- 札幌医科大学泌尿器科学講座/医療安全・病院管理学 講師 西田幸代氏
- 一般財団法人 日本リーダーシップ・ウェルビーイング医学会/大阪市立総合医療センター小児集中治療部 赤嶺陽子氏
- 広島大学ハラスメント相談室 北仲千里氏
医療分野における女性の活躍推進やジェンダーダイバーシティの確立は、組織の持続的な発展において不可欠なテーマとなっている。こうした中、一般社団法人日本泌尿器科学会は2026年4月23~26の4日間、国立京都国際会館で開いた『第113回日本泌尿器科学会総会』(JUA2026)で「多様化時代にリーダーシップある医師を育てる~その指導に愛はある!」と題するダイバーシティ推進委員会企画を催した。「指導医教育コース認定プログラム」の一環で、公益社団法人日本医師会ドクターサポートセンターが共催した。登壇した西田幸代、赤嶺陽子、北仲千里の各氏の講演要旨をまとめた。
「ともに創るリーダーシップ―泌尿器科学会の明日に向けて―」
西田幸代氏
組織としての取り組みと現状の課題
西田氏は日本泌尿器科学会(JUA)のダイバーシティ推進委員会に約10年間携わってきた経験から、女性医師の活躍とリーダー登用に向けた歩みについて語りました。
JUAでは2021年に理事代議員への女性登用を要望し、特定のグループ参加を促進する「クオーター制」の導入を求めました。その結果、2023年には理事枠、2024年には代議員枠に女性枠が設置されるに至りました。
また、学会等での女性座長を増やすため、2021年に女性座長候補者リストを作成したものの、対象となる女性指導医の約半数から「選ばれたくない」という消極的な回答を得たといいます。その背景には、自身の力不足や興味のなさに加え「女性という理由だけで選ばれたくない」という心理的抵抗が存在していました。
リーダー職への昇進意欲と自己効力感
西田氏が一橋大学経済研究所の臼井恵美子教授と共同で行った、札幌医大の卒業生(平均年齢40代半ば)を対象とした調査では、リーダー職に就いていない女性の約半数が「リーダーになることをまったく希望しない」と答え、消極的な層を含めると約8割が意欲をもたないという結果が出ました。一方で、男性は強く希望する人から、まったく希望しない人まで等しく分散していました。
このジェンダー差は個人の問題ではなく、社会や組織の構造的要因によるものと分析されます。特に「やれと言われればやれなくはない」と考える男性に対し、女性は「なれる気がしない」と感じてしまう傾向があり、ここには自己効力感(セルフエフィカシー)の差が関係しています。
心理学者アルバート・バンデューラが提唱した自己効力感を高める4つの要因(達成経験、社会的説得、代理経験、生理的状態)の中で、最も迅速に効果を発揮するのが、身近な手本となる「ロールモデル(代理経験)」です。
新たなリーダー層の提示と「OFFUCUROの会」
従来の「声が大きい、強い」といったトップダウン型のリーダーではなく、現代に求められるのは「みんなで意見を出し合い、チームとして成長していく」リーダー像です。
しかし、家事や育児などの時間的制約、あるいは「女性が働くのはかわいそう」といった周囲の無意識のバイアス(アンコンシャス・バイアス)により、学習やトレーニングの機会が平等に与えられていない現状があります。
こうした課題を解決するため、2024年夏に40代以上の女性泌尿器科医の長期的キャリアを考えるコンソーシアム、通称「OFFUCUROの会(Over Forty Female Urologists Consortium_UROlogy)が立ち上げられました。
調査によると、40代以上の女性医師は有意に女性のロールモデルをもっており、キャリアの成熟に伴ってリーダーへの意欲(モチベーション・トゥ・リード)や自己の利益を度外視してでも役割を全うしようとする姿勢が高まることが分かっています。
