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No.192 「胃切除術後の患者に脳神経障害が発生。麻酔医の過失が認定され、病院の使用者責任が認められたが、外科医の責任は否定された地裁判決」

新潟地裁 平成6年5月26日判決 判例タイムズ872号263頁

(争点)

  1. 麻酔の管理に過失はあったか
  2. 担当外科医Y2医師に過失はあったか

(事案)

患者A(昭和60年死亡時48歳の男性)は、農業に従事するかたわら村の農業協同組合に勤務していたが、昭和59年5月30日、労働福祉事業団(以下Y1)の経営するY病院において、Y2医師(外科・消化器外科)に胃潰瘍と診断され、入院した。

同年6月10日16時頃、Aが吐血及び下血をしたので、Y2医師はAが胃出血でショック状態にあると判断、直ちに胃切除術を行うこととした。Y2医師は、N大学医学部付属病院(以下N病院)に麻酔医の応援を依頼するとともに、Y病院のB医師(医師経験3年目の整形外科の研修医で、麻酔の研修を半年行い、全身麻酔約180例の経験がある)に麻酔医到着までの麻酔管理を依頼した。

Y2医師は、Aがショック状態にあり、臓器血流量の減少を避け、手術中の血圧を高く保つ必要があるとの考えから、浅い麻酔の状態で手術を実施しようと考え、浅い麻酔と強い鎮静剤の組み合わせである全GO+NLA変法による麻酔法を予定し、B医師に対しては、Aが貧血性のショック状態にあることを伝え、血圧を極端に下げないように指示した。

同日18時頃、Y2医師及びB医師は、Aに対して商品名ドロレプタン(ドロペリドール・麻酔用神経遮断剤)4.5ml、商品名ソセゴン(ペンタゾシン・非麻薬鎮痛剤)60㎎、商品名イソゾール(チアミラルナトリウム・麻薬剤)200㎎を静注して麻酔の導入をし、商品名サクシン(サクシニールコリンクロライド・筋弛緩剤)40㎎を静注してから気管内に挿管した。

さらにB医師は、笑気と酸素(酸素濃度20%)の混合ガスにフローセンを加えて、Aに吸入させた。18時20分頃以降は、応援の依頼を受けN病院から来たC医師が麻酔管理を行った。

18時17分頃、Y2医師は胃切除術(以下本件手術)を開始し、19時47分頃、本件手術は終了した。

しかし、19時55分頃、Aに不整脈が発生し、最高血圧が230㎜Hgと異常に高い状態となった。そこで、C医師やY2医師は、抗不整脈剤を静注するなどし、その後、血圧が低下傾向となったが、Aは覚醒しなかった。

Aは、その後Y病院や他院で治療を受けたが、意識を回復しないまま、昭和60年8月29日、脳神経障害に起因する緑膿菌による肺炎、胸膜炎、尿路感染症により死亡した。

その後、Aの遺族(妻子)が、本件手術時の麻酔管理に誤りがあったため、脳神経障害が発生し、Aが死亡するに至ったとして、Y1及びY2医師に対して損害賠償を求めて訴えを提起した。

(損害賠償請求額)

患者遺族の請求額:遺族(妻、子)合計5380万円
(内訳:治療費32万5950円+入院付添費356万8000円+入院雑費44万6000円+休業損害232万5764円+逸失利益2135万3304円+慰謝料2000万円+葬儀費用90万円+弁護士費用489万円。端数不一致。)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:遺族(妻、子)合計4953万0456円
(内訳:治療費31万7176円+入院付添費231万4000円+入院雑費44万5000円+休業損害232万5764円+逸失利益1873万8517円+慰謝料2000万円+葬儀費用90万円+弁護士費用449万円。端数不一致。)

(裁判所の判断)

麻酔の管理に過失はあったか

裁判所は、まず、Aが出血性ショック状態にあったこと、出血性ショック状態では、浅い麻酔状態で、血圧を比較的高い状態に安定させて、手術を実施する必要があり、Y2医師が行った、浅い麻酔と強い鎮静剤の組み合わせであるNLA変法は出血性ショック状態にある患者に対する麻酔方法として一般的であると判示しました。

他方、フローセンは強力な麻酔作用を有する麻酔剤で、麻酔深度の調整が容易であるが、副作用として循環抑制作用が強く、出血性ショック状態の患者に対する使用については、一般的に禁忌とまで言えないが、熟練した麻酔担当医が低血圧発生を予想して使用すべきであるとされ、教科書的な医学文献のなかには、ショック状態の患者の麻酔維持には禁忌であるとするものもあると判示しました。

その上で、裁判所は、本件麻酔導入時に投与されたドロレプタン、イソゾール及びソセゴンの量、作用持続時間、笑気の投与、Aの最高血圧の状態からすると、これらの薬剤だけで十分に麻酔は導入・維持できたものと推認され、本件麻酔導入後25分以内においては、さらにフローセンを投与する必要はなかったうえ、本件麻酔におけるように多量の薬剤を投与してのNLA変法に加えて高濃度のフローセン1%を投与することは、その強い循環抑制作用からして、出血性ショック状態にあったAに対しては、血圧の低下、循環血液量の一層の減少をもたらしており、不適切であったと判示しました。

そして、B医師が、本件麻酔実施前にY2医師からAが出血性ショック状態にあることを知らされ、血圧を極端に低下させないように指示されており、また、フローセンの循環器抑制作用は一般知識であることから、B医師がフローセンを使用したことについて落ち度があったと認定しました。

また、Aが出血性ショックによりヘモグロビン量が低下し、脳の酸素供給量の不足状態にあったのであるから、20%の濃度の酸素の投与は脳酸素供給量の不足を補うことができず、不適切であったとしてこの点についてもB医師に落度があったと認定しました。

担当外科医Y2医師に過失があったか

この点につき、裁判所は、外科医師は、麻酔担当医師の麻酔管理が適切に行われているかどうかを監督すべき立場にあり、その監督に不備があった結果、患者に損害が生じた場合には、その監督責任を問われることとなると判示しました。しかし、麻酔担当医師の過失により患者に損害が生じた場合には、当然に術者である外科医師にも注意義務違反があったことになるとする患者遺族らの主張は、本件手術のように複雑困難で、多数の専門的知識と技術を有する手術要員の役割分担により、初めて実施可能となる手術においては、不可能を強いるものであり、採用できないと判断しました。

その上で、Y2医師がB医師に対し、Aが出血性のショック状態にあることを知らせ、血圧を極端に下げないように指示していること、B医師はフローセンの使用や吸入酸素濃度を20%とすることについて、Y2医師に何の報告もしていないこと、本件手術が日曜日に実施された緊急手術であり、手術要員の集合が遅く、麻酔医としての経験があるB医師に麻酔導入を委ねたことを総合すると、Y2医師はB医師に対する監督責任を果たしていたといえると判断し、Y2医師の損害賠償義務を否定しました。

裁判所は、B医師がY1の被雇用者であり、Y1の医療事業の執行として本件麻酔が実施され、B医師に過失があったことから、Y1は民法715条1項の使用者責任を負うとして、Y1に対して上記裁判所の認容額記載の損害賠償を命じました。

カテゴリ: 2011年6月 3日
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