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No.197「臨床3年目の医師が常用量の5倍のベナンバックスの投与を指示。3日連続で投与された入院患者が死亡。処方した医師と処方せんに従って調剤をした薬剤師、調剤監査を行った薬剤師の過失は認めたが、上級医である部長及び主治医代行医の過失は否定した地裁判決」

東京地方裁判所平成23年2月10日判決 判例タイムズ1344号90頁

(争点)

  1. 上級医に過失があったか
  2. 薬剤師に過失があったか

(事案)

患者A(事故当時66歳の男性)は平成9年6月、前立腺肥大・PSA高値のため泌尿器科に通院していた。

平成16年秋より、両頚部リンパ節腫大を自覚し、仕事のために滞在していたオーストリアで精査していたところ、平成17年1月より、増大傾向を示し、2月より発熱全身倦怠感が出現したため、現地でポジトロン断層撮影(PET)を受けると、悪性リンパ腫が疑われた。

平成17年3月、Aは帰国し、Y連合会が開設するY病院血液科に精査入院し、原発性膵癌、リンパ節転移、肺転移の診断となった。同年4月6日、AはY病院消化器科に転科し、右中下葉間の腫瘤を原発とする肺腺癌(臨床病期Ⅳ)と最終診断された。同月13日、Aは呼吸器センター内科に転科し化学療法4コース施行の結果、部分寛解と判定された。B医師が主治医を務め、前期ないし後期の研修医を担当医とする体制で診療に当たることになった。7月2日、AはY病院を退院した。その後、外来にて経過観察をしていたが、8月29日、Aは再発肺癌に対する精査加療目的でY病院に再び入院した。10月3日、Aの担当医がY1医師に交替した。(なお、Y1医師は、医師法16条の2が定める2年間の臨床研修は修了していたが、Y病院では臨床経験3年目の医師については後期研修医として、研修のカリキュラムが組まれていた。)その後、Aにニューモシスチス(カリニ)肺炎が疑われ、同月18日よりスルファメトキサゾール・トリメトプリムの投与が開始された。

同月25日、主治医のB医師は同日から同月27日まで長崎県での学会、同月28日から11月4日まではカナダ・モントリオールでの学会に参加するため不在となるので、この間、Y2医師(Y病院呼吸器センター内科医師)が主治医代行を務めることになった。

同月28日、前日の胸部CT検査では、スリガラス状陰影の改善が認められたため、ニューモシスチス肺炎に対して、スルファメトキサゾール・トリメトプリムは有効と考えられた。しかしAは、以前より遷延していた嘔気が悪化し、嘔吐が出現したため同剤の副作用が疑われた。この時点でニューモシスチス肺炎は改善傾向を示していたものの、スルファメトキサゾール・トリメトプリムによる治療期間は10日と不十分であることから、28日のチャートラウンドにおいて、Y病院呼吸器センター内科部長Y3医師は、ベナンバックスに変更することを決定した。ベナンバックスは劇薬指定を受けている薬剤であった。

Y1医師がY2医師に対し、「量はどうしましょうか」と尋ねたところ、Y2医師は「普通にやってください」と答え、Y1医師が、「書いてあるとおりですかね」と聞くと、Y2医師が「そうしてください」と答えた。

Y1医師はベナンバックスの処方せんを作成するため、Y病院の医薬品集を開け、ベナンバックスの欄を見て、体重によって処方量が違うことが分かったので、裏側にして頁が変わらないようにしておいて、看護師詰め所に置いてあるAの温度板に書いてある体重を確認しに行き、病棟に戻り、再びY病院の医薬品集を見た際、参照するべき欄を見誤り、反対側の頁のバクトラミンの欄を見て、その量で、同日夕方、ベナンバックスの点滴のオーダーをし、翌29日からベナンバックス開始予定となった。

28日午後7時25分ころ、Y4薬剤師が当該処方せんの調剤を行った。午後7時30分ころ薬剤師Y5が調剤済みの籠から当該処方と薬剤の1日目分、2日目分を取り出し監査を実施した。午後8時20分ころ、Y4が欠品分(3日目分)のベナンバックスを調剤し、Y6薬剤師が3日目分のベナンバックスを監査した。その後Y6薬剤師はY病院の医薬品集で用法・用量等を確認し、「1日1回4㎎/㎏・・・」との記載も確認したが、通例1回○㎎、1日3回等の用法・用量もあるため、1日1回の薬剤であることは認識しなかった。

当時、Y病院では、注射薬の処方オーダーについては、医師がオーダーを直接末端コンピュータに入力するオーダリングシステムを採用していたが、当時のオーダリングシステム上の警告機能は、1回量については設定されていたが、1日量については設定されておらず、本件での調剤・監査時には、過剰投与を示す警告は表示されていなかった。なお、Y病院の薬剤師らは、オーダリングシステム上、用量については警告機能が働いているものと理解しており、1日量の設定がないことは知らなかった。

