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No.365 「国立大学病院で脳血管造影検査を受けた患者が脳出血を起こし死亡。検査中に患者に異常が認められたにもかかわらず、検査を続行し、血栓溶解剤ウロキナーゼを合計2回にわたり48万単位投与した医師の過失を認めた高裁判決」

高松高等裁判所平成14年8月29日 判例時報1816号 69頁

(争点)

検査を実施した医師の責任の有無

(事案)

A(当時82歳の男性・個人商店経営)は、子とともに、平成6年6月15日、国の設置する大学病院(以下、「Y病院」という。)脳神経外科外来を受診した(以下、特別の記載のない限り同年のこととする)。

Aは、Y病院のN医師に対し、平成2年K市内の脳神経外科でMRI検査を受け、脳梗塞と診断され、余命6、7年と言われ、強い不安感を抱いており、既に、脳梗塞の治療のため、いくつかの医療施設を受診したが満足な説明及び治療が受けられなかったこと、新聞記事に記載された血管内手術を受けたい旨執拗に訴えた。

N医師は、当該治療法を行う前提として治療すべき症状があるか否かについて、入院して検査を行う必要があり、その結果を待たなければならない旨を述べた。

Aは、Y病院に検査入院の予約をした上で、6月28日、脳血管造影検査を主とする脳梗塞の精査のため、Y病院脳神経外科に入院し、T医師が担当となった。同日、一般採血検査、心電図検査を行った。同日午前中に施行されたCT検査の結果、両側前頭葉に古い脳梗塞を認めた。

6月29日にAに対し行われた脳血管造影検査の経過の詳細は次のとおりである。

午前10時50分 造影検査室入室 局所麻酔施行
午前11時10分 大腿動脈穿刺、大腿静脈穿刺、カテーテル挿入
ヘパリン5000単位投与 血圧147/87
午前11時30分 心拍出量測定、圧測定 血圧157/77
午前11時40分 左心室造影、胸部大動脈撮影
午前11時45分 鎖骨下動脈造影
午前11時50分 左総頸動脈造影
午前11時55分 左内頸動脈造影
午後0時 意識清明、反応が鈍くしゃべりにくそう。名前はとの問いかけに名字のあとが分からない状態になる。血圧161/70
T医師は、Aの状態はカテーテルから血栓が飛んだことによる確率が高いと判断し、血栓溶解剤ウロキナーゼ24万単位を投与
午後0時15分 血圧181/70
午後0時26分 右腕頭動脈造影、左総頸動脈造影 呼名にて「ハイ」と返答あり
午後0時31分 四肢しんどいと動かす。指示には反応あるも不正確
血圧136/70
午後1時 ウロキナーゼ24万単位投与 これに先立ち左中大脳動脈造影
ウロキナーゼ投与後に内頸動脈造影
午後1時15分 血圧141/75
午後1時20分 撮影終了。なお、脳右側についても造影が試みられたが、カテーテルが腕頭動脈までしか上がらなかったため撮影できなかった。
血圧144/83
午後1時50分 止血終了、末梢抜針 血圧172/90
午後2時20分 造影検査室から帰室
発語あるもややろれつ不全があり聞き取りにくい。
午後4時 帰室時よりずっと傾眠気味。強く呼名にてやっと開眼する程度

午後5時ころAの症状変化が発生し、意識状態に急速な反応の低下が認められたため、T医師が緊急のCT検査を行ったところ、両側前頭葉に極めて希有な型の広範囲に及ぶ血腫(脳内出血)を認めた。T医師は、その血腫により脳が圧迫され頭蓋内圧が上昇を来すため、その減圧のための開頭手術についての説明を行ったが、家族はそれを希望しなかったため、内科的治療が継続されることとなった。

Aの意識状態は、傾眠状態で経過していたが、同年7月9日夕刻に突然心臓、呼吸が停止し、翌10日午後7時18分死亡した。(なお、Aの病理解剖は家族の同意が得られなかった。)

そこで、Aの遺族(妻と複数いる子の一部)は、説明義務違反、ウロキナーゼの過剰使用があった等とし、国に対し、診療契約上の債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づき損害賠償請求をした。

原審(平成13年3月27日高知地裁)は、遺族の請求を棄却したため、遺族はこれを不服として控訴した。

(損害賠償請求)

遺族合計請求額:
2740万円
(内訳:逸失利益800万円のうち240万円+慰謝料2000万円+墳墓葬祭費100万円+弁護士費用400万円。逸失利益800万円のうち、配偶者遺族の相続分400万円は配偶者遺族が受け取った遺族一時金672万8400円との損益相殺により0となり、子らの相続分400万円のうち、訴訟当事者となった子の相続分合計は240万円である。従って、800万円中240万円のみが遺族合計請求額の内訳となる。)

(裁判所の認容額)

一審裁判所の認容額:
0円
控訴審裁判所の認容額:
1397万円
(内訳:逸失利益0円+墳墓葬祭費70万円+訴訟当事者となった遺族固有慰謝料1200万円+弁護士費用127万円)

(裁判所の判断)

検査を実施した医師の責任の有無

裁判所は、Aに反応が鈍くしゃべりにくそうになるなどの異常が認められた午後0時ころの時点(少なくとも1回目のウロキナーゼを投与する前の時点)で、担当医師には、CT検査等によってAに生じた異常が脳梗塞によるものか脳出血によるものかを鑑別し、その上で治療方針を立てるべき注意義務があったものであり、T医師が、そのような鑑別を行わないまま、脳血管造影検査を中止しないで続行し、かつ、2回にわたりウロキナーゼ合計48万単位を投与したことは、全体として不法行為法上の過失に当たると判断しました。

また、裁判所は、午後0時ころ認識されたAの異常について脳梗塞のみを想定し脳出血については想定しないで治療を行うことが臨床上当然であるとはいえないと判示しました。

そして、脳血管造影検査の続行自体、患者に対し負担を与えるもので、脳出血に対し、悪影響を及ぼす可能性があると考えられること、脳出血に対する治療は脳梗塞に対する治療とは正反対であり、T医師が取ったウロキナーゼの投与という選択は脳出血の患者に対しては禁忌であること、その投与量の48万単位もウロキナーゼの添付文書の記載を大幅に超えるものであり、そのような添付文書に反する量を脳出血の患者に使用するときは患者に対し死亡等の重篤な結果を生じさせることは容易に予測されること(なお、2名の専門家の見解で、48万単位のウロキナーゼの投与は当時の医療従事者の間では一応のコンセンサスを得ているとの趣旨の部分があるが、これは脳出血の可能性がない患者であることが確認されてはいない場合をも想定してのものではない。)、しかも、Aは慎重投与すべきとされる高齢者であり、相互作用に注意すべきとされるヘパリンが既に投与されていたことを考慮すると、一般的に脳血管造影検査中の合併症の確率としては脳梗塞が脳出血を大きく上回るとしても、本件において、脳出血をも想定し、その可能性がないことを確認しないまま、T医師が、脳血管造影検査を続行し、48万単位のウロキナーゼを投与したことに過失がないということはできないと判示しました。

その上で、裁判所はT医師の過失とAの脳出血ひいてはAの死亡との間には相当因果関係があると判断し、控訴裁判所は上記(裁判所の認容額)の範囲で遺族の請求を認めました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2018年8月10日
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