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No.469「くも膜下出血により入院していた患者が低酸素脳症に陥り、その後死亡。生体情報モニタのアラーム設定確認が不十分だったとして大学病院の過失が認められた地裁判決」

東京地方裁判所令和2年6月4日判決 判例タイムズ1488号229頁

(争点)

医療従事者に、生体情報モニタのアラーム設定を誤り、これを見落とした過失の有無

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

A(事故当時66歳の男性。統合失調症の既往歴あり)は、平成27年(以下、特段の断りのない限り同年のこととする)3月23日、自宅で後頚部痛、嘔吐等をきたしたため、学校法人である△の開設する病院(以下、「△病院」という。)を受診した。脳血管障害が疑われ、各種検査の結果、くも膜下出血との診断を受け、同日午後6時ころ、SICU(外科系の集中治療室。なお、病棟全体を指すこともある)に入院した。

Aは、同日、刺激を与えないようにと暗室管理とされ、また、降圧剤のほか、鎮静剤であるフェンタニル、デクスメデトミジンが静脈注射により投与された。

AのSPO、呼吸数、血圧、脈拍等は、SICUのベッドサイドモニタ及び△病院のナースステーションにあるセントラルモニタに表示される状態であったところ、△病院の医療従事者は、ベッドサイドモニタのアラーム設定に関し、SPO、APNEA(無呼吸)、心拍数、血圧のアラームをOFFにした。なお、ベッドサイドモニタのアラームのうち、呼吸数、脈拍につては、初めからOFFであった。

3月24日、△病院の医療従事者は、Aに対し、フェンタニル、デクスメデトミジンの持続投与に加え、ミダゾラム(鎮静剤)も静脈注射により投与していたものの、午後3時30分ころ、デクスメデトミジン以外の静脈注射による管理を中止し、その夜から、フルニトラゼパム1回2mg及びニトラゼパム1回5mgの経口投与を開始した。

Aのベッドサイドモニタのアラームのうち、心拍数は午前1時22分頃から、血圧は午後9時頃から、それぞれONに設定された。

3月25日、△病院の医療従事者は、午前6時頃、デクスメデトミジンの投与を中止した。なお、午後9時頃、フルニトラゼパム1回2mg及びニトラゼパム1回5mgの投与は実施された。

Aは、同日の昼から食事を開始し、午後4時21分頃、SICUからSHCU(外科系の高度治療室。なお、病棟全体を指すこともある)に転床した。

3月26日から同月29日まで、毎日午後8時30分頃から午後9時10分頃、Aに対し、フルニトラゼパム1回2mg及びニトラゼパム1回5mgの経口投与が実施された。

3月30日、Aは、遅くとも午前0時頃には入眠していたところ、同時刻以降、無呼吸ないし頻呼吸の状態が複数回現れ、午前3時頃には一度目覚めて看護師と会話したものの、再び入眠し、午前4時30分頃からSPOが95%を下回るようになり、午前4時49分頃にはSPOが89%となった。

△病院の医療従事者は、午前4時54分頃、点滴交換のためにAの病室を訪れ、午前5時頃までに、Aが呼吸停止し、顔面蒼白であること等を確認したのち、午前5時2分頃、心肺蘇生措置を開始した。

午前5時16分ころに心拍が再開し、午前5時36分頃に自発呼吸が再開したものの、Aには、低酸素脳症による重度意識障害(遷延性意識障害)、四肢固縮が後遺障害として残った。

その後、Aは令和元年10月1日、多臓器不全により死亡した。

そこで、Aの相続人ら(Aの妻および子)は、Aが死亡したのは、△病院の医療従事者に生体情報モニタのアラーム設定を誤り、これを、見落とした過失、鎮静剤を不適切かつ過剰に投与した過失があったほか、生体情報モニタ及びその管理システムを製造・販売した会社2社に対して、製造物責任法における仕様設計上の欠陥ないし不法行為における過失、指示・警告上の欠陥ないし過失があったためであると主張して、△、医療用機械器具の製造及び販売、医療用システムの設計及び販売等を目的とする株式会社である△および医療用機械器具・システムの販売及び賃貸借等を目的とする株式会社(△の100%子会社)である△に対し、債務不履行責任又は不法行為に基づき損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

