は、統計を取っている1999年以降、毎年増加傾向です(図表1)。そのため2010年の200人を超えた頃からは日本国内での感染者がいつ出てもおかしくはないと考えられていました。

昨年(2014年)の国内感染流行の前年、2013年8月に観光で日本に訪れたドイツ人女性(51才)が帰国3日後にデング熱を発症しています。その女性は、成田空港から上田(長野)、笛吹(山梨)、広島、京都を周遊し東京で新宿御苑を訪れて成田からフランクフルトの直行便で帰国しました。日本での感染が強く疑われる症例でした。輸入症例が200を超えていたことに加えてこの輸出症例の報告を踏まえて、感染研ではデング熱対策を立て始めていました。全国の自治体を通じ、医療機関に情報提供・注意喚起をし、同時にデング熱に関するファクトシートやQ&A(一般向け、医療従事者向け)を公開。昨年はこのようにデング熱の対応についての準備を進めている中での流行発生でした。

デング熱報告数1999~2014 (図表1)

輸入デング熱患者数 国内デング熱患者数
1999 9 0
2000 18 0
2001 50 0
2002 52 0
2003 32 0
2004 49 0
2005 74 0
2006 58 0
2007 89 0
2008 104 0
2009 92 0
2010 244 0
2011 113 0
2012 220 0
2013 249 0
2014 179 162

(注)「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」施行後の輸入デング熱患者報告数

【2回目に重症化するしくみ】デングウイルス抗体によるEnhancement効果

デング熱の多くは不顕性感染です。しかし再感染でデング出血熱(図表2)にいたるようないわゆる重症例が報告されています。その頻度は初めての感染では0.18%、それが2回目となると2.01%と少率であるもののおよそ10倍です(図表3)。この多発する原因は、デングウイルス再感染のときは、抗ウイルス抗体によりウイルス感染が増強されることが発症機序として考えられています。これは抗体依存性感染増強(antibody-dependent enhancement, ADE)と言われています。

デングウイルスはフラビウイルス属に属し、1,2,3,4の4タイプがあります。たとえばある人がデング1型ウイルスに初感染したとします。感染後1週間程度で体内にデング1型ウイルスの抗体ができます。そしてもしこの人が数ヶ月以降にデング2型ウイルスに感染すると、体内ではデング2型ウイルスとデング1型ウイルスの抗体がくっついて抗原抗体複合物を作ります(図表4)。

このデングウイルス2型が1型ウイルスの抗体と結合してできた抗原抗体複合物が、ヒトの細胞表面にあるFcレセプター(ヒトには普通に存在しているレセプター)に結合。そこでデング1型ウイルスの抗体が交差的に働き、2型ウイルスが細胞内に取り込まれて感染してしまいます。デングウイルス2型だけでは細胞に取り込まれることはなくても、抗原抗体複合物の形になることによりFcレセプターを通して取り込まれるのです。

ヒトの体の全体を見ると、デングウイルスのレセプターを持つ細胞と持たない細胞があります。ウイルスレセプターを持たない細胞はレセプターがないので当然感染しません。しかしウイルスレセプターがないのにも関わらず、Fcレセプターがあれば、抗原抗体複合物となったデングウイルス2型を取り込むことができるのです。したがって感染する細胞の数は2回、エンハンス(増進)される。ウイルスレセプターを持たないのにも関わらず、Fcレセプターを介して感染ができるので、ウイルスは体内のより多くの細胞で効率よく増殖できるのです。

3回目以降の感染では、抗体が防御的に働く人が多く発症しない場合が多いようです。東南アジアなどデング熱の発症が多い地域では、小児期に複数回デング熱にかかり、防御的に働く免疫を持っている人が多いと推測されます。

WHO によるデング出血熱の病態分類(図表2)

Grade1: 発熱と非特異的症状、出血傾向としてTourniquet テスト*陽性。
Grade2: Grade 1 に加えて自発的出血が存在する。
Grade3: 頻脈、脈拍微弱、脈圧低下(20mmHg 以下)で代表される循環障害
Grade4: ショック状態、血圧や脈圧測定不能 2009年のWHOガイドラインでは、重篤な血漿漏出、重篤な出血、重症臓器障害をあわせて重症デングとすることが提唱されている。

* Tourniquet テスト: 日本では臨床医がデング熱患者を診察した時にあまり実施されていないが、患者の腕を駆血帯で圧迫することにより、点状出血が増加する現象を見ることである。(2.5cm)×(2.5cm)あたり10 以上の溢血点(点状出血)を観察した場合陽性とする。陽性の場合、デング熱の診断上重要な指標となりうる。

小児のデングウイルス初感染と再感染におけるデング出血熱/ショック症候群の発生頻度(図表3)

