医療判決紹介:最新記事

No.135「患者が、心房粗動に対するカテーテルアブレーションの治療実施中に死亡。医師が説明義務を怠ったとして、医療法人に慰謝料の損害賠償義務を認めた判決」

大阪地方裁判所平成17年1月28日 判例タイムズ1209号218頁

(争点)

  1. 患者の心房粗動に対してカテーテルアブレーションの適応があったか
  2. 担当医は本件治療に対する説明義務を怠ったか

(事案)

患者A(死亡当時57歳の女性)は、平成13年5月3日朝方より、M救命医療センターを受診し、その際、眼前暗黒感、胸部不快感及び動悸を訴えた。心電図で洞徐脈と補充収縮が認められて、徐脈と診断され、Aは同センターの紹介により、医療法人Yの設置・運営するY病院へ入院し、洞機能不全症候群等の治療を受けていた。

平成13年6月6日、Aは心房粗動に対するカテーテルアブレーションのための電気生理学的検査を実施中、急性タンポナーデを発症し、その後死亡した。なお、6月4日、Y病院の医師は、Aに対して心房粗動に対するカテーテルアブレーションによる治療及びペースメーカー植え込みに際しては、合併症として大出血により死亡に至ることも大変まれながらあり得ること及び輸血による救命が可能と判断した場合であっても、宗教上の理由から輸血しないこととするが、それにより死亡の可能性を否定することはできないことを説明した。そして、エホバの証人信者である患者Aはこれに同意し、輸血謝絶兼免責証書に署名・押印していた。

患者Aの夫X1と2人の子のうちの1人X2が原告として、医療法人Yに対して診療契約上の債務不履行もしくは不法行為に基づく損害賠償を請求した。

(損害賠償請求額)

患者の遺族(夫と子)の請求額:3721万0932円
(合計4961万4577円(内訳:逸失利益2190万6677円+死亡慰謝料2400万円+葬儀費用20万7900円+弁護士費用350万円)のうち、患者の夫が2480万7288円、2人の子のうち原告となった1人の子が1240万3644円を請求)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:585万円。
(内訳:慰謝料700万円(うち夫が350万円、2人の子のうち原告となった1人の子が175万円を相続)+弁護士費用60万円)

(裁判所の判断)

患者の心房粗動に対してカテーテルアブレーションの適応があったか

裁判所は、日本ガイドライン及び鑑定意見から、本件治療当時の標準的治療の内容に照らせば、本件患者の心房粗動に対してカテーテルアブレーションによる治療を実施することは、標準的治療であるということはできないとしました。

しかし、本件治療当時には、カテーテルアブレーションについて一定の水準を満たした施設における治療としても、必ずしも明確な指針が示されていたとはいえない状況にあったことから、本件治療が結果的に標準的治療に該当しないとしても、当該治療行為を行う医療従事者の能力、当該治療行為に必要な医療設備ないし医療環境を前提とした上で、(1)当該疾病に対する治療の必要性の有無(当該疾病の生命・身体に対する危険性の程度及び治療の必要性・緊急性の程度)、(2)当該治療方法の当該疾病に対して期待される一定の治療効果(有効性)の有無(当該治療法の当該疾病に対する効果の内容及びその効果が期待できる患者の割合等)、(3)当該治療行為に医療行為として期待される安全性の有無(当該治療行為に伴う生命・身体に対する危険性とその治療効果との比較等)を総合的に考慮して、本件治療を実施することが、医学的ないし社会的にみて違法であるとはいえない場合もあるとしました。

そして、本件では、患者Aの心房粗動に対して、ペースメーカー植え込み前の段階でカテーテルアブレーションを実施する必要性は、高いとはいえないものの、その必要性を否定することもできないこと、患者Aの心房粗動は、詳細な電気生理学的検査を実施することが必要ではあるものの、その検査によって、峡部依存性心房粗動として、リエントリー回路を捕捉することができた場合には、患者Aの心房粗動に対するカテーテルアブレーションによる治療は、高い有効性及び根治性を有することが予想されることを指摘しました。さらに、患者Aは、輸血を拒否していることから、カテーテルによる穿孔が生じた場合には、死亡に至る危険性が通常の患者に比べて高いものの、カテーテルによる穿孔を生じる可能性は低いから、Aに対してカテーテルアブレーションを実施する危険性は合理性を欠くほど高いものということはできないとしました。よって、担当医が本件治療を行ったとしても、医学的ないし社会的にみて、違法な医療行為であるということはできないとしました。

担当医は本件治療に対する説明義務を怠ったか

医師は、患者の疾患の治療を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の治療の内容、治療に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務があると解されるとしました。

さらに、患者Aの心房粗動は、ペースメーカー植え込みを実施するのでなければ、その時点で直ちに治療をしなければならない状態であったとはいえないから、本件治療は、標準的治療に比べ、治療の必要性としては必ずしも高いものとはいえず、また、本件患者が輸血を拒否していることから、死亡に至る危険性は通常の患者に比べて高いことからすれば、本件治療を実施しようとする担当医は、標準的治療に該当する治療行為を実施する場合や輸血拒否といった特殊事情のない場合に比して、より詳細かつ正確に本件治療の必要性、有効性及び安全性について、患者に対する説明を行って、患者の理解及び同意を得る必要があったとしました。

そして、本件では、担当医は、患者Aに対して、患者Aの心房粗動について、自然発作の既往があり、それが患者Aの動悸に影響を与えた可能性は否定することはできないものの、その可能性は高くないことから、ペースメーカー植え込みを実施しなければ、現段階においては、治療を要するものではなく、さらには、ペースメーカー植え込みを先行させて、その後は、経過観察しつつ、心房粗動の発作を認めた段階で治療を行うことも有力な選択肢の一つであること、しかし、その選択肢には、いくつかの問題点があることから、ペースメーカー植え込み前に心房粗動に対するカテーテルアブレーションを実施すること等を説明し、本件治療についての本件患者の同意を得るべきであるという説明義務を負っていたと判示しました。それにもかかわらず、担当医は心房粗動に対する治療を実施する必要性が極めて高いと誤認しかねない説明をしたり、ペースメーカー植え込みを先行させてその後は経過観察をしつつ、発作を認めた段階で治療を行うことも有力な選択肢の一つであることの説明をせずに、先行させた場合の問題点のみ説明するなど、正確な説明をせず、説明義務を怠った過失があると認定しました。

しかし、担当医が説明義務を尽くしていたとしても、患者Aが本件治療を選択した可能性も否定できないことから、担当医の本件治療についての説明義務違反と患者Aの死亡との間に相当因果関係を認めませんでした。もっとも、患者Aは自己の疾患について正確な説明を受けた上で、本件治療の他に採り得る有力な治療方針があったのに、これを選択し得る機会を奪われたという人格的利益を侵害され、その結果、多大な精神的苦痛を被ったといえることから、医療法人Yの慰謝料についての損害賠償義務を認めました。

カテゴリ: 2009年1月16日
ページの先頭へ