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No.407 「クローン病治療のため回腸結腸吻合部の切除術を受けた患者が、術後、出血性ショックを起こし、脳に重篤な障害が残ったことにつき、大学病院側に対し、出血性ショックの可能性を念頭に置いた術後管理を怠った過失を認めた高裁判決」

福岡高等裁判所平成31年4月25日判決 判例時報2428号16頁

(争点)

術後管理の過失の有無

(事案)

X1(1971年生まれの男性・歯科医)は、平成13年8月、慢性、難治性の炎症性疾患であるクローン病(小腸大腸型)を発症し、平成14年4月22日、学校法人Y1大学の開設・運営する病院(以下、「Y病院」という。)において回盲部切除術を受け、同年8月19日には再手術(回腸楔状切除術)を受けた。

その後も、X1には平成20年12月頃から腹痛などの症状が出始め、平成21年4月9日、C病院に入院し、同年5月21日、Y病院に転院した。

同年5月25日、Ⅹ1に対しクローン病病変を治療するため、回腸結腸吻合部及び回腸部分切除術を主たる内容とする手術(以下、「本件手術」という)が実施された。そして、回腸結腸吻合部の切除部については、端々吻合し再建したものの、より口側に位置する回腸切除部については、X1に術前に貧血や低アルブミン、慢性イレウスによる浮腫状の腸管拡張及び術中出血が大量にあったことから、吻合を行うと縫合不全のリスクが高いと判断し、吻合は行わず、回腸人工肛門の造設術を実施した。人工肛門は後に閉鎖することとした。

なお、X2(医師)はⅩ1の父でⅩ1の成年後見人、X3はX1の母、X4はⅩ1の妻、X5はX1の子、X6はX1の妹、X7(医師)はX1の弟である。

また、Y2は本件手術の執刀医、Y3、Y4およびY5はX1の主治医で、うちY3は主担当医であり、Y6は看護師である。

なお、本件手術中のX1の出血は、腹部大動脈から剥離した上腸間膜の動脈分枝の細い動脈数本からのものであった。また、その量は6046mlであり、X1の循環血液量を上回った。輸血量は濃厚赤血球(MAP)10単位、新鮮凍結血漿(FFP)4単位であった。

Y2は、本件手術前においては、X1の術後管理を4階北病棟において行う予定であったが、上記手術の経過に照らして、縫合不全のリスク等があるものと考え、重症患者を収容する病棟である2階南病棟において術後管理を行うことにした。

Y2は、同日午後6時30分頃、X2及びX3に対し、本件手術の術後説明として、腸管の癒着のため、術中出血量が多くなり、手術時間も長くなったことなどの説明を行ったが、具体的な出血量についての説明は行わなかった。

ところで、Y病院は、ベッド数300床の中規模病院であり、本件手術当時、各科ごとに当直医がいるのではなく、全体について担当する当直医がいるという体制であり、同当直医が、病棟管理の当直と、救急外来の診察を兼務することとされていた。そして、入院患者の急変時には、主治医に連絡するものとされており、心肺停止等の緊急時には、看護師の判断において、当直医に連絡がされ、心肺蘇生術等が実施される場合があるというものであった。なお、本件手術当時、救急当直医が1名、外科系当直医が1名、内科系当直医が1名、小児科当直医が1名という4人体制であった。

X1は、同日午後6時55分頃、手術室を退室した。その際の心拍数は101、血圧は102/60であり、術後のヘモグロブリンは6.9g/dl(下限値13.4、上限値17.6)であった。X1には、右傍結腸孔及び左横隔膜下にドレーン(ペンローズドレーンとデュープルドレーン)が各2本留置された。

Y5は、同日午後8時21分頃、「(1)収縮期血圧を80から140までの間で維持し、80以下となった場合にはイノバン(昇圧剤)1ml/hrずつ増量し、最大10まで、140以上の時はイノバン(昇圧剤)1ml/hrずつ下げる」、「(2)血圧が70台を継続した場合、医師を呼ぶ(Dr.Call)」「(3)ノルアド(ノルアドレナリン)は固定」とする旨の本件指示をカルテに記載したが、このほかに口頭で、Y6に対して、心拍数や酸素飽和度、尿量のバイタルサインのチェックについて、具体的な術後指示はしておらず、Y3やY4も別段の指示はしなかった。

