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リスクマネジャーを専任化した聖路加国際病院の医療事故対策

聖路加国際病院(東京都中央区、病床数520床)では、医療事故を防止するための体制が整えられ、専任のリスクマネジャーも配置されている。その活動内容と具体的な事故防止策について、リスクマネジメント委員会委員長の井部俊子副院長兼看護部長と、専任リスクマネジャーの寺井美峰子さんに聞いた。

Q.リスクマネジメント体制について教えてください。

井部副院長:

 まず、院長の諮問機関として病院リスクマネジメント委員会(以下、「委員会」)が1999年5月から位置づけられました。各部門で事故やインシデントが起こった場合は、院長に書面で報告され、この委員会にも報告書が届けられます。

委員会のメンバーは副院長兼看護部長の委員長をはじめ、リスクマネジャーや医師、看護師、薬剤師、検査部、医療社会事業部、施設課、総務課の総勢15人。委員会は毎月1回開催され、各部署から提出される事故やインシデントの報告書の中から事例を選んで、全員で事故防止策について検討を行います。

また、2001年4月からは病院全体のリスクマネジメント活動を行う、専任のリスクマネジャーが配置されました。さらに、看護部では部署ごとにリスクマネジメント活動を行う責任と権限を有したリスクマネジメントナースが1人ずつ、合計28人配置されています。看護部では、このリスクマネジメントナースなどがメンバーとなって看護部インシデント検討会を行っています。

Q.きっかけは何だったのですか?

井部副院長:

 病院全体で取り組む前は、看護部で安全管理に関する委員会活動や看護部インシデント検討会を業務の一環として行っていました。しかし、それには限界がありました。例えば、薬剤部の指示受け締め切り後に医師が処方を出したため、看護師が病棟にストックしている薬剤を投与して量や種類を間違うという事がありました。医療事故を防止するためには、看護部だけで事故防止策を検討するのではなく、医師や薬剤部など関係者全員で問題を共有しシステムを見直す必要性を感じていたのです。また、クレームや中傷など、組織としてリスク対策に取り組まなければ解決出来ない問題もありました。

Q.リスクマネジャーを専任化したのも理由があったのですか?

井部副院長:

 委員会には各部署から事故やインシデントの報告書が提出されますが、その内容を集計し、分析する機能が十分ではありませんでした。また、事例分析の結果、具体的な対策が決まっても、果たしてそれが有効なのかどうか評価していませんでした。当初は看護部だけでリスクマネジャーを専任化しようと考えたのですが、院長の強い要望により病院全体のリスクマネジメントを担う事になったのです。

Q.リスクマネジャーは具体的にどのような活動をなさっているのですか?

寺井リスクマネジャー:

 各部門から委員会に提出される事故やインシデント報告書の集計・分析を行い、防止策を立案してリスクマネジメント委員会に諮るのが主な業務です。各部門から提出される報告書の中味について、不明な点やさらに詳しい情報が得たい場合は関係者にインタビューをします。また、病棟を巡回し、事故が起こる要因がないか情報収集も行っています。他院で医療事故が起こった場合は、当院ならばどうなのかと検討を加え、調査をすることもあります。

Q.専任化された事によるメリットは感じられますか?

寺井リスクマネジャー:

 リスクマネジャーが専任化されるまでは、各部門から提出される事故やインシデント報告書の様式がマチマチでした。それが報告書のフォーマットを統一し、集計・分析を行った事で、病院全体で事故やインシデントが思った以上に起こっている事がわかりました。

また、病院全体の動きが把握出来るようになり、どこに焦点を絞って対策を立てれば良いかがわかるようになってきました。看護部だけでインシデント検討会を行っていた際には、看護師個人の注意喚起にとどまっていた嫌いがありましたが、医師や薬剤部などに働きかけた方が良いものもあります。部門間の調整が必要なものについて、リスクマネジャーがコーディネイトする役割は大きいと思います。

Q.報告書の内容はどのようなものなのでしょうか?

