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No.231「内視鏡検査のため局所麻酔を投与された患者が、挿管直後に心停止の状態となり、死亡。遺族の損害賠償請求を棄却した一審判決を変更して、病院側の不法行為責任を認めた高裁判決」

福岡高等裁判所平成17年12月15日判決 判例タイムズ1239号275頁

(争点)

  1. 患者の死因(局所麻酔薬アレルギーによる心不全か、脳幹部脳梗塞か)
  2. 局所麻酔薬投与に際して、医師らに注意義務違反があったか
  3. 救命措置について、医師らに注意義務違反があったか
  4. 相当因果関係の有無

(事案)

Y病院は、精神障害者、痴呆性老人などを対象とした治療、看護、介護を行うことを目的とし、診療科目として、精神科・神経科・内科(循環器・消化器)・リハビリテーション科を設けている病院であり、YはY病院を経営する医師である。

A(死亡当時53歳の女性)は、昭和43年10月、准看護婦としてY医師が経営するY病院に勤務するようになり、育児のためいったん退職したが、昭和50年4月、Y病院に再就職し、死亡時までY病院に勤務していた。

平成12年9月24日、Aは自宅トイレの清掃中、突然、気分が悪くなったため、救急医療センターを受診し、その後、数日間自宅で安静にしていたが、症状が改善しなかったため、同月28日Y病院を受診して投薬をうけた。しかし、翌29日のY病院での診療の際にも、Aが引き続き不調を訴えたため、担当医であるB医師は精密検査をする必要があると判断し、翌30日にAに対する腹部エコー検査及び本件内視鏡検査を行うことにした。

同月30日、Aは、腹部エコー検査受診後に、C准看護師から、内視鏡検査の前処置として局所麻酔薬(キシロカイン)の投与を受け本件内視鏡検査が開始された。しかし、内視鏡挿管直後Aは突然、頸部硬直、四肢及び全身の筋硬直、眼球上転並びに呼吸回数の低下(失調性呼吸の状態)を引き起こし、B医師の呼びかけにも反応しなかったので、B医師は直ちにAの胃内から内視鏡を抜去した。この内視鏡をAに挿管してからせいぜい1分前後であった。

Aは完全に意識を失っている状態であり、呼吸数が低下し、脈も弱くなっていたため、B医師はマウスツーマウスによる人工呼吸を、D医師は心臓マッサージを始めた。他方C准看護師は内視鏡室から検査エリア・管理棟の事務室横ドアの鍵を開けて同棟外来第2診察室へいって救急カートを内視鏡室に搬入するよう依頼し、その結果、救急カートが第2診察室や2病棟の第2詰所から内視鏡室に搬入され、また心電図モニターも2病棟の病室から搬入された。

その後、B医師及びD医師による心肺蘇生のための救命措置が約2時間程度執られたものの、Aの心肺停止状態は回復せず、午後0時30分に死亡が確認された。

その後、Aの遺族(夫及び子)は、診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づき、Yに対して訴訟を提起した。

第一審裁判所が、遺族の主張する担当医ら及びYの義務違反は全て認められないとして請求を棄却したため、遺族が控訴した。

(損害賠償請求額)

患者遺族(夫と子)の請求額:計9297万0746円
(内訳:逸失利益5031万8860円+患者固有の慰謝料2700万円+遺族の慰謝料2名計600万円+葬儀費用120万円+弁護士費用845万1886円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:【第一審の認容額】計0円
【控訴審の認容額】計5693万0416円
(内訳:逸失利益2053万0416円+患者固有の慰謝料2500万円+遺族の慰謝料2名計500万円+葬儀費用120万円+弁護士費用520万円)

(裁判所の判断)

患者の死因(局所麻酔薬アレルギーによる心不全か、脳幹部脳梗塞か)

