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No.337 「特発性肺線維症の患者が死亡。当初患者の診療を行っていた内科医が、肺疾患の専門医に委ねるべき義務及び説明義務を尽くさず、患者が延命し得た相当程度の可能性を侵害したとして、病院側に損害賠償を命じた高裁判決」

高松高等裁判所平成18年1月19日判決 判例タイムズ1226号179頁

(争点)

延命の相当程度の可能性の侵害の有無

(事案)

A(男性。昭和42年に妻Xと婚姻)は、平成7年2月26日、醤油製造業のR株式会社に就職し、麹を混ぜる作業等に従事するようになり、同年3月下旬ころから、激しい咳が出るようになった。Aは、同年3月以降、体重が約7㎏減少し、同年11月ころから、胸が締めつけられ、全身倦怠感や嘔気などの症状が出るようになった。

平成7年12月1日、Aは全身倦怠感、嘔気、湿性咳、体重減少等を訴え、Y社団法人の開設する病院(以下、「Y病院」という)を受診した後、同月4日、13日及び20日に、Y病院を受診し、胸部X線検査(同月4日)等を受け、平成8年1月15日、精密検査のため、Y病院に検査入院(以下、「第1回目の入院」という)した。

Y病院の内科医長であるH医師は、血液検査、呼吸機能検査、胸部X線写真検査、胸部CT検査、菌・喀痰検査、IgE検査、消化管X線写真検査、気管支内視鏡・経気管支肺生検(TBLB)、腹部超音波検査等を実施した結果、Aを肺線維症と診断した。Aは、その症状が改善し、同月25日、Y病院を退院した。

Aは、同年2月9日から平成9年12月19日までの間、Y病院に定期的に通院し、H医師により診察、胸部X線写真検査を受けた。

Aは、平成10年1月16日、咳の増悪、体重減少を訴え、Y病院を受診し、同年2月13日にもY病院を受診して、T医師による診察、胸部X線写真検査を受け、同月19日、同年3月3日及び同月6日、腹部の検査等のためにY病院に通院した。

Aは、同月13日、咳の増加、労作時呼吸困難を訴え、Y病院を受診した。H医師は、同日、Aに対し、ステロイド剤であるプレドニゾロンを投与し、同月27日に、同剤を再度投与し、同年4月10日、同剤の投与を中止した。

Aは、平成10年5月27日、咳の増悪、労作時呼吸困難を訴え、Y病院に入院し(以下、「第2回目の入院」という)、H医師は、Aに対し、胸部X線写真検査、呼吸機能検査、血液検査、胸部CT検査等を実施した結果、Aについて肺線維症の増悪と診断した。

Aはその症状が徐々に改善し、同年6月6日、Y病院を退院した。Aは、同月19日及び同年7月3日、Y病院を受診した。

Aは、平成10年7月9日、O内科を受診し、T大学医学部附属病院(以下、T大病院という)を紹介された。

Aは同月14日、T大病院を受診し、胸部X線写真検査を受けた後、同月16日、T大病院に入院し、胸部X線写真検査、高分解度CT検査(HRCT)、気管支鏡検査・気管支肺胞洗浄検査等の検査を受け、特発性間質性肺炎と診断された。Aは、同年8月26日、T大病院を退院した。

Aは、平成10年9月29日、労作時呼吸困難が高度となり、Y病院に入院した(以下、「第3回目の入院」という)。H医師は、Aに対し、胸部X線写真検査等を実施し、同年10月1日からプレドニゾロンを量を漸減しながら投与し、同年11月27日から同月29日までステロイドパルス療法を実施し、同月30日からプレドニゾロンを増量して投与し、同年12月15日から同月17日までステロイドパルス療法を実施した。

Aは、平成11年1月16日午前11時3分、Y病院において、肺線維症により死亡した(死亡当時59歳)。

特発性間質性肺炎の一疾患である特発性肺線維症は、肺胞壁(間質)の慢性炎症により線維化を示す原因不明の慢性進行型の疾患であり、予後不良とされている。

そこで、Aの妻であるXは、H医師には、(1)過敏性肺炎を疑った精密検査をすべき義務を怠った過失、(2)適切な検査や治療をすべき義務を怠った過失、(3)肺疾患の専門医へ転医させる義務を怠った過失、(4)症状等について説明すべき義務を怠った過失があり、その結果、(ア)Aが死亡し、(イ)仮にそうでないとしても、少なくともAの生存の相当程度の可能性が侵害され、Aおよび遺族Xは損害を被ったと主張して、Y社団法人に対し、診療契約上の債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。