寺井リスクマネジャー:

 報告書は、「アクシデント報告(速報)」「インシデント・アクシデント・状況報告」「インシデント・アクシデントチェックリスト」の3種類です。患者に対する影響レベルによって提出する書式が異なります。患者への影響レベルは、以下のような5段階のレベルに分けられています。

レベル0
間違った事が発生したが、患者には実施されなかった(実施されていたら、何らかの影響を与えた可能性があった)
レベル1
事故による患者への実害はなかったが、何らかの影響を与えた可能性がある。観察を強化し、心身への配慮の必要性が生じた場合
レベル2
事故により、患者への観察強化の必要性とバイタルサインに変化が生じた、または検査の必要性が生じた場合
レベル3
事故のための治療の必要性が生じた場合。本来必要でなかった治療、処置の必要性の発生や入院日数の増加
レベル4
事故による障害が一生続く場合
レベル5
事故が死因となった場合

レベル2以上に該当する事故は、まず「アクシデント報告(速報)」で速やかに事故が起こった事実を所属長や院長に知らせ、事故の状況が明かになった時点で「インシデント・アクシデント・状況報告」を提出するという2段構えになっています。

「インシデント・アクシデント・状況報告」はレベル0~5の全てに該当するものについて提出します。「インシデント・アクシデントチェックリスト」は誤薬や転倒・転落に関するものについて、その内容や原因などを詳細に記載するものです。

Q.どのような事故やインシデントが多いのでしょうか?

寺井リスクマネジャー:

 「インシデント・アクシデント・状況報告」は、1カ月平均150件程度提出されます。最も多いのは「誤薬」で、次に「転倒・転落」「検査・処置・手術」「チューブ・ライン類の抜去や管理に関するもの」と続きます。その内訳は以下のとおりです。これらのうち、レベル0~1、すなわちインシデントに該当するものが約65%を占めています。

*「インシデント・アクシデント・状況報告の内訳」
誤薬 約40~50%
転倒・転落 約20~25%
検査・処置・手術 約13~15%
抜去、ライン管理 約10%
その他 約10~15%

Q.部門ごとの提出具合はいかがですか?

寺井リスクマネジャー:

 看護部からの提出が約85%、医師部門は約5~7%、薬剤部は約3%、コメディカルと事務部門が約4%となっています。看護部が圧倒的に多い結果となっていますが、これは患者に対する与薬や処置を誰が行うかによって異なるので、一概にこの数字をもって判断する事は出来ません。例えば、全ての抗ガン剤の投与を医師が行う病院もあれば、当院のように確認は医師と一緒に行いますが、投与は看護師が行う場合が多い所では事情が異なります。つまり発生頻度に差が生じます。

それに、医師はたとえ処方を間違えても、薬剤部や看護部で事前に間違いが発見されるというケースがあります。もともと看護部は部内でインシデント検討会を行ってきた歴史があるため、報告書の提出にも積極的ですが、医師部門には報告システムが根付くまでに時間がかかるという理由もあるのです。当院は臨床研修指定病院になっていますから、研修医が報告書を提出した事で評価が下がるのではないかと思っているかもしれません。ですが、各部門の管理者を通じて報告書の提出を促してもらっていますし、報告システムが理解されてきたのか、少しずつ報告書の提出数が増えているのは事実です。

Q.これらの報告書はどのような観点で分析しているのですか?

寺井リスクマネジャー:

 報告書は即座に対策を講じなければならないものと、様子や傾向を見てから対策を検討するものなど、内容によって対応は異なります。患者に対する影響度が高いかどうか、発生頻度、再発の可能性の有無が判断のポイントになっていると言えます。

報告書から事故の要因や対策を検討する際には、「4M-4E方式」という分析方法が役立ちます。これは事故の要因を、「MAN(人間)」「MACHINE(物、機械)」「MEDIA(環境)」「MANAGEMENT (管理)」という4つに大別し、それぞれの要因ごとに「EDUCATION(教育)」「ENGINEERING(技術・工学)」「ENFORCEMENT (強化・徹底)」「EXAMPLE(模範)」という4つの視点で対策を検討するものです。

他にも、「行動モニター・モデル」でどの段階の誤りであるのかを検討したり、事故の起こった経過を振り返り、状況を時系列に書き出して問題点を洗い出す、「イベントレビュー」という方法も有効です。

Q.それらの結果、どのような事故防止策に結び付いていますか?

寺井リスクマネジャー:

 まずは、安全管理情報の発信です。インシデントの中でも、再発しやすい、あるいは重大な事故につながりやすいものについて、ニュースレターを発行して注意を促します。誤薬対策としては、オーダーリングシステムに処方の中止や減量、増量の機能を追加したり、輸液速度の調節技術などの指導をリスクマネジメントナースが行うようにしました。

さまざまな業務の手順を見直したり、マニュアルも整備しています。器材や薬剤についても、事故が起こりにくいものに変更しています。また、インシデントの多いスタッフと個別に面接し、防止策について一緒に検討したり、指導を行う事もあります。

Q.転倒・転落の事故対策はいかがですか?

