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No.228「悪性リンパ腫のため死亡した患者について、速やかに必要な検査を行わなかったことにより、患者が救命される相当程度の可能性が侵害されたとして、県立病院医師及び県に損害賠償を命じた地裁判決」

大阪地裁 平成15年12月18日判決 判例タイムズ1183号265頁

争点

  1. 医師らの検査義務違反の有無
  2. 医師らの不法行為と患者Aの死亡との因果関係の有無

事案

A(初診時73歳の男性、眼鏡販売を営む株式会社を経営)は、平成9年5月ころから、下腹部に重苦しい痛みを訴えるようになり、他院で検査を受けるなどしていたが、腹痛の原因は特定されなかった。また、Aは、同年8月ころから食欲不振となり、約3か月で6キログラムの体重が減少した。

そこで、Aは、平成9年9月12日、腹痛や食欲不振等を訴え、Y県が設立運営する県立Y病院(以下Y病院とする。)を受診して入院し、Y病院循環器内科に所属する医師であり、Aの主治医となったY1医師らによる以下の様々な検査等を受け、同年10月5日に退院した後は平成10年1月9日までY病院において通院治療を受けていたが、その間にも、Aの病因の確定診断には至らなかった。

Aは、平成9年9月25日、Y病院放射線科において腹部コンピューター断層撮影(CT)を受けた。その結果、同検査を担当した放射線科医師B医師は、仙骨前面に接し(臍下5センチメートル)、辺縁明瞭で整な1×2センチメートルの薄く染まる固まりを認め、内部は均一な染まり方で、硬化や脂肪の染まり方は認めないため、磁気共鳴画像診断(MRI)でも精査するよう勧告し、腔腹膜腫瘤であり、悪性疾患を除外する必要があると診断した。

Aは、同年10月9日、Y病院放射線科において骨盤腔コンピューター断層撮影(CT)を受けた。その結果、同検査を担当したC医師は、尿管の狭窄部に明らかな塊状の病変及び壁肥厚は認めず、通過は保たれており、明らかなリンパ節腫大は認められないとして、正常範囲内であると診断した。

Aは、同月20日、Y病院放射線科において後腹膜磁気共鳴画像診断(MRI)を受けた。その結果、これを担当したC医師は、上部直腸からS状結腸にかけて約10センチメートルにわたる著明な壁肥厚、内腔に液体の貯留を認め、がんを否定できず、注腸(エックス線)及び大腸ファイバー(内視鏡)での精査が必要であるほか腫瘤マーカーをチェックするよう勧告するとともに、リンパ節では、総腸骨動脈分岐部やや右側に径1.5センチメートルの腫大リンパ節が疑われるとして、画像診断結果としては、直腸の壁肥大(要精査)、リンパ節疾患と診断した。

Aは、同月21日、Y病院放射線科においてガリウムシンチグラム検査を受け、その結果、担当医は骨盤正中部に小さなガリウムの取り込み部分が発見され、骨盤内腫瘍の疑いがあると診断した。

Aは、同年11月26日、Y病院において、注腸検査を受けた。その結果、これを担当した放射線科のD医師は、回腸末端部に憩室が数個認められるが、直腸ないし回腸末端まで通過は良好で、その他に問題はないと診断した。

平成10年1月9日、Aは腹痛を訴えてY病院を外来受診し、Y1医師に対して入院させてほしい旨依頼したが、Y1医師は空ベッドがないと述べて、医療法人N病院への紹介状を書き、AをN病院に紹介した。

そして、Aは、同日N病院に入院したが、翌10日、小腸及び結腸の穿孔による全腹膜炎を発症させ、緊急に小腸部分切除・腹膜炎手術を受けた。

上記手術により生検したAの小腸及び直腸の病理組織検査の結果、平成10年2月9日、B細胞系の悪性リンパ腫であるとの診断がなされた。

Aは、平成10年2月10日、県立I病院に転院し、検査の結果、悪性リンパ腫であるとの診断を受け、CHOP療法と呼ばれる多剤併用の化学療法等を受けたものの、同年4月23日午前11時30分、小腸原発の悪性リンパ腫を直接死因としてI病院において死亡した。

そこで、Aの遺族(3人の子)は、Y病院の医師らの、誤診断などにより、試験開腹による生検など病因特定のために必要な検査義務を怠り、Aの悪性リンパ腫を発見せずにAを死に至らしめたと主張し、Y県及びY1医師に対し損害賠償を求めて訴えを提起した。

損害賠償請求額

患者遺族の請求額(子ども3人):計4064万4999円
(内訳:逸失利益2706万4750円+患者固有の慰謝料500万円+遺族固有の慰謝料600万円+弁護士費用380万6475円の合計額の内金)

