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No.56「医院でデイケアを受けていた高齢男性が送迎バスを降りた直後に転倒・骨折し、その後肺炎で死亡。医院を設置運営する医師に損害賠償義務を認める判決」

東京地方裁判所 平成15年3月20日判決(判例時報1840号20頁)

(争点)

  1. 医院側に安全確保義務があるか
  2. 医院側に安全確保義務違反があったか
  3. 義務違反と死亡との因果関係
  4. 損害

(事案)

平成11年12月10日、患者A(当時78歳の男性。痴呆の症状が進んでいたが、自立歩行が可能)は、Y医師が設置運営するY医院のデイケア室へデイケアのため通院し、同日午後5時30分ころ、Y医師が雇用する介護士であるMの運転する送迎バスにより自宅マンション前まで送り届けられた。送迎代は日額200円であり、診療代や食事代、雑費などとともに一括請求されていた。Mは、送迎バスから路上に降りるための踏み台を出して患者Aをそのバスから降ろした。

その後、Mが踏み台を片づけるなどの作業をしている間に、患者Aは、路上で転倒し、右大腿部けい部骨折の傷害を負った。

患者Aは、転倒後B病院に入院して寝たきりの状態となり、食欲も低下していった。そして肺炎が疑われたことからS病院に転院し、平成12年4月29日、肺炎を直接死因として死亡した。

(損害賠償請求額)

遺族3名で合計3173万8847円
(内訳:治療費47万5870円+入院雑費18万4600円+入院付添費14万2745円+逸失利益273万5632円+入院慰謝料200万円+死亡慰謝料2200万円+葬儀関係費用120万円+弁護士費用300万円)

(判決による請求認容額)

遺族3名で合計686万6145円
(内訳:治療費47万5870円+入院雑費18万4600円+入院付添費14万2745円+逸失利益320万3330円+入院慰謝料と死亡慰謝料併せて1200万円+葬儀関係費用120万円の合計1720万6545円のうち、過失相殺後の損害額は4割の688万2618円。ここから、遺族のうち患者の妻が相続した逸失利益部分(64万0666円)と患者の妻が受領する遺族厚生年金とを損益相殺し、624万1952円+弁護士費用62万4194円[端数は合致せず]。)

(裁判所の判断)

医院側に安全確保義務があるか

裁判所は、この点につき、デイケアの際に介護に従事していた介護士が、患者の送迎をも行っており、デイケアそのものについての診療費、デイケアの際の食事代、雑費などとともに送迎代も一括して請求されていること等から、患者Aは、Yとの間で、Y医院においてデイケアを受けるとともに、その通院にあたってY医院の送迎バスによる送迎を受けるという、診療契約と送迎契約が一体となった無名契約を締結していたものと解するのが相当であると判示しました。

そして、この無名契約に付随する信義則上の義務として、患者Aを送迎するに際し、同人の生命及び身体の安全を確保すべき義務を負担したと認定しました。

医院側に安全確保義務違反があったか

裁判所は、Yは、患者Aの移動の際に常時介護士が目を離さずにいることが可能となるような態勢をとるべき契約上の義務を負っていたと判断しました。そして、Mに対して送迎バスが停車して患者Aが移動する際に同人から目を離さないように指導するか、それが困難であるならば、送迎バスに配置する職員を1名増員するなど、本件事故のような転倒事故を防ぐための措置を講ずることは容易に行うことができるものであり、そうした措置をとることによって、本件事故は防ぐことができたと判示し、Yについて患者Aの生命及び身体の安全を確保すべき義務を怠った過失を認定しました。

義務違反と死亡との因果関係

裁判所は、一般に、老年者の場合、骨折による長期の臥床により、肺機能を低下させ、あるいは、誤嚥を起こすことにより、肺炎を発症することが多く、肺炎を発症した場合に、加齢に伴う免疫機能の低下、骨折(特に大腿けい部骨折)、老年性痴呆等の要因があると、予後不良であるとされていると判示しました。そして、本件のような事故が原因となって、大腿部けい部骨折を負った後、肺炎を併発し、最終的に死亡に至るという経過は、通常人が予見可能な経過と解されるとして、Yの義務違反と、患者Aの死亡との間には、相当因果関係があると認定しました。

損害

裁判所は、損害の算定にあたって、本件事故当時、患者Aは自立歩行が可能であって、歩行の際に介護士等が手を貸す必要のない状況であった上、同人には中等程度の痴呆状態が認められていたものの、簡単な指示であれば理解し、判断をすることができたこと等から、本件事故は患者A自身の不注意によって生じたものと解さざるを得ないとして、過失相殺の結果、Yの義務違反と相当因果関係にある損害は、患者Aに生じた損害の4割であると判示しました。

そして、前記「裁判所の認容額」の内訳にあるとおり、患者Aの損害額は688万2618円で、Aの妻が2分の1、Aの子供2人がそれぞれ4分の1の割合で相続したことから、妻の相続分はいったんは344万1309円、子供2人の相続分はそれぞれ172万0654円になるとしました。

更に、Aの妻がAの死後、遺族厚生年金の支払いを受けている点について、支払い開始時から口頭弁論終結日の属する月までの合計金額510万5100円を、Aの妻が相続したAの逸失利益分(64万0666円)から損益相殺として控除し、Aの損害についてAの妻が相続した金額から64万0666円が差し引かれ、妻の最終的な相続分は280万0643円としました。

これらに、弁護士費用としては妻と子供2人各自の相続分のそれぞれ1割が相当であるとして、妻が受けるべき損害賠償額は308万0707円、子供2人が受けるべき損害賠償額はそれぞれ189万2719円であると判示しました。

カテゴリ: 2005年10月27日
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