遺族の請求額:
(患者の妻子合計)1億7832万6216万円
内訳:入院雑費247万0500円+入院付添費・付添人交通費667万1148円+入院慰謝料574万円+休業損害1678万7667円+逸失利益1780万7523円+死亡慰謝料4000万円+葬儀関連費用247万0525円+カルテ開示費用3万4711円+後見関係費用6620円+死亡診断書費用3300円+(本件事故まではAが担っていたが、本件事故によりできなくなり職業介護人が必要となった)実母の介護費用847万4119円+本件係争の不当な長期化により、解決を見ることなく死亡に至ったことの慰謝料4964万8630円+遺族固有の慰謝料2名合計1200万円+弁護士費用2名合計1621万1474円(相続人が複数のため端数不一致)

(裁判所の認容額)

認容額:
(患者の妻子合計)△に対し6038万0130円
及び△については請求棄却のため0円
内訳:入院雑費247万0500円+入院付添費・付添人交通費36万0815円+入院慰謝料500万円+休業損害1177万2530万円+逸失利益874万2552円+死亡慰謝料2200万円+葬儀関連費用150万円+カルテ開示費用3万4711円+後見関係費用6620円+死亡診断書費用3300円+遺族固有の慰謝料2名合計300万円+弁護士費用2名合計548万9102円

(裁判所の判断)

医療従事者に、生体情報モニタのアラーム設定を誤り、これを見落とした過失の有無

この点について、裁判所は、Aは、くも膜下出血を発症して△病院のSICU、SHCUに入院していたのであるから、その病態自体からして再出血を来すなどして容体が急変する危険性があったばかりか、再出血を防止するために十分な鎮静が必要とされていたのにもかかわらず、既往症である統合失調症の影響と思われる不穏な言動が見られたことなどから、鎮静剤として成人投与量の上限であるフルニトラゼパム1回2mgのほか、ニトラゼパム1回5mgが併用投与されていたところ、これらの薬剤には呼吸抑制の副作用があるとされていたから、△病院の医療従事者には、Aの血圧動向に注視するのみならず、その呼吸状態にも気を配り、それらの急激な悪化があったときには、すぐにそれらを察知することができるように監視すべき注意義務があったというべきであると判示しました。 

そして、3月24日午後9時頃には、H医師から、SPOにつき90%未満の場合はドクターコールすることなどを含めたバイタルサインの上下限値に関する指示が出されていたところ、バイタルサインの把握については、看護師による見回りや目視による確認には限界があるから、医療機器に頼らざるを得ないし、医療機器の方が経時的かつ正確にこれを把握することができるという利点があるところ、△病院においては、1日2回、ベッドサイドモニタのアラームの設定画面を開いて、その設定内容を確認するよう求められていたのであるから、△病院の医療従事者には、Aの急変に備え、そのベッドサイドモニタのアラームを医師の指示どおりに設定するとともに、その設定が維持されているかについて継続的に確認すべき注意義務があったというべきであるとしました。

そうであるにもかかわらず、△病院の看護師は、AのSHCUへの転床に伴って、一度はH医師の指示どおりにSPOやAPNEA(無呼吸)等のアラーム設定をONにしたものの、その後に行われた電子カルテの転床操作によって再度SPO、APNEA(無呼吸)、呼吸数等のアラームがOFFとなったことを看過し、かつ、上記のとおり1日2回にわたってアラームの設定内容を確認することが求められていたのに、3月25日午後4時頃に上記アラームがOFFに設定されてから同月30日午後5時頃にAが急変するまでの約5日間にわたって、誰も上記アラームがOFFに設定されていたことに気付かなかったのであるから、△病院の医療従事者には上記注意義務を怠ったことについて過失があったと認められるとしました。

以上から裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2022年12月 9日
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