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No.437「変形性頸椎症の患者が神経根減圧開窓術及び椎弓形成術を受け、脊髄損傷による後遺症を負ったことにつき、医師らの手術手技上の過失は否定したが医師らの説明義務違反を認めた地裁判決を維持した高裁判決」

東京高等裁判所平成28年9月7日判決 医療判例解説67号(2017年4月号)87頁

(争点)

  1. 医師らの説明義務違反の有無
  2. 医師らの手技上の過失の有無

※以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

◇(昭和19年生まれの男性・財団法人の嘱託として勤務していた)は、平成7年ころから、右上肢の脱力感があり、自動車の窓を手動で開けるのが困難になるなどの筋力が低下していたため、訴外U病院に入院し、1ヶ月の牽引治療を受けたところ症状が改善した。

平成15年、◇は、頸部痛、筋力低下があり、整形外科を受診し、牽引治療を受け、一時症状が改善したものの、12月ころから3Kgのバーベルが上げられなくなるなど筋力の低下により症状が悪化したため同月20日、W病院を受診し、D医師より変形性脊椎症と診断され、前方固定術をすすめられたが、◇が自宅近くの病院を希望したので△医療法人の経営する病院(以下「△病院」という。)を紹介された。

平成16年1月7日、◇は△病院を受診し、一旦は内服療法を行うことにした。

同年1月10日、頸椎MRI検査の結果、第4・第5頸椎間に右側の神経根孔内に強度に突出した椎間板ヘルニアが、第5・第6頸椎間の左側に中程度に突出したヘルニア及び頸椎症性変化がそれぞれ認められ、多発性病変があり、強度の頸椎症が認められた。

△病院脳神経外科に勤務する△医師は、◇を変形性頸椎症と診断し、絶対的手術適応ではないが、手術により改善の可能性があり、手術によって症状の悪化を防ぐことができることからいわゆる相対的手術適応があるものと判断し、◇に対して、絶対的手術適応ではないが、手術により改善の可能性があり、手術によって症状の悪化を防ぐことができ、転倒等の軽微な外傷による症状の急激な悪化を防ぐことができること、手術を行った場合、手術の合併症等の危険性は5%くらいであること、病態は生命に関わるものでないため、内服治療を継続するか手術を行うかは◇の考え方次第であることを説明した。

◇は、当時、右腕の筋力の低下によりドライヤーを使用して整髪するのに支障を感じていたものの、それ以外の日常生活には支障はなく、財団法人での業務にも支障がなかったところ、D医師からも手術を勧められていたこと、D医師及び△医師から転倒等の軽微な外傷によって症状が急激に悪化する可能性を指摘されたこと、勤務先である財団法人から手術のため3ヶ月の休暇について了解をとることができたことから、手術を受けることを決断し、同年1月26日、△病院に入院した。

同年1月27日、△医師は、◇及びその妻子に対し、

  1. (1)MRI画像を示しながら、第4・第5頸椎間は右側に、第5・第6頸椎間及びC第6・第7頸椎間は左側にそれぞれ椎間板の突出があり、頸椎症性変化を伴っていること、
  2. (2)下肢も深部腱反射の亢進があり、つまづきやすいなどの脊髄症も呈していること、
  3. (3)手術としては、椎弓形成術を第3ないし第7頸椎に対して行うとともに、右第4・第5頸椎間、左第5・第6頸椎間及び左第6・第7頸椎間の各神経根に対して神経根減圧開窓術を行うこと、
  4. (4)術後に第5頸椎以下に麻痺が生じるリスクがあり、その場合には3ないし6ヶ月間のリハビリが必要になる場合があるほか、一般的な手術の合併症としてのリスクが5%程度あること、
  5. (5)手術時間は6時間程度であること

を説明した。

◇は、その後、手術を受けることに同意し、平成16年2月2日、◇は、△医師、△医師、△医師の執刀による神経根減圧開窓術及び椎弓形成術(以下「本件手術」という)を受けた。手術は下記のように行われた。

同日午後2時39分、△医師および△医師が執刀を開始し、後頸部正中を上下にわたり皮膚切開し、筋層を電気メスで縦に切開し、棘突起右側に到達した後、コブのみを利用して、第3ないし第7頸椎にわたり、棘突起右側面から椎弓を露出した。

同日午後3時42分、△医師が、レントゲン撮影の結果により椎弓レベルを確認し、棘間靱帯を温存して、ボーンソーで棘突起を切開し、対面の椎弓に到達し、右側と同様、コブのみ使用して、第3ないし第7頸椎の椎弓の左側を露出した。

同日午後5時30分、△医師が術者、△医師及び△医師が前立ちとなって、マイクロ手術を開始し、右第4・5頸椎間の神経根に対して神経根減圧開窓術を行い、神経根減圧及び止血を確認し、マイクロ手術を終了した。なお、左第5・第6頸椎間及び左第6・第7頸椎間の各神経根に対する神経根減圧開窓術は行わなかった。

その後、△医師が術者、△医師および△医師が前立ちとなって、椎弓を正中部で1mmケリソンを用いて切開し、椎弓拡大のために椎弓・関節移行部にエアドリルを用いて骨折線を作成し、骨折線を利用して、椎弓を骨折させ、椎弓を観音開きに拡大した。その際、直下に硬膜を確認したが、硬膜の拍動は良好であった。

