医療法人社団 悠翔会 臨床研究センター
/情報と選択と決定の研究所 後藤友子氏
「事前説明し、同意書を取り付けていたものの、患者が十分に納得した過程が踏まれていなかった」として、遺族から訴えられた病院が敗訴し、損害賠償を命じられる判決が先ごろ下された。この事例は、患者の意思決定には単なるインフォームド・コンセント(IC)では不十分で、患者が納得して選択したという「プロセス」が問われることを示している。こうした時代変化から近年、医療者と患者が価値観を共有し、協力して最善の治療方針を決めるSDM(Shared Decision Making:共有意思決定)が注目されている。2026年2月21、22の両日、大阪府立国際会議場で開かれた『第40回日本がん看護学会学術集会』でも医療法人社団 悠翔会の後藤友子氏が「がん患者と"どのように決めるか"を支える―がん看護に活かすSDMスキルの基本」と題して講演した。要旨を紹介する。
患者ばかりでなく、医療従事者も守る
後藤氏は看護職で、SDMの双方向評価指標を日本で初めて開発した。医療説明力改善研究者として「情報と選択と決定の研究所」を設立した、この分野の第一人者でもある。2025年度からは自施設の職員のスキルアップ研修の一環としてSDM研修を導入している。
本講演では、がん看護に活かすSDMの基本的なスキルを紹介し、ロールプレイを通じて参加者がSDMを体験的に学べるようにした。
後藤氏は「患者のためであることはもちろん、医療従事者自身や所属機関、スタッフを守るためにもSDMの実装は極めて重要」と訴えた。
後藤氏は世界と日本のSDMモデルの違いについて、世界標準が「継続的で終わりのない対話のプロセス」であるのに対し、日本型は「ICの説明段階にSDMのステップを盛り込み、最終的に同意書で締めくくる形式」と比較。「つまり、日本型は国際的にはICの範疇とみなされるため、法的には不十分とされる可能性がある」との見方を示した。
このため、講義では世界標準の継続的な対話モデルを意識することに重きが置かれた。
患者目線で設定された9つのステップ
後藤氏は「暮らしを支える治療、介護、ケアを一緒に決めるための共有意思決定質問紙」と題する9ステップを記した質問票を用いてロールプレイを実施。会場に集まった参加者は互いに見知らぬ3人で一組のチームを作り、役割を決めて模擬SDMを体験した。
9ステップは便宜的にチームトーク(ステップ1、2)、オプショントーク(同3~7)、ディシジョントーク(同8、9)で構成される。
チームトークは患者との信頼関係を構築することを目指す。信頼関係がなければ、その後の情報提供が相手に受け入れられない恐れがあるからだ。
写真で明らかなように、ステップ1は決定すべきことがあることを明確に伝える。ステップ2では、患者がどのように意思決定に関わりたいかを確認する。この段階で大切なことは「決定が必要なことを明確化し、患者の関与希望を言語化して信頼関係を構築すること」と「大切な面談前に必ず導入トークをはさむこと」と後藤氏は説明した。
オプショントークのステップ3は複数の選択肢があることを伝える。ステップ4では、各選択肢のメリット・デメリットを一般的な情報(例えば5年生存率)だけでなく、患者個人の価値観にとってどうであるかを明確に説明する。患者は「自分にとって」どうなのかを知りたがっているからだ。
例えば、患者の価値観にとって、Aという選択肢のメリット・デメリットと、Bという選択肢のそれらを明示することが大切だ。実際、現場では「一般的なことしか言ってもらえなかった」と感じる患者が少なくないようだ。
ステップ5は患者が情報を十分に理解できるように助け、確認する項目である。ここで留意すべきは「分かりました」という患者の言葉を鵜呑みにしないことだろう。
ステップ6は患者がどの選択肢を希望するか、さまざまな角度から確認するのが狙い。ステップ7では、院内でできないことや在宅対応も含むあらゆる選択肢を提示し、入念に比較検討する。
