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No.415 「ショートステイ利用者が付き添いなしに口腔ケアを行った際に、転倒して右大腿骨頸部を骨折し、その約半年後、誤嚥性肺炎により死亡。介護事業者に安全配慮義務違反があったとしつつ、死亡との因果関係は否定し、骨折の治療費等や慰謝料の損害賠償を命じた地裁判決」

さいたま地方裁判所平成30年6月27日判決 判例時報2419号56頁

(争点)

  1. 安全配慮義務違反の有無
  2. 転倒事故と死亡との間の相当因果関係の有無

(事案)

平成20年11月23日、A(昭和25年生まれ・男性・加工会社勤務)は、脳内出血により右完全片麻痺が出現し、平成21年1月15日から同年6月9日までの間、H1病院に入院し、同年5月20日頃、右上肢の機能全廃及び右下肢の著しい障害の後遺障害が固定した。

Aは、同年7月16日、身体障害者等級2級の身体障害者手帳の交付を受け、その頃、会社を退職した。

Aは、平成21年4月に要介護3と認定され、平成26年5月当時も要介護3とされていた。

Aは、平成21年6月にH1病院を退院した後、自宅において妻であるX及び子らと同居しつつ、通所リハビリテーションと短期入所生活介護を利用することになり、平成21年6月頃、Y指定短期入所生活介護・介護予防短期入所生活介護事業所(以下、「Y施設」という。)を設置するY株式会社との間で、短期入所生活介護利用契約(以下、「本件利用契約」という。)を締結し、以後、概ね月1回、Y施設における1泊2日のショートステイを利用していた。Y施設への送迎の多くはXら家族が行っていた。

Y施設のショートステイの利用定員は20名であり、事業所長(管理者)1名、介護職員9名、生活相談員2名、看護職員2名、機能訓練指導員2名、医師1名が配置されており、20室ある個室(1人部屋)には、それぞれトイレ及び洗面所が備え付けられていた。

平成26年5月31日、AはY施設でのショートステイを利用し、午後0時頃に食堂で昼食をとった後、Yの職員から口腔ケアを行うよう声を掛けられ、午後0時30分から午後0時40分頃、同じ階に割り当てられた個室(以下「本件個室」という。)に一人で戻った。同日午後0時50分頃、本件個室でドンという音がしたので職員が駆け付けたところ、Aが左手にコップを持ったまま、洗面所から上半身を乗り出すように右側臥位で転倒していた。Aは口内に水を含み、洗面所の床も水で濡れており、Aは、一人で口腔ケア(うがい)をしていた最中に転倒したものと認められた(以下、「本件事故」という。)。

Aは、本件事故により右大腿骨頸部骨折の傷害を負い、平成26年6月1日H2病院に入院し、同月4日人工骨頭置換術(以下、「本件手術」という。)を受けた。Aは、同年7月8日、H1病院の回復期リハビリテーション病棟に転入院した。同年10月3日、所定の入院期間(90日)が経過したため、AはH1病院を退院して自宅に戻った。

Aは、平成26年10月20日、Y施設とは別の施設でショートステイを利用中、むせこんだ後血中酸素飽和度が低下し、H3病院に救急搬送され、誤嚥性肺炎と診断され入院した。Aは、同年11月19日、両側上下肢機能全廃との診断を受け、翌20日、中枢神経系等の傷害により全く寝たきりで、脊柱障害により自動運動不可であり、これら障害の症状固定日を同年10月20日とする障害診断を受け、同年11月27日身体障害者等級1級の身体障害者手帳の交付を受けた。

Aは、H3病院に入院中である同年12月×日、誤嚥性肺炎を直接死因として、64歳で死亡した。

死亡診断書において、誤嚥性肺炎の原因は、脳内出血の後遺症であると診断されていた。

Aの法定相続人は、X、B及びCであり、Aは、平成28年5月15日、B及びCから、両名が相続したAのYに対する損害賠償請求権の譲渡を受けた。

Xは、Yに対し、短期入所生活介護利用契約の債務不履行(安全配慮義務違反)による損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

