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No.435「入院中の患児が死亡したのは、市立病院の医師が喘息性気管支炎と誤診して、低酸素血症罹患を看過し、適切な検査及び治療を実施しなかった過失によるとした地裁判決を維持した高裁判決」

札幌高等裁判所平成15年4月17日判決 判例タイムズ1168号244頁

(争点)

  1. 患者の死亡原因
  2. 患者が低酸素血症に罹患していることを疑診しなかった医師の過失の有無

(事案)

平成5年4月27日、AはY市が開設管理する病院(以下、「Y病院」という。)において出生し、その後もY病院において検診を受けていた。

Aは生来の漏斗胸(胸骨及びそれに付着する肋軟骨、肋骨の一部が脊柱に向かって漏斗状に陥凹するもの。)であった。

平成5年9月27日から同年10月3日まで、Aは、喘息性気管支炎のため、Y病院に通院し、継続して治療を受けていた。

Y病院におけるAの担当医師は、O医師であった。

平成5年12月23日午後8時10分ころ、Aは喘鳴および発熱のため、Y病院に入院した。入院時、Aには喘鳴及び陥没呼吸が認められ、O医師から、喘息性気管支炎との診断を受けた。同月25日、O医師がAを診察したところ、喘鳴及び陥没呼吸は認められたものの、発熱は軽減していた。同日中、Aは、機嫌よく動きは活発で、夕食も全量摂取した。同月26日及び27日中、Aは喘鳴及び陥没呼吸が認められたが、機嫌もよく食欲もあり、体温も平熱ないし微熱の状態であった。同月28日のAの状態も同様であった。そこで、O医師は、Aを退院させることとし、同日午後、Aは退院した。

しかし、Aは、退院後も発熱が続き、平成6年1月1日に39.4度の高熱となり、咳が多発し、喘鳴が認められたので、Y病院から処方を受けていた解熱剤を使用したものの、熱が下がらなかったため、同月2日午後10時45分ころ、Y病院を再度受診した。

O医師は、同日午後11時20分ころ、Aを診察し、顔色不良、喘鳴、陥没呼吸及び咽頭の発赤を認め、再入院を指示した。再入院時におけるAの体温は38.8度、脈拍数は156/分、呼吸数は72/分、白血球数は1万3700/μlであった。

O医師は、Aを既往症である喘息性気管支炎と診断し、Aに対し、坐薬の解熱鎮痛剤、内服用の抗炎症剤、維持用の輸液、気管支拡張剤、鎮咳剤、去痰剤、消炎剤、内服用の抗生剤、静注用の抗生剤(感染の疑診と感染予防のため)を投与するように指示した。

再入院時のAは、顔色不良で不機嫌に泣いており、湿性咳、喘鳴があり、聴診器でギューグー音が聴かれ、鎖骨窩及び心窩部に陥没呼吸が認められる状態であった。

平成6年1月4日、Aの胸部正面及び側面のレントゲン撮影が行われた。しかし、その後も、Aの症状は軽快せず、高熱、喘鳴及び陥没呼吸の症状が持続していた。

同月6日午後1時50分ころ、Aはチアノーゼを呈し、容態が急変した。

Y病院は、同日午後1時55分ころ、Aに対し、酸素マスクにより3リットルの酸素投与を開始した。Aは、同日午後2時30分ころ、呼吸不安定となり、意識低下を来たし、心拍数は230台にまで上昇した。Y病院は、同日午後2時34分ころ、Aに対して初めて血液ガス検査を実施したところ、酸素ガス分圧は70mmHg、炭酸ガス分圧は45.7mmHg、血液酸性度は7.101であった。Aには、同日午後3時55分ころ、眼球が上転し、頭部を細かく左右の動かす痙攣様の動きが認められた。同日午後6時25分ころ、再びAに眼球上転、四肢硬直が認められた。

Aは、その後心停止に至り、同日午後7時29分、死亡した。

そこで、Xら(Aの両親)は、Aが死亡したのは、Y病院の医師が、Aが低酸素血症により全身の臓器が低酸素状態に置かれたことを看過し、適切な検査及び治療を実施しなかった過失によるものであるなどと主張して、Y市に対し、その治療行為についての債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償請求をした。

第一審(札幌地裁平成13年6月29日)は、医師の注意義務違反を認め、Xらの請求の一部を認めた。そこで、Yがこれを不服として控訴した。

(損害賠償請求)

遺族の請求額:
(両親合計)5572万9416円
(内訳:逸失利益2072万9417円+慰謝料2500万円+葬儀費用100万円+弁護士費用900万円。相続人が2名のため、端数不一致)