ステップ5~7の段階では「署名=理解」ではないことを念頭に置き、希望は一度きりでなく多角的に問うことが肝心である。
ディシジョントークのステップ8は患者と医療者が「一緒に」選択し、医療者側もその決定に同意していることを表明する。ステップ9では、今後の進め方について確認し、必要に応じて再度話し合う機会を設けるなど、フォローアップを行う。
「様子を見ましょう」はキラーワードに
講演のハイライトは参加者によるロールプレイである。参加者は自席周りの3人一組でチームを作るように指示された。できるだけ同じ職場ではなく、初対面で気心の知れていない人と組むことが推奨された。
チーム内では「名前」「所属先」「専門性」「きょう食べたランチ」「誕生月」を盛り込んだ、1人1分間の自己紹介を実施。業務的ではない自己紹介を通して、チーム内のコミュニケーション不足を意識させることを目的とした。
3人にはそれぞれブルー、ピンク、黄色のワークシートが配布された。ブルーは看護師役(意思決定をする人)、ピンクは患者役(意思決定支援を受ける人)、黄色は観察者役(ロールプレイを観察し、フィードバックする重要な役割)という役割分担である。
ロールプレイでは、患者役が今後の治療について、担当のがん支援看護師役と病院で話し合うという状況が設定された。
患者役の課題は看護師と一緒に治療方針を決めたいという、SDMを求める人物を演じることである。看護師役の課題はSDMの真逆である「父権主義的意思決定(パターナリスティック・ディシジョン)」を笑顔やあいづちを交えながら丁寧に行うことであった。つまり、SDMの9ステップ評価で「まったく当てはまらない」評価になるように演じることを求められているわけだ。
観察者役の課題は患者の表情や発言をよく観察し、克明なメモを取ることであった。
後藤氏はロールプレイに臨むにあたって、患者が意思決定に参加する意欲を削ぐ要因になるとして次のような言葉を極力使うことを避けるべきキラーワードとして挙げた。
「担当医に聞いてください」
「病気のことは医師に聞いてください」
「分からないことがあれば言ってください」
「様子を見ましょう」
後藤氏は、「これらは患者の心を引かせ、共有意思決定を阻害するからだ」と指摘する。例えば「分からないことがあれば......」は「分からないことがなければ聞いてはいけない」という印象を患者に与える場合があることを踏まえている。
「様子を......」についても「この人(看護師)と一緒に何かしたいという思いを阻害する恐れがある」と説く。後藤氏は「様子を見るという言葉の真意がつかめないので(現在の状況が)良いのか悪いのか戸惑い、引いてしまう」という。
観察者役は看護師役をまず褒めること
ロールプレイを終えた参加者はそれぞれの役の視点(観察者役は「もしも自分が患者だったら」という視点)で、SDMの9ステップについて直感的に評価する。
フィードバックの際には、観察者役が看護師役の良かった点を褒めた後、患者の様子や気になった点を指摘し、最後にそれぞれがチェックした評価シートを見せ合った。「褒める」という肯定を起点に改善点を共有するという目的があるからだ。
ロールプレイ全体の振り返りでは、自分のアプローチが患者視点でどう見えるかをフィードバックした。ロールプレイを通して、患者の気持ちをつかむことの重要性を再認識するうえでも効果的だろう。患者視点の体験と医療常識の批判的レビューはSDM理解を更新するうえでも有効であると考えられる。
後藤氏が講義の冒頭で述べているように、SDMの実装が患者のためであることはもちろん、医療専門職自身や所属機関、スタッフを守るためにも極めて重要であることは論を待たない。
後藤氏は社会における情報化やSNSの普及が進むなか、患者発信の声が高まっているとしたうえで「患者の視点に立った医療・看護のあり方にアップデートすることが『がん看護』の重要性を訴える一番の近道」と締めくくった。
企画・取材:伊藤公一














