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No.459「先天性心疾患に罹患していた患児が、双方向グレン手術の適応を判断する心臓カテーテル検査を受ける際の麻酔投与後に急変しその後死亡。小児科担当医師らの麻酔管理の過失を認めた地裁判決」

東京地方裁判所平成30年6月21日判決 判例時報2406号3頁

(争点)

麻酔管理に関する過失の有無

※以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

A(死亡時2歳)は、平成16年7月にH病院において双胎第1子として出生したが、同月8日に受けた心エコー検査の結果、完全型心内膜床欠損症、心房中隔欠損症及び心室中隔欠損症があり、共通房室弁の閉鎖不全、肺動脈閉鎖症及び両大血管右室起始症などの心疾患が認められ、内臓逆位を伴い、無脾症候群と診断された。また、左心室の低形成が見られ、実質的には単心室としての機能しか有していなかった。

同月9日、Aは、公益財団法人△が開設する病院(以下「△病院」という。)へ搬送転院となり、△医師らが担当して、同月27日、心臓カテーテル検査を実施した上で、同月29日にBTシャント術が実施された。同月30日にシャント狭窄が認められたため、同日改めてBTシャント術が実施された。2度のシャント術後、Aには、重度の心不全が見られたため、Aは低酸素療法を受け、循環動態も安定してきたため、同月27日にH病院に転院となった。

Aは、平成17年1月以降、おおむね月に1度の頻度で△病院小児科を受診した。成長に伴い、次第にチアノーゼが進んだことから、双方向グレン手術の実施が検討された。

同年7月24日、△医師はAを診察し、同年8月29日に心臓カテーテル検査を実施する予定としたが、同月28日の時点で、Aの感冒症状が強かったため心臓カテーテル検査は中止された。

同年9月12日、Aは心臓カテーテル検査を受けるため、△病院に入院した。

同月13日、午後1時30分頃、術前投与としてAに鎮痛剤が経口投与された。Aは、その後就眠していたが、午後2時45分頃にカテーテル室に入室した際には覚醒しており、啼泣し、体動もあったため自動血圧計による血圧測定をすることはできなかった。

医師はAに対する麻酔を、純酸素:空気を1:1とし、吸入麻酔薬であるフローセンの濃度を3%に設定した。その上で、麻酔を担当することになった△医師が、午後2時46分頃、Aの口元から少し離したところからマスクをAの口元に近づけていき、麻酔吸入開始から約1分後には口元に密着させた状態でAにフローセンを吸入させ始めた。

Aには麻酔導入時、陥没呼吸や嘔吐はなく、△医師及び△医師は、Aの胸郭の呼吸運動や麻酔器のバッグのふくらみを見て換気は良好であることを確認し、頸動脈を1分間に1回程度触知し、△医師において腋窩動脈、鼠径動脈の触知もしていた。この時点でも、自動血圧計による血圧測定の結果は得られていなかった。また、△医師は、Aの末梢静脈路を確保することは容易ではないと判断し、大腿静脈穿刺を優先させ、中心静脈路を末梢静脈路に代える方針とした。

医師は、午後2時52分頃、カテーテル室に入室し、心臓カテーテル検査を実施するために、鼠径部の消毒等の準備をしていた。△医師は、午後2時53分頃、Aの脈拍、呼吸及び血圧に問題がないと判断し、手を洗う為にカテーテル室を一時退室した。

医師は、午後2時54分頃、Aの右上腕動脈を触知し、脈が弱いように感じる旨の所見を述べたが、△医師は、脈は触れている旨返答した。△医師は、電話対応のために、カテーテル室を一時退室した。

午後2時55分頃までに、△医師は、シースを準備した上で、Aの右鼠径部に局所麻酔を実施した。△医師は、午後2時56分頃、カテーテル室に再入室した。

大腿静脈への穿刺を担当する△医師は、午後2時58分頃、Aの大腿部の皮膚に切開を加え大腿静脈を穿刺しようと大腿動脈を触知したところ、脈拍がやや遅いと感じ、モニターを確認すると、心拍数は90から100回/分であった。そして、その後、△医師が、動脈を触知しようと拍動を探しているうちに脈が触れなくなっていき、午後2時59分頃には、モニター上の心拍数が40台まで低下し、Aは徐脈に陥った。

医師は△医師とカテーテルの穿刺を交代し、大腿動脈を探していたところ、△医師がカテーテル室に再入室し、△医師にも徐脈にあることが伝えられた。△医師は、午後3時ころ、△医師と麻酔を交代し、フローセンの投与を中止し(フローセンの濃度はこの時点まで一貫して3%のままであった)、加圧マスクによる呼吸補助を開始した。なお、同時点までにAのSpO2も測定不能となった。

午後3時8分頃、△医師は気管内挿管を実施し、午後3時11分に挿管チューブを入れ替えた。△医師は蘇生薬等投与のための中心静脈路確保を企図してAの右鼠径部にカテーテルを留置した(しかし、同カテーテルは後に大腿動脈に留置されていたことが判明した。)。△の小児科担当医らは、同カテーテルから、蘇生薬を投与した。