原審(徳島地裁平成16年10月25日判決)は、H医師には、上記(1)(3)(4)の過失を認めたうえで、上記各過失とAの死亡との間の因果関係(上記(ア))及びAの生存の相当程度の可能性(上記(イ))を否定し、損害として、H医師の上記(4)の説明義務違反に対するAの慰謝料200万円及び弁護士費用20万円の限度で認容した。

そこで、Aの妻であるXが控訴した。

(損害賠償請求)

原審(徳島地裁)での請求額:
5500万円
内訳:5000万(葬儀費用150万円+逸失利益980万0213円+厚生年金及び退職年金2551万1120円+患者の慰謝料3000万円+保険金損失371万0411円+遺族固有の慰謝料500万円の合計額7552万1744円の一部)+弁護士費用500万円
控訴審(高松高裁)での請求額:
5500万円
内訳:5000万(逸失利益980万0213円+厚生年金及び退職年金2551万1120円+患者の慰謝料3000万円+遺族固有の慰謝料500万円+葬儀費用150万円+保険金損失371万0411円の合計額7552万1744円の一部)+弁護士費用500万円
 

(裁判所の認容額)

原審(徳島地裁)の認容額:
220万円
(内訳:慰謝料200万円+弁護士費用20万円)
控訴審(高松高裁)の認容額:
550万円
(内訳:慰謝料500万円+弁護士費用50万円)

(裁判所の判断)

延命の相当程度の可能性の侵害の有無

まず、控訴審裁判所(以下、単に「裁判所」という)も、原審裁判所と同様に、H医師につき、過敏性肺炎を疑った精密検査を尽くすべき義務違反、肺疾患の専門医へ転医すべき義務違反、本人及び家族への説明義務違反を認めましたが、これらの過失とAの死亡との間の因果関係については否定しました。

次に、延命の相当程度の可能性の侵害の有無について、裁判所は、「医療水準にかなった医療行為が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合には、医師は、患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき責任を負うものと解される」との、最高裁平成12年9月22日判決(以下、「平成12年判例」という)を引用し、本件について、H医師が各義務(精密検査義務、肺疾患の専門医に委ねるべき義務、説明義務)を履行していたならば、Aがその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明された場合には、Y社団法人は、Aとの間の診療契約上の債務不履行として、また、H医師の使用者として、Aが上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき義務を負うと判示しました。

その上で、裁判所は、まず、精密検査義務違反に関して、Aに対して過敏性肺炎を疑った精密検査が実施されたとしても、Aについて過敏性肺炎と診断されたと認めることができないばかりか、現実に過敏性肺炎であった可能性も極めて低いとして、H医師が同義務を履行していたとしても、Aがその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったと認めることはできないと判示しました。

次に、肺疾患の専門医に委ねるべき義務違反及び説明義務違反について、Aの疾患に対し、T大病院等の肺疾患の専門医がAの診療に当たっていたとすれば、一般の内科医であるH医師による診療よりも、より適切にAの病態把握や療養上の指導がなされたものと推測され、AやXにおいて、Aの疾患について予後が不良な重大な疾患であることを知ることができたとすれば、H医師による診療期間中、Aは夜間の警備員の仕事等に従事することなく、XもAに対し、物心両面にわたる療養上の配慮をしたものと推測されると判示しました。

そして、特発性間質性肺炎(慢性型)・特発性肺線維症の安定期・非活動期において症状の進行を可能な限り抑制するためには適切に病態の推移を把握し、これに応じた療養上の指導をすること、不必要な労作負荷、過労、ストレス等を避けることなどが重要であることからすれば、上記のような専門医による的確な病態把握と療養上の指導、上記告知ないし説明を受けることにより、Aの症状の進行が抑制され延命につながった可能性はあったものと考えられると判断しました。

