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No.63「患者が当初要望していなかった左下顎骨の切除を勧めるにあたり、医師に説明義務違反があったとして、損害賠償を認めた判決」

東京地方裁判所 平成13年7月26日判決(判例タイムズ1139号219頁)

(争点)

  1. 下顎骨の切除手術について説明義務違反があったか

(事案)

Xは、当時54歳で社交ダンス用の衣装などの注文製作業や社交ダンスの講師をして いた女性であるが、頬の骨がやや出ているように思ったため、平成5年11月1日、Y 医師が開設したYクリニックを訪れた。Yは、Xに対し、頬骨を削る手術は、頬のわ きと耳の近くと目の下を少し切って骨を削る手術であることを説明した上、顔のバラ ンスをとるために下顎骨を削る手術を同時に受けるように勧めた。

そして、Xは同年11月5日に、Yの執刀で頬骨と下顎骨の切除手術(本件手術)を受けた。

その後、Xは、Yに対し、(1)頬骨を削る手術についての説明義務違反、(2)下顎骨手術についてXの美的要求よりYの美的価値観を優先させて手術を勧め、その内容、結果についての説明義務に違反した、(3)客観的にも過大に下顎骨を切除した、(4)眼窩骨を無断切除した、(5)オトガイ神経を損傷した等の理由で損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求額)

1500万円
(内訳:本件手術費用159万円+本件手術後の療養費30万円+エステティック・マッサージ費用35万円+補正手術費用331万9440円+入通院慰謝料150万円+休業損害327万4300円+本件手術結果にかかる慰謝料500万円+弁護士費用等153万円の合計1686万3740円の内金)

(判決による請求認容額)

220万円
(内訳:原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料200万円+弁護士費用20万円)

(裁判所の判断)

下顎骨の切除手術について説明義務違反があったか

裁判所は、まず、一般に美容整形のための手術は、通常、医学的緊急性、必要性に乏し いものであり、また、その手術の目的が、患部の治癒ではなく、患者の主観的願望を満足 させるという主観的な目的を有するものであることからすれば、そのような場合、美容整 形外科医としては、まず、患者に対し、十分な問診をするなどしてその主観的願望を正確 に把握した上で、あくまでもその願望に沿うように手術の部位及び方法等を勧めなければ ならず、安易に自己の美的価値観に従って、患者を自己の勧める手術に誘引してはならな いというべきであると判示しました。

そして、下顎骨を切除することにより、外貌に大きな変化を生ぜしめる可能性があり、下顎角部の骨切り術においては、切除量の決定は術者の主観と経験によるとされるものの、あくまでも控え目にすることが大切で、下顎角を消失させたり、スムーズな下顎の輪郭を失わせたり、不自然な下顎のラインを生じることのないように注意すべきであるとされていることや、下顎角の非対称症例においては、丁寧に骨切除を行っても安全な対称性を得ることが困難であるとされていることからすれば、まず、Xの当初の要望である右下顎骨の切除手術の承諾をXから得るにあたっては、右下顎骨を削る程度とそうした場合の外貌の変化についてXに十分説明して、当該切除の程度を決定した上でXの承諾を得なければならないし、ましてXがさほど不満を抱いていなかったため当初要望していなかった左下顎骨の切除をも勧めてその手術の承諾を得るにあたっては、左下顎骨を削る必要性、すなわち左下顎骨を削った場合の外貌の変化について、右下顎骨よりもより詳細に説明しなければならないのはもちろん、その方法及び時期の点に関して、(1)Xの要望どおり頬骨及び右下顎骨の切除手術をした上でXが必要だと感じた場合に再度左下顎骨の切除手術について検討する方法と、(2)一度に左下顎骨まで切除する手術を行う場合との利害得失、及び前記手術結果によりXが主観的に完全な満足な結果を得られない可能性等についても、Xが理解できるような十分な説明をすべきであったと認定しました。

その上で、Yは、Xに対し、特に下顎骨手術の同意を得るに際して、Xが同手術を同意するか否かを自己決定するに十分な説明をしたとはいえず、説明義務違反があったと判断しました。

裁判所はYについて、上記説明義務違反とオトガイ神経を損傷させた過誤を認めましたが、Xが主張するその他の義務違反は否定しました。

そして、Yの義務違反・過誤と相当因果関係のある損害は、精神的苦痛に対する慰謝料200万円と弁護士費用20万円の合計220万円であると判示しました。

カテゴリ: 2006年1月18日
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