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No.146「休診日に緊急来院した急性心筋梗塞の疑いある患者につき、最善の治療態勢のある他院への転送要請が遅れて患者が死亡。市立病院の医師に転送義務違反を認め、患者の請求を全額認容した地裁判決」

神戸地裁平成19年4月10日 判例時報2031号92頁

(争点)

  1. B医師に転送義務違反の過失はあったか
  2. 過失と死亡との間に因果関係はあるか

(事案)

A(昭和13年生まれの男性)は、平成6年2月から、Y市の開設するY市民病院(以下、Y病院)に軽度の肝機能障害、痛風等の治療のため半年に1度ほど通院していた。

Aは、平成15年3月30日(日曜日)の11時30分ころ、急性心筋梗塞を発症し、自宅2階居室において、胸に手を当て息苦しそうにしていた。Aの妻X1は、その様子を見てY病院に電話をし、Aの症状を伝えたところ、電話に応対した看護師から、すぐに連れて来るよう言われたため、X1は、直ちにAを車に乗せてY病院に連れて行き、Aは、12時15分ころ、Y病院に到着した。なお、Y病院には、経皮的冠動脈再建術(以下、PCI)をするための医療設備及び医療スタッフが存在しなかった。

B医師(平成10年3月に医学部を卒業後、研修を経て平成13年6月から1年間Y病院の内科に常勤として勤めた経験がある。その後医学部大学院に在籍し、アルバイトで日曜日の日直医としてY病院に勤務、消化器内科が専門)は、Aを診察し、12時30分ころ、心電図を見て「Ⅱ、Ⅲ、avf」にST波の上昇が見られることを認めた。また、B医師は、そのころAを問診し、同日11時30分ころから胸部の圧迫痛を感じ始め、それが持続しているとの説明を聞き、12時39分に血液検査の指示を出した。

B医師は、Aが心筋梗塞であると判断したが、直ちにPCIが可能な他の病院にAを転院するための行動は何らとらず、13時03分にミリスロールの点滴を開始した。B医師は、13時10分を過ぎたころ、指示した血液検査とは別に、自ら簡易の血液検査であるトロポニン検査を実施したところ、心筋梗塞陰性との結果を得た。13時40分には、指示していた血液検査の結果も出て、それも心筋梗塞陰性であった。

B医師は、ミリスロールの点滴の実施にも関わらず症状が改善しないことから、PCIが可能な専門病院にAを転送することにし、13時50分ころ、C市民病院(以下、C病院)に転送要請をしたところ、14時15分ころ、C病院より了承する旨が伝えられた。

Y病院は、14時21分、救急車の出動を要請し、救急車は、14時25分にY病院に到着した。この時点で、Aは、内科処置室内のストレッチャーの上で横になって点滴を受けており、意識は清明であった。救急隊員は直ちにAを救急車のストレッチャーに移そうとしたが、移す直前に容態が急変し、意識喪失状態となって呼吸が不安定となり、ストレッチャーに移された直後、除脳硬直が見られた。なお、この時点では、Aにモニターは装着されていなかったし、容態急変の直後にも装着されていなかった。

B医師は、Aの容態を見て、脳梗塞を合併したと疑い、救急隊にCT室に運ぶよう指示したが(理由は不明)、CT室に着く前にAの自発呼吸まで消失してしまい、蘇生術を行うため、Aを処置室に戻した。そしてB医師は、14時47分、蘇生のためエピネフリンを投与し、援助を求められたD医師が、14時48分、気管挿管をした。その後、Aは、エピネフリン、ドブトレックス及びプレドパの投薬を受けるなどしたが、15時36分、死亡が確認された。なお、死亡までの間、除細動器による電気的除細動は1度も行われていなかった。

そこで、Aの遺族である妻X1、AとX1との間の子であるX2~4は、B医師には、Aを直ちに心筋梗塞患者を専門的に治療することが可能な病院に転送すべき義務があるにも関わらず、これを怠った過失があるなどと主張して、B医師が勤務しているY病院を開設するY市に対し、損害賠償を請求して訴えを提起した。

(損害賠償請求額)

遺族の請求額 :遺族(妻子)合計3909万2437円
(内訳:Aの慰謝料2500万円+逸失利益1049万2439円+弁護士費用360万円端数不一致)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:遺族(妻子)の請求額と金額内訳ともに同一(全部認容)