もっとも、肺疾患の専門医がAの診療に当たっていたとしても、Aに対しステロイド剤等を投与する蓋然性が高かったとか、Aに対しステロイド剤等を投与した結果、予後が改善される蓋然性が高かったとかは必ずしも明らかではないとし、また、Aは、平成7年3月末ころから激しい咳が出るようになり、その後、症状が徐々に悪化し、約3年10ヶ月後の平成11年1月16日に死亡するに至っているところ、特発性間質性肺炎(慢性型)・特発性肺線維症の発症後の5年生存率は50%以下であり、これらの疾患には予後を改善するような治療法が確率されていないこと、上記期間中、Aの症状がその生活状況に関係して悪化したとの事実を認めるに足りないとしました。

しかしながら、鑑定人が「本症(特発性肺線維症)を熟知した専門医であれば病勢の把握が容易であり、種々の薬物を使用することにより肺線維症の急性悪化や進展を抑止し得た可能性はある。したがって、その期間は極めて限定的であるにせよ延命しえたと推測する余地は残される。」と述べているところ、同鑑定人は、H医師の説明義務に関して、「本件患者(A)においては、原因不明な特発性肺疾患炎や過敏性肺炎の可能性を説明することが重要である。特に、特発性間質性肺炎については一般的に予後の悪い疾患であり、特効薬の無いことを説明した上で、感染が病態の増悪に関係するため感染者に触れない注意や感染予防などの対策、感染し症状の増悪を見た場合には即座に受診することを指示する必要がある。」と述べていることを併せ考慮すると、Aの延命可能性について言及する上記鑑定意見は、単に観念的、抽象的な可能性を述べているにとどまるというよりも、むしろ、延命できた期間が月単位なのか、または年単位なのかはともかく、少なくとも平成11年1月16日(Aの死亡日)よりも更に延命した可能性が相当程度あったことを述べているものと理解すべきものであるとしました。

裁判所は、さらに、平成12年判例は、延命の相当程度の可能性の侵害の有無を判断する前提として、当該医療行為が当時の医療水準にかなった医療行為であったか否かを問題にしていることは、その判文上明らかであり、当該医師のした医療行為が当時の医療水準を下回るものであった場合には、延命の相当程度の可能性の侵害があったものと事実上推認され、当該医師または病院において、上記可能性がなかったことについての主張立証をしない限り、当該医師または病院は、当該患者の延命の相当程度の可能性を侵害したことによる損害につき、賠償責任を免れないと解するのが相当であると判示しました。

その上で、特発性肺線維症については、肺疾患の専門的知見をもって診断や鑑別診断、治療等を実施することが医療水準として要求されており、特発性肺線維症の診療に当たる医師が、肺疾患の専門医ではなく一般の内科医である場合には、そもそも上記医療水準にかなった医療を行うことができないのであり、しかも、特発性肺線維症についての鑑別診断の重要性や慢性過敏性肺炎に係る医学的知見については、少なくとも平成8年当時には、肺疾患を診療する内科医には、一般的に認知されていたものと認定しました。

上記のことから、一般の内科医が特発性肺線維症の患者に遭遇した場合には、大学病院などの肺疾患の専門医の診療に委ねるか、少なくとも専門医に相談するなどして診療に当たるべきであることもまた、やはり医療水準として要求されているというべきであると判示し、Y病院の一般の内科医であるH医師は、Aの疾患(特発性肺線維症)につき、医療水準であるT大病院等の専門医に委ねるべき義務を怠った過失があるのであって、Aは、上記医療水準にかなった診療を受けることができなかったのであるから、H医師は、Aの延命の相当程度の可能性を侵害したものと事実上推認され、これを覆す反証も認められないと判断しました。

以上の検討により、裁判所は、H医師が肺疾患の専門医に委ねるべき義務及び説明義務を尽くしていたとすれば、Aは、平成11年1月16日時点において、なお延命し得た相当程度の可能性があったと認定しました。そして、H医師が上記各義務を怠った結果、Aは、延命の相当程度の可能性を侵害されたのであるから、Y社団法人は診療契約上の債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づき、上記侵害によってAの被った損害を賠償すべき義務を負うというべきであるとして、上記「控訴審(高松高裁)の認容額」記載の損害賠償をY社団法人に命じ、その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2017年6月 9日
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