西田氏は、次世代に前向きな連鎖を生むために、座長や演者などの機会を提供して多様なロールモデルを提示し続けること、そして今後は全国レベルで人材を発掘する「スポンサーシップ」、大学の垣根を越えた「メンター制度」、国際連携、そして業務効率化や研究支援を推進していくことが重要であると結びました。
「愛は感情ではなく選択である:奉仕の覚悟・サーバントリーダーシップと次世代に向けたWellbeing-centered Leadership」
赤嶺陽子氏
医師のリーダーシップ教育の必要性
小児科医であり、小児集中治療(ICU)を専門とする赤嶺氏は、ハワイ大学への留学時に医師向けのリーダーシップ教育に触れた経験から、日本における指導医層への教育の重要性を訴えました。
赤嶺氏は、現代の医療現場において「診療だけしていればいい時代は終わった」と指摘します。従来の価値観や前任者の模倣による指導は若手には通用せず、パワーハラスメントと捉えられて指導医自身が追い込まれるリスクがあるからです。
また、医師のバーンアウト(燃え尽き症候群)は個人の問題ではなく、組織や上司のふるまいと直結していると指摘します。さらに、女性医師支援についても「両立を支援し、守る」だけでなく「成長できる機会を提供する」視点への転換が必要です。
バーンアウトの組織的損失とウェルネス
リーダーは、メンバーのバーンアウトがもたらす悲惨な結末を理解していなければなりません。個人レベルではメンタルヘルスの悪化や最悪の場合の過労死・自殺につながり、組織レベルでは医療の質の低下、医療ミス、生産性の低下、そして離職の増加を引き起こします。熟練したスタッフの離職は病院の経営を直撃するため「患者を守りたければ、まず職員を守れ」というのが近年の国際的な潮流です。
米国のメイヨ―クリニックが提唱する「ウェルネス・センタード・リーダーシップモデル」では常にメンバーを大事にすること(Care About People Always)を基盤に据え、関係性を培った先に組織の変革(インスパイア、チェンジ)があるとされています。
リーダー自身の充実感がチームのウェルビーイングの最大要因であり、リーダーが消耗していればチームも消耗します。
こうした背景から、赤嶺氏は2025年に「一般社団法人日本リーダーシップ・ウェルビーイング医学会」を設立し、医師向けのリーダーシップ育成プログラム『GROW & THRIVE』を開始しました(※)。
「愛」を行動として示すサーバントリーダーシップ
次世代リーダーシップの例として赤嶺氏が解説したのが、支援と奉仕を軸とする「サーバントリーダーシップ」です。これは従来のトップダウン型のピラミッド組織をひっくり返し、リーダーが土台となって全体を下から支える概念です。
このリーダーシップの根底にあるのは、書籍『ザ・サーバント』に記された「Love is not a feeling. It is a behavior」(愛は感情ではなく、行動である)という原則です。
ここでの「愛」とは、見返りを求めず、他者のために尽くす「アガペー愛」を指し、相手への好き嫌いの感情にかかわらず「どう振舞うか」という選択と行動の問題を意味します。
求められるふるまいは次の9つです。
- 忍耐(Patience):困難な状況で自制心(セルフコントロール)を保つこと
- 優しさ(kindness):注意を払い、評価し、励ますといった行動で示すこと。「私(I)」を主語にしたメッセージが有効
- 謙虚(Humility):虚偽や高慢さがなく、部下の前で自分の間違いを認め、謝罪できること
- 敬意(Respectfulness):相手を重要人物として扱い、年齢や立場に関係なく、話を最後まで聞くこと
- 無私(Selflessness):自分のニーズよりも相手のニーズを優先して考えること
- 赦し(Forgiveness):悪いことをされたときに、怒りを捨てて報復心を抱かないこと
- 正直(Honesty):チームを欺かない誠実さをもつこと
- 献身(Commitment):一度決めた選択を貫き、やりきること
- 奉仕と犠牲(Service and Sacrifice):自分の欲求を脇に置き、他者のために最高の利益を追求する覚悟をもつこと