(裁判所の判断)

B医師に転送義務違反の過失はあったか

この点につき、裁判所は、まず、B医師は、血液検査の指示を出した12時39分の時点では、心電図検査の結果及び問診により、Aには、急性心筋梗塞に典型的な所見・症状がみられることを把握していたし、その所見・症状は、臨床医療上、ほぼ間違いなく急性心筋梗塞であると診断するに足る程度のものであった、と認定しました。

そして、医学的知見に基づき、急性心筋梗塞の最善の治療法は再灌流療法であり、それもできるだけ早期に行うほど救命可能性が高まると言えるから、医師が急性心筋梗塞を診断したときには、可能な限り早期に再灌流療法を実施すべきであると判示しました。そして、Y病院では、PCI等の再灌流療法を実施できないから、結局のところ、B医師としては、12時39分の時点で、再灌流療法を実施でき、かつ、救急患者の受け入れ態勢がある近隣の専門病院にできるだけ早期にAを転送すべき注意義務(以下、本件注意義務)を負っていたと判断しました。

また、Y病院の近隣の専門病院であるC病院、E病院は、いずれも休日に心筋梗塞患者の転送を受け入れており、両病院とも、受け入れに際し、血液検査の結果を求める運用をしていなかったと認められるから、B医師がどちらかの病院に転送要請することに何ら障害はなかった、としました。

しかし、以上にも関わらず、B医師は本件注意義務を果たさず、13時50分になってようやくC病院に転送要請の電話をしたのであって、約70分も転送措置の開始が遅れたことになる、として、裁判所はB医師の注意義務違反(過失)を認めました。

過失と死亡との間に因果関係はあるか

この点につき、裁判所は、Y病院からC病院に転送要請の電話がされた後、C病院から受け入れ了承の連絡がされ、実際に救急車が到着するまでの時間が35分間であったことが認められるところ、仮にB医師が本件注意義務を果たしていたならば、救急車が13時15分ころ、Y病院に到着していたと推認でき、Y病院からC病院またはE病院まで患者を救急車で搬送し、処置室に運び込まれるまでの時間は、約20分であると認められるから、Aが処置室に運び込まれるのは、13時35分ころである、と判示しました。

そして、急性心筋梗塞患者を受け入れた専門病院としては、PCIが実施されるまでの間、CCU(冠動脈疾患に対する治療を行うための集中治療室)において効果的な不整脈管理がされ、致死的不整脈が発生すれば、速やかに除細動などの救急措置が行われたであろうということができ、本件のように、14時25分に心室細動が発生したのに電気的除細動さえもされないという最悪の事態を避けることができたはずである、と判示しました。

次に裁判所は、専門病院において、他院から転送を受け入れた場合、患者が来院してから、PCIの処置が完了するまでの時間は、特段の事情がなければ、長くても3時間程度であると推認できるから、Aが13時35分ころにC病院またはE病院の処置室に運び込まれていれば、PCIの処置を終えるのは、遅くとも16時35分ころであったとみるのが相当であり、仮にB医師が本件注意義務を果たしていたならば、Aは、11時30分に心筋梗塞発症後、約5時間後である16時35分ころには、PCIの治療を完了していたと推認することができる、としました。

さらに裁判所は、再灌流療法は、発症から再疎通までの時間が短いほど効果が大きく、発症後12時間以内に達成されると有効とされること、特に、発症12時間以内のST波上昇型の心筋梗塞であれば、再灌流療法のよい適応であるとされるから、B医師が本件注意義務を果たしていたならば、Aは、有効な再灌流療法を受けることができた、と認定しました。また、急性期再灌流療法が積極的に施行されるようになってからは、病院に到着した急性心筋梗塞患者の死亡率は10パーセント以下である、と認定しました。

したがって、裁判所は、本件注意義務が果たされていたならば、Aは、併発する心室細動で死亡することはなく、無事、再灌流療法(PCI)を受けることができ、90パーセント程度の確率で生存していたと推認することができるから、B医師の本件注意義務の懈怠とAの死亡との間には因果関係が肯定される、と判示しました。

以上から裁判所は、Xらの請求を全面的に認め、Y病院を開設するY市に対し、上記のとおり遺族の請求額と同額の損害賠償の支払いを命じました。

カテゴリ: 2009年7月 3日
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