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No.395 「発作性心房細動及び急性心不全で入院中の患者につき、担当医師が血糖値の結果を見落として経過観察を怠った過失により患者を高次脳機能障害に至らせたとして、病院側に損害賠償を命じた地裁判決」

大阪地方裁判所平成17年4月22日判決 判例時報1932号 107頁

(争点)

  1. 医師の過失の有無
  2. 後遺症の発生と医師の過失との因果関係の有無

(事案)

X(平成12年3月10日当時73歳の男性・同日まで内科の開業医として稼働していた)は、平成9年12月中旬、上気道炎を患った後、労作時の呼吸困難や動悸を訴えるようになり、下肢に浮腫が出現するようになった。そして、平成10年初めからは、しばしば起坐呼吸をしなければならなくなり、同年1月7日、T内科循環器科を訪れた。

同医院の担当医であるT医師は、Xを非弁膜性心房細動及びうっ血性心不全(NYHAⅣ)と診断し、Xに対して直ちにジギタリス剤、ACE阻害剤、利尿剤及び抗凝血薬(ワーファリン)を投与した。すると、同月9日には、Xの呼吸困難はかなり改善され、心拍数も減少し、下肢浮腫も消失した。そして、Xが同月16日に来院した際には、さらに心拍数は減少して正常値に向かい、ほとんど自覚症状がみられないようになり、その後も、Xは、順調に回復に向かっていった。

同年3月13日、Xの心電図は正常洞調律に復帰し、心胸郭比も50%と正常になった(NYHAI)。

平成12年2月初めころ(以下、特に断るまで同年の表示を省略する。)から、Xは、息切れや動悸を感じるようになったため、3月10日、Y1株式会社の経営する病院(以下、「Y病院」という。)において外来診療を受けた。

Y病院の勤務医Y2医師はXの担当医となり、Xを発作性心房細動と診断し、ワソラン、トリノシンS及びリスモダンを注射したが特に効果がなかった。Y2医師は、Xに入院を勧めたが断られたため、ラニラピッド及びリスモダンを投薬処方して帰宅させた。

Xは、同日から同月11日にかけて、心拍数(HR)が約150回/分程度となり、同月11日午前3時ころ(以下、特に断るまで同日の表示を省略し、24時間表示による時刻のみを記載する。)から、息が吸えない状態となって我慢ができないほどになったため、8時20分、Y病院に赴いて診察を受けた。

Xは、当直医による診察を受けた際、意識は清明であったが、心房細動及び末梢冷感が認められた。そこで、同当直医は、8時30分ころ、4リットル/分の酸素をマスク投与したところ、Xは、呼吸苦を訴えなくなった。

その後、Xを診察したY2医師は、その症状を発作性心房細動及び心不全と診断するとともに入院指示を行い、XはそのままY病院に入院した。

Y2医師は、9時10分、Xに対し、ワソラン1/2アンプルを2回静注したところ、心拍数はやや低下した。そして、Y2医師は、内服薬による徐脈化を図るべく、引き続いてラニラピッド1錠及びインデラル1錠をXに投与した。

9時30分、Xは呼吸苦が治まっていたことから、投与していた酸素の量が2リットルに下げられた。

10時15分ころ、Y2医師は、Xに投与していた酸素の量を1リットルに下げた。

12時ころ、Y2医師は、Xに対して、さらにラニラピッド1錠及びインデラル1錠を投与した。また、このころ、Xはベッドの上で端坐位となり、家人とともに着替えをし、必ずしも安静にはしていなかった。

14時20分、Xの顔面及び四肢末梢にチアノーゼがみられ、Xは、激しい呼吸苦を訴えたが、このときのXの心拍数は80~90で、SAT(酸素飽和度)は測定不能であった。

このようなXの症状を踏まえて、看護師が酸素投与量を3リットルに増量したところ、SATは97~99を示すようになった。

Xは、15時、再び息苦しさを訴えるようになったところ、SATは80台、心拍数は70~80台、呼吸数(R)は40回/分台で、依然としてチアノーゼ及び末梢冷感が認められた。看護師は、酸素投与量を徐々に10リットルまで増量したが、SATはなかなか上がらなかったことから、通常の酸素マスクからリザーバーマスクに変更し、主治医であるY2医師及び当直医を呼び出した。