この点について、控訴審裁判所は、Aがキシロカイン投与されてまもなく容体が急変していること、Aの症状のうち、急激な意識障害、呼吸低下及び徐脈・血圧低下は、キシロカインショックの症状と合致するものであること、Yが主張する脳幹部脳梗塞は、Aの死因として有力なものとは到底いえず、そうである以上、死因は高度の蓋然性をもって、キシロカインショックによる心不全であると認めるのが相当であると判示しました。

局所麻酔薬投与に際して、医師らに注意義務違反があったか

この点について、控訴審裁判所は、まず、キシロカインが有する副作用の危険性に対処するために、各能書に記載された基本的注意事項や一般に内視鏡検査の前処置として指摘されている事項からすると、本件内視鏡検査を担当したB医師及びC准看護師は、検査に先立ち、Aに対して十分な問診及び観察によりその全身状態を把握すべき義務を負っていたと判示しました。その上で、B医師及びC准看護師がキシロカイン投与の前後や内視鏡の挿管前にAの血圧測定を行っていないことは、その問診義務及び観察義務を怠ったものというべきであると判断しました。

救命措置について、医師らに注意義務違反があったか

この点について、控訴審裁判所は、内視鏡検査の前処置としてキシロカイン投与には、生命に関わる重篤な副作用の危険性がある以上、これに対する救命措置態勢が周到に準備されていなければならず、特に、その重篤な副作用が発生する危険性は、内視鏡検査の前処置及びその検査を実施する部屋が一番高いのであるから、救命措置態勢の一環として、当該部屋に救命措置のための薬剤及び器具等が準備されているのが必須であると判示しました。

その上で、救命措置のための救急カート等を内視鏡室に配備しなかったという点においても、Yには本件における注意義務違反を認めるのが相当であると判断しました。

さらに、Yからは、Aの死亡という重篤な結果が生じているのもかかわらず、当時の心電図モニターの記録用紙も紛失したとして提出されていないばかりでなく、上記救命措置の時間的経過に関する客観的証拠も全く提出されていないこと、唯一、本件内視鏡検査等の時間的経過を推認させる腹部エコー検査及び内視鏡検査画像の表示時刻についても、Y自身、いずれも正時刻と大きく相違している旨主張していることなどを指摘した上で、このように、Aに対する救命措置の時間的経過について、医療機関であるYが客観的資料を何一つ提出できないという事態は、Aに対する救命措置現場の混乱ぶりを如実に示すとともに、何らかの不自然さを拭うことができないばかりでなく、本件訴訟における注意義務違反の立証に関する不利益、すなわち、内視鏡検査における局所麻酔薬による重篤な副作用が生じたときの本件病院の救命措置態勢の欠陥、ひいては、担当医らの救命措置における注意義務違反を推認させるという不利益をYが負うべきであると判示しました。

その上で、Aに対する救命措置に関して、担当医らに要求される迅速かつ適切な治療行為を行うべき注意義務に違反したものと推認しました。

相当因果関係の有無

この点につき、控訴審裁判所は、アナフィラキシーショックの死亡率は5パーセント程度といわれていること、Aの症状の経過からすると、そのショック症状はかなり重篤なものであったことは明らかであるが、上記の一般的な死亡率をもってすると局所麻酔薬の重篤な副作用であるアナフィラキシーショックが発症しても、適切に救命措置が執られれば、死亡という重大な結果発生を回避できる可能性は大きいと評価するのが相当であると判示しました。その意味で、Aに対する血圧測定がされていれば、早期にショック症状を発見することが可能となり、ひいては、迅速に適切な救命措置を執ることも可能であったといえ、また、内視鏡室に救急カートが配備すべき、あるいは担当医らの適切な救命措置を行うべき義務が尽くされていれば、死亡という重大な結果発生を回避できる可能性が大きいと評価するのが相当であるとして、医師らの注意義務違反とAの死亡との間に相当因果関係を認めました。

以上から、控訴審裁判所は上記「裁判所の認容額」の範囲で、Xの請求を認めました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2013年1月17日
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