赤嶺氏は、これらはリーダーの性格ではなく選択であり、話を最後まで聞く、成長を認めるといった小さな行動を明日から一つでも実践することがチームを変える第一歩になると語りました。
「リーダーシップ育成」(外科系育成)を取る中で起きるハラスメント その『良かれ』は大丈夫?」
北仲千里氏
職場の安全配慮義務とセクシャルハラスメントの構造
社会学者として大学内でハラスメント相談対応にあたる北仲氏は、ハラスメントの本質と、特に医学系組織において発生しやすい事例について解説しました。
組織や管理職には、職員が安全に勤務できる環境を整える法的な「安全配慮義務」があります。ハラスメントを防止するだけでなく、発生防止や発生時の適切な対処が義務付けられています。
ハラスメントの中でも、世界で最初に概念化されたセクシャルハラスメントは「女性が職場で対等な仲間として扱われなかった状況」を背景に生まれた言葉です。セクハラは「対価型セクハラ」と「環境型セクハラ」に大別されます。
対価型セクハラは職務上の権限(評価や採用など)を引き換えに、性的な要求を押し付けるもので、単なる不快感の問題ではなく、職権濫用であり、職業人・指導者としての倫理的に許されない行為です。
環境型セクハラは職場内に性的な噂や不適切な掲示物があり、環境自体が不快で業務に支障をきたすものです。特定の部下のみを贔屓(ひいき)することで周囲にモヤモヤを生じさせるケースもこれに該当します。
アカデミックハラスメントと医学界特有の課題
大学や研究の現場で行われるパワハラは「アカデミックハラスメント」と呼ばれます。これはセクハラとは異なり、業務・指導の範疇で行われるため、判断には「必要性」と「相当性」という基準が用いられます。正当な指導や激しい学問的議論、不合格判定などはハラスメントには当たりません。
しかし、指導を放棄する「ネグレクト」、過去のミスを何時間もねちねちと問い詰める行為、本人の意思を無視した関連病院への配置などは、相当性を欠くとして問題視されます。
また、医学系では、研究成果の追求による過重労働の美談化やそれに伴う研究不正の強要、さらに「オーサーシップ(論文の著者資格)」を巡るハラスメントが頻発しています。関与していない医師の名前を載せる「ギフトオーサー(名誉オーサー)」や、実際に貢献した若手の名前を載せない「ゴーストオーサー」などの存在です。
国際医学雑誌編集者委員会(ICMJE)の厳格な著者基準を満たさない論文著者が、日本の医学界において大量に見られる現状があり、これが若手の不満やモヤモヤを生む温床となっています。
ハラスメントが放置されると、優秀な若手研究者が組織や日本から流出するだけでなく、風通しの悪さから医療方針に関する意見具申ができなくなり、重大な医療事故や法令違反を招く危険性もあります。
加害者処罰から「柔軟な解決(調整)」への転換
ハラスメントを公に訴え、事実を調査して加害者を処罰することは、ハードルが非常に高く、多くの被害者のニーズとも一致していません。そこで現在、広島大学をはじめとする一部の大学では、白黒をはっきりさせる調査を行うほかに、より小さな段階で「調整」と呼ばれる柔軟な解決を導入しています。
このアプローチは、加害者の処罰を目的とするのではなく「困っている被害者が再び元気に働ける・学べる環境を取り戻すこと」をゴールとしています。具体的な手法として、以下のようなものが挙げられます。
- 教員側に悪意があったかを追求せず、相性や卒業のメリットを優先して「指導教員や研究室を柔軟に変更する」
- 「空間やチーム、建物などを分ける」ことで、物理的な接触を断つ
- 事実関係の確定はしなくとも、該当者へ「注意を促すイエローカード(警告)」を出す
現在、日本では依然として、ハラスメントに関する法制度やクリニック等の小規模組織における相談体制に課題が残されているものの、このような柔軟な環境調整の仕組みを望む声は多く、他大学や組織でも導入が進みつつあります。
企画・取材:伊藤公一