15時10分のXの動脈血血液ガスデータのPO2(酸素分圧)156.7mmHg、PCO2(炭酸ガス分圧)31.4mmHgの数値等をみて、当直医はXの症状を過換気症候群と判断した。

当直医から引き継ぎを受けたY2医師は、同じくXの症状を過換気症候群と診断し、酸素の投与を中止した上で、Xの口にビニール袋をかぶせ、再呼吸をさせるようにした。しかし15時30分、Xは、「もうやめてくれ。死んでしまうわ。もうようならんでもいい。死んでもいいから。しんどい、しんどい。」などと強く呼吸苦を訴え、口にかぶせられたビニール袋を自ら取り外した。

Xは、15時50分に、再びビニール袋がかぶせられたが、やはり息苦しさのあまり、自らこれを外した。また、16時10分にはSATが65ないし73に低下していた。

Xが、依然として苦しいと訴えることから、Y2医師は、Xに対し、16時05分、16時15分、16時20分及び16時26分の4回にわたり、セレネースを1/2アンプルずつ静注した(投与量は合計10mg)。16時20分、Xの心拍数は80、呼吸数は42で、チアノーゼにもやや改善がみられた。

16時40分、Xが「もうモルヒネいってくれ。」と述べ、非常に苦しんでいたことから、Y2医師は、Xに対し、セルシンを1/2アンプル(1アンプルは10 mg)静注した。

16時50分、Xの症状は少し落ち着きをみせ、呼吸も安定し、Xは傾眠した。このころのXの心拍数は80、呼吸数は36であった。

Y2医師は、17時ころ、一時帰宅した。

17時、Xは入眠していたが、SATが78、呼吸数が30で、四肢冷感があり、上肢、下肢、耳介及び口唇にチアノーゼがみられ、排尿もなくなった。そして、17時30分、Xに舌根沈下が起こり、上気道を閉塞したため、看護師が下顎挙上した。

18時、Xは、下顎呼吸気味の弱々しい呼吸となり、呼吸数は24、心拍数は62、SATは35に低下し、チアノーゼに変化はなく、呼びかけに対して少し反応を見せたが再び傾眠したことから、看護師は、当直医を呼び出した。

18時15分、当直医がXを診察したところ、瞳孔散大及び対光反射緩慢が認められ、心拍数が48~50、呼吸数が20~28、SATは測定不能の状態だったため、酸素を5リットル投与するようにした。しかし、SATが依然として測定不能だったため、18時20分、酸素投与量は10リットルに増量された。

18時25分、Xの心拍数は58から30台まで低下し、四肢チアノーゼがみられ、脈拍は微弱、血圧は低下していたため、当直医は、強心剤であるカコージンの点滴を開始した。また、自発呼吸がほとんどできないような状態になったため、アンビューバッグによる補助呼吸を開始した。

当直医は、18時30分、Xに対し、呼吸を確保するために気管への挿管を試みたが、Xは口を固く閉じ、それを払いのけようとしたこと等から、結局、失敗に終わった。このときのSATは88であった。

Y2医師は、18時35分、Y病院に戻ってきた。

18時40分、SATが80台、心拍数が70台に戻り、自発呼吸もみられるようになったことから(呼吸数は26)、Y2医師は、アンビューバッグによる補助呼吸を中止し、通常の酸素マスクによる酸素投与(10リットル)を行うようにした。

19時30分、XのSATが再び測定不能となり(呼吸数は26)、橈骨動脈の拍動を触知できなくなった。

20時、Xの呼吸数は20、心拍数60台で、SATは依然として測定不能な状態で、チアノーゼが顔面及び上肢から大腿部にまで拡大してきた。

Y2医師は、20時40分、再度、挿管を試みたがやはりうまくいかなかったので、Y2医師は、アンビューバッグによる補助呼吸を再開するとともに、このころ外科当直の医師も応援にかけつけた。