利用者遺族(妻)の主位的請求額:
2000万円(損害額5740万0779円の一部)
(内訳:H1、H2及びH3病院に支払った治療関係費17万4372円+入院付添費119万6000円+H1、H2及びH3病院入院中の入院雑費27万6000円+葬儀関係費用150万円+入通院慰謝料266万円+逸失利益2139万4407円+死亡慰謝料2500万円+弁護士費用520万円)
利用者遺族(妻)の予備的請求額:
(死亡との間に相当因果関係が認められないとしても)
1976万7616円
(内訳:H1及びH2病院に支払った治療関係費12万2616円+入院付添費81万2500円+H1及びH2病院入院中の入院雑費16万2500円+入通院慰謝料187万円+後遺障害慰謝料1000万円+妻固有の慰謝料500万円+弁護士費用180万円) 

(裁判所の認容額)

認容額:
306万5116円
(内訳:H1及びH2病院に支払った治療関係費12万2616円+H1及びH2病院入院中の入院雑費16万2500円+慰謝料250万円+弁護士費用28万円)

(裁判所の判断)

1 安全配慮義務違反の有無

この点について、裁判所は、Yは、介護事業者として、本件利用契約に基づき、具体的に予見し得る危険についてAの生命・身体等を保護するべく配慮する義務を負っていたと判示し、これを前提に、本件事故についてYの義務違反の有無を検討し、以下の事実を指摘しました。

Aは平成20年11月23日に発症した脳内出血により右上肢の機能全廃及び右下肢の著しい障害を後遺し、転倒の危険を有しており、Yは、本件利用契約締結の当初から主治医意見書等によりAの状態を認識し、さらに、AがY施設の利用を始めた後、サービス担当者会議の出席やケアマネージャー及びXとの連絡などを通じて、実際にAが自宅で転倒していることを知らされていた。Yは、このような認識を踏まえて、短期入所生活介護計画、サービス担当者会議の席上及びケアマネジャーとの協議において、Aの転倒の危険に注意し、Y施設内で転倒しないよう配慮する旨を表明していた。

しかも、Aは平成26年4月に通所リハビリテーションにて入浴後に右足に力が入らず車椅子を使用するなど、従前より更に転倒が危惧される状況にあり、Yの職員は、同月24日及び本件事故当日の同年5月31日の二度にわたり、ショートステイ連絡表で上記について具体的に伝えられ、改めて注意を喚起されていた。

裁判所は、以上によれば、本件事故の当日、Yは、Y施設内でのAの転倒に注意し、転倒の防止に配慮する義務を負っていたと判断しました。

そして、本件事故の当日の状況をみるに、本件施設では毎食後の口腔ケアが予定されており、Y施設の職員は、本件事故の直前もAに対し、口腔ケアを行うよう声を掛けたのだから、本件個室に戻ったAが口腔ケアを行うことを予測していたと認められると判示しました。

ところで、Aは、従前から一人で口腔ケアを行っており、具体的には、洗面所の壁に左肩をもたれかけるようにしてうがいをしており、Y施設の職員は、Aが上記のようにうがいをするのを見ていたと指摘しました。そうするとAは、壁に左肩をもたれかけて体を支えつつ、蛇口に左手を伸ばして水を汲み、口をゆすぎ、洗面台に水を吐き出すなどの動作をすることになるから、当時のAの身体能力や洗面所内に支えになる手すりや家具がないことも踏まえれば、Yの職員は、Aがバランスを崩すなどして転倒することを、十分具体的に予見し得たというべきであると判示しました。

裁判所は、したがって、Aの転倒を防ぐ義務を負うYとしては、本件事故の当時、Aの口腔ケアに付き添うか洗面所内に椅子を設置するなど、転倒を防止するための措置を講じる義務を負っていたと認められると判断しました。それにもかかわらず、Yは、転倒を防止する措置を何ら講じず、その結果本件事故が発生したのであるから、Yは、本件事故の発生について、債務不履行(安全配慮義務)に基づく損害賠償義務を負うものと認定しました。