(裁判所の認容額)

控訴審の認容額:
4703万5926円
(内訳:逸失利益2103万5926円+慰謝料2000万円+葬儀費用100万円+弁護士費用500万円)

*判決文に明記されてはいませんが、病院側の控訴を棄却していますので、第一審の認容額も同額で内訳も同内容と思われます。

(裁判所の判断) 

1 患者の死亡原因

この点について、裁判所は、低酸素血症による心筋障害、多臓器不全についての医学的知見に基づいて検討すると、O医師が初めてAに酸素投与をはじめた平成6年1月6日午後1時50分ころの44分後である午後2時34分時点でのAの酸素分圧は70mmHgであったことが認められるから、Aは、酸素投与前はそれより低い酸素分圧であって、低酸素血症の状態にあり、その状態がある程度の時間継続していたと推認できると判示しました。また、Aには同日午後1時50分、口唇にチアノーゼが出現していたのであるから、その時点における動脈酸素分圧は、チアノーゼの出現時における動脈酸素分圧である16ないし49mmHg程度であったと推認しました。

そして、動脈酸素分圧が60mmHg以下のときは呼吸不全とされているから、平成6年1月6日午後1時50分の時点でAが呼吸不全の状態にあったことは明らかであると判示しました。

そうすると、Aは、重篤な低酸素血症による呼吸不全のため、多臓器不全の状態に陥り、その結果心不全を起こし死亡するに至ったとするXらの主張は医学的知見及び認定事実と矛盾するところもなく、その可能性を一応是認することができ、他方で、AがYの主張するウイルス性心筋炎に罹患していたと認めるには、Aの心電図上にST波上昇の所見が認められないこと、Aには心拡大及び肺うっ血の徴候はいずれもなかったこと、AのCPK値は、強い心筋炎が起こった状態ではなく、細胞壊死は発生していなかったことなどを総合すると大きな疑問が残ること、他にAの死亡原因が見当たらないことを併せ考えると、Aは低酸素血症による心不全(心筋障害)及び循環器障害に陥って死亡したものと認めるのが相当であると判断しました。

2 患者が低酸素血症に罹患していることを疑診しなかった医師の過失の有無

この点について、裁判所は、まず、Aは、再入院時である平成6年1月2日、38.8度の高熱を発しており、脈拍数が156/分、呼吸数が72/分であり、喘鳴、陥没呼吸及びチアノーゼが認められ、呼吸状態が悪化し、湿性咳も出ており、初回の入院時に比べて症状が悪化していたことを指摘しました。このように、発熱と呼吸困難により入院し、その後症状が解消されないまま退院させた患児の症状が初回の入院時よりも悪化し、数日後に再入院を余儀なくされるに至った場合、担当医師は、初回の入院時の診断を再検討し、上記のような再入院時の症状に鑑み、患児が低酸素血症に罹患していることを疑診し、直ちに血液ガス分析検査、経皮酸素モニター、胸部レントゲン写真撮影等の検査を実施して低酸素血症罹患の有無ないし程度を診断し、ガンマグロブリン、副腎皮質ホルモン剤、気管支拡張剤等を投与するとともに、患児の呼吸困難状態及びこれに伴う低酸素血症を改善するため、酸素テント収容、酸素マスク装着、人工呼吸器装着等の方法により呼吸管理措置を緊急に実施すべき注意義務があったと判示しました。

しかしながら、O医師は、Aの症状を軽視し、喘息性気管支炎に過ぎないと判断して、Aの再入院時、血液ガス検査、酸素分圧測定、胸部レントゲン写真撮影等の検査を怠ったため、Aが低酸素血症に罹患していたことを看過し、一般的に処方される守備範囲の広い抗生剤の解熱剤を漫然と投与したに過ぎず、適切な治療を怠ったものであると判断しました。

そして、O医師が医師としての注意義務を尽くしていれば、Aが低酸素血症に罹患していることを把握できた上、適切な検査、治療及び呼吸管理措置を行うことにより、Aの死亡を回避することが可能であったというべきであると判示しました。

そうすると、O医師に医師として適切な検査及び治療を実施しなかった過失があることは明らかで、このO医師の過失とAの死亡との間に相当因果関係があることも明らかであると判断しました。

以上から、裁判所は、Xらの請求を原判決主文の限度で認容した原判決は相当であるから控訴を棄却し、上記(裁判所の認容額)の範囲でXらの請求を認めた原判決の結論を維持しました。この控訴審判決に対して、上告及び上告受理申立がなされましたが、その後上告棄却及び上告不受理となり、控訴審判決は確定しました。

カテゴリ: 2021年7月 9日
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