同月29日、30日、Aに対して、ベナンバックス300㎎1v+生理食塩液100mlが1日3回、それぞれ1ないし2時間かけて投与された。同月31日、Aは、血圧低下し、意識障害が出現した。消化管出血を疑ったY1医師やY2医師は輸血を施行した。午前7時50分頃と午後3時頃、Aに対し、それぞれベナンバックス300㎎1v+生理食塩液100mlが投与された。午後10時ころ、Aの症状の改善がみられない状況に疑問を感じた担当看護師が、呼吸器科のC医師に相談し、C医師が薬剤量が適切かどうかなど、診療内容の確認と点滴オーダーのチェックを行ったところ、ベナンバックスが本来180㎎/日(4㎎/㎏/日)の投与量であるはずが、900㎎/日使用され過剰投与となっていることが判明したため、ベナンバックスの投与は以後中止とした。

C医師はY1医師に過剰投与の事実を指摘し、ベナンバックスの副作用による低血糖が疑われたので、50%ブドウ糖の静注を指示し、血糖管理を開始したことにより、Aの血糖値は上昇したが、意識障害は改善しなかった。

午後11時10分ころ、Y1医師はY2医師とY3医師に過剰投与を報告し、Y3医師は腎センターの医師にベナンバックスの体外への排泄を促す方法、積極的除去について相談すること、可及的に全身状態の改善を図ること、早急に情報を集めること等をY1医師に指示した。

11月1日朝には、安全管理者にベナンバックス過剰投与の事故報告がなされ、夕方には、Y3医師はAの家族に過剰投与の事実を説明の上、謝罪し、同日からY1医師を受け持ちから外し、担当医と主治医の変更も伝えた。

その後、Aの容態は回復せず、同月10日、午後10時6分死亡した。死体検案の結果、直接の死因は、低血糖による遷延性中枢神経障害、肝不全、腎不全であると判断された。

これに対し、Aの遺族が不法行為に基づき、損害賠償を請求した。

(損害賠償請求額)

遺族3名(妻と2人の子)の請求額:合計1億392万4594円(Y連合会、処方をしたY1医師、主治医代行Y2医師、部長Y3医師、Y4、Y5、Y6薬剤師の連帯責任)
(内訳:患者の逸失利益4590万4970円+患者固有の慰謝料3500万円+遺族3名の慰謝料計1000万円+葬儀費用等357万9625円+弁護士費用944万円。遺族3名が患者の損害を法定相続分に応じて相続したので、端数不一致。)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:合計2365万円(Y連合会、処方をしたY1医師、Y4、Y5、Y6薬剤の連帯責任)
(内訳:逸失利益0円+患者固有の慰謝料1600万円+遺族3名の慰謝料計400万円+葬儀費用等150万円+弁護士費用215万円)

(裁判所の判断)

上級医に過失はあったか
(1)前提(Y1医師の過失)

Y1医師の過失については、当事者間に争いは無かったところ、裁判所は、「Y1医師はベナンバックスの投与指示を行う際、医薬品集の左右の頁を見間違うという通常起こり得ない単純な間違いを行ったものである。臨床経験3年目の後期研修医といえども、当然、医師資格を有しており、行える医療行為の範囲に法律上制限はなく、しかもY1医師の過失は、医師としての経験の蓄積や専門性等と直接関係のない人間の行動における初歩的な注意義務の範疇に属するものである」と判示しました。

(2)Y2医師(主治医代行)の過失について

裁判所は、Y2医師は患者Aの主治医代行であり、代行期間中は主治医として、患者を観察し、主体的に治療を行う義務があり、担当医から薬剤の投与量について相談された際、具体的な薬剤の投与量や投与回数等を指示することが望ましいといえ、特に、本件ベナンバックスのようにまれにしか使用されないものや、重篤な副作用を有するものの場合には、より慎重な対応が求められると判示しました。

その上で、Y2医師は、Y1医師より投与量について相談された際に、書いてあるとおりでよいと概括的ながら添付文書や医薬品集に記載されている投与量で投与する旨の指示を出していること、そして、Y1医師が医薬品集などで投与量を確認し、その記載の量で投与するであろうことを期待することはむしろ当然であると判示しました。

そして、Y1医師が医薬品集の左右の頁を見間違えて処方指示をしたという初歩的な過誤は通常想定し難いものであって、Y2医師において、このような過誤を想定しつつ具体的な投与量についてまで指示するべき注意義務は認められないとしました。