2 転倒事故と死亡との間の相当因果関係の有無

Xは、本件事故について、ショートステイ時の転倒で右大腿骨頸部骨折により手術や長期間の臥床を強いられ、身体的・精神的ストレスから身体機能・認知機能が低下し、全身状態の悪化、ADL及び嚥下能力の低下を招き、遂には誤嚥性肺炎を発症して死亡したと主張しました。

この点について、裁判所は、Aの直接死因は誤嚥性肺炎であるところ、死亡診断書において誤嚥性肺炎の原因は脳内出血の後遺症と診断されており、誤嚥性肺炎と本件事故との直接の因果関係は明らかでないと判示しました。

裁判所は、もっとも、誤嚥性肺炎発症の当時、Aは全身状態が悪化し嚥下能力も低下した状態にあり、この状態が誤嚥性肺炎の発症とその後の死亡に影響したことは否定し難いとしました。裁判所は、そこで、Aが上記の状態に至った経緯をみると、Aは、本件事故で右大腿骨頸部骨折を負った後、本件手術とリハビリを受け、平成26年7月19日頃は一部介助で病棟トイレまでの歩行が実施されるなど、身体機能の相応の回復が図られていたが、同年8月頃より認知機能が進行性に低下してADLが低下し、同年9月になると全身状態が悪化し、これに伴い嚥下能力も低下するに至ったと認められるとしました。

裁判所は、したがって、H1病院退院時のAの状態は、身体機能が回復の途についた後、急激な認知機能の低下に見舞われて陥った状態とみることが相当であるとしました。裁判所は、H1病院の医師もAのADLの低下は認知機能の低下によるものとの判断を示していたところであるとしました。

ところで、Aの認知機能の低下について、X提出の証拠(意見書)には本件事故後の手術や長期間の入院による精神的・身体的ストレスに原因があるとの記述がありました。この点につき、裁判所は、確かに、Aが本件手術や入院生活により精神的・身体的ストレスを負ったことは想像に難くないが、Aが本件手術後一時は身体機能を相応に回復させ、ずっと寝たきり状態にあったわけではないことに加えて、本件手術後の診療録を見れば、そのストレスの程度が甚大であるとまでは認め難いとしました。ところが、Aは本件事故の後も、本件手術やH1病院への転院をXと話し合って決め、リハビリに意欲を示していたというのに、平成26年8月には長谷川式簡易知能評価で30点中9点しかとれず、自分の名前やひらがなも書けなくなっているのであって、上記の精神的・身体的ストレスによりこれほどの急激な認知機能の低下がもたらされたのかは疑問であるとしました。

さらに、当時Aの様子を観察したH1病院の医師が、上記意見書に沿うような見解を有さず、むしろ、アルツハイマー型認知症を疑って検査を行うなどしていたことを考慮すると、Aの認知機能の低下の原因を手術や入院生活による精神的・身体的ストレスと特定することは困難であるとしました。

Aの認知機能の低下については、H1病院の医師が疑ったアルツハイマー型認知症、もともと脳内出血の後遺症、更に平成26年7月28日に転倒し頭部に裂創を負ったことの影響なども考えられるところであるが、いずれも確定診断には至っていないと判示しました。Aの認知機能の低下の機序は、明らかでないというほかなく、したがって本件事故との因果関係も認め難いと判断しました。

裁判所は、以上のとおり、直接死因である誤嚥性肺炎の原因は脳出血の後遺症と診断されていること、Aの平成26年10月20日当時の心身の状態が誤嚥性肺炎の発症とその後の死亡に影響したとしても、その大きな原因であるH1病院入院中の認知機能の低下と本件事故との因果関係が認め難いこと、認知機能が低下する前はAが身体機能を相当に回復させていたこと、また、本件事故の当時、Aがコミュニケーションに支障なく、杖を使用して相当の距離を歩行し、平成25年春に胃がんを患ったほか大きく体調を崩すことなく生活していたこと、Aが本件事故の当時64歳であり高齢とまではいえないことなどを総合勘案すると、Aが誤嚥性肺炎を発症して死亡したことと本件事故との間に相当因果関係を認めることは困難というべきであるとしました。

裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2020年9月10日
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