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No.300「S状結腸のポリープ摘出手術後、手術部位に生じた穿孔により腹膜炎が発症。医師に手術後の療養方法の指導、説明義務を怠った過失を認めた地裁判決」

大阪地方裁判所 平成10年9月22日判決 判例タイムズ1027号230頁

(争点)

医師の説明義務違反の有無

(事案)

患者X(昭和9年3月10日生)は、腹痛のためK胃腸クリニックで治療を受け、薬局で購入した漢方胃腸薬を服用していたが、平成2年11月1日午前5時49分、午前2時ころから持続する腹痛や吐き気を訴えて、Y病院(Y医療法人の経営する病院)でA医師の診察を受け、大腸ガスや便が溜まっていることから、急性胃腸炎と診断され、ブスコバンの注射を受けると痛みが治まったため、もう一度診察を受ける予定でこのときは帰宅した。

Xは、同日午前10時9分、再度Y病院でB医師の診察を受けたが、同日の朝には便があり、この診察時には痛みも引いており、朝食もおいしく食べることができていた。このため、診察をしたB医師は便秘による腹痛と推察し、下剤のシンラックを処方したが、癌の可能性も否定できないことから、念のため同月7日に注腸透視(大腸癌等の隆起性病変を発見するために、肛門からバリウムを入れて撮影するX線検査)をする計画を立てた。

Xが7日に注腸透視を受けた結果、S状結腸に直径2cm程度の粗大結節状のポリープが発見され、その他にも2カ所にポリープの疑いがあることが判明した。B医師は、このポリープが相当程度大きく、癌化している疑いも否定できなかったことから、摘出手術が必要と判断し、同日、内視鏡的ポリテクトミー(大腸ファイバースコープによるポリープ摘出術)によりポリープを摘出して検査し、表面だけが悪性ならば治療も終了することを前提に、Xに対しては大腸ファイバーによりポリープを取ると説明し、Xはこれを承諾して手術承諾書に署名した。

Xは、同月9日、自転車でY病院に行き、同日午後1時15分、C医師がB医師の指導下において、ポリテクトミーを施術し、Y-Ⅱ型(隆起性病変の肉眼による分類で、隆起の程度を4段階に分けた内、隆起の少ない方から2番目)の直径2cmのポリープを4回のピースミールに分けて根元までほぼ完全に摘出した(本件手術)。摘出されたポリープは、O生物研究所においてグループ3相当(5段階評価の内、良性とも癌とも判断が付かないもの)と判断された。

Xは、本件手術後、C医師からボルタレン坐薬や止血剤を処方された上、大量の出血ないし坐薬を使っても軽減しない痛みがあるときは来院するように注意されたうえで、そのまま帰宅するように指示されたが、目の前がくらくらするように感じたためすぐには帰宅することができず夜まで病院の長椅子で休息をとった後、来院時に乗っていた自転車を押して、約50分後の午後8時ころに自宅に帰り、夕食にお粥、梅干しなどを食べた。

Xは、同月10日、朝食をとり、市場へ自転車で買い物に行った後、午後からは仕事をするなどの日常生活を送っていたところ、午後3時ころから腹痛があったため、午後5時32分、救急車によりY病院に到着した。到着した際、Xには嘔気、悪寒、腹満感もあり、腹部は板状硬であった。

Xは、Y病院において、グリセリン浣腸をされたが反応便はなく、腹部X線写真撮影の結果、遊離腹腔ガスが腹部全体に及ぶほど大量に生じており、ポリペクトミーをした部位に穿孔が生じていることが強く疑われたので、緊急開腹手術を受けることとなった。

同日午後9時9分に開腹手術が開始されたが、腹腔をあける際に電気メスの火花によりガスに引火して小爆発をした。開腹すると、腹膜翻転部より約15cmのS状結腸の間幕と対側の前座よりの部分にピンホール大の穿孔(本件穿孔)があり、その周辺部は浮腫と電気焼灼による色調の変化があった。

本件穿孔は、S状結腸のうち本件手術部位にあり、それが原因となって汎発性腹膜炎を発症しているとわかり、ポリープの基部を切除する目的も含め、XのS状結腸の部分切除を行い、あわせて、腹腔内には膿性の腹水が中等量溜まっていたため、腹腔を洗浄し、ペンロースドレーン2本を左右の下側腹から留置した。そして、手術は1時間足らずで終了した。

切除部分には、腸管壁、固有筋層から漿膜下脂肪層にかけて膿瘍(限局的に組織の融解を呈し、膿の蓄積した状態)を形成していたが、結果的には癌はなかった。

Xは、Y病院において、同月19日に半抜糸、20日に全抜糸したが、21日、22日には微熱が、12月半ばころには痰があった。

Xは、12月26日、Y病院を退院したが、同日、気管支肺炎の傷病名で、新たにS病院に入院し、平成3年1月26日、S病院を退院した。

Xは、本件手術の失敗等により入院を余儀なくされたとして、Y医療法人に対して損害賠償請求を求める訴訟を提起した。

(損害賠償請求)

患者の請求額 : 合計2243万円
(内訳:休業損害50万円+逸失利益1067万円+入院慰藉料100万円+後遺障害慰藉料800万円+治療費26万870円の合計額の内金2043万円+弁護士費用200万円)

(裁判所の認容額)

裁判所の認容額 : 合計177万4000円
(内訳:休業損害50万円+入院慰藉料100万円+治療費11万4000円+弁護士費用16万円)

(裁判所の判断)

医師の説明義務違反の有無

この点について、裁判所は、まず、ポリペクトミーは内視鏡生検鉗子孔より挿入して目標のポリープの茎部にかけたスネヤーワイヤーを絞扼しながら高周波電流を通電してポリープを焼却切除する手術で、腸管内壁に必然的に一定程度の損傷を伴うものであるが、もっとも注意を要する重篤な合併症の一つが切除部位の穿孔であること、そのような穿孔は、スネアーが深くかかりすぎて正常粘膜を巻き込んだ場合やスネアーをかける位置が腸壁粘膜に近すぎる場合のように術者の手技に密接に関連し、手術直後あるいは術後12ないし24時間後に発症することがあるため、術後、3日間程度は穿孔の有無を慎重に確認する必要があり、1週間程度は体調と便の観察を要し、術者が当日患者を帰宅させる場合は、患者に対し、治療内容と術後の食事内容や生活の注意点を十分に説明することが肝要とされていると認定しました。

その上で、裁判所は、そもそも医師がポリペクトミーを施術するにあたっては術中のみならず術後も穿孔の起こる危険性を十分認識し、少なくとも、当日患者を帰宅させる場合には、前記認定のとおり、手術の内容、食事内容、生活上の注意をして、その予後に万全の注意を払うべきであるのに、B医師、C医師は、わずかに、出血や軽減しない痛みがあるときに来院するように指示しただけでそれ以上の予後の指示をしなかったために、Xは、ポリペクトミー施術後の穿孔の危険性など夢想だにしないまま、当日も約50分間自転車を押して徒歩で帰宅し、翌日には、自転車に乗って買い物に行くなど、ポリペクトミー施術後の患者としては危険な生活を送って本件穿孔を招来したものであるから、Y病院の医師には上記のような当然なすべき術後の療養方法の指導、説明義務を怠った過失があり、かつ、この過失と本件穿孔との間には相当因果関係が是認されると判断しました。

以上のことから、裁判所は、Yに対して、上記裁判所認定額の賠償を命じました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2015年12月10日
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