デング出血熱
(DHF grade1,2)
デングショック症候群
(DHF grade3,4)
初感染
(1-14y)
0.18% 0.01%
再感染
(1-14y)
2.01% 1.14%
デングウイルス抗体によるEnhancement効果(図表4)
デングウイルス抗体によるEnhancement効果(図表4)
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【海外事例】ヒトスジシマカの発生により患者が増えた台湾・高雄

デング熱は、全世界では年間約1億人が発症し、そのうち約25万人がさらに重症のデング出血熱を発症すると推定されています。発症する国は、媒介する蚊の存在する熱帯・亜熱帯地域、特に東南アジア、南アジア、中南米、カリブ海諸国、アフリカ、オーストラリア、中国、台湾などです(参照 2014年デング熱患者数 図表5)。

2014年7月、台湾・高雄で大規模なガス爆発事故があり、そのとき避難住民が野外生活をせざるを得なくなりました。不運なことに事故の後に豪雨が続き、そのため道路が冠水したり、破壊された道路に多くの水たまりができたり、一部家屋は浸水するなどの被害が発生。それが事故現場付近の蚊の大量発生につながりました。2014年、高雄ではデング熱患者が15,765人重症化したデング出血熱患者が139人、死亡者が20人と例年よりはるかに多い数でした。避難場所の蚊の卵は、ヒトスジシマカとネッタイシマカの比率が4:1との調査結果が出ています。デング熱を媒介するヒトスジシマカを発生させないために雨水の速やかな処理が非常に重要です。

2014年デング熱患者数(図表5)

報告患者数 死者数 致死率(%)
オーストラリア 1514 NA NA
カンボジア 3543 21 0.59
ラオス 1716 0 0
マレーシア 108,698 215 0.2
フィリピン 104,741 399 0.38
シンガポール 18,318 4 0.02
ベトナム 17,776 17 0.1
中国 45,171 NA NA
台湾 15,904 20 0.13
日本 162 0 0

(出典:国立感染症研究所ウイルス第一部 第2室)

【予防】刺されないようにするために~虫除けは耳の後ろも忘れずに

デング熱に感染しないための対策は、1.ヒトスジシマカのいるところに行かない 2.ヒトスジシマカに刺されないようにする 3.ヒトスジシマカの発生場所をなくす、この3点に尽きます。

  1. ヒトスジシマカは明け方と午後から夕方に活発に活動します。デング熱患者が発生している場所への外出はその時間を避けることもひとつです。ヒトスジシマカは待ち伏せ型の蚊なので、潜んで待っている道路脇の低木を避け、公園などではできれば道の真ん中を歩く方法もあります。

    数十年前は東北以北でヒトスジシマカを見ることはほとんどなかったと思いますが、ヒトスジシマカの分布と北限は年々北に拡大しています(図表6)。2003年には盛岡や能代でもヒトスジシマカが確認されています。年平均気温が11℃を超える地域でヒトスジシマカが定着するようです。2035年には青森県の平地すべてにおいてヒトスジシマカが分布すると推計されています。国外でも北米やヨーロッパでもヒトスジシマカが定着している地域があります(図表7)。そもそもヒトスジシマカが存在しなかった地域であっても、古タイヤや植木鉢などに付着した卵が移動することにより分布が拡大しました(3.参照)。

    東北地方におけるヒトスジシマカの分布北限の移動(図表6)
    東北地方におけるヒトスジシマカの分布北限の移動(図表6)
    (出典 ;国立感染症研究所昆虫医科学部)
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    ヨーロッパにおけるヒトスジシマカの分布(図表7)
    ヨーロッパにおけるヒトスジシマカの分布(図表7)
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  2. ヒトスジシマカに刺されないようにするには、屋外では虫除けスプレーを使用します。虫除けスプレーはディート(DEET)を含有するものが確実です。DEETの濃度により有効時間が異なってきます。目安として10~12%で1~2時間の効果があるとみていいでしょう。耳の後ろや首なども塗り忘れないようにし、汗をかいたら塗り直します。日焼け止めを塗る場合は、日焼け止めが十分乾いてから虫除けスプレーをします。

    DEETは安全性が高いものなので、子どもにも安心して使うことができます。DEETは蚊が人間を感知するセンサーを乱す働きをする忌避剤です。殺虫力はなく殺虫剤ではありません。日本のメーカーでは生後半年以降は使用可能としていますし、アメリカの疾病対策予防センター(CDC)が出している『DEET虫除けを使用するためのガイドライン』においては生後2ヶ月から使用できるとしています(http://www.cdc.gov/malaria/toolkit/DEET.pdf)。ただし目や口など粘膜に入らないように注意が必要です。そのために必ず大人が子どもにつけてあげます。自分の手をなめることがあるので子どもの手にはDEETをつけないようにします。

    ユーカリ油、レモングラスなど精油を用いた虫除けスプレーは、効果の持続時間などのしっかりとしたデータが少ないです。そのため安全性と効果を確認した膨大なデータがあるDEETを使うほうが確実ではありますが、デング熱を警戒して蚊よけ対策をするのは、今年国内でデング熱患者が発生してからでも遅くないでしょう。