医師は、大腿動脈から動脈圧を測定しようと考え、左鼠径部の動脈穿刺を試みたが、今度は静脈を穿刺し、そのまま留置針を固定した。さらに、右大腿動脈の穿刺を試み、中心静脈路として確保していたカテーテルの外側を穿刺したが、血圧確認のため圧モニターに接続すると30mmHgを示す波形であり、静脈であると判断して、重ねて留置針を固定した。

Aには、その後、酸素投与及び心臓マッサージが継続的に実施された。しかし、心拍数は上昇するものの低下することを繰り返した。

午後3時44分、AはNICUに移され、心拍が上昇したので、午後3時58分頃、チューブを変えて再挿管が実施され、午後4時10分頃、心臓マッサージが中止された。小児科担当医らは、Aは心肺停止には至っていなかったものの循環不良の状態が続いていたものと判断し、午後9時50分頃、脳保護の目的で、低体温療法を開始した。

Aに対する低体温療法は同月27日までに中止された。

その後、Aは同年10月には頭部CT画像などから中等部の大脳委縮が認められ、脳波検査においては右側頭から頭頂葉及び左後頭葉における活動の低下が見られ、後遺症が残存すると考えられる所見が認められるようになった。

同年12月初めには呼吸状態が安定したが、同月21日、顔面に著明なチアノーゼが認められ、心エコー検査の結果、Aのシャントの血流を確認することができなくなっていることが判明した。小児科担当医らは、Aについて人工心肺装置を使用することとし同月22日午前1時頃までにこれが装着された。

Aは、同月××日、人工心肺装置におる補助循環管理によって全身に著明な浮腫が見られ、肝機能不全が進行し、補助循環の継続は不可能と評価される状態に至り、△医師をはじめAの治療に当たっていた△病院の医師らは、同日午後1時12分ころ、Aの両親である◇らの同意を得た上で、補助循環装置を停止した。Aは補助循環装置停止後ほどなくして徐脈となり同日午後1時50分頃、死亡した。

そこで、Aの両親は、Aが死亡したのは、検査を担当した医師らには、吸入麻酔薬フローセンを使用した注意義務違反ないし過失、検査中のフローセンの濃度管理、血圧測定及び末梢静脈路の確保に関する注意義務違反ないし過失があるなどと主張して、△らに対し、債務不履行又は使用者責任に基づく損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

患者遺族の請求額:
合計5915万5028円
(内訳:慰謝料2400万円+逸失利益2307万9679円+両親固有の慰謝料2名合計600万円+葬儀関連費用69万7620円+弁護士費用537万7729円)

(裁判所の認容額)

認容額:
3248万0782円
(内訳:死亡慰謝料2000万円+逸失利益478万3162円+両親固有の慰謝料2名合計400万円+葬儀関連費用69万7620円+弁護士費用300万円)

(裁判所の判断)

麻酔管理に関する過失の有無

この点について、裁判所は、△病院では、セボフルランなどと比較して心筋抑制作用や副作用の大きいフローセンを、覚醒までに時間がかかるという特徴を心臓カテーテル検査実施上の利点(検査開始後に患児が覚醒することが少なく圧の測定数値が安定する)と捉え、検査の都合ないし便宜(検査を実施する上での便宜及び検査数値評価上の利点)の観点から、循環抑制の可能性などの危険を認識した上でこれを選択し、重症心疾患を有し循環動態が不安定になりやすいAに投与していたのであるから、麻酔導入に伴って患児が急変する可能性があることを踏まえ、患児の安全に常に配慮し、添付文書において「重要な基本的注意」として記載されているとおり、麻酔の深度は検査に必要最低限の深さにとどめることができるように麻酔管理を十分に行うとともに、急変のリスクに的確に対応するための対策を十全に行うことが当然の前提であったと判示しました。

その上で、自動血圧計の測定結果が得られていないことや末梢静脈路を確保することが出来なかったことのみをもって本件検査を中止すべき法的注意義務があるとまでは言い難いものの、他方で、Aは、△医師がカテーテル室を退室した午後2時52,3分頃には、体動が消失し、呼吸及び脈拍が安定していたことが認められ、△病院のフローセン麻酔の実施方法に従ったとしても、同時点でフローセンの濃度を1.0から1.5%まで下げることを検討して然るべきところ、本件検査においては、麻酔深度などを把握するための血圧のモニタリングが十分にできておらず、急変した場合に蘇生のための薬剤等を投与することができるルートも確保されていない状態であったこと、また、既に体動が消失しており、末梢静脈路の確保が困難な事情(覚醒時における静脈路確保のリスク)もないこと、そしてむしろ体動消失にもかかわらず自動血圧計による血圧の測定値が得られないことからすれば、異常事態(血圧低下)をも想定して対処すべきであることにも鑑みれば、麻酔に伴うAの異変を可及的速やかに把握し、急変を予防する観点から、同時点において、フローセンの濃度を1.0%から1.5%まで低下させるとともに、末梢静脈路を確保すべき具体的な注意義務があったというべきであるとしました。

そうであるにもかかわらず、△医師は末梢静脈路確保の具体的な努力をすることなく、大腿静脈へのシース留置により代替する方針とし、△医師は△医師がカテーテル室を退室した後においても、本件患児が徐脈に陥るまでの間、フローセンを3%のまま本件患児に吸入させ続けていたことが認められるのであり、注意義務を欠いたものといわざるを得ないとしました。

以上から裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2022年7月 8日
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