また、Y5は、午後8時17分、輸血を4単位(2単位/4時間)発注したが、その他に輸血の発注の指示はしなかった。

Y医師らは、X1のバイタルが安定してきたことに加えて、特に、ドレーンからの出血もなかったことから、同月26日午前0時頃に帰宅した。

同日午前4時00分、Aは息苦しさを自覚し(心拍数150 血中酸素飽和度87%)、同日午前4時20分、血圧は75/63となった。午前4時30分、イノバン7ml/hに増量。Aの心拍数は155、血圧83/45、右ドレーン120ml(累積490ml、血性)であった。

同日午前4時35分、Y6は、Y5に状況を報告した。これを受けて、Y5は、X1が不穏状態にあるものと判断した上で、Y6に対し、鎮静剤であるアタラックスPの静注投与を指示し、これを受けて同時刻頃、Ⅹ1に対しアタラックスPが1アンプル静注された。

同日午前4時40分、左ドレーン230ml(累積626ml、血性)、ドレーン排液の増量がみられ、ドレーン排液に出血の所見が見られた。

午前5時30分、Y5がY病院に到着した。Y5は輸液を全開とし、昇圧剤及び酸素も増量し、血液ガス検査を行った。

午前5時55分、Y5はY4に電話連絡し、午前5時56分にはY2にも電話で連絡した。また、Y5は、濃厚赤血球10単位、新鮮凍結血漿10単位を検査部へ依頼した。

同日午前6時、右ドレーン40ml(累積530ml、血性)、左ドレーン50ml(累積676ml、血性)となった。

同日午前6時10分、Y2がX1の病棟に到着し、その後、Y4もY病院に到着した。

Y2が執刀医となって、X1に対する上腸間膜内動脈止血術、回腸ストーマ切除、再造設術が実施された(本件緊急手術)。同手術において、Y2が開腹(既往の創部より実施)したところ、大量の血液貯留があり、視野確保も難しい状況であったため、ストーマ部の回腸部分を切除した。その後、Y2が吻合部周辺を剥離したところ、上腸間膜の深部からの出血が確認された。同出血は、本件手術時に止血措置がされた腸間膜上の部位とは頃なる部位の腸間膜上の剥離面からのものであった。

手術時間は、午前8時50分から午後0時40分までであった。X1は、午後1時15分、手術室を退室し、Y病院2階南病棟に入室した。

Ⅹ1は、本件緊急手術後も意識が覚醒しなかったことから、5月30日、CT、MRI検査を受け、その結果、低酸素性虚血性脳症に至ったものと診断された。

その後Ⅹ1は、平成25年10月1日、D病院において、同年9月4日の時点で、高次脳機能障害、運動障害、摂食、嚥下障害(以下、併せて「本件障害」という)の症状が固定している旨の診断を受けた。

そこで、X1およびその親族(X2~X7)は、X1に術後の出血により出血性ショックが生じ、それに伴う低血圧により脳に障害が残ったのは、Yらの責任であるとして、Y1およびY2~Y6に対し、不法行為に基づき、選択的にX1がY1に対し、診療契約上の債務不履行により、損害賠償請求をした。

原判決(福岡地裁平成27年6月25日判決・判例時報2428号26頁)は、Y1(学校法人)及びY3~Y5(主治医ら)の責任を認め、Ⅹ1~Ⅹ7に対して損害賠償を命じ、Y2(執刀医)及びY6(看護師)の請求を棄却した。そこで、Ⅹ1~Ⅹ7及びY1、Y3~Y5の双方が控訴した。

(損害賠償請求)

請求額:
Ⅹ1~Ⅹ7合計で6億55万6797円
(内訳:室料800万2800円+入院期間中の付添看護費4182万1932円+将来の介護費用2億0714万9556円+入院雑費372万3000円+将来雑費1463万8836円+交通費235万7486円+将来の交通費160万4256円+入院期間中の家屋改造費193万4100円+退院後の住宅改造費2100万円+将来の自動車改造費287万0202円+入院中の医療器具等費用76万8495円+将来の医療器具費用48万1504円+立証費用16万5000円+休業損害3175万5558円+逸失利益1億0457万8000円+入院慰謝料711万円+後遺症慰謝料5000万円+弁護士費用4999万6072円(以上Ⅹ1につき)+Ⅹ2~Ⅹ7慰謝料合計4600万円+Ⅹ2~Ⅹ7弁護士費用460万円)