Y2医師は、21時20分、代謝性アシドーシスを改善するために、メイロンの点滴を開始した。

Xに対しては数回にわたって挿管が試みられたがうまくいかず、21時45分ころ、ようやく挿管が成功したので、酸素100%で加圧呼吸を開始した。

22時50分、挿管チューブがY病院第二内科の他の医師により、気管支ファイバー下で再度挿入され、人工呼吸器エビタが装着された。その後、SATは94~96%と落ち着きをみせた。

23時50分、Xの静脈血の血液検査を実施した結果、血糖値は13mg/dlであった。最初にこの検査結果を知った当直医は、上記検査にかかる検査報告書の血糖値(グルコース)「13」の記載の横に「?」を記載して、Y2医師に引き継いだ。Y2医師は、上記検査報告書に高度の肝機能障害の結果が記載されていたことから、これに目を奪われ、血糖値についての記載を見落としていた。

同月12日午前2時(以下、特に断るまで同日の表示を省略し、24時表示による時刻のみを記載する。)Xに対して、ソリタT1・1000mlに50%ブドウ糖20mlを3アンプル加えた輸液を投与し始めた。

13時30分ころ、8時に実施したXの血液検査結果が判明し、血糖値が26mg/dlであったことがわかった。

Xの意識レベルは、気管への挿管が試みられ始めた同月11日の18時ころから低下し始め、同月12日になっても回復しなかった。Y2医師は、同日、その回復のために血漿交換を試みたが、これによっても効果は現れず、同月13日に施行された2回目の血漿交換により若干の意識レベルの上昇があり、意識レベルⅡ-20程度になった。そして、同日の18時30分ころには、右手、両下肢の自発運動はあったが、左手には認められず、「右手を握って、聞こえますか。」の呼びかけに、右手を握る、頷くといった反応が認められた。しかし、その後も、意識レベルは上昇、下降を繰り返し、同月14日15時40分には意識レベルⅠ台に上昇したものの、その回復は遷延した。

Xは、同月4月1日ころには、看護師が促すと自ら洗顔、ひげそり、歯みがきなどをするようになり、食事も自ら摂取でき、看護師とも会話を交わせるようになっていたが、ときに発言が支離滅裂であったり、その日にあったことを覚えていないなどの状態を継続したまま入院治療を受けていた。

Xは、平成13年6月2日、Y病院を退院した。

S病院K医師は、平成13年9月19日、Xを診察し「健忘及び記銘力障害が高度であり、日常会話ができない上、意欲、集中力、根気等が乏しく、自発的な行為がみられず、痴呆の程度としても高度と認められ、発症から1年6か月を経過していることからすると、今後、回復することは難しいと考えられる」旨の診断をした。

Xは、妻であるX2と二人で生活をし、週に5回、1日5時間ヘルパーの手伝いを受けて生活している。日常生活は、指示をされれば、衣服の着脱、食事等、通常の所作は独立してできるが、指示されなければ、これらの所作を始められず、また次の所作に移れないといった状態である。また、記銘力障害のために外出に際しては介護が不可欠な状態である。

Xは、上記精神神経的症状につき、高次脳機能障害と診断されているほか、内科的には、慢性心房細動、慢性心不全及び高尿酸血症と診断されている。

Xら(Xおよびその妻子)は、Y2医師が過失により、Xを低酸素、低血糖及びショック状態による循環不全に陥れ、これによってXに、不可逆性脳障害及び多臓器不全等の後遺障害を負わせ、また、これによってXらに、精神的苦痛を被らせた旨主張して、Y2医師に対しては不法行為に基づき、Y1株式会社に対しては不法行為(使用者責任)又は債務不履行に基づいて、損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
2億1486万8857円
(内訳:医療費77万3835円+理学療法費86万2600円+付添看護諸費用931万7280円+交通費190万3568円+金魚飼育費39万9600円+雑費33万3404円+休業損害1375万0088円+逸失利益8606万5366円+家政婦費4852万6020円+Xの慰謝料3000万円+妻の慰謝料500万円+子2名の慰謝料合計600万円+弁護士費用1910万円。合計不一致。)