また、過剰投与があった以後のY2医師の対応についても、消化管出血による出血性ショック、血圧低下と評価し、輸血を行うことで良いことなどを指示したことにつき、不適当であったと認めるに足る証拠は存せず、少なくとも、この時点で、直ちにベナンバックスの過剰投与に気付かなければなかったとはいえないとし、Y2医師の過失を否定しました。

(3)Y3医師の過失について

この点について裁判所は、まず、Y3医師が呼吸器センター内科部長として、週に2回の回診の際、チャートラウンドなどを通して、主治医や担当医の報告を受けて、治療方針を議論するなど、各医師への一般的な指導監督、教育などの役割を担っていたと判示しました。そして、当時約95名にのぼる呼吸器センター内科の入院患者一人一人について、極めて限られた時間で行われるチャートラウンド等の場において、使用薬剤やその投与量の具体的な指示までを行うべき注意義務を一般的に認めることは難しいと判断しました。

その上で、本件Y3医師がY1医師にベナンバックスの投与量や投与回数、副作用への注意などについて、特にY1医師に対して具体的な指示をしていない点について、確かに、Y3医師はベナンバックスの投与経験があり、その重篤な副作用等も認識していたこと、Y1医師がまだ経験の浅い医師であり、Y3医師が指導監督すべき立場にあったことなどからすると、Y3医師はY1医師に対しその投与量や副作用に注意すべき点などについて、指導することが望ましかったということはできるが、Y1医師が3年目の後期研修医であり、処方できる薬剤にも制限はなく、ベナンバックスも単独で処方ができる薬剤であったこと、実際にベナンバックスを投与するに当たっては、当然、担当医であるY1医師が医薬品集などを確認し、自ら投与量や副作用等について確認することが前提とされており、そのように期待することがむしろ当然であること、医薬品集の左右の頁を見間違えるなどということは通常想定し難いこと等からすると、Y3がこのような過誤までを予想して、Y1医師に、あらかじめ投与量や副作用等について直接指示しなければならなかったとはいえず、Y3医師に注意義務違反があったとまではいえないとし、Y3医師の過失を否定しました。

また、過剰投与の事実が判明した後のY3医師の対応についてもAの救命目的を第一に、腎センターの医師に連絡をとり、ベナンバックスを体外に排出する方法を確認するように指示し、翌日には、安全管理者に報告がされており、過剰投与に対する処置についても不適切な点はなかったと認定してこの点についてもY3医師の過失を否定しました。

薬剤師の過失の有無

まず、裁判所は、薬剤師法24条が「薬剤師は、処方せん中に疑わしい点があるときは、その処方せんを交付した医師、歯科医師又は獣医師に問い合わせて、その疑わしい点を確かめた後でなければ、これによって調剤してはならない」と定めた趣旨を、医薬品の専門家である薬剤師に、医師の処方意図を把握し、疑義がある場合に、医師に照会する義務を負わせたものであると判示しました。

その上で、薬剤師の薬学上の知識、技術、経験等の専門性からすれば、この疑義照会義務は、薬剤の名称、薬剤の分量、用法・用量等について、形式的な点のみならず、その用法・用量が適正か否か、相互作用の確認等の実質的な内容にも及ぶものであり、原則として、これら処方せんの内容についても確認し、疑義がある場合には処方せんを交付した医師等に問い合わせて照会する注意義務を含むとしました。

また、調剤監査が行われるのは、単に医師の処方通りに、薬剤が調剤されているかを確認することだけにあるのではなく、前記と同様、処方せんの内容についても確認し、疑義がある場合には、処方医等に照会する注意義務を含むものというべきであると判示しました。

そして、本件において、ベナンバックスは普段調剤しないような不慣れな医薬品であり、劇薬指定もされ、重大な副作用を生じ得る医薬品であること、処方せんの内容が、本来の投与量をわずかに超えたというものではなく、5倍もの用量であったことを指摘しました。

そして、調剤をしたY4薬剤師としては、医薬品集やベナンバックスの添付文書などで用法・用量を確認するなどして、処方せんの内容について確認し、本来の投与量の5倍もの用量を投与することについて、処方医であるY1医師に対し、疑義を照会すべき義務があったとし、これに違反した点につき過失を認めました。

また、調剤監査をしたY5薬剤師及びY6薬剤師についても、同様に、医薬品集やベナンバックスの添付文書などで用法・用量を確認するなどして、調剤された薬剤の内容に疑義を抱くべきであり、処方医であるY1医師に対し疑義について照会すべき義務があったとし、これに違反した点につき過失を認めました。

以上から裁判所は、上記裁判所の認容額の範囲で遺族の請求を認め、判決は確定しました。

カテゴリ: 2011年8月 9日
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