入院患者が75歳以上の場合、入院後初回の食事の主食は「全粥」、副食は「一口大」に調理して提供する――。社会福祉法人恩賜財団大阪府済生会千里病院(以下、千里病院、327床)が2020年10月1日から実施している取り組みです。医療安全の視点から取り入れている窒息予防策の一環。千里病院は大阪府北部の豊能医療圏で救急医療と地域医療の中核を担っています。全国に病院・診療所を展開する済生会グループの中でも、救急医療の実践的な人材育成や地域住民への啓発活動を先駆的に手がけてきた病院の一つです。その姿勢は救急の現場だけでなく、入院患者の日常的な療養環境の安全確保にも一貫して表れています。同院の全体像と、その中でも特徴的な「窒息事故を防止するための食事提供」という取り組みを中心に紹介します。
地域医療と救急医療の中核機能を担う
千里病院は、千里ニュータウンの健康管理体制を担う目的で開設された歴史を持ち、現在は総合病院として、また大阪府がん診療拠点病院として地域医療を支えています。
大阪府立救命救急センターの運営を引き継いだ経緯もあり、1次救急から3次救急まで病院を挙げて対応できる体制を整備。災害拠点病院として災害管理棟を設置し、DMATカーを導入するなど、広域災害医療にも力を入れています。
さらに、地域医療支援病院・がん診療拠点病院として、登録医制度を通じて近隣の開業医と密に連携するほか、訪問介護ステーション、緩和病棟も併設するなど、地域の医療機関との連携を強化してきました。
同院の救命救急センターは、2002年に日本で初めて「千里メディカルラリー」を開催したことでも知られています。メディカルラリーとは、救急医療の模擬現場を再現し、特殊メーキャップを施した模擬患者を医療チームが限られた時間内で的確に判断・処置できるかを競う実践型の技能コンテストで、日本最大級の規模を誇り、毎年全国から多くの医療チームが参加しています。この取り組みは同院発祥にとどまらず、他の医療機関にも広がり、全国的な取り組みへと発展してきました。
また、心肺蘇生を含む応急手当への理解と意識向上を目的に、子どもや保護者、学校関係者が参加する「千里子どもメディカルラリー」も日本で初めて開催しています。地域住民自身が救命の担い手となることを目指した取り組みであり、地域全体の救命率向上に寄与しています。
さらに、将来の医療人材育成を目的とした「学生メディカルラリー」も実施しており、若い世代が実践的に救急医療を学ぶ機会を提供しています。こうした一連の活動を通じて、同院は救急医療体制の充実と質の向上を図るとともに、地域社会全体の福祉向上に貢献しています。
医療安全を重視した運営を心がける
同院は「心のこもったチーム医療を行う」という行動規範を掲げ、医療安全を重視した運営を行っています。医療行為である以上、ミスや事故が起こり得ることを前提に、そうした事態が生じた際には患者の命と安全を最優先に、調査・検討会を実施し、患者や家族への誠実な説明に努めています。
インシデント・アクシデントレポートの事例は週1回程度のカンファレンスで共有され、医療安全対策委員会の構成員や各部門の安全管理責任者が参加。カンファレンスの結果や対策は迅速に現場へフィードバックされるとともに、医療安全対策委員会でも改めて検討を行い、必要な対策を病院全体で共有する仕組みが整えられています。報告の内容によっては、できる限り現場に赴いて聞き取りを行うなど、丁寧な事実確認も重視されています。
医療安全に関わる現場では、患者を最優先に考えることはもちろんのこと、職員個人に責任を押し付けるのではなく、病院全体として安全を保つ姿勢が貫かれている点が特徴です。こうした組織的な安全文化が、後で紹介する食事提供をめぐる取り組みの土台にもなっています。
きっかけは院内の窒息事例
こうした医療安全への姿勢が具体的な形となって表れているのが「窒息事故を防止するための食事提供」への取り組みです。これは、院内で食物による窒息事例が発生したことをきっかけに始まりました。当時は食事提供や摂取状況の評価に関する院内の取り決めがなく、何を観察すべきか、どの食事形態を選べば安全なのかという基準もありませんでした。
折しも担当者が2010年に摂食・嚥下障害看護認定看護師の資格を取得したこともあり、摂食嚥下機能を踏まえて安全に食事を提供できる体制づくりが本格的に検討されることになりました。
入院患者は、環境の変化や体調の変化によって、入院前とは異なる状況に置かれます。よほどのことがない限り、入院前に食べていた食事形態より固いものを新たに食べられるようにはならないという前提のもと、平成19年度厚生労働科学特別研究「食品による窒息の現状把握と原因分析」を基礎に、院内での対策が検討されました。
具体的には、まず入院前の生活状況・食事状況・咀嚼状況・義歯の使用有無などを把握するための「食事に関する質問用紙」を作成。患者の状態を把握しきれていない入院後第1食目が最も窒息リスクが高いことから、医師が用いる「食事選択についてのフローチャート」と、看護師が入院時に用いる「窒息のリスクが高い患者の抽出用紙」を整備しました。リスクの高い患者については、第1食目を看護師が必ず観察することとし、その観察内容を明確にするため「食事摂取状況の評価」の様式も作成しています。
入院後第1食は一律に「全粥・一口大」