(裁判所の認容額)

原審での認容額:
Ⅹ1~Ⅹ7合計で1億6225万8765円
(内訳:室料800万2800円+入院期間中の付添看護費936万円+将来の介護費用2956万6569円+入院雑費241万5000円+将来雑費757万0786円+交通費228万0486円+将来の交通費119万6371円+入院期間中の家屋改造費193万4100円+入院中の医療器具等費用76万8495円+休業損害1233万3648円+逸失利益3604万3877円+入院慰謝料530万円+後遺症慰謝料2400万円-既払い金控除176万3367円+弁護士費用1390万円+近親者慰謝料850万円+近親者弁護士費用85万円)
控訴審裁判所での認容額:
Ⅹ1~Ⅹ7合計で1億7050万1593円
(内訳:室料800万2800円+入院期間中の付添看護費936万円+将来の介護費用3534万5742円+入院雑費241万5000円+将来雑費905万0595円+交通費228万0486円+将来の交通費143万0217円+入院期間中の家屋改造費193万4100円+入院中の医療器具等費用76万8495円+休業損害1233万3648円+逸失利益3604万3877円+入院慰謝料530万円+後遺症慰謝料2400万円-既払金控除176万3367円+弁護士費用1465万円(以上Ⅹ1について)+Ⅹ2~Ⅹ7慰謝料850万円+Ⅹ2~Ⅹ7弁護士費用85万円)

(裁判所の判断)

術後管理の過失の有無
(1) 本件手術後の出血、出血性ショックの予見可能性

控訴審裁判所は、本件手術後の出血、出血性ショックの予見可能性について、本件手術の術中におけるX1の出血量は、その循環血液量を超える6046mlに上っているところ、証拠によれば、手術中に大量出血や大量輸血がされた後には凝固因子の減少により出血傾向にあること、Y病院が作成した事故調査報告書によっても、体内から6000mlもの血液が失われると、その後の循環動態は不安定な状態であり、改善するためには数日を要するとされていることが認められると判示しました。また、手術中に500ml以上の大量出血が生じた場合の術後30日までの転帰については、58.6%の症例が後遺症の残存を認めなかったものの、15.6%の症例が死亡し(9.3%が術後7日以内、3.6%が術後8ないし30日以内の死亡)、12.7%の症例が何らかの後遺症(植物状態移行や中枢神経障害3.5%を含む。)の残存を認めたとの報告があると指摘しました。

さらに、Y病院が作成した事故調査報告書においても、本件手術の術後リスクとして、一般的な出血、循環器障害、呼吸器障害のみではなく、大量出血による循環の不安定、肝機能障害、腎機能障害、DIC、低アルブミン血症と大量輸液による心不全、肺水腫、大量輸血による肝機能障害など、重篤な状態になる可能性が考えられたことが認められるとしました。

しかも、X1は、クローン病に罹患しているところ、証拠及び弁論の全趣旨によれば、クローン病の特徴の一つとして突然の大量腸管出血があり、ときには致死的出血に至る場合もあること、多くの場合、出血の徴候を把握することは極めて困難であり、出血源の同定すら困難な場合が少なくないことが認められるほか、クローン病の既手術例においては術後1%以上の割合で再出血が発生するとの報告もあることが認められていると判示しました。

控訴審裁判所は、これらの事情を総合すると、過去2回に及ぶクローン病の手術歴のあるX1において本件手術の術中に6046mlもの出血があった以上、Y病院医師らにおいて、本件手術後の急性期にX1が出血を来すことを予見することは可能であったというべきであり、本件手術後の急性期においては、術後出血を念頭に置いた術後管理が求められていたというべきであると判示しました。

そして、術後の出血により比較的急速に血液が失われると、重要な臓器や組織への血流が不足し、組織での酸素代謝が障害される出血性ショックに陥るおそれがあることからすれば、術後の出血に対する処置が遅れれば出血性ショックが生じる可能性を予見することもできたといえるから、本件手術後の急性期においては、Ⅹ1について、術後出血によってショックが生ずる可能性を念頭に置いた術後管理を行う必要があったと判示しました。

