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No.144「白内障手術を受けた患者が術後眼内炎に罹患し左眼を失明。医師の過失を認めた地裁判決」

東京地裁平成13年1月29日 判例タイムズ1072号207頁

(争点)

  1. Xが左眼を失明したことについて、Y病院に過失があるか
  2. 損害(Xに逸失利益が存在するか)

(事案)

X(大正11年生まれの女性)は、平成8年夏頃から視力の低下が気になり、同年10月18日、Y社会福祉法人が開設するY病院の眼科外来を受診した。担当医となったA医師(平成6年5月に医師免許を取得し、過去の白内障手術の執刀例は約20例)は、Xの両眼に老人性白内障を認め、より症状の強い左眼について、同年11月14日に眼内レンズ挿入術(以下、本件手術)を行うことを計画し、Xもこれに同意し、同月12日にY病院に入院した。

同月14日の術前にXに対し、抗生剤としてフルマリンの点滴が施された。Xは同日午後4時30分に手術室に入室し、午後5時10分に、A医師が執刀医、B医師(医師となって11年目で、白内障の執刀数は1500例程度)が助手となって本件手術が開始された。なお、Y病院では、経験の乏しい医師が手術を行う場合、必ず経験の豊富な医師が助手となることになっていた。

本件手術は、超音波水晶体乳化吸引術(以下、PEA)という方式で行われ、A医師は、手順通りに手術を進めたが、水晶体の核を超音波チップで乳化吸引する作業中、誤って水晶体後嚢を超音波チップで吸い込んでしまい、水晶体後嚢を破裂させた。そのため、その後の手術は、B医師が代わって執刀することになり、前部硝子体の切除を行い、眼内レンズを水晶体嚢外に固定し、手術終了時にテラマイシン眼軟膏を塗布して、午後6時7分に終了した。水晶体後嚢破裂後、これに必要な処置をして手術を終了するまでに20~30分を要した。

その後、Xは同月16日から看護師に右眼の痛みを訴え、同月18日のA医師及びB医師の診察で、左眼に眼内炎が生じていると診断された。そして、検査の結果、眼内炎の炎症が網膜へ波及していると考えられ、緊急に再手術をすることが必要と判断された。

そこで、Xの家族の要請により、A医師から交代してXの主治医となったB医師は、同日Xの硝子体切除、眼内レンズ摘出手術を行った。同月23日には、Xに眼痛はなかったものの、前日までの細菌検査で腸球菌が発見され、また、左眼にフィブリンが認められ、眼内の炎症が鎮静化しなかったため、同月28日に再々手術が行われ、炎症は軽度になった。

同年12月4日にXはY病院を退院し、その後もY病院外来で診察を複数回受けたが、結局、Xの左眼は失明した。

そこで、Xは、Y病院の過失により左眼を失明した、として、Y病院を開設するY社会福祉法人に対し、診療契約の債務不履行、不法行為に基づいて損害賠償を求めて訴えを提起した。

(損害賠償請求額)

患者の請求額: 計4400万円
(内訳:逸失利益3000万円+入院慰謝料100万円+後遺症慰謝料900万円+弁護士費用400万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:計900万円
(内訳:逸失利益0円+慰謝料800万円(入院慰謝料含む)+弁護士費用100万円)

(裁判所の判断)

Xが左眼を失明したことについて、Y病院に過失があるか

この点について、裁判所は、まず、本件手術中に手術時の創口からXの左眼内に常在菌としての腸球菌が侵入したことによってXの眼内炎が発生した、と認定しました。

そして、本件手術当時、白内障手術の術前無菌法としては、実際に眼内炎の起因菌の上位に位置しているブドウ球菌や緑膿菌及び常在菌として存在していた腸球菌にも効果のあるタリビッド(オフロキサシン)の点眼ないしは眼軟膏の塗布が一般臨床のレベルでも推奨され、実施されていたと判示しました。そして、Y病院が行ったフルマリンの投与では、ブドウ球菌に対しては効果があるものの、本件における起因菌である腸球菌には効果がなかったとして、A医師らが、術後眼内炎の防止のため、当時一般に行われていた水準の術前無菌法を採っておらず、腸球菌の減菌を十分行わなかった、と判断しました。

また、PEAを執刀したA医師が、水晶体核の乳化吸引中に、誤って水晶体後嚢を超音波チップで吸い込んでしまい、後嚢破裂を起こしたが、これはA医師が手術器具の操作、乳化吸引の手技などに熟達していなかったことによるものといわざるを得ず、これにより、手術時間が延び、本来不要な手術器具の眼内への侵入、操作が増えるとともに、硝子体への細菌感染の危険性が格段に増加することになった結果、Xは、細菌性眼内炎に罹患したものと認められる、と判断しました。

以上より、裁判所は、Xの眼内炎は、A医師らが当時一般に行われていた水準の術前無菌法を採っておらず、手術前の無菌化が十分でなかったことと白内障手術の執刀医となったA医師の手術ミスにより水晶体後嚢破裂を起こして感染症発症の危険性を増大させたこととが相まって発生し、その結果、Xの左眼は失明するに至った、として、Y病院の過失及び過失と失明との間の因果関係を認めました。

なお、Y病院は、後嚢破裂を起こしたことと眼内炎に感染したこととは直接の関連がなく因果関係がないと主張しましたが、裁判所は、後嚢破裂が生じることにより、硝子体と外部とが直接接触するため硝子体への感染の危険性が著しく増加し、かつ、感染した場合には重篤な眼内炎を引き起こしやすいのであるから、本件においてA医師が後嚢破裂を起こしたこととXが眼内炎に罹患したこととの間には相当因果関係がある、として、Y病院の主張を退けました。

損害(Xに逸失利益が存在するか)

この点について、裁判所は、Xは、かつてその夫が理事長をし、現在はXの娘婿が理事長をしている医療法人H会の理事を長く勤めていたが、本件手術当時、既に現実に稼働しておらず、しかも現実の稼働の有無にかかわらず、H会から1320万円と比較的高額の収入を得ており、これは、左眼を失明したことによっても変更されていない上、平成8年当時74歳であったというその年齢からすると今後もXが就労する可能性はほとんど考えられないから、Xには左眼の失明によって得べかりし利益を失ったとはいえない、として、Xの逸失利益の存在を否定しました。

以上より、裁判所は、上記裁判所の認容額記載の金額で患者Xの主張を認め、損害賠償をY社会福祉法人に命じました。

カテゴリ: 2009年6月 4日
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