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No.89「人間ドックの便潜血検査で(+)の反応が出たが、病院は再検査等の受診を促さず、その後受診者は癌で死亡。病院の損害賠償責任を認める判決」

東京地方裁判所 平4年10月26日判決(判例時報1469号98頁)

(争点)

  1. 人間ドック検査における、Y病院の過失の有無
  2. Y病院の過失とAの死亡との因果関係

(事案)

患者A(死亡当時63歳の男性)は、健康保険組合の被保険者として、Y医療法人が開設するY病院において、昭和56年11月27日、昭和57年11月9日、昭和58年12月25日及び昭和59年12月4日に人間ドックのために入院し、それぞれ1泊2日の検査を受けた。なお、健康保険組合がその被保険者に対する保険施設として実施する人間ドックに関しては、健康保険組合連合会(健保連)と社団法人日本病院会(日本病院会)との間で契約や協定が締結され、日本病院会は指導基準を定めており、それによると便潜血検査で反応(+)の場合には3ヶ月後の追及を要すると定められている。このうち、昭和58年及び昭和59年の検査の際、2年連続して便潜血検査の陽性反応が記録された。しかし、Y病院ではツープラス(+)(+)以上が異常であるという独自の判断基準を設けており、いずれの検査においてもAに対して精密検査又は再検査を促すなどの指導を行わなかった。

Aは、昭和60年10月、下痢等の症状を訴えて、親戚の医師の診断を受け、その勧めにより、B県癌センターを受診し検査を受けたところ、S状結腸癌であることが判明した。Aは同年11月7日に同センターで手術を受けたが主病変は周辺組織に癒着していた。

その後、昭和62年9月になり癌が肝臓に転移していることが判明した。Aは昭和63年4月15日に転移性肝癌により死亡した。

(損害賠償請求額)

患者遺族の請求額 遺族合計で3436万9977円
(内訳:逸失利益1225万9977円+死亡した患者の慰謝料1000万円+遺族固有の慰謝料3名合計900万円+弁護士費用311万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額 遺族合計で335万円
(内訳:死亡した患者の慰謝料300万円+弁護士費用:35万円)

(裁判所の判断)

人間ドック検査における、Y病院の過失の有無

裁判所は、まず、人間ドックを実施する医療機関としては、当時の医療水準に照らし、疾病発見に最もふさわしい検査方法を選択するとともに、疾病の兆候の有無を的確に判断して被検者に告知し、仮に異常があれば治療方法、生活における注意点等を的確に指導する義務を有すると判示しました。また、被保険者である受診者と実施医療機関との間で締結される個別の人間ドック診療契約においても、健保連は日本病院会の人間ドック契約及び指導基準に従った検査を行うことが当然の前提とされていたと判断しました。

そして、Y病院が(+)を異常とは判断しない基準を採用していたことについて、当時人間ドック検査に対し一般的に期待されていた検査方法をY病院の独自の判断で変更したものというほかはなく、医学的にはそれなりの合理性があるものとしても、それが実施医療機関の裁量の範囲内にあると認めることはできないとし、Aに対する便潜血検査において(+)の結果が出た以上、他の検査結果等によって病的出血の可能性を完全に否定できる等の特段の事情がない限り、Y病院にはAに検査結果を告知するとともに、病的出血か否かを確定するために再検査あるいは精密検査を受診するよう促すべき義務があったとし、これを怠ったY病院に過失を認めました。

Y病院の過失とAの死亡との因果関係

この点につき、裁判所は、昭和58年及び同59年の各人間ドック検診の時点において、仮にAが精密検査を受けていたとしても、大腸癌又はその前段階である腺腫等の病変が存在したかどうか、また存在していたとしても内視鏡検査等によって発見可能であったかは不明であるから、Y病院の過失とAの死亡との間の因果関係を認めることはできないと判断し、Aの死亡によって生じた損害についての賠償請求は認めませんでした。

しかし、裁判所は、Aは、Y病院と人間ドック診療契約を締結することにより、異常を疑わせる兆候があればその告知を受け、併せて適切な指導を受けることにより大腸癌を含む疾病の早期発見、早期治療の機会を得ることを期待していたというべきであり、このような期待は法的保護に値すると判示しました。

そして、Y病院の過失による債務不履行によりAはこの期待権を侵害され、適切な指導を受ける機会を奪われることによって精神的苦痛を被ったとして、300万円の慰謝料及び35万円の弁護士費用につきY病院は賠償責任を負うと判断しました。

カテゴリ: 2007年2月 6日
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