(2) 本件指示の適否

控訴審裁判所は、証拠によれば、一般的に、出血に対して迅速かつ綿密な観察による病態診断、適切な処置・治療がされずに遷延すれば、重要臓器への血流量、酸素運搬が減少する結果、重篤な臓器障害が発生するところ、術後急性期においては、術後出血をあらかじめ起こり得る合併症として念頭に置き、早期発見、早期治療に努めるべきであるとされていることからすると、出血性ショックの診断と治療が速やかにされるような管理が求められるというべきであるから、医師が看護師に対して術後管理のための指示を行うに当たって、出血性ショックか否かを医師において迅速に判断できるような内容の指示を行う必要があると判示しました。

特に、Y病院は、各科ごとに当直医がおらず、入院患者の急変時においては、心肺停止等の緊急時を除き、当直医ではなく主治医に連絡するという体制であったところ、看護師が主治医への連絡の要否を逐一判断していたのでは、重篤な事態に陥る恐れがあるから、少なくとも出血性ショックを疑わせる重篤なバイタルサインについては、主治医に連絡をすべき場合を具体的数値で示すなどした上で明確に指示することが求められるとしました。

加えて、本件においては、術後管理に係る医師であるY3~Y5がいずれも自宅に帰宅するとの判断をしたのであるから、医師が看護師からの連絡を受けて患者の下に到着するまでの時間も考慮して、より早期の徴候が生じた時点での連絡を指示することも求められていたというべきであると判示しました。

そして、出血性ショックについては、収縮期血圧と脈拍数(心拍数)が、出血量推定のもっとも良い指標とされていることを踏まえると、医師としては、収縮期血圧と脈拍数に主に着目した術後指示を行うべきであり、少なくとも、収縮期血圧と脈拍数(心拍数)につき具体的数値を示した上で明確に指示すべきであったと判示しました。

もっとも、証拠によれば、初期の出血性ショックでは収縮期血圧の低下が見られない場合があることが認められるから、脈拍数(心拍数)が120回を超える一方で、収縮期血圧が90以上の場合には、脈拍数(心拍数)や収縮期血圧の経時的変化をより綿密に確認し、中等度ショックを示す収縮期血圧の低下が見られた場合には、直ちに医師に連絡されるように併せて指示を行うべきであるとしました。

控訴審裁判所は、以上を踏まえてY5の行った本件指示(収縮期血圧を80から140の間で維持し、80以下となった場合には、いったん昇圧剤であるイノバンを増量し、それでも70台を継続する場合には、主治医に連絡をするという内容)の適否を検討するに、本件指示は、脈拍数(心拍数)については何ら触れられておらず、それ以外に口頭での指示もされておらず、初期の出血性ショックでは収縮期血圧の低下を認めない場合もあることからすると、この点において、まず、不適切なものであったとしました。また、本件指示は、収縮期血圧が90を下回り、さらに80を下回った場合においてですら、看護師において直ちに医師に連絡することを要さず、昇圧剤の増量のみで対応し(昇圧剤の増量が、出血性ショックの根本的な治療改善には功を奏しないことは、医学的知見のとおりである。)、なお70台を継続するに至って初めて医師に連絡をするという内容であり、「継続する」ことの意味も曖昧であるから、この点でも医療水準に反した不適切なものであったと判断しました。

そして、不適切な本件指示を行ったY5(医師経験年数が研修医としての期間も含めて5年程度)の過失があったことは明らかであるほか、主治医かつ主担当医であって指導的立場にあったY3及び同じく主治医であったY4についても、Y5の本件指示を行うに先立ち、他の主治医との間で協議をするか、あるいはY5の本件指示を速やかに確認したうえで適切な術後指示を行うべき義務があったと判示しました。

しかしY3~Y5は、本件指示に関して事前協議はしておらず、Y3はY5が本件指示をカルテに記載した直後に確認したにもかかわらず特に問題としなかったというのであるから、過失があったことは明らかであるし、Y4は帰宅時にその内容を確認していないのであるから、その義務を果たしておらず、過失があったものと言わざるを得ないと判示しました。

以上を踏まえ、控訴審裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でX1~Ⅹ7の請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2020年5月12日
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