判決による請求認容額

裁判所の認容額:計549万9999円
(内訳:患者固有の慰謝料500万円+弁護士費用50万円。相続人が複数いるため、端数不一致)

(裁判所の判断)

医師らの検査義務違反の有無

 裁判所は、まず、平成9年9月25日に施行されたコンピューター断層撮影(CT)の撮影フィルムには、仙骨上部の前面(臍下5センチメートル)に接する辺縁明瞭で整な1×2センチメートル大の腫瘤状陰影が認められるほか、仙骨前面に最大径約5センチメートルの腫瘤状陰影が認められ、この腫瘤状陰影は、大腸及び小腸のクローン病、腸結核等の著明な炎症性病変の可能性もあるが、全周性に腸管の長軸方向に沿って発育した悪性腫瘍の可能性もある画像であると認定しました。

その上で、裁判所は、悪性腫瘍であればAに重篤な結果がもたらせられるおそれがあること、当時のAの臨床症状が、悪性リンパ腫を含む悪性腫瘍としても矛盾しない所見であったこと、コンピューター断層撮影(CT)の直前にAの腹部に腫瘤様のものが触知されていたことなどをも考え併せれば、同CTを行ったY病院の医師らは、平成9年9月25日当時、悪性リンパ腫を含めた悪性腫瘍又は炎症性病変の可能性を考えて、速やかに確定診断に至るべく、必要な検査に着手するなどの措置を採るべき注意義務を負担していたというべきであると判示しました。

その上で、B医師については、証拠によれば、最大径5センチメートルの腫瘤状陰影は連続する5枚のフィルムに明確に描出されていることから、B医師がその存在に全く気付かなかったことは考え難いが、CT所見や診療録上に、この腫瘤状陰影に関する記載がないことからすると、B医師はこの腫瘤状陰影を軽視し、これが大腸又は小腸の著明な炎症性病変又は腸管の悪性腫瘍の可能性を示しており、悪性腫瘍であればAに重篤な結果がもたらされるおそれがあることに思い至らなかったものと考えられ、それ故に、CT所見においてこの腫瘤状撮影につき指摘せず、必要な検査、具体的には注腸検査又は大腸内視鏡検査の施行も勧告しなかったものと認定しました。そして、B医師は、Aの悪性腫瘍又は炎症性病変の可能性につき速やかに確定診断に至るべく、必要な措置を執るべき注意義務違反に違反したと判断しました。

さらに、Y1医師については、同年9月25日のCT画像を慎重に確認せず、B医師の所見のみに従い、上記最大径5センチメートルの腫瘤状陰影が著明な炎症性病変又は腸管の悪性腫瘍の可能性を示しており、Aに重篤な結果をもたらされるおそれがあることに思い至らず、その結果、必要な各検査、特に注腸検査や大腸内視鏡検査の施行を遅延させたのであり、速やかにAの病因の確定診断に至るべく措置を執るべき注意義務に違反したと判断し、Y病院の医師らの診療行為は不法行為を構成すると判示しました。

医師らの不法行為と患者Aの死亡との因果関係の有無

裁判所は、まず、医師が注意義務に従って行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の因果関係は、その診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点でなお生存していたであろうことを是認しうる高度の蓋然性が証明されることを要すると判示しました。

そして、本件において、仮に注意義務違反がなく、平成9年9月25日以降速やかに必要な検査に着手されていたとしても、Aの全腹膜炎による緊急手術が行われた平成10年1月10日までの間に、より早期に胃腸原発の悪性リンパ腫が確定診断に至ったことはなお立証されたとはいえず、また、仮に診断結果が得られ化学療法が行われたとしても、Aに対する化学療法が奏功して救命または延命できたことを立証できたとも言い難いと判示して、医師らの不法行為がなければAを救命または延命し得たであろうことを是認しうる高度の蓋然性があったとまで認めることができないとして、医師らの不法行為とAの死亡との間には相当因果関係が認められないと判示しました。

ただし、裁判所は、仮に医師らの不法行為がなく、検査が順調に進んでいたとすれば、Aの回腸原発の悪性リンパ腫が確定診断に至った可能性は否定できないし、より早期に化学療法が開始されれば、Aに対する化学療法が奏効して延命できた可能性も否定できないから、医師らの不法行為がなければ、Aを救命し得た相当程度の可能性はあったと認定しました。

その上で、裁判所は、AがY1医師及びB医師の不法行為により、救命された相当程度の可能性という法益を侵害され、その結果、精神的苦痛を被ったといえることから、損害賠償としては500万円の慰謝料と50万円の弁護士費用が相当と判示しました。

以上から、裁判所は、上記「裁判所の認容額」記載の範囲で、遺族の主張を認め、Y県とY1医師に対して、連帯して損害賠償を支払うよう命じました。判決はその後、確定しました。

カテゴリ: 2012年12月13日
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