医療判決紹介:最新記事

No.67「心臓手術の際、放射線照射なしの輸血が行われ、患者が移植片対宿主病(GVHD)を発症して死亡。病院の責任を認め、輸血用血液を供給した日赤の責任を否定した判決」

横浜地方裁判所 平成12年11月17日判決(判例時報1749号70頁)

(争点)

  1. 日本赤十字社及び病院に輸血用血液製剤に放射線を照射すべき義務が有るか
  2. 日本赤十字社に輸血後GVHDに関する警告表示義務が有るか

(事案)

患者A(昭和3年生まれの男性)は、平成5年12月4日、S病院で3カ所の冠動脈バイパス手術及び僧帽弁置換術(以下、本件手術という)を受けた。S病院は心臓外科専門分野では地域の中心的地位を占める病院で、平成5年当時はMの個人病院であったが、平成7年に法人化しY医療法人が病院を経営し、MはY医療法人の理事長となった。

本件手術中、人工心肺離脱中に出血を生じ、僧帽弁置換術をやり直したために輸血が必要と判断され、新鮮凍結人血漿、濃厚赤血球が投与された上、手術終了後にも濃厚血小板が投与された。これらの輸血に使用された血液製剤は、日本赤十字社(以下日赤という)から供給されたものであり、放射線照射がされないまま輸血された。

本件手術は成功したが、術後11日目には、数日前から現れていた紅斑が全身に広がり、12月19日には発赤のほか、熱38度、食欲低下、息切れ、発熱といった症状が現れ、さらに同月23日からは白血球が減少しはじめ紅斑もさらにひどくなった。

Aの状態はその後も改善されないまま、12月29日、AはS病院で死亡した。死因は輸血後GVHD(Graft Versus Host Disease/移植片対宿主病)による急性呼吸不全と診断された。

なお、輸血によって発症する輸血後GVHDは、通常輸血後1週間から10日後に発熱、紅斑が発症し、肝機能異常、白血球減少、汎血球減少症を呈して発症から1ヶ月以内にほとんどの症例が死亡する。いったん発症すると致命的な結果となるため、これを避けるには輸血用血液に対する放射線照射が唯一の確実な予防法であるとされている。

Aの遺族(妻子)が、日赤、M及びY医療法人を被告として損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求額)

6904万4540円
 (内訳:逸失利益2839万4802円+死亡慰謝料3000万円+葬儀費用242万9738円+弁護士費用598万円)

(判決による請求認容額)

5015万4144円
 (内訳:逸失利益1428万4706円+死亡慰謝料3000万円+葬儀費用130万9439円+弁護士費用456万円、端数不一致)

(裁判所の判断)

日本赤十字社及び病院に輸血用血液製剤に放射線を照射すべき義務が有るか

裁判所は、まず、Aの死亡に至る経過、輸血に使用される血液製剤の意義、日赤の地位、S病院の地位及び主治医の立場、輸血後GVHDとその予防法に関する知見、GVHDに対する予防策の実施状況、日赤による「放射線照射血輸血協力要綱」制定(平成6年2月)及びS病院の対応などについて詳細な検討をしました。

そのうえで、裁判所は、輸血後GVHDは、輸血用血液それ自体に問題があるわけではなく、輸血用血液の組織適合抗原がたまたま輸血を受ける患者のそれと近似した場合に、免疫反応を起こして発症するものである上、輸血用血液に放射線を照射した場合には、悪性腫瘍の発生やウィルスの活性化の危険、ないしカリウム濃度の上昇による心臓等への障害の危険もあることから、輸血後GVHDの予防としての放射線照射も、当該担当医師において、患者の病名、年齢、その他の具体的事情を勘案し、放射線照射による危険と利益とを比較衡量して、個別具体的に判断されるべき医療行為であると判示しました。そして、血液製剤に放射線照射をすべきか否かは、医療行為として医療現場における担当医師の判断に任せられるべきものであり、ハイリスク患者に対する場合には、なおのこと医療現場における判断が尊重されるべきであるから、いずれの場合においても、日赤が血液製剤に放射線照射すべき法的義務、並びに日赤がS病院に右の照射をした血液を供給すべき法的義務があるとはいえないと判断して、日赤の過失を否定しました。

他方、S病院については、S病院及び主治医の医療水準、並びに主治医の医学的知識及び当時の認識からすれば、S病院には、少なくとも本件のAのようなハイリスク患者について輸血をするに際し、自ら放射線装置を導入するか、他の病院に依頼し、又は他の治療用放射線装置を利用するなどして、いずれかの方途により、放射線照射を実施すべきか否かを判断すべき注意義務があったにもかかわらず、主治医は本件手術当時、Aに輸血する前記血液製剤について放射線照射が必要かどうかの判断を怠った過失があり、その結果、右放射線照射が実施されない右血液製剤がAに輸血されたことにより、Aが死亡したものであるから、主治医の過失とAの死亡との間には相当因果関係があるというべきであると判示しました。そして、本件手術当時主治医の使用者であったMと、Mの債務を承継したY医療法人とが連帯して損害賠償義務を負うと認定しました。

日本赤十字社に輸血後GVHDに関する警告表示義務が有るか

裁判所は、日赤が本件手術実施以前にS病院に配布したパンフレットにGVHDの予防法についての記載がないことは、原告(患者遺族)指摘のとおりであるとしながらも、日赤担当者がS病院において口頭で輸血後GVHDの予防方法に関する説明を行ったこと、本件の事実経過からすれば、S病院及び主治医は、輸血後GVHDの危険性及びその予防法につき十分な知見と認識を有していたにもかかわらず、主治医の判断でAの輸血血液に放射線照射をしなかったことから、日赤には警告表示義務違反はないし、義務違反があったとしても、そのこととAの輸血後GVHD発症との間には因果関係が認められないと判断しました。

カテゴリ: 2006年3月14日
ページの先頭へ