寺井リスクマネジャー:

 これについては看護部門における看護インシデント検討会で、その原因や予防策を検討しています。その内容はニュースレターで、全職員にフィードバックします。

新しい試みとして、今年の5~6月には新人の看護師を対象に寸劇を交えた研修を行いました。当院は新人の看護師が約20%を占めます。それだけに介護技術が不足していたり、患者のADL(日常生活動作)を把握する能力が不十分であったりします。そこで、看護師が患者役になって転倒・転落の事故が起こりやすい状況を寸劇で具体的に示し、参加者と何が原因であるのかをディスカッションして理解を深めてもらおうとしたのですが、これがわかりやすいと好評でした。このような教育啓蒙活動は新人だけでなく、今後は看護師全員に実施したいとも考えています。

他にも、トイレのドアに寄りかかって転倒する患者が多かったので、寄りかからないように注意を促すステッカーをドアに貼りましたが、これが意外に効果がありました。以来、これに関する事故は1件も起こっていません。

転倒・転落しやすい危険性のある患者には「体動コール」というセンサーを付けて、事前に患者の動きを察知する方法も有効です。

Q.「体動コール」とはどのようなものですか?

寺井リスクマネジャー:

 壁に設置された本体と患者の被服をひもでつなぎ、患者がベッドから起き上がろうとするとひもが本体から外れ、ナースコールが鳴る仕組みのものです。ひもの長さは患者の状態によって調節することが可能です。これは今では製品化されて一般に流通していますが、元々は当院のCE(臨床工学)室の臨床工学技士が開発したものでした。

当院は全室個室ですが、看護師の数が決して多いとは言えません。特に夜勤の人員は限られています。これまでのように看護師の責任感と頑張りに委ねただけでは事故を防止する事は出来ません。だからこそ、患者を抑制することなく、事故を事前に回避出来るこの体動コールはとても重要で、有効だと実感しています。

Q.しかし、それは広義の抑制にあたるのではないでしょうか?

寺井リスクマネジャー:

 抑制が必要かどうかは、患者が急性期の状態なのか、それとも慢性期なのかによって判断が異なると思います。当院は平均在院日数が約11日と短く、点滴などのチューブ類を付けた患者が多いのが特徴です。にも関わらず、チューブを勝手に抜いてしまったり、安静が保てないような場合は、抑制も治療の一環と捉える事が必要になります。それに体動コールは本体とひもでつながっているとは言え、自由に動く事は可能ですから、必ずしも抑制とは言えないでしょう。ただし、患者に説明を行い、同意を得てから使用する事は基本です。

うーご君

体動コール「うーご君」。
聖路加国際病院の臨床工学技士が開発した。
1台あたりの定価は24,800円。

Q.苦労している点や今後の課題を聞かせてください。

寺井リスクマネジャー:

 リスクマネジャーとして一番苦労するのは、各部署の固有のルールによって事故が生じた場合です。そのような場合は、院内全体の統一したルールを検討する事に時間も労力もかかります。

当院は研修医や新人スタッフが多い割に、口頭で指示が行われる場合もまだまだ多いのが現実です。それらの基準を検討し、ルールに則って業務を遂行してもらうよう働きかけるのもリスクマネジャーとしての重要な役割です。

情報ルートの確立も課題です。特に医師部門は看護部のように病棟ごとのまとまりがありませんから、安全管理情報1つ取っても、全ての医師に情報が行き渡らない事もあるのです。これに頭を悩ましている病院は多いと聞いています。

本来、安全管理対策は業務の中に組み込まれるべきものですが、それが不十分であったり、他部門とのコーディネイトが必要なものもあります。それらを客観的かつ専門的な立場でアドバイスする委員会やリスクマネジャーの役割はますます重要になると思います。 これからもさまざまな事故防止策を検討していきますが、誤薬や照合、確認などの作業をコンピュータでどこまで管理出来るのかも知りたいですね

寺井美峰子さん

専任リスクマネジャーの寺井美峰子さん

カテゴリ: 2002年8月14日
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