医療判決紹介:最新記事

No.65「国立病院でAVM(脳動脈奇形)の全摘出手術を受けた患者に重篤な後遺障害が生じその後死亡。医師の治療法の選択には過失は無かったが、手術の危険性についての説明義務違反があったとして国に慰謝料の支払いを命じた地裁判決を高裁も維持」

東京高等裁判所 平成11年5月31日判決(判例時報1733号37頁)

(争点)

  1. KのAVM治療のため、本件手術を選択したことにつき医師らに過失があったか
  2. 本件手術に際してKやXらに対して手術の必要性、危険性について十分な説明がなされていたか

(事案)

患者Kは、昭和48年(満5歳)ころから左半身麻痺等の症状が出始め、昭和49年10月にはJ医科大学付属病院において大型の脳動静脈奇形(arteriovenous malformation、以下「AVM」という。)と診断された。Kは同年11月に国立Y病院(本件病院)で受診し、以後5年余にわたってAVMの経過観察と投薬治療を受けた後、昭和56年6月(満13歳)にその全摘出術(本件手術)を受けたが、予後不良であり、かえって術前よりも重篤な障害が残った。

Kは、平成4年にY病院を開設する国に対し、不法行為又は診療契約に基づく債務不履行を理由として損害賠償請求の訴えを提起した。

本件が第一審継続中の平成5年7月、Kは誤って自宅の浴槽に転落して全身に火傷を負い、そのショックのため数時間後、25歳で死亡した。そこで両親であるXらが訴訟を承継した。

(損害賠償請求額)

遺族の一審(地裁)での請求額
1億円
(内訳:入院雑費38万7400円+付添・介護費1994万8500円+死亡までの逸失利益2425万6400円+死亡後の逸失利益6065万2565円+受傷、後遺障害及び死亡による慰謝料3000万円+弁護士費用1000万円の合計1億4524万4865円の一部)

(判決による請求認容額)

一審及び控訴審の認容額
1800万円
(内訳:説明義務違反による精神的損害に対する慰謝料1600万円+弁護士費用200万円)

(裁判所の判断)

KのAVM治療のため、本件手術を選択したことにつき医師らに過失があったか

この点につき、裁判所は、本件手術が行われた昭和56年当時の医療水準からみて、担当医師らがKのAVMの手術適応があるとした判断が不合理なものということはできないとして、医師らの過失を否定しました。

本件手術に際してKやXらに対して手術の必要性、危険性について十分な説明がなされていたか

裁判所は、この点につき、「脳AVMのように、保存的療法によるか外科的療法によるか優劣に議論があり、しかも手術により死亡もしくは重大な後遺症の発現する可能性 が無視し得ない程度に存在するという場合には、医師において、患者の病状、手術の内容と危険性、保存的療法と手術の得失等について、患者が手術によるか保存的療法によるかを自由かつ真摯に選択できるよう説明をする義務があることはいうまでもなく、とりわけ医師の側において当該施設における同種症例の手術結果について一定の経験と知見を有している場合には、単に手術の危険性について一般的な説明に止まることなく、適宜それらの手術実績に基づく知見をも情報として示すなどし、患者が当時における保存的療法と外科的療法双方の予後、危険性等について適切な比較検討をなし得るため、十分な具体的説明を行うべき義務がある」と判示しました。

そして、本件における担当医師らが行った説明は、「保存的療法と外科的療法との得失の説明において、その真摯さ、具体性、詳細性の点からして不十分なものがあったと判断せざるを得ない」と判示し、「医師が患者に負っている治療法の選択のための適切な情報を提供する義務」に違反したと判断しました。

そして、「本件病院の担当医師らによる説明義務違反によって、Kは手術の危険性等の点において十分検討し、自らの権利と責任において自己の疾患についての治療法を選択する機会を奪われ、自らの人生を真摯に決定する機会を喪失したことになるのであって、これによってKの被った精神的損害は重大である。」と判示して慰謝料を1600万円が相当と判断しました。他方、手術適応の判断や手術前検査の実施に関する担当医師らの過失や債務不履行の責任は認定できない以上、本件手術によって生じた障害(及びその後の死亡)を前提とする損害の賠償は認めませんでした。

カテゴリ: 2006年2月15日
ページの先頭へ