午後9時45分、△医師が両開きにした椎弓の上にハイドロキシアパタイト性の棘突起スペーサーを置き、3-0ニューロロンで固定し、硬膜表面にボルヒールを撒いた。その後、棘突起を拡大形成した椎弓の上に戻して、筋層、皮下、皮膚を縫合し、筋層下にはドレナージチューブを留置した。

午後10時3分、本件手術は終了し、午後10時20分に麻酔を終了した。

しかし、術後、◇には脊髄損傷による四肢・体幹機能障害(身体障害者1級に該当)が残った。

そこで、◇は、△らに対し、△医師らの手技上の過失によって、仮にそうでなくても△医師らの説明義務違反によって、後遺障害を負うことになったとして、損害賠償請求をした。

第一審(平成28年3月25日水戸地方裁判所判決)は、△医師らの手技上の過失によって脊髄損傷を生じさせたことを認めることができないが、本件手術前に脊髄損傷による四肢麻痺を含む重篤な麻痺が生じる可能性について説明しなかった違反があり、これにより◇の自己決定権が侵害されたものと認め、慰謝料300万円、弁護士費用30万円の限度で、◇の請求を認容したが、その余の請求を棄却した。これを不服として◇が控訴した。

(損害賠償請求)

患者の請求額:
1億4278万5211円
(内訳:治療費53万4276円+付添看護費4874万0300円+おむつ代3万8265円+入院雑費108万1500円+入院・付添のための交通費・宿泊費47万9380円+装具・機器購入費67万9666円+請求関係費用1万8900円+休業損害2029万7043円+逸失利益3412万5881円+傷害慰謝料・後遺症慰謝料2390万円+弁護士費用1289万円)

(裁判所の認容額)

一審裁判所の認容額:
330万円
(内訳:慰謝料300万円+弁護士費用30万円)
控訴審裁判所の認容額:
第一審と同額(患者の控訴棄却)

(裁判所の判断)

1 医師らの説明義務違反の有無

この点について、高等裁判所は、以下の一審判決の判断を維持しました。

◇は、変形性頸椎症と診断され、いわゆる相対的手術適応があったが、その症状は、ほとんど日常生活に支障が生じない程度であり、仕事にも支障がなかったから、本件手術を受ける緊急の必要性はなかったといえるところ、本件手術においては脊髄損傷による四肢麻痺を含む重篤な麻痺が生じる危険があり、頸椎変性疾患、頸椎症性脊髄症に対する手術に伴う神経学的永続合併症の発症率は0.15ないし0.3%であるとする文献が存在することを考慮しても、本件手術に伴う後遺症は重大であるから、△医師らは、◇に対し、本件手術においては脊髄損傷により四肢麻痺を含む重篤な麻痺が生じる可能性について説明する義務があったというべきであると判示しました。

ところが、△医師らは、◇に対し、術後に第5頸椎以下に麻痺が生じるリスクがあり、その場合には3ないし6ヶ月間のリハビリが必要になる場合があるとか、一般的な手術の合併症として麻痺、感染、出血等のリスクが5%程度あることを説明したにとどまり、本件手術前に脊髄損傷により四肢麻痺を含む重篤な麻痺が生じる可能性について説明しなかったから、この点について説明義務違反が認められると判断しました。

そして、◇は、△医師らの説明義務違反によって本件手術を受けるか否かを選択すべき権利すなわち自己決定権を侵害され、これによって精神的苦痛を被ったと認められると判示しました。

2 医師らの手技上の過失の有無

この点について、裁判所は、確かに本件手術はそれ自体に脊髄損傷の危険があり、手術後の症状の悪化が急激かつ質的に明らかに異なるものではあるが、本件手術後に◇に現れた症状の悪化については、再灌流障害が関与している可能性を否定できないと判示しました。

そして、◇が本件手術における△医師らの手技上の過失を裏づける間接事実であると主張する

  1. (1)外傷性脊髄損傷の発生がMRI画像の経時的変化から読み取れること、
  2. (2)本件手術記録中の記載から左側椎弓からの露出時にC4・5頸椎に骨折が生じていることが推認できること、
  3. (3)本件手術中の急激な血圧低下及び昇圧剤の使用、
  4. (4)本権手術中におけるフィブリン糊の緊急での使用、
  5. (5)本件手術中のステロイドの大量投与

といった諸点については、その事実自体が認められないか、認められるとしても△医師らの手技上の過失に基づいて外傷性脊髄傷が生じたことを認める根拠となるべき事実であるということができないと判示しました。

また、◇が本件手術に関する争いのない事実関係における異常さとして指摘する点については、本件手術後に◇に生じた症状及び手術時間の長さは、それ自体から△医師らの手技上の過失を直ちに根拠づけるものということはできないこと、脊髄の浮腫が本件骨折部位と一致しているとしても、本件骨折が◇の主張するような発生機序で生じたとは認め難いし、◇が外傷性脊髄損傷によって生じたと主張する上記の浮腫が本件骨折によって生じたものとも認め難いこと、手術中に左側椎弓に予定外の骨折が生じていることや左側神経根開窓術の中止は、その一事をもって△医師らの手技上の過誤により脊髄損傷を生じさせたと推認することができないことからすると、これらの事情から△医師らの過失を認定することは出来ないと判示しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認めました。その後◇は上告及び上告受理申立をしましたが、最高裁は平成29年2月2日、上告棄却及び上告不受理決定をし、一審判決が確定しました。

カテゴリ: 2021年8月 6日
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