    蚊取り線香は室内で使えば有効ですが、野外では煙が拡散して効果が薄くなります。

  3. ヒトスジシマカの発生場所をなくすには、幼虫の発生しやすい雨水ますに昆虫成長制御剤(IGR)を投与するなど行政レベルで行うことと、市民が日常的にできることがあります。個人レベルでできることとしては、古タイヤなどとにかく水がたまるものは撤去することが重要です。ヒトスジシマカはわずかな水に産卵するので、空き缶やペットボトルは全国規模で速やかに処理するべきです。節水のため雨水を貯めてガーデニングに使うことはボーフラがわく要因となるので止めたほうがよく、どうしても使うのであれば貯水を数日にしてすぐに使ってください。植木鉢の置き皿にたまった水も要注意です。

【診断】診断のポイント~他の病気と見誤らないように

デング熱の所見は、突然の発熱(多くは38℃以上の高熱)・急激な血小板減少、/白血球減少(発病日に減少しているわけではなく、発病後数日で急激に減少する)。また、よく認められる所見として、

  1. 発疹(多くは解熱傾向とともに出現する)
  2. 悪心、嘔吐、下痢
  3. 痛み(頭痛、後眼窩痛、筋肉痛、関節痛)
  4. 点状出血などの出血傾向
  5. 肝機能低下(GOT(AST)、GPT(ALT)などの上昇)

があります。

蚊に刺されたという自覚がなくても、渡航歴があれば可能性は高くなります。発熱他デング熱の所見があっても、伝染性紅斑(パルボウイルス成人初発例)やEBウイルス感染による伝染性単核症などが鑑別疾患になります。CRPが異様に高いときはウイルス以外の細菌性感染を疑う必要があります。デング熱ではCRPは陰性または弱陽性です。

デング熱を疑われる患者が来院したときは、最寄りの保健所に連絡して指示を仰ぎ、病院に送るのがよいと思います。または国立感染症研究所でも検査が可能です。詳しくは下記URL参照してください。
http://www0.nih.go.jp/vir1/NVL/NVL.html

デング熱が疑われる症例でデングウイルスの検査をしても陰性のときは、同じように世界的に拡大しているチクングニア熱の可能性があります。チクングニアもヒトスジシマカとネッタイシマカが媒介する感染症です。デングウイルスもチクングニアウイルスも一本鎖+RNAウイルスなので、生化学検査の残りの少量の検体(血清、血漿)が残っていれば検査ができます。蚊が活動している11月ぐらいまででしたら検体をこちらに送っていただいてけっこうです。

【治療】解熱にはアセトアミノフェンを

治療法は対症療法しかありません。高熱に対し鎮痛解熱剤の投与するときはアセトアミノフェンを使います。サルチル酸系のものは出血傾向やアシドーシスを助長することがあるので使用する際は注意が必要です。患者が飲めるようであれば経口補液、もしくは点滴による輸液療法でしっかり管理します。

【ワクチン】ステージ3とまだ開発中

開発中のデングワクチンはいくつかあります。しかし臨床試験が一番進んでいるものでもまだ第3相が終了したばかりです(図表8)。効力はアジアで56.5%、中南米で60.8%とまだあまり高くありません。

タイでの臨床試験では、2型ウイルス感染の有効性は高くありませんでした。開発が望まれるワクチンは、以下の条件のものです。

  1. デングウイルス1-4型すべてに対して高レベルの防御免疫(中和抗体)を誘導する。
  2. ワクチン接種者にデング熱にかかったとしても重症例が多発しない。
  3. 安価であること。

そのようなワクチンが実用化されるにはまだ時間がかかるでしょう。

開発中のデングワクチン(図表8)

タイプ 名称 開発者 臨床試験 効力
弱毒キメラ CYD-TDV サノフィー・パスツール 3相終了 56.5%(アジア)60.8%(中南米)
DEN Vax 米国疾病予防管理センター武田薬品(インビラージェン) 2相
tetra Vax-DV 米国アレルギー感染症研究所アメリカ衛生研究所 2相
不活化 TDENV-PIV ヴォルター・リード陸軍研究所 グラクソ・スミスクライン 1相
DNA TVDV 米国海軍医学研究所センターバイカル 1相
サブユニット DEN-V180 メルク(ハワイバイオテック) 1相

注)効力が算出できるような試験はまだ実施されていない

【さいごに】

『易経』の中に次のようなことばがあります。

活而不忘乱、治に居て乱を忘れず

泰平の世になっても、乱世のときのことを忘れない。平穏無事のときも、万一のときを考えて備えを怠らない。という意味です。感染症に対しての正しい知識を日々アップデータして何か起こったときも冷静に対処していきたいものです。

企画・取材:阿部純子
カテゴリ: タグ:, 2015年5月27日
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