(裁判所の認容額)

認容額:
8054万1734万円
(内訳:医療費2820円+理学療法費0円+交通費0円+金魚飼育費0円+雑費32万9254円+休業損害1089万8630円+後遺障害による逸失利益2701万6000円+付添看護費用及び家政婦費1136万4780円+Xの慰謝料2300万円+妻の慰謝料200万円+子2名の慰謝料合計100万円+弁護士費用730万円-医師国民健康保険組合からの療養給付236万9750円)

(裁判所の判断)

1 医師の過失の有無

裁判所は、3月11日23時50分のXの血糖値は13mg/dlであり、Y2医師は血液検査の結果を確認はしていたが、この血糖値を見落とし、特に糖分の補給をするなどの措置を講じず、同月12日2時になって初めて若干の糖分を投与したものの、同日8時になっても26mg/dlと低血糖状態が持続していたと指摘しました。そして、

(1)
一般健常者の空腹時の血糖値は80mg/dlで、30mg/dl以下になると、神経細胞の糖の取り込み速度が消費速度を下回り、神経細胞はエネルギー欠乏状態となり、重症の場合、昏睡状態に陥ること
(2)
2、3時間程度の昏睡であれば糖の補給により完全に回復すると考えられるが、それ以上の昏睡が続くと中枢神経に不可逆的変化が起こり得ること
(3)
低血糖による昏睡に陥った患者に対しては、直ちに50%ブドウ糖40mlを静注し、それでも昏睡状態を脱しないような場合であれば、さらにブドウ糖の静注を追加すべきであること
(4)
現在、血糖値は簡易測定法により1~2分で測定することができること

がそれぞれ認められると判示しました。

また、鑑定結果によれば

「Xの3月11日23時50分の血糖値は13mg/dlで、翌日8時00分の血糖値も26mg/dlと、高度な低血糖状態が少なくとも8時間にわたって持続しているが、これは、大脳皮質及び海馬の神経細胞障害を惹起するのに十分な可能性をもつものである。低血糖状態を放置すれば、脳機能障害を引き起こすことは、Y2医師において、十分予測可能であったと考えられる。

上記血糖値13mg/dlの報告は、疑問符付きでされてはいるが、血糖値のみの検査であれば簡易血糖測定装置で容易に測定することが可能であるのだから、少なくともこの報告がされた時点で、即時に血糖値の再検査を行うべきであった。

また、上記低血糖状況が持続している間の糖質の補給は十分されていなかった。」

ことが認められると判示しました。

この鑑定結果を考え合わせると、Y2医師は、Xの血糖値が13mg/dlであるとの血液検査結果を知らされた際に、Xが低血糖状態にあることを認識し、直ちに十分な糖分を補給して、Xの血糖値の推移を観察すべき注意義務を負っていたというべきであるにもかかわらず、血糖値の結果を見落として糖分の補給を怠り、また、途中糖分の補給を行ったものの、点滴投与という早急な投与ではない方法を選択し、さらに、その後、翌日の午前8時まで血糖値の経過の観察も怠っているのであるから、Y2医師には過失があったと判断しました。

2 後遺症の発生と医師の過失との因果関係の有無

裁判所は上記鑑定結果等からY2医師の上記1の過失とXの高次脳機能障害との間には因果関係があると認定しました。

Y1株式会社及びY2医師は、高次脳機能障害はXが低血糖状態に陥る前から発症していた可能性がある旨主張していますが、これを裏付ける証拠はなく、むしろ低血糖以外に高次脳機能障害の原因となり得るものは見当たらないのであるから、Yらの主張は採用することができないとしました。

裁判所は、したがって、Y2医師は、Xの低血糖状態を放置した過失により、Xを高次脳機能障害に至らせたという不法行為に基づく責任を負うというべきであり、この不法行為によってXらに生じた損害を賠償する義務があるとしました。裁判所は、また、Y会社は、Y2医師の使用者として、Y2医師と同一の損害賠償義務を負うというべきであるとしました。

以上により裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXらの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2019年11月11日
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