マニュアルは2010年から運用を開始していますが、数年ごとに発生した誤嚥・窒息インシデントのたびに見直され、改訂を重ねてきました。医師や看護師には異動や入れ替わりがあり、危機意識は時間とともに薄れがちだからです。
そうした中で、医師が食事内容を都度選定することの難しさが浮かび上がり、2020年度の改訂では「後期高齢者食」という区分を新設。75歳以上の患者については、入院後第1食目を一律「全粥・一口大」で提供することとしました。75歳未満の患者については、従来どおり質問用紙をもとにしたフローに沿って食事形態を選定しています。
さらに2024年の改訂では、看護師による食事摂取状況の評価が十分に定着していないという課題を受け、評価項目を危険度別に色分けし、視覚的に理解しやすい様式へと見直しました。評価を行う意味そのものを理解してもらい、評価結果を次の看護へつなげることを目的とした改訂です。
この取り組みは、インシデントをきっかけに医療安全管理室・栄養科・摂食嚥下障害看護認定看護師が会議を重ねて検討を進める体制で推進されてきました。
導入にあたって留意したのは、多忙な業務の中でも継続してもらえるよう、手順を複雑にしすぎないことです。一方で看護師にとってはカルテ入力の増加や、初回食事評価を担う人員の確保といった課題もあったため、入力状況を確認しながら繰り返しアナウンスと周知を行いました。
また、後期高齢者食として一律「全粥・一口大」を提供する運用については、自歯で元気に食事を摂れる高齢患者や、粥を好まない患者への配慮も必要でした。そこで、入院1食目は食札に形態を明記せず、看護師が摂取状況を観察したうえで食事形態を引き上げられると判断すれば説明を行い変更するという段階的な運用とすることで大きな苦情につながらずに定着させることができました。
開始から15年、見えてきた手応えと課題
取り組み開始から改訂を重ねて15年が経過し、食事の質問用紙から窒息リスクの高い患者の抽出用紙の記載がないと食事提供ができない(入院前の食事状況が分からないため)と立ち止まって確認する看護師が増えたといいます。誤嚥インシデントが起きた際には、マニュアルのどこに不備があったかを振り返るツールとしても機能しています。
一方で、運用面での課題も残っています。スタッフの入れ替わりは4月の新規採用だけでなく、中途採用や応援看護師、医師のローテーションなど年間を通じて発生するため、マニュアルの周知徹底が容易ではありません。
新人研修での説明だけでは日常業務の中で忘れられてしまうことも多く、各診療科・病棟での現任教育や、摂食嚥下支援チームのリンクナースによる支援に頼らざるを得ないのが実情です。この点については、摂食嚥下支援チームのリンクナース会で継続的に調査・修正を行っています。
また、後期高齢者の増加に伴い「全粥・一口大」の提供対象が拡大する中で、一口大にカットする作業が給食業者の人員・労働時間の負担になっていることも明らかになりました。委託業者側からは一口大提供の廃止についての申し出もあり、現在は医療安全管理室・栄養科・摂食嚥下支援チームが連携し、就業時間や人件費に関する資料をもとに、マニュアルの改訂内容や食事オーダーの見直しを含めた検討を進めています。併せて、一口大に代わる咀嚼調整食の試食会も行われ、一口大でなくても軟らかい食事を提供できる可能性が探られています。
医療の質支える先駆性と地道な安全対策
入院という環境の変化は、高齢者に限らずどの年代の患者にも喉に詰まらせるリスクをもたらし得るものです。食事は本来、生活を楽しく彩るものですが、入院中は制限を伴わざるを得ません。
それでも、まずは安全に食事ができることを第一に、患者一人一人の病状や嚥下機能に合わせた食事選択を行い、医療従事者が患者の食事によりいっそう関心を持てるよう、マニュアルの遵守と定着を図っていく方針です。併せて、人事課や各部署のオリエンテーションへの参画を通じて、マニュアルの周知をさらに進めていきたいとしています。
こうした取り組みの根底には「摂食嚥下支援チームの活動そのものを拡大していく必要がある」という認識もあります。マニュアルの運用によって、窒息リスクの高い患者を把握し、食事摂取状況を評価できる体制は整ってきましたが、摂食嚥下障害のある患者への介入や多職種連携を通じて、その患者にとっての食事のゴールをチームで検討するところまでは、すべての患者に行き渡っているわけではありません。窒息リスクの高い患者ほど、摂食嚥下支援チームが積極的に介入すべきだという考えのもと、リンクナースを含め、現場が気軽に相談できる環境をさらに広げていくことが課題として挙げられています。
同院はこうした地道な取り組みについて「一人でも多くの患者が入院中に安全に食事を摂取できるよう働きかけができているのではないか」と捉えています。入院は疾病による環境や体調の変化を伴い、これまで問題なく食べられていた食事が突然のどに詰まるリスクにつながることも起こり得ます。
食事は本来、生活を潤す楽しみの一つですが、まずは安全に食べられることを土台に据えたうえで、患者を取り巻く多職種のチームが連携し、支えていく姿勢が今後も求められています。救急医療における全国的な先駆性と、日常診療における地道な安全対策の両輪こそが、千里病院の医療の質